第百四十六話 演者勇者と筋肉大迷宮(マッスル・ラビリンス)6
バシュゥン!
「っ……!」
スタッ。――突然の地響き、フラッシュ。それは決してライト達だけではなく、城に居た他の面々もであった。その内の一人、エカテリスも遭遇、成す術もなく巻き込まれる。何とか体制を崩さず着地はしたが、目を開けば先程とは違う景色。
ヨゼルド、ハルと共に移動中だった。その二人の姿も見当たらない。近くに気配も感じ取れない。
「全員、巻き込まれたとみてよさそうですわね……」
わからない事だらけだが、それでも仲間が大切な人達が巻き込まれている可能性が高い以上、合流を優先させるしかない。考察は後回し。――直ぐにその結論に達し、周囲を警戒しつつ移動を開始する。
幸い愛用の槍は手元にある。ぐっ、と握り直し進んで行くと。――シュルルルル!
「っ!」
突然床に謎の影が広がり、エカテリスを包むように動き、触手となって実体化。エカテリスを襲う。エカテリスは警戒していた為、直ぐに回避、成功。謎の触手と対峙する事になる。
「あら、貴方が私達をここに招待して下さったのかしら?――随分と失礼極まりない招待の仕方ですわね」
「ォォォォォ……」
人とも怪物とも受け取れない、謎の触手。何か謎の呻き声は聞こえたが、当然会話にはならない。――触手は集まり始め、徐々に膨らむように大きくなっていく。
「まあ、構いませんわよ。そちらの招待の仕方がこうなら、それ相応のマナーで対応させて頂きますわ!」
ならば先手必勝。エカテリスは槍に風魔法を纏わせ、突貫を開始。――戦いの火蓋が、切って落とされるのだった。
「うわっ……!」
ドサッ。――謎のフラッシュに目を奪われ、何かを講じる前にライトは尻もちをついてしまう。ひとまず感じられるのは確かな温もり。ハッとして目を開けてみると、
「ふーっ、とりあえず最悪の事態は免れた」
レナが自分を抱き締めていた。そういえばフラッシュ前に飛びついて来たのをライトは思い出す。
「レナ……?」
「勇者君一人で何処かに飛ばされるのが一番駄目って私も学習したからね。転移系統の何かが発動しそうな時はこうするって決めてた」
思い起こされるのはキリアルム家の騒動時。ライトはイセリーと共に転移の魔法陣を踏んでしまいレナと一時的に離れ離れになりピンチになった。その時はサラフォンの功績もあり無事だったが、レナとしては同じミスはしないと誓っていたのだ。
「単純にくっついておけば単一の存在として見られるからさ。同じ場所に飛ばされるから、とりあえず最低限勇者君は私は守れるってわけ」
「成程……」
説明しながら抱擁を止め、レナは立ち上がる。ライトも続く。
「まあ、逆に言えばあれだけ近くにいた二人はいなくて、私と勇者君しか居ないわけだけど」
周囲を見渡しても、ネレイザの姿もマッチの姿も確認出来ない。実際手が届く距離にいたのに、だ。つまり、
「城に居た人間が、それぞれ別の場所に飛ばされた、ってことか」
「うん。……さて、どうするか」
改めて周囲を確認してみる。先程まで居たポートランス城の廊下とは違うが、それでも何処か似た空気を思わせる建物の廊下だった。
「ここは何処で、どうして、何の為に、俺達が。――謎しかないな」
「皆も同じ建物にいるなら合流もしたいよ。ダンジョンみたいに複雑になってなければいいけど」
そのレナの言葉にライトはハッとする。――ダンジョン。まさか。
「なあ、レナ。もしかして……ここ、真の筋肉大迷宮、なんじゃないか……?」
「!?」
封印されし伝説の遺跡。マッチ曰く言い伝えによれば今年復活するとの事。――もしかして、と思ったのだ。
「勇者君。もし仮に、ここがそうだとして」
「うん」
「その真の筋肉大迷宮って……何?」
がくっ。――真面目な表情で訊かれた。緊張感が一気に崩れた。
「地下二階の展示コーナーにあっただろ!?」
「あの階は休める場所そんなになかったけど」
「とりあえず寝れそうな場所探す癖は直しなさい!」
ライトは簡単に真の筋肉大迷宮について説明する。
「成程成程、そういう事なのね」
「それがもし本当だとしたら、俺達は偶然巻き込まれた、ってことになるな……でも確証が……」
「…………」
偶然? 本当に偶然だろうか。もしもこれが偶然ならば――こんな状況が悪過ぎる偶然があるだろうか。
「グオオォォォ!」
「!?」
「っ! 勇者君三歩下がって!」
考察をし始めた所で突然の咆哮。黒い獣型のモンスターが二体、一気に襲い掛かってくる。
「ふっ!」
ズバシュッ!――ライトが適格にレナの指示に従えたおかげもあり、レナは冷静に適切にその二体を排除。レナの敵ではなかった。
だが一方でここが真の筋肉大迷宮であるという説がかなり現実味を帯びてくる。突如現れるモンスター。謎の建物内。まさしく、「ダンジョン」だった。それが不可思議な現象での登場である。そう考えてしまった方がまだ解決に辿り着けそうだった。
(冷静に……冷静に……希望を持つな、最悪の事態を考えろ……それを打破するには……私がすべきことは……)
レナは冷静に、素早く考察を始める。――突然復活した真の筋肉大迷宮。この発生がもし「意図的な」発生だったとしたら、自分達は狙って巻き込まれた事になる。
先程戦ったモンスターの強さから考えて、自分さえいればライトは守れる。だがそれだけでは勿論このダンジョンからは出られないだろう。意図的に、「誰かが」行った行為なら、その人間を叩かなければ帰れない。時間の消耗は、デメリット以外の何物でもない。――情報が欲しい。目的を突き止めなければ。
「……レナ?」
「ああごめん、急いで考えてた。――まずはやっぱり仲間探しかな。人手は多い方がいい。見事にバラバラ、多分都合よく二人でいるのって私と勇者君だけ……」
そこでレナは気付く。自分で言っていて気付く。――他の皆は、恐らく一人なのだ。そこに意味があるとしたら。
『もしも姫様に何かありましたら、レナさんに姫様の事をお願いしたいのです』
『わかっています。重々わかっています。それでもレナさんにお願いしたいのです。――敢えて選んだ時、レナさんが一番頼りになるんです。ですから、どうか姫様の事をお願いします』
「っ……あの、馬鹿……! あんたの勘は鋭いんだから、案の定フラグが私に立ってるじゃないのよ……!」
「レナ? どうした?」
思い起こされる光景と共に過ぎる嫌な予感に、半ば苛々しながらブツブツ呟くレナ。ライトの問いかけには応えず、ポケットからコンパクト式の何かを取り出す。手のひらサイズのそれは開く仕組みになっており、カパッと開き、レナは何かを確認。
「最悪……一歩手前、か……あークソッ!」
軽く髪をかき、開いたコンパクトを再び閉じると、大きくふーっ、と息を吐く。
「勇者君、冷静に聞いて」
そしてライトに向き合い、真面目な表情で話し始める。
「細かい説明は省くけど、宜しくないフラグが立ってる。一分一秒でも早く、ハインハウルス側全員……特に姫様の無事確認、合流を優先したい」
「わかった。俺が、足手纏いだな?」
「ごめん。本当にごめん」
ライトもレナの表情で察した。フラグの内容こそ読めないものの、かなり緊迫した考えを持っている事がわかった。レナが緊迫している。……当然、自分の実力は足手纏いだ。
「謝らないでくれ。寧ろ皆の為に正直に言ってくれた方が嬉しい。――レナ、単独行動だな?」
その結論もライトは直ぐに察した。――今のレナにとって最優先なのは、自分でも散々言ってきた様に「ライトを守る事」。それを一時放棄して動くというのは、ライトが考えている以上にレナにとって重い任務である。それを選んだのだ。……仲間の、為に。
「うん、出来ればそうしたい。出来る限り直ぐに合流出来るようにするから」
「大丈夫だ、レナの考え通りに動いてくれ。――俺はどうしたらいい?」
「これ、持ってて」
レナが手渡してきたのは、先程ポケットから取り出していたコンパクト。
「これは?」
「持ってれば、私が居ない間、勇者君を守ってくれる存在が来てくれる。――本当はこれに頼りたくないし、使いたくなかったけど……勇者君なら、どうにかなるって信じてる。――ああ、少なくとも腕は確かだから」
コンパクトの腕が確か。意味がわからない。コンパクトが戦ってくれるのだろうか。……でも、今は冗談を言っている様な雰囲気ではない。
「わかった。詳しく訊きたい所だけど、兎に角レナは自分の考えを優先して」
ならば信じるだけ。――何よりも頼りになる護衛を仲間を、信じるだけだ。
「うん。さっきも言ったけど出来る限り急ぐから。それからそれを持ってれば、勇者君も探索に出れると思う。そしたら、勇者君も仲間を探して合流していって。まずはそこが大事だから」
「わかった」
「えっと、後は――」
「レナ」
心配を隠せず、まだ何か言おうとするレナの手を、ライトは握る。
「大丈夫だ」
「!」
そして、落ち着いた口調で、力強い目で、そうレナに告げた。
「レナを信じてる。レナの考えを信じてる。だから、レナも俺を信じてくれ。……俺は、大丈夫だ」
レナを不安にさせているのは自分なのだ。なら不安を微塵も見せず、精一杯の強さで送り出さなければ意味がない。
「……わかった。そこまで言うなら、絶対無事で居てね」
「レナもな」
その嘘が見抜かれたかどうかはわからないが、レナは一度ギュッ、と強くライトの手を握り返すとその手を離し、コクリ、と頷いた後ライトに背中を見せ、駆けて行った。――その背中を見送るライト。
「さて、俺もここに止まってるわけにもいかないな」
一人でも多く仲間と合流して、レナとの作戦の成功率を上げなければ。そう思い、レナが行った方向とは逆方向へと進み出す。その手にはレナから渡されたコンパクト。……若干手に汗をかいている事実は、誤魔化せない。
(大丈夫だ……このコンパクトが助けてくれる……レナを、信じるんだ……)
周囲を警戒しながら歩を進める。――実際、見れば見る程、装飾、雰囲気は何処かポートランス城に似ていた。
(ポートランス城も、実は真の筋肉大迷宮を元にデザインとかされたのかな……?)
そんな考えが頭を過ぎった、その時だった。
「グオオオォォォ!」
「っ!」
先程遭遇した黒い獣型のモンスターが再び出現した。ライトを視界に捉え、咆哮。正に飛び掛かろうとする構え。ライトも剣を抜き、身構える。
(落ち着け……アルファスさんとの訓練を、思い出せ……俺が傷付けば、レナが自分を責める……!)
剣を握る手に力が入った――その時だった。
「呼ばれて飛び出ていざ登場ー!」
「!?」
そんな声がしたと思うと、ザッ、と声の主はライトの横をすり抜け、モンスターに突貫。――ビリビリズバッ!
「グオオオ……」
「ほい、一丁あがりっと」
剣に雷を纏わせた電撃の斬撃がモンスターを一刀両断。跡形もなくモンスターは消えた。
「嘘、だろ……!? どうして、お前が……!?」
ライトは驚いていた。その実力もそうだが、何より――自分を助けてくれた、その人物の姿に。
「やっほー。久々やね、「勇者君」?」
ライトを助けたのは「雷鳴の翼」――フュルネだったのだ。




