第百四十二話 演者勇者と筋肉大迷宮(マッスル・ラビリンス)2
「俺の名はマッチ=ヨハネル、長兄!」
むきっ。
「僕の名はムキム=キスギ、次兄!」
むきっ。
「俺の名はボディビ=ルレンチャ、三男!」
むきっ。
「「「我ら、ポートランス筋肉三兄弟! 生まれた日は違えど、体を鍛えぬく志はいつも一つ!」」」
ばばーん、と筋肉を見せつけるポーズを各々取りながら、ライト達の前に立ち塞がった三人の自己紹介は終わった。――とりあえずの感想として、見せつけられた筋肉は凄かった。
「勇者君、ちょっと悲鳴上げてくれる? そしたら勇者君が襲われた体であいつら切り伏せられるんだけど」
「意味がわからないからって直ぐに力尽くで見なかった事にしようとするのは止めなさい」
だがそんな筋肉に心躍るメンバーではないわけで。
「力……! そう、力、筋肉、それが全て! ふんっ!」
むきっ。
「レナさん、マスターの代わりに私悲鳴上げるからどうにかしてきて」
「それなら私も悲鳴上げるからネレイザちゃんも一発ぶっ放してきなよ」
「こういう時だけ仲良くなるのは俺どうかと思うよ!?」
「ふっ、お前達、来賓にこんな事を言うのもあれだが、そんな筋力が足りないメンバーで……メンバー、で……?」
一方で筋肉ポーズを見せながら目に入るのは美少女王女、美人メイド、美人騎士、美少女事務官。全員が輝いていて、
「羨ましいぃぃぃ! 一人でいいから美女を恵んで欲しいぃぃぃぃ!」
その現実に突然長兄マッチが押しつぶされそうになる。――えー。
「兄さん! そんな事を言わないで、兄さんには筋肉と、僕と、筋肉がいるよ!」
「そうだぜ! 兄貴には筋肉と、俺と、筋肉もいるぜ!」
「っ……そうか、そうだな、俺には筋肉もお前達もいる! ふんっ!」
「はっ!」「ほっ!」
むきむきむきっ。――そして弟達の筋肉と励ましでマッチは復活した。あらたなる筋肉ポーズ。
「エカテリス、念の為に訊くんだが、今のパパとああいう風になったパパ、どっちを選ぶ?」
「体を鍛える事は悪い事ではないですが、無意味に見せつけるだけならリバールに頼んでお父様が城内で私の姿を見れない様にしますわ」
「わかった、流石にその辺りのエカテリスの好みはパパ把握してたね、うん」
その様子を見て、何となく今後の為に確認を取るヨゼルド。
「にしても、三人合わせてマッチョムキムキボディビルとは……流石、筋肉大迷宮だわ」
方や相変わらず呆れ顔のままのレナ。――うん? 筋肉大迷宮って何だ……?
「マスター、資料にあった大迷宮の正式名称、覚えてる?」
「ああ。確か聖ポートランス遺跡」
「合ってる。遺跡には古代の筋肉にまつわる神様が眠っていると言われていてね、その内部のギミックしかり、いつしか筋肉大迷宮ってよばれる様になり、そっちの方が浸透しちゃったのよ」
「へえ……」
疑問が顔に出たか、ネレイザが補足をしてくれる。そしてライトはその説明を聞いて、女子メンバー四人が何処となく敬遠気味だった理由がライトはわかった。四人共マッチョムキムキボディビルの世界にはさほど興味な無いだろう。
「ふんっ!」「はっ!」「ほっ!」
むきむきむきっ。――その会話中にも三人はまた新たなる筋肉ポーズ。不意にその三人にハルが近付いて行く。
「あの」
「何かね? 君も筋肉の世界へ来るか? はっ、もしやこの筋肉に惚れ込み、今日からは俺のメイドとして――」
「そろそろ話が進まないので御城の方へ案内を進めて頂けると助かるのですが」
そしてハルのクールなツッコミが入り、それを聞き入れる理性はあるらしく三人はポーズを止め、移動を再開する事となる。馬車で直ぐ手前まで移動していた事もあり、そもそもの迎えの人間の案内で直ぐに城門を潜った。
「よく来てくれた、ハインハウルスの諸君」
そのまま筋肉三兄弟と共に玉座の間へ案内されると、そこに居たのはこれまた大柄な男。ポートランス国王と思われるその男は玉座から立ち上がり、自ら歩み寄る。
「久しいな、ストム。聞いたぞ、何やら英雄を集めたそうじゃないか」
「ああ。お前も今日は勇者を連れて来たんだろう? 我が王国の英雄よりも貧弱で無ければいい……が……?」
ヨゼルドと挨拶を交わしたポートランス国王――ストムは、そのまま視線を横にずらし、ヨゼルドが連れてきている人間をあらためて視界に入れる。
「新しい……美女美少女、だと……!?」
そしてその視線はライトに辿り着く前に、レナとネレイザの時点で動かなくなってしまう。
「羨ましいぃぃぃ! またお前の所ばかり美女を増やしやがってぇぇぇ!」
そしてガックリと膝をついて、床を握り拳で叩きながら嘆き始めた。――え、何これ。似たようなのさっき見たけど。
「お前の奥さんが綺麗だから娘が綺麗なのは許す! 美人メイド、さらに娘のお付きの美人メイドまでは我慢してたのに! 今年になってまた俺にお前は美女を自慢するのか……!」
要するに前回会った時はヴァネッサ、エカテリス、ハル、リバールがいてそれも羨ましかったが我慢したが、今回はレナとネレイザが加わり、我慢の限界を迎えた様子。うおおおお、と泣き崩れた。
「親父殿! 俺達には筋肉がいる! そうだろう!?」
「僕も兄さんもボディビも筋肉もいるよ!」
「そうだ、俺も兄貴達も筋肉もいる! だから大丈夫だ! 寂しくないぜ!」
「お前達……そうだ、そうだな……! 俺達には、筋肉がいるんだ……!」
「ふんっ!」「はっ!」「ほっ!」「だっ!」
むきむきむきむきっ。――筋肉ポーズを見せる人間が一人増えた。確かにストムも筋肉に溢れていた。流石筋肉大迷宮を抱える国の国王だった。――いやそうじゃなくて。
「――ポートランス国王であるストム様とヨゼルド様は、ご友人の関係にあります」
呆気に取られているライトに、お馴染みになりつつあるさり気ないハルのフォローが入り始める。
「元々ハインハウルスとポートランスが同盟関係にある事もあり、ご幼少の頃からの友人関係です。そのお陰もあり、国交に関しても魔王軍討伐に関しても、一番の協力をお互い作り上げてると言っても良いかと思われます」
「でも、その、何だろう。――変わった人、なのかな?」
「多少筋肉に関して拘りはあるのでしょうが、根本はヨゼルド様と同じく国王たるに相応しい人物像ではないかと。そういう意味でもヨゼルド様と気が合われるのかもしれません」
少し変わり者位が国王位になると丁度いいのかも、とライトは強引に自分を納得させる。
「さて、察するに……そこの若者が勇者という事でいいのか?」
と、そこでライトとストムの目が合う。直後、ライトの背中をレナとネレイザがポン、と押す。――挨拶してこい、の合図だろう。ライトもそのままストムの前に。
「初めまして、ポートランス国王様。ライトといいます。今までご挨拶が遅れて申し訳ありません」
「ストムで構わないぞ。堅苦しいのは嫌いでな」
そのままストムは手を差し出してきたので、ライトも手を出しガッツリ握手。大柄な分、手も大きかった。――と感じていると、軽くグイ、と引き寄せられ、
「事情は聞いている。だが本当にこちらは俺以外は知らない。上手く立ち回るんだな」
そう小声で告げてきた。ああ成程、本当にヨゼルドとは深く繋がっているらしい、彼だけはライトの演者事情が伝わっているのだ。
「ありがとうございます」
その事も含め、ライトはお礼を言うと、ニッ、と笑ってストムは手を離す。
「にしても、俺としてはもう少し筋肉を付けて欲しいものだがな。我が国の英雄達に比べても流石に筋肉が無さ過ぎるぞ」
促す先には筋肉三兄弟。いやあれと比べられても。――ライトとしても平均的な筋力はあり、アルファスの所での鍛錬もあり以前と比べれば体も引き締まってきているのだが。
「ということは、私に紹介したいと言っていた英雄というのは」
「ああ。こいつらが我が国の英雄であり……俺達の、「息子達」だ」
「親父殿……!」
息子達、と紹介されて感極まる三兄弟。ヨゼルドも感慨深げにその紹介を受け取っていた。
「――ストム様と奥様であるポートランス王妃・アクラ様は、残念ながら子宝に恵まれまておりません」
と、再びハルの補足タイムが始まった。
「そのせい……だけでは勿論ないのでしょうが、お二人は各国の戦争孤児の救済に力を入れております。あのお三方は、その中でも特にストム様と繋がりが生まれた三名、ということではないでしょうか」
「そうか……だから、三人とも家名が違ったのか」
義兄弟の契りを交わした様な決め台詞もあったしな。そして本当の息子達として迎え、この国の将来を託したいのだろう。身寄りのなかった自分達を、国の国王が息子達と紹介してくれている。感極まるものがあるのは当然かもしれない。
「私としては、息子になったからには筋肉以外の事ももっと極めて欲しいものなのだけれど」
そう言いながら、一人の貴婦人が姿を見せた。――その言葉から察するに、
「お久しぶりです、アクラ様」
「ええ。エカテリス姫もまた一段と大人になって、ヴァネッサに似てきたわね。若くて綺麗で羨ましい」
「アクラ様も十分お綺麗です。自信を持たれて下さい」
「ふふ、ありがとう。でも老いには勝てないわ」
ポートランス王妃、アクラであった。エカテリスが挨拶をする。――年相応の年齢層は見受けられるが、十分に美人と言って過言ではない人物であった。
「お袋殿! お袋殿もトレーニングしましょう! さすれば永遠の若さが、いや筋肉が!」
「はいはい、ちゃんと適切な運動はしているわ。それにねマッチ、そうやって筋肉に拘るから貴方女性にモテないのよ? 知ってるのよ、最近特に女性に飢えてるでしょう」
「ぐはっ!」
心の刃は鍛え上げられた筋肉を呆気なく貫通した様子。再びマッチは膝をつく。
「兄さん、本当なのかい!? か、彼女が欲しいの!?」
「兄貴、最近筋トレの時にどうも周囲に目が行きがちかと思ったら……! そんな事で筋肉は鍛えられないぞ!? 二兎を追う者は一兎も得られない! 俺達は筋肉が必要なんだ! 俺達はこの国の代表なんだ! つまり」
「筋肉の……代表……!」
その結論になんじゃそりゃ、という表情を隠せないハインハウルス陣営。
「わかった、弟達よ……俺は、筋肉の為に、女を……諦める……!」
「マッチ君マッチ君、良かったら今度私が素敵な女性との食事をセッティングしてあげよう」
「本当ですかヨゼルド国王!」
「兄さん!?」「兄者!?」
そしてからかいか同情かわからないが余計なちょっかいをヨゼルドが入れ、再び振り出しに戻りそうになる。――だからなんじゃこりゃ。
「はいはい、落ち着いて。もう直ぐもう一人ゲストがいらっしゃるから、その話は終わりよ」
パンパン、と手を叩いてアクラがその場を収める。――と、
「ストム、私達以外にも来賓が?」
「ああ。ぜひ参加させて欲しいと申し出があってな。アクラの妹のミルラが今連れてくる」
それはヨゼルドも知らなかった様子。――直後、
「失礼致します。お義兄様、案内して参りましたわ」
一人の新たな貴婦人――彼女がアクラの妹のミルラだろう――が玉座の間へ入ってくる。そのミルラの一歩後ろに、一人の女性。
「……!」
その女性に、この場にいる全員が目を奪われた。透き通るような肌に、整った顔立ち。正に美人。そう、美人なのだが――それ以上に、その周囲に纏う独特のオーラに驚きを隠せない。
不思議な存在感だった。まるで、自分達とは違う世界の様な生き物の様な、そんな印象を一瞬受けてしまう程のオーラ。
「初めまして、皆さん」
その女性は、全員の顔を見渡すと、ゆっくりと口を開く。
「今回、タカクシン教を代表して参りました、クレーネルと申します。どうぞ宜しくお願い致します」
そして優しい笑顔で、そう挨拶するのであった。