第百四十四話 演者勇者と筋肉大迷宮(マッスル・ラビリンス)4
「へー、ダンジョンっていうよりかは神殿じゃん」
レナのその感想とライトも同じような感想を持った。――紹介された聖ポートランス遺跡は、歴史がありそうだが立派で風格のある建造物だった。何処かで洞穴的な物を想像していたせいか、そのギャップに驚く。
「こちらは国が管理し易い様に設備を整えた場所が必要なので、元から遺跡の上にあった建造物を改築して出来た物ですよ。勿論出来る限り元の雰囲気、素材をを崩さない様に作られた場所ではあります」
そう説明してくれるミルラに案内され、神殿の中へ。成程確かに中はかなり近代的になっており、受付、売店、食事処、休憩所等々、非常に使い易い雰囲気となっていた。実際に利用する人間も多く出入りしている。受付には人の列。――重要な文化財でもある、管理として必要なのだろう。
「勇者君、お土産も売ってた。筋肉饅頭だって。皆に最後買って帰る?」
「俺達観光に来たわけじゃないんだからな。第一それ味よりも筋肉重視じゃないのか?」
「あ、でも見てマスター、箱買いしてる人いる」
「兄さん! 十箱買ってきたよ!」
「兄貴、煎餅はいるか?」
「ムキム、ボディビ、俺は今日はクッキーがいい」
「思いっきり地元民っていうか筋肉三兄弟じゃねーか!」
筋肉三兄弟は兎も角実際売店も賑わっていた。――まともなお土産があったら買ってもいいのかな。
「実際の遺跡は地下一階から、ですが地下一階から地下三階までは観光用となっています」
そんな施設を通り過ぎ、当然受付は顔パスのミルラに連れられ、そのまま階段を降りる。
「地下一階は家族向けのテーマパーク仕様。小さい子供でも楽しめる様になっています」
そしてその光景は再び予想外だった。確かに洞窟なのだが明かりも道もしっかり整備され、民間人向けアクティビティが並んでいた。家族単位の姿も多く見受けられる。
「まあ、初見のライト、レナ、ネレイザが驚くのも無理はありませんわ。私も初めて来た時は驚きましたもの」
「確か初めて我々が来たのが八年前だったか。あの時全部のアクティビティを制覇すると言って私とヴァネッサとリバール君を引っ張り回したな」
「お父様! 昔の事はいいでしょう!?」
恥ずかしそうにヨゼルドに訴えるエカテリス。小さい頃のエカテリスが確かに三人を引っ張り進む姿がライトにも容易に想像出来た。――うん、可愛かったんだろうな。
「私はヨゼルド様のお付きになってからですから三回程一緒に足を運ばせて頂いていますが、大人でも楽しめそうな箇所もあって、よく出来ているな、と思います。ほら、あちらでも」
冷静な感想を述べるハルが促す先では、
「ぐはぁ! 新記録ならねえか!」
「でも、後少しだったよボディビ! 僕もうかうかしてられないな!」
「それじゃ、俺が記録出しちゃおうかな」
「結局筋肉三兄弟じゃねーか!」
いつも通り(?)楽しんでしまいミルラに窘められてる筋肉三兄弟がいた。――筋肉以外に国に選ばれる要素あったのかな彼ら。
「地下二階は資料館です」
一行はそのまま地下二階へ。地下一階とは打って変わって静かで知的な雰囲気を出している。
「我がポートランス国、及び聖ポートランス遺跡の歴史に関する資料や重要文化財を展示しております」
歩きながら一つ一つの展示を眺める。直接は触れられない様にはなっているが、成程歴史的価値がありそうな本、像、武器等が展示されている。
「枕持ってくればよかった」
「枕持ってこさせないで良かった危ねえ!」
勿論持って来たいと言ったのはレナである。一ミリも興味が沸かず、恐らくあったらベンチで寝たのだろう。――護衛して貰っている身ではあるがそんな事されたら恥ずかしい以外の何物でもない。
一方で人一倍興味深々でじっくり眺めているのはクレーネル。やはり他の神様に興味があるのだろうか。――とある箇所で足を止め、特に深々と見ている姿に何となく興味を惹かれたライトは、近くに行って見る事に。
「? 「封印されし真実のポートランス遺跡」……?」
そのタイトルで、そこには大きな像と説明文が展示されていた。――え? 封印されし、って、じゃあここは?
「どうやら、ここはこの筋肉神が残した仮の遺跡、という説があるそうです」
先に目を通し終わっていたのだろう、クレーネルがライトの疑問に答え始める。
「遥か昔、その筋肉神の力に頼り過ぎ自らの発展をしなくなった民の姿に悩んだ筋肉神は、民がまた自分達で進み出す努力をする為に自らを封印、その力の一部を切り取り、こちらの遺跡に託したのだとか」
「つまり、今俺達が来ているこの遺跡は、その一部の力が眠る遺跡で」
「本当の遺跡は別にあり、そしてその場所は未だに見つかっておらず、神は眠り続けている、という逸話。決定的な証拠は無く、この遺跡が真の遺跡であるという説もあり、あやふやな状態ではあるそうですが」
「へえ……」
見上げた像は筋肉神との事。その話を聞いてしまうと何処か寂しそうに眠っている様にも見えた。――どうでもいいがかなりの筋肉だった。流石筋肉の神。
「もしこの説が本当なら、この筋肉神は今でも、民の為に自らを封印し続けている事になります。――民は、神を怒らせてしまったのです。捧げる事も努力する事も忘れ生きた民に、慈悲など無いのではないでしょうか」
真剣な面持ちでクレーネルはそう言い切る。――その冷たさに内心驚くと同時に、ああ、この人は確かに宗教の人で、神様を信じる人なんだな、と再確認させられる。
「それを決めるのは神様だったとして――神様は、今でも待っていてくれてる、じゃ駄目ですか」
ライトは像を見上げたままだが、クレーネルの視線が像からライトに動くのを、ライトは感じる。
「優しい神様なんですよきっと。いつかきっと、また分かり合えると信じてるから」
「神と民は、分かり合えるなどという対等の立場にはいません」
「普通はそうでしょうね。でも変わり者は何処にでもいるものですよ。偉い立場のはずなのに、同じ目線でいつでも立ってくれるような人とか」
誰とは言わないが、その人は今も近くで娘の成長の思い出話をして、その娘に恥ずかしいからと怒られているだろう。――ああ、具体的過ぎたかな。
「でもまあ、そんな人に出会えるのは奇跡です。普通は期待を裏切る人を待ってはくれませんよね。そして裏切った側は裏切られた側の傷の重さをどれだけ想像してもわかる事は出来ない」
ああ、また悪い癖が出た。自分と重ねてしまった。情けないな俺は。――と、心の中で反省していると。
「――申し訳ありません。一瞬、勇者様を嫌いになる所でした」
「え?」
クレーネルだった。ついクレーネルを見ると、再び冷たい雰囲気は消え、優しい表情に戻っている。
「勇者様も人の子、傷を、過去を、抱えているんですよね。何も知らずに語るわけじゃない。勇者様ですものね」
「あの……俺、何か」
「いいえ、大丈夫です。――勇者様、もし救いの手が欲しければ、我が宗教に。貴方の様な人を救う為に、我が宗教の神はいますから」
「お気持ちは受け取っておきます。ただまあ、今は毎日忙しいんで」
「ふふっ、そうですね。この国を平和に導かないと、ですものね」
さり気なく勧誘されて断ったが、クレーネルはあっさりと引き下がった。――こういうのってもっとガツガツ来るのかと思ってただけにライトは一安心。
一通り見た一行は地下三階へ。
「こちらでは本格的に遺跡が始まる地下四階への準備階となっています。訓練所、診療所、休憩所、最終受付等でしっかりと冒険者をサポートしています」
成程、確かに先程までとは雰囲気が違い、家族や一般の観光というよりも、武器を抱えた傭兵、冒険者の姿で溢れていた。――と、ふと気づく事が一つ。
「魔法使いみたいな、後衛職の人の姿ってほとんど見ないけど、やっぱりそれって」
「勇者様のお察しの通りです。決して魔法が無効、というわけではないのですが、要所要所に筋力、筋肉を要するギミックが仕掛けられており、近接職が必須のダンジョンになっています」
流石は筋肉大迷宮といった所か。細かく見渡せば、三兄弟程ではないにしろ、筋肉自慢の様な体格を持つ人が多く見られた。
「正直、無条件の戦闘なら私達なら簡単には負けないでしょうけれど、単純な力比べになると厳しいかと。姫様は風魔法での身体能力増幅、レナ様は炎魔法での増幅、私は気功術での増幅なので」
「そっか……俺も別に普通だしな。ネレイザは魔法職だし」
「勿論最低限鍛えてはいますけど、でもそれを重点的に鍛えてる人には確かに勝ち目はなさそうですわね」
そうは言いつつもそれぞれ装備を確認中。本格的にではないにしろ、触りは潜るらしい。
「勇者君、勇者グッツにないの? 筋肉アップ的な」
「ああ、確かにありそうだけど……でも軽くしか行かないだろ? 無駄使いしなくても」
「違うよ、筋肉三兄弟に飲ませるんだよ。あれ以上筋肉アップさせたら破裂するか一気に抜けて萎むかどっちかに違いない」
「風船かよ!?」
想像したら中々にグロい光景だった。――と、そんな時だった。
「うわああ! 大変だ、モンスターが漏れ出した! そっちに行くぞ!」
階下へと繋がる階段からそんな声が。同時に聞こえてくる、モンスターの咆哮と足音。階層に緊張感が走る。
「不必要な怪我人などを出させるか! ムキム、ボディビ、行くぞ!」
「うん!」「おう!」
いち早く反応したのは三兄弟。意外な速度の速さで対応し始める。
「へえ、ライト騎士団には敵わないだろうけど、あの筋肉達もやるじゃない。気持ち悪いだけかと思ってた」
ネレイザのストレートな評価。実際三兄弟は自慢の筋力を使った攻撃で圧倒していく。
「勇者君、あれは漏れてる筋肉を使った速度アップに違いない」
「風船説を捨ててもう少し緊張感持って!?」
レナのおふざけは兎も角、実際それ程数も多くなく一匹一匹も強くない様で、順調に三兄弟は処理をしていく。――時間もかからず特別これ以上危険なハプニングも起きず、無事に勝利した。
「武器を持てないのなら尚更筋肉を鍛えるんだな! ふっ!」
「はっ!」「だっ!」
むきむきむきっ。――やがて処理を終えた三兄弟は筋肉ポーズ。この国では流石有名人らしく、拍手が起きた。拍手に応える様に色々ポーズを変えていく三兄弟。やれやれ、とライト騎士団が一安心した……その時だった。
「! 兄さん危ない!」
「!?」
瀕死ながら隙を狙っていたか、モンスターの奇襲がマッチを襲う。筋肉ポーズに集中していて反応が遅れるマッチ。体制を崩し、倒れ込む。
「ふっ!」
ズバシュッ!――だが、そんなマッチよりも指摘したムキムよりも、誰よりも先に察して動いていた人間が一人。圧倒的速度、見事な的確さでモンスターに止めを刺し、マッチの危機を救う。
「期待に応えるのは確かに大切ですけれど、でも周囲に気を配るのを怠っては駄目ですわ。気をつけて」
「あ、ああ、申し訳ない」
ハインハウルス陣営、エカテリスである。愛用の槍で見事一突き。そのままマッチに手を差し出し、起きるのを手伝おうとする。マッチも素直に手を借りる為にエカテリスの手を――
「!?!?!?」
――取った瞬間、マッチに衝撃が走る。体は大丈夫、衝撃が走ったのは心の方だ。目が合った。優しく微笑むその姿はまるで天使だった。思い出される先程の凛々しい戦闘姿、そして今自分に向けられている眩しい笑顔。その強さからは想像出来ない暖かく柔らかい手の感触を離したくない。――全てが、マッチを虜にする。
(こ、これは……何だ、この想いは……お、俺は……まさか……!)
そしてマッチは――恋に、堕ちた。