第百四十一話 演者勇者と筋肉大迷宮(マッスル・ラビリンス)1
「お越し頂きありがとうございます。こちらから呼びつけておいて、お茶一つ出せずに申し訳ございません」
ででん、と礼儀正しくお礼と謝罪を告げたのは、ハインハウルス第一王女専属使用人・リバール。彼女の自室で、自分のベッドの上で、マスクをして、正座をしての第一声である。
「うんまあ、それは別に気にしてないからいいんだけど。寧ろこの状況が気になってお茶どころじゃない」
そう正直に返事をするのは、ハインハウルス軍騎士及び演者勇者専属護衛・レナ。リバールのベッドから距離を置いて設置されていた椅子に座らされていた。
要はレナはリバールに部屋に呼ばれ、行ってみたらこうなったのである。
「では早速本題に入りたいと思います。――私、風邪をひいてしまいました」
「ああ、そのせいのマスクなんだ。珍しいじゃん風邪なんて。――あれ? つーかリバールってさ」
「お察しの通りです。基本、忍者は体内に毒素を取り込み免疫を作る訓練をしているので、風邪を今更引いたりはしません。ですが、今年の風邪はどうも新種な様で」
思い起こせばリバールが体調不良で休む、というのをレナは見かけた事が無かった。理由も流石ではあった。
「あー、何か風邪も進化とかしてるらしいもんね。流石に一回は取り込まないと防ぎようがない、と。じゃしょうがないわな」
「はい、もう次からはかかりません。――ですが、次とかではなく、問題は今なのです」
「どした。そんなに厄介な風邪だったん?」
「いえ。まあこれも私だけかと思いますが、あくまで現在風邪に「かかっただけ」で、上手く体内でウイルスをコントロールして、基本何の問題もない状態です。日常生活は勿論、戦闘も恐らく九十五パーセント位まで本気が出せるでしょう」
「よくわかんないけど相変わらず凄いじゃん。それの何が問題なの?」
「……姫様に、休みを命じられてしまいました」
「……あー」
不甲斐ない気持ちが、表情に隠し切れない。
「私自身は大丈夫なのですが、体内にウイルスがいるのは事実。他の人にうつす可能性がある以上、仕事を休みなさいと。私はそれすらもコントロールしてみせると申し上げたのですが、無理をしては駄目と。ゆっくり休みなさいと」
当然の判断である。エカテリスもリバールを心配しての決断である。
「まあ、そりゃそうなるでしょ。私だってリバールの上司ならそうするわ。――あれ? 状況はわかったけどじゃあ何で私呼ばれたの? 仕事関連ならハルを呼べばいいし、まさか代わりに姫様の匂いでも嗅いで来いとか?」
「レナさんは、レナさんは私に何の恨みがっ!? 私が姫様の匂いを嗅げないのをいいことに、そんな自慢をするつもりなのですか!?」
「嘘嘘冗談だっての! というか普通の人は匂い嗅ぐのを羨ましいとか言わんわ!」
シーツを握り締めて涙目でリバールが訴えてくる。――これやったら私夜中に暗殺されるな多分。
「じゃあ何よ? 本題は本題」
「次の公務に関してはもう耳にされてますか?」
「あー、うん、えーと、何となく」
ネレイザに資料を渡され、しつこく説明された気がするが、まあ本番で上手くやればいいじゃんの神経で曖昧にしか覚えていなかったり。――確か、
「全員参加じゃなかったよね? 隣の国に訪問交流するとか」
程度しか覚えていなかった。
「はい。――当然ですが私は不参加を命じられました。ですので、もしも姫様に何かありましたら、レナさんに姫様の事をお願いしたいのです」
「んー、遠征じゃなくて訪問交流なんだから危険とかないでしょ。第一私、勇者君守るのを優先させちゃうけど」
「わかっています。重々わかっています。それでもレナさんにお願いしたいのです。――敢えて選んだ時、レナさんが一番頼りになるんです。ですから、どうか姫様の事をお願いします」
ベッドの上で手をついて、リバールが丁寧に頭を下げる。本気を感じてしまい、レナも逃げ場が無くなる。
「わかったわかった、出来る限りの事はするから」
「ありがとうございます……! 体調が戻り次第、お礼をしますから!」
手をついたままだが、リバールが安堵の表情を浮かべる。――そんなに信頼されてもなあ。
「それじゃ、ゆっくり休んで早く治しなよ。姫様だってリバール居てくれた方が何かと安心なんだから」
そう言い残し、レナはリバールの部屋を後にする。――にしても。
「リバールが風邪をひくタイミングよ。……何か、嫌な予感するなぁ」
はぁ、と溜め息をつきながら、レナは自室へと戻るのであった。
「よく来てくれた、ライト君、レナ君、ネレイザ君」
王妃ヴァネッサが前線に戻って少ししたある日。三人はヨゼルドに玉座の間へ呼ばれていた。既にそこには三人の他にエカテリスとハルの姿が。
「今回来て貰ったのは他でもない。次の公務についての説明をしておこうと思ってな」
「あれ? ネレイザがもう資料貰っていて、俺説明して貰いましたけど」
「いや、重要な公務になるからな。改めて私の口から説明したいと思う」
キリッ、と何処となく凛々しい表情で口を開くヨゼルド。明らかに張り切っているのが見て取れた。――というのも。
「これあれだわ。国王様久々に姫様と一緒の公務だからやる気満々なんだよ」
という理由が推測出来た。――そう、今回はヨゼルドも一緒の公務なのである。
「任務に私情を挟むなんて論外じゃない。しかも国王なのに」
「それネレイザちゃんが言う? マーク君と一緒の任務とかだったらウキウキじゃないの?」
「う……私はもう改心したの!」
「多分」
「補足をあんたが言うな!」
そんなレナとネレイザのやり取りを他所に、ヨゼルドはハルにテーブルを用意させ、そこに地図や資料を広げていく。
「今回は、ハインハウルスと親交の深い隣国、ポートランスとの懇談会だ。丁度この時期、ポートランスでは大迷宮の開放時期であり、それの開放祭に来賓として招かれる形だ。今年は節目の年らしく、例年よりも盛大に行われるらしい」
「冷静に考えると不思議なんですけど。迷宮オープンで祭りなんですか?」
いつから迷宮はテーマパークになったのか、という素朴な疑問が浮かんだ。
「ライトが疑問に思うのも無理はないですわ。一般的な迷宮、ダンジョンはモンスターの住処だったりするのだけど、ポートランスの大迷宮は国が厳重に管理していて、一定区間までは観光も出来る位安全な場所なのよ。勿論発掘関連の歴史的価値もあり、国が定めた開放期間には大勢の人が訪れますの。私とお父様は去年も参加したのだけれど、中々の賑わいでしたわ」
「へえ……」
と、エカテリスの補足が入る。ダンジョンと言っても色々あるんだな、とライトは感心。
「こちらとしてはポートランスとの交流は無論だが、ライト君のお披露目の良い機会だと思っている。向こうにはのらりくらりで誤魔化してきたからな。そろそろ一度は見せておかないと疑われる可能性もある」
「成程、俺の本来の任務になるわけですね」
「向こうも何やらお抱えの英雄のお披露目を匂わせてきておってな。負けずに「勇者」としての貫禄を頼んだぞ」
勇者花嫁騒動とは違い、今回は正攻法での存在アピールとなる。――まあそれでも前もって色々練習とか準備とかしないと。
「今回は遠征ではないので人数は絞って行くことにする。私、エカテリス、ライト君、私の補佐、世話係としてハル君、ライト君の護衛でレナ君、事務官でネレイザ君。以上の六名での公務だ。本来ならここにエカテリスの世話係としてリバール君が加わるのだが、流行り風邪にかかってしまい療養中の為欠席となる。――エカテリス、本当に代役はいらないのか? ホラン君でもルラン君でもつけておけば」
「大丈夫ですわ。もう子供じゃないんだし」
「王女様、先輩の穴は出来る限りフォローするつもりですので」
「ありがとう、ハル。でもお父様の世話を優先してね」
「承知致しました」
でもハルなら二人分の世話を平気でこなすんだろうな、何ならライトの分も込みで三人分こなすんだろうな、と張本人以外はふと思ったり。
「出発は明日後。支度に抜かりのないようにな。――というわけでエカテリス、パパと一緒に支度しよう。旅のしおりも作ったぞ」
「別に支度位一人で出来ます。というかお父様政務で忙しいのに何故それを作る余裕がありますの……?」
見れば手作りでかなり作り込まれた旅のしおりであった。それでも政務を穴無くこなせるヨゼルドが凄いのか、娘と遠出出来る喜びから生まれたパワーか、はたまた両方か。
「本当に一人で出来るか? バナナがおやつかどうかの決定権は今回パパが持ってるんだぞ?」
「どっちだとしてもバナナは持っていきません!――ハル、着ていくドレスを選ぶのを手伝ってくれる?」
「せめてそこは先輩に選ばせてあげましょう。クッキー君を使えば遠隔からでも見れるはずですから」
「じゃあハル君には私の服を選んで貰おうかな!」
「洋服タンスの上から二番目の引き出しの右側ので宜しいかと」
「もう用意してくれてるのはありがたいけど事務的過ぎない!?」
そんな感じで(?)支度は進み、あっと言う間に出発の日になる。そして――
「成程、完全にお祭りなんだな」
元々の街並みを見た事があるわけではなかったが、その雰囲気を感じ取れるには十分な賑わいを見せていた。
ハインハウルス城を出発、馬車に揺られ移動、道中一泊した翌日、ライト達は無事にポートランスへと到着していた。本国城下町なのでそもそもが発展はしているが、今回の賑わいはハインハウルスでの収穫祭を彷彿とさせる物だった。
人並みも多種多様であり、観光に来ている家族や、本格的にダンジョンに挑むのか冒険者のパーティなども多く見られた。
「そういえば、俺達はダンジョンに潜ったりとかしなくていいのかな?」
「観光可能な範囲に少し顔見せはしますが、本格的な事はしませんわよ。あまり気が進みませんし」
「そう……なの?」
エカテリスはそれなりにそういった物に興味があると思っていたライトとしてはその返事は意外だった。その疑問が表情に出ていた様で、エカテリスは溜め息。
「まあライトが考えている事はわからないでもないわ。普通のダンジョンなら力試しで潜ってみたいと私も思いますけど、でもここのはどうも」
「私も王女様と同意見です。魔法職っていうのもありますけど、でもそれ以上にこう……名前が」
「ソフィ辺りは好きそうだけどねえ。ハルは?」
「私の気功術はあくまで自分やヨゼルド様、皆様方との共闘の為にあるので、自慢をしたいわけではないので」
そしてエカテリスだけではなく他の女子三人も揃って乗り気ではない模様。どうもダンジョン自体が特殊らしい。
「マスターも、名前聞いたら多分若干引くわよ」
「? 普通の名前しか資料には書かれてなかった気がするけど」
「通称があるの。通称の方が有名なんじゃないかしら。あそこはね――」
「お待たせ致しました。ハインハウルス国王ヨゼルド様御一行でございますね? 城内までご案内致します」
ネレイザが口を開きかけた所で、ポートランスからの使者が迎えに来た。促され、その使者の後に続こうとすると、
「よく来たなハインハウルスの諸君! 俺達が、この体にかけて、案内しようじゃないか!」
ばばん、と突然三人の男が、ライト達の前に立ち塞がるのであった。