第百四十七話 演者勇者と筋肉大迷宮(マッスル・ラビリンス)7
「はぁ……」
リバールに風邪を告白され、次の任務でのエカテリスの守護を依頼されたレナ。その日の午後、嫌な予感を振り払う為に、気晴らしに外へ散歩、繁華街の賑わう人気カフェのテラス席でティータイムを楽しんでいた。
「おやお嬢さん、浮かない顔をしていますね。綺麗な顔が台無しだ」
と、そんなレナに話しかけてくる人物が一人。夏も近いというのに厚めのコートを着て深く防止を被る謎の紳士風の人物。
「はぁ……」
レナは再び溜め息。――何この変な人。何でこんな日に限ってこんなのに絡まれるかなあ面倒、という意味合いの溜め息である。
「待ちたまえ、決して怪しい者ではないぞ。表向きは美女を放っておけない謎の紳士、しかしその正体は」
ガバッ!――が、そんなレナの空気を悟ったのか、その人間は放り投げるようにコートと防止を脱ぎ去る。すると、
「じゃーん! 困った時はお任せ、正義の大怪盗そしてレナの大親友、フュルネちゃんやでー!」
そこには見覚えのある姿が。――要はお見事、フュルネの変装だったのだ。
「はぁ……」
そしてレナは三回目の溜め息。
「いや待って何でここまでやって前二回と同じトーンの溜め息なん? ここはもうちょい違うリアクションちゃうの? 寧ろ再会を喜ぶシーンちゃうの?」
「全部原因は違うけど私にとっては溜め息事案である事に違いはないから」
「具体的には? このフュルネちゃんが相談に乗るでー」
「ここでお茶してたら自称友人に迫られた」
「それウチやんけ!? ウチとしては一番最初の根本的理由が訊きたいかな!」
「元を辿ればキリアルム家で遭遇したのが始まりでして」
「ウチとの根本的出会いやなくて!」
そこでレナははぁ、と四回目の溜め息。――あーもう本当に面倒。
「つーか、あんた何でここにいんのよ」
「だってほら、ここってレナとウチとの約束のカフェやん? 思い出の場所やん。ウチここ気に入って時折来てるねん。そしたら今日は見事にレナが居てくれたんやで」
「……あ」
レナも指摘されて思い出した。確かにここはキリアルム家の騒動後、フュルネと出会ったカフェだった。しばらく行かないと決めていたのに何となく足を運んでしまった。気持ちが他所へ向いていたせいだろうか。――しまった。
「というわけで、ここで会ったのも縁、相談に乗るで。ウチに手伝える事なら手伝ってあげるわ」
「縁、ねえ。……じゃあ訊くけど、あんたさあ、勘って信じる方?」
「大事やで。勿論勘だけで動いてたらロクな事にならん。ウチが本気出して何かする時は下調べ、前もっての準備が大事や。でも、いざっていう時のそれを無視したらアカン。――何や、嫌な予感でもしてるんか?」
そこでレナは何となくだが、フュルネに掻い摘んでの事を話してしまった。
「成程ねー。それはレナ、いざって時お姫様守りに行った方がええ。そういうの大事やで」
「私が分身出来たらそうするわ。でも私はきっと勇者君を選ぶ。――私はそんなに強くない」
あえて選んだ時、どちらが傷付いたら自分がより辛いか。――答えは、決まっていた。
「じゃあ、次のそんな時だけ、レナが居ない間、ウチが勇者君を守ってあげるってのはどう?」
「……はい?」
コトッ。――フュルネはテーブルの上に一つのコンパクトを置く。
「魔道具や。それあれば、ウチのある程度の場所が期間限定で判るし、ウチもそっちの場所が期間限定で判る品やで。結構な高級品やけどそれ使いーな。んで、次のお仕事の時にこっそりウチが付いて行けば、いざって時に助けに行けるやろ。流石にウチが単身お姫様助けに行くのはアレやけど、レナが口利かせれば勇者君はオッケーちゃう?」
「いや、今の「はい?」は「どうやって助けに来るの?」の「はい?」じゃなくて、「何であんたがそんな事するの?」の「はい?」なんだけど」
わざわざそんな事までして自分を助けて何になると言うのか。何も起きなかったらただの面倒臭い移動で終わるのだ。
「決まっとるやんけ。レナと友達になりたい言うたやん」
だが、その答えは何の迷いもなく言われた。――こいつ本気?
「あんたさあ……」
「しいて言うなら、その勇者君にも興味あんねん。ついでに勇者君とも友達になっておきたいわー」
「世紀の大怪盗でしょ? そんな適当に、しかも場合によっては捕まえる側に友達増やしてどうすんのよ」
「ええねんええねん。ウチはやりたい様にやる自由の女や。それこそ、ウチの勘が言うとる。このチャンスは逃したらアカン、ってな」
あっけらかんとそう言い切るフュルネ。――確かに、「悪」ではない。そんな気はしている。信じていいのか、それとも。
「はぁぁぁ……」
五回目の溜め息は、今までよりもより重く、長かった。――覚悟を、決める。
「レナ?」
「今度行く所さあ、珍しい所らしいのよ。遺跡だのダンジョンだの。珍しくて欲しい物あったら、見つからないならこっそり持ってっていいよ。怪盗でしょ?」
「え、マジでええの?――つまり、それって」
「その代わり、条件が一つ」
スッ、とレナは表情を引き締め、真面目な顔でフュルネの目を見る。
「何かあって勇者君に接する時――勇者君には、真摯に対応して」
そして、そう提示するのだった。
「いやいや、不幸中の幸い? 突然転送された時は流石のウチも驚いたけど、案外近くで良かったわー。怪我とかないよね?」
ピンチのライトを助けてくれたのは「雷鳴の翼」ことフュルネだった。――「雷鳴の翼」。ライトがキリアルム家の騒動に巻き込まれた時に、イセリーを誘拐しようと予告状を送って来たものの、謎の第三者が起こした騒動により失敗。最終的に脱出の為に一時的にレナ達と共闘した後、魔法陣の手掛かりと引き換えに何のお咎めも無しでの解放に至った。――その彼女が、どうしてここに。
「いや、怪我とかの前に、どうしてお前がここに」
「レナからコンパクト、預かっとるやろ?」
「え? ああ、これか」
ライトはポケットから渡されたコンパクトを取り出す。
「それ、期間限定でお互いの位置が判る優れモノやで。それがあったから大よその距離と方向がわかったんよ。で、緊急事態やし流石に姿見せてもええな、と思てこうして来たねん。――勇者君がそれ持っとるって事は、レナは単独で動いとるな? ウチが来て正解や」
「成程……」
その説明でライトも先程までのレナの言動に合点がいった。だからレナは――
「――ってそうじゃなくて、そもそも何でお前がレナに協力する立場にいるんだって事だ! 言っておくけど、俺は」
「勇者ライト様」
サッ、とライトの言葉を遮るように、フュルネは片膝を付く。
「私の名はフュルネ。雷鳴の翼を名乗る者。微力ながら貴方の無事が確認出来る時まで、貴方の剣となり盾となり戦う事をここに誓います」
そして、独特の地方弁を封印し、真面目な口調でそう告げてきた。目は真剣そのもの。――嘘を言っている様には見えなかった。
「……信じていいのか?」
「ウチの事は信じられなくてもええ。でも、ウチを最後の保険として用意したレナを信じてやりーな。そしてウチはそのレナの期待に応える為にここにおるんやで」
その言葉にライトもハッとする。――そうか、レナが。俺をどうしても守りたくて。
「……わかった。お前を信じる」
ライトは手を出し、フュルネの手を取り、立たせる。
「おおきに」
「大きい声出して悪かったよ」
「気にしてないで。寧ろそうなるのは当然やし。――レナの事、信じてるんやね」
「ああ。一癖二癖三癖四癖あるけど、最高の護衛だよ」
「癖あり過ぎやん! 絶対それ最高やないで!」
そう言って、二人で軽く笑った。――レナはくしゃみでもしてるだろうか。
「さて、一応改めて自己紹介しておこか。雷鳴の翼ことフュルネちゃんやで。ちなみに本名や。そっちで呼んでくれてええよ。んで、勇者君の抱えてる疑問にも簡単に答えておこか」
フュルネはそのままレナとキリアルム家騒動後偶然出会い、友達になりたくなって紆余曲折今に至った説明をする。
「あー、そういえばあったわ、友達候補に出会ったからもうそのカフェ行けないとか言ってた時が」
「レナとは絶対に友達になっておくべきやと思ったんよ。このチャンスを逃したらアカン思てな」
「まあ、言いたい事は何となくわかるよ」
間違っても誰とでも友達になろうとするタイプではないが、心を開いてくれればしっかりしていて頼りがいのある存在。――きっと自分も、今の立場じゃなかったらレナとは分かり合えなかっただろう。
「ちなみに、俺の事はどの程度聞いてる?」
「訳があって全然戦えへんのやろ? だからレナが護衛についてるって、こういう時に一人にしておけへんって」
「うん、まあ、そんな所」
流石に偽者演者である事は誤魔化したらしい。
「だから正直情けない話だけど、戦闘はフュルネに頼る事になる」
「任せとき。勇者君ウチがレナと戦ったの見たやろ?」
確かにキリアルム家騒動時、一度レナとフュルネは真正面から戦闘となり、互角の戦いを見せていた。――レナと互角ならそりゃ強いし任せられるか。
「じゃあ簡単に作戦会議しよう。聞いて欲しい」
そこでライトはフュルネにもここが真の筋肉大迷宮であり、あの時城にいた主要メンバーが巻き込まれている、という仮説を話す。
「エカテリスを探しに行ったレナは勿論だけど、他の仲間も心配だ。原因を探る前にまずは合流したい」
「ええよそれで。ウチとしてはポートランス側の人間も見つけたい所やわ。何か詳しい事情がわかるかもしれんし」
「それじゃ早速……って、いざ誰かと合流したらこの状況何て説明したらいいんだ?」
「あ、ウチ? そやね……暗部か愛人か妹かここで偶然出会った運命の人か」
「すいません暗部でお願いします」
どう考えてもそれ一択じゃねーか。
「今この場で勇者君が愛の告白をしてくれたらウチら堂々とカップルやで?」
「すいません暗部でお願いします!」
先程と同じ言葉だったが音量を大きくした。――勘弁してくれ。いや可愛いと思うけど。
「まあしゃーないわな。じゃ、一応本名は他の人の前では隠させてな。偽名は単純に「ライ」とかでええよ」
「了解」
お互いの確認も終わり、二人は歩を進め出す。――すると。
「ォォォォォ……」
「!」
突如床に広がる黒い影。謎の呻き声と共にそれは具現化し、二人の前に立ちはだかる。
「早速おでましやな。まあ、このフュルネちゃんの敵やない――」
「……ォォォォォ!」
ブオオオオォォ!――床に広がる影が具現化する割合が一気に増え、何本もの触手が生まれる。
「――決め台詞は最後まで言わせるモンやでこの阿呆!」
ザッ!――次の瞬間、フュルネは剣を抜き、突貫。
「はあああっ!」
ズバズバズバッ!――そして影の大元と思われる物体の周囲を消えるような速度で移動、何度も雷の斬撃を放つ。
「ォォォォ!」
「!」
影、出現させた触手を一気にフュルネに集中させる。フュルネ、壁を蹴り一旦間合いを取り、ライトの下へ。
「大丈夫か!?」
「問題ないで。ウチの敵やない。――ただ気になる」
「何がだ?」
「こいつ、ウチしか見とらん。余った触手一本でも勇者君に飛ばすかと思たけどそれする気配がまったくない。――何か嫌な感じやわ」
確かに隙だらけのライトを狙う選択肢はあったはずだが、まったく眼中にないとのこと。弱いから、という可能性も捨てきれないが、でもそうでなかったとしたら……?
「ォォォォ……」
「まあでも、ここで仕留めたらそこまでや! 行くで――って、え?」
ズズズズッ。――気合を入れ直してフュルネが再び攻撃に入ろうとすると、
「消えた……?」
影は触手も自らも再び床に潜らせ、直後跡形もなく消えた。静まり返る周囲。
「どういうことだ……?」
「勇者君だけやなく、ウチも眼中にない……のかもしれへん。――こら想像よりも面倒かもしれんで」
「ますます他の皆が心配だ。――合流を急ごう」
こうしてライトは新たにフュルネという護衛を迎え、探索を開始するのであった。