第百四十三話 演者勇者と筋肉大迷宮(マッスル・ラビリンス)3
「タカクシン……教……」
そのフレーズに、ネレイザを除いたハインハウルス陣営は大小あれど反応せざるを得ない。――タカクシン教。ライト達が臨時講師で行ったケン・サヴァール学園で起きた騒動で、事件の黒幕だったスージィカが逮捕後、黒い関係を叫んだ。
確かに学園とタカクシン教は繋がりはあった。だがその裏の証拠は微塵も無く、判明したのはあくまで健全な間柄、やり取りのみ。つまり、タカクシン教からしたらいい迷惑、こちらも被害者、という訴えになってしまった。
現段階でも極秘的に調査は続いている。しかしこちらにはスージィカの証言しか証拠らしい証拠は無く、踏み込んだ調査も出来ない……という話を、ライトは受けていた。
そのタカクシン教の人間が、ここに。一体、何故――
「それから――初めまして、ハインハウルス国王ヨゼルド様、王女エカテリス様。そして……勇者様」
そんな事を考えている間にストム達への挨拶を終え、クレーネルはそのままハインハウルス側へと挨拶へやって来る。
「タカクシン教を代表して参りました、クレーネルと申します。宜しくお願い致します」
クレーネルは穏やかな表情を崩すことなく、礼儀正しく挨拶。
「皆様とは、先日のケン・サヴァール学園での騒動でお世話になりました」
「!」
そして自ら、その話題に踏み込んで来た。
「私はあの学園に関しては担当しておらず、ハッキリとした事は申し上げられませんが、我々タカクシン教がその様な犯罪を犯す学園と繋がりがあり、皆様方の手を煩わせてしまった事は事実。代表してお詫び申し上げます」
そのままクレーネルはスッ、と頭を下げる。罪は認めないが、可能性を持たれた事へ対して抗議ではなく「謝罪」。――証拠を握っていないハインハウルス側からしたら、これ以上は何も言えない見事な行動であった。
「頭を上げられよ、クレーネル殿。我々が今日この場で会ったのは偶然、その件に関してではない」
「寛大な処置、感謝致します、ヨゼルド国王」
当然そうなると「何を白々しい!」などと言うわけにもいかない。ヨゼルドも直ぐに宥め、クレーネルに頭を上げさせる。
「勇者様は特にあの一件に大きく関わられたと伺っています」
頭を上げたクレーネルが、今度はライトに向き合う。
「お尋ねしたい事がありましたら、後日遠慮なく私の名前を出して下さい。お役に立てる事があるかもしれません」
そしてなんと、自ら協力の申し出。――この場を回避するだけではなく、ここまで言ってくるのか。
「ありがたい申し出です。お願いする事があるかどうかはわかりませんけど、前向きに受け取っておきます」
余程自信があるのか、別の意図があるのかわからないが、これに関しても「何を白々しい!」と言うわけにもいかず。冷静にライトは対応する。
と、クレーネルはそのライトの返事を受け取ると、そのままジッ、とライトの目を見つめる。
「あ、あの」
美人に間近で見つめられ、照れが入るライト。つい目を逸らしそうになる。オホンオホン、というわざとらしいネレイザの咳が――残念ながらライトの耳から耳へすり抜けて行った。
「優しい目をしていますね、勇者様」
対するクレーネルはそう告げると、更に一歩踏み込んできた。
「今、祈りを捧げても構いませんか? 時間は取らせません」
そしてそう願い出てくる。え、どういう事、俺神様じゃなくて勇者なんだけ――いや本物の勇者でもなかった。……などと一瞬の内にライトが考えていると、
「失礼致します」
「え……あ」
有無を言わさず、クレーネルはライトの右手を取り、自らの両手で優しく包み込む。そして、
「貴方の優しい瞳が、いつまでもそのままでいられますように」
目を閉じて、そう祈りを捧げた。――その瞬間、ライトは照れを忘れ、そのクレーネルの祈りの姿に見惚れてしまった。周囲の空気が変わり、まるで本当に神様に願いが届くかの様な、そんな気がした。
(貴方の優しい瞳が、いつまでもそのままでいられますように、か……)
複雑な言葉ではない故に、色々な意味合いで受け取れる。それでも今のライトにしてみれば、優しい応援の祈りに聞こえた。温かいクレーネルの手の温度よりも、心が温まる様な気がした。
長い様で短い時間が過ぎ、クレーネルはライトの手を離す。
「あの……ありがとうございました。何だか、心が安らぎました」
「御気になさらず。私の、自己満足ですから」
正直な感想とお礼を告げると、クレーネルはそう言って再び穏やかに笑みを浮かべるのだった。
「今回はあくまで、ポートランスの皆様との交流、ハインハウルスの皆様との交流、ポートランス遺跡の見学が目的なんです。遺跡には神様が祀られているとの事で、拝見したくて」
玉座の間での謁見した日の翌日。ライト達は早速聖ポートランス遺跡へと向かっていた。同伴しているのは筋肉三兄弟、ポートランス王妃の妹ミルラ、そしてクレーネル。
そして出発時からクレーネルはライトの隣にピッタリ場所取りし、一緒に会話をしながら移動していた。
「あの、変な事を訊きますけど、他の神様に興味があるとか、そういうのって」
「ご安心下さい。確かに私が崇拝する神は一人だけですが、でも他の神の存在を否定するつもりはありません。勿論向こうが私達を否定するのなら相容れませんが、そうでないのならお互い認めあうのは大事な事だと思っています」
「成程」
他の神様を見た瞬間、「偽者め死ねぇぇキエエエェェ!」とか暴れ出したらどうしよう、という心配を若干していたライトとしてはとりあえず安心。
「勇者様は、神の存在を信じますか?」
神の存在。神様。言うなれば全知全能でこの世界の頂点。
「正直、わかりません」
でもそれは、本当に存在していたら、の話。実際に見たわけでも加護を受けたわけでもないライトとしては、いるともいないとも言えなかった。――つい、正直に答えてしまった。
「正直なのですね」
「あ、その……すみません」
「いいんですよ。嘘をついて近付こうとしてくる人よりもそうやって正直に答えてくれた方が好感が持てます」
くすくす、とクレーネルは笑う。――良かった、悪い印象は与えてないみたいだな。
「でも、実際に神様がいるとして思うのは――神様は、大変なんだろうな、っていう事ですかね」
「? どういう意味です?」
「ああほら、苦しい時辛い時、どうしても神様にお願いするわけじゃないですか。その願いを叶えてあげなきゃいけないし、毎日崇拝されるのもある意味大変だったりしないかな、と」
時々任務で近くの都市に顔見せで行ったりすると、やはり「勇者様!」と寄り付かれて崇められる時がライトもある。あれは例え自分が本物の勇者だったとしても中々に大変だし恥ずかしい。――何処か自分に被せて考えてしまったのだ。
「勇者様が考える神様は、随分と人間寄りなのですね」
「そういえば、神様ならそんなの気にせずパッ、サッ、って一瞬で出来たりするのか」
「ああでも、私も勇者様が考えるように、神様も何処か人間寄りだと思っていますよ。神は――無条件で全ての人を救ってはくれないのですから」
「……っ」
その言葉の瞬間、クレーネルの表情から笑顔が消える。何処か冷たい、違う世界を見ているような表情。――まるで、別人だった。
「……勇者様? 私の顔に何か?」
「え? あ、いえ、何でも」
でもそれは本当に一瞬の事で、直ぐに穏やかな笑みを浮かべるクレーネルに戻っていた。――気のせいだったのかな? いや、でもあれは……
「そうだ勇者様、折角だから出店で何か頂きませんか? 先程から良い匂いが凄くて。――神様も、空腹時まで祈りを捧げることは強要しないでしょうから」
少し照れ臭そうにクレーネルはそう提案。確かにお祭りも兼ねている城下町では、色々な出店が並んでいた。成程、ハインハウルスとはまたラインナップが違うかもしれない。
「いいですよ、俺も興味ありますし。あ、でも俺もこの国に来るのは初めてなので何がいいかとかはわかりません」
「私もですから、大人しく尋ねましょう。――マッチさん、すみません、お訊きしたいことが」
クレーネルはその場から一番近くにいたポートランス側の人間、マッチに声をかけた。
「はい、なんですか? 趣味は筋トレ、アピールポイントは筋肉、好きな筋肉はベタですが上腕二頭筋、座右の銘は努力と筋肉は裏切らない。――す、好きな女性のタイプは、その」
「勇者様、知らない場所では行き当たりばったりも楽しいです、行ってみましょう?」
「いや……まあ、その、はい」
声をかけた気がしただけだった。――いや違うかけたよ。かけてたけど。この場合どっち寄りで俺はいるべきなんだろうか。
「た、タイプは、その……強さと優しさを兼ね備えた人が……!」
「兄さん凄いな! ついに強いだけじゃなく優しい筋肉にも目覚めたのか!」
「流石だぜ兄貴、俺達の長兄なだけある!」
「いや、その今のは筋肉じゃ――あるぇ!? いつの間にお前達に変わってるんだ!?」
かくして、出店を見ながら歩くライトとクレーネル、いつの間にかいつも通り三人になる筋肉三兄弟となるのであった。
「ネレイザちゃん、スタートから随分ワイルドな物食べてるね」
その様子を、少し離れて後ろから見ていたのはレナとネレイザ。ネレイザは一足先に出店で大きな肉の串焼きを買ってかじっていた。
「何でかしらね。無償にこういうのが食べたくなったの」
かじりつきながらも、ネレイザの視線はライトとクレーネルから離れない。その様子にレナは苦笑。――分かり易い子だなあホント。
「何なのあの女、マスターをたぶらかして……! マスターもデレデレしちゃって……!」
「どうどう、落ち着きたまえ。今ここで君が暴走したら大小色々問題になるから」
タカクシン教との初めての正式遭遇を、最悪な印象で終わらせるわけにはいかない。特別何もないなら、穏やかに今回の交流は終わらせなければならないのだ。
「わかってるから我慢してるんでしょここで! それに、気付いてる? あの女、やり手だから」
「ふむ?」
「表に出してないから気付き難いけど、魔法使いとして相当のはず。私でもニロフさんでも、多分油断出来ない」
誰よりも早くネレイザはクレーネルの実力に気付いた。この辺りはネレイザの流石の才能と言った所か。――レナとしてはネレイザの言葉を疑うわけではないが、ニロフが油断出来ないとなると「敵に回した時」非常にやっかいだな、と考えてしまう。
「ほー。まあ、よく考えたらそうでもないと単身でこのレベルの交流に足を運んだりはして来ないか」
クレーネルはこうして他国、他組織との交流に足を運ぶ位だからタカクシン教の中でもそれなりの地位にいる事が推測出来るが、その人物がたった一人で今回足を運んで来ていたのも合点がいった。それだけの実力者なら早々危険にはならないだろう。
「そっちは? 何か気付いたりしないの?」
「私? そうだねえ……しいて言うなら、どれが本当の笑顔で、どれが偽物の笑顔だか、読めない女だなって」
「……?」
昨日のやり取りから今までを見ていて、あの穏やかな笑みに引っかかりを覚えた。確実に嘘の笑みを浮かべる瞬間があるが、本当の笑みを浮かべている時もある。それが綺麗に混じり合い、全てが本当に見えてしまう。――そんな気がしていた。
「ま、人にも色々あるから私がそれをとやかく言う資格はないんだけどね」
「ちょ、あれ確実にマスターの腕を触ってる! ボディタッチで近付くつもりね……! むぎぎぎぎ……!」
「……そういう意味じゃ君は真逆だねホントに」
そんな感じで歩いていると、やがて大きな建造物が見えてくる。ミルラが振り返り、全員を見渡す。
「皆さん、あちらが聖ポートランス遺跡、通称「筋肉大迷宮」です」