第百三十八話 演者勇者と天騎士4
「それじゃマスター、行って来ます」
「うん、頑張って」
アルファスの店を大勢で尋ねた翌日。今日はヴァネッサは内部での軍備関連の事務公務を行うので、勉学の為に見学したいとネレイザが申し出。二つ返事でヴァネッサが承諾してくれたので、ネレイザが早くからヴァネッサの所へ出発した。
「王妃様も大変だな、折角の休暇なんだろ?」
「その辺りは私達にはわからない色々があるでしょうからねえ。私みたいなのが最高責任者だったら成り立たないでしょ」
「まあ、レナは現場で生きるタイプだしな」
内勤にしたらサボって寝てばかりになりそうだ。……よく考えたら内勤じゃない今でも隙を見ては寝ていた。
「レナは、王妃様とは」
「んー、私王妃様にスカウトされて軍に入った口なんだ」
「へえ……」
そういえばライトとしてもレナの過去はほとんど知らないことに気付いた。――まあ、俺も話してないし、お互い様ではあるけれど。
「ん? どした?」
「ああいや、何でも」
知りたい気がするが、聞いたら駄目な気がする。何処となく、レナからはそんな空気を感じられてしまった。
「でもやっぱり王妃様は凄いよねー。ハインハウルス軍ってでっかく強くなり過ぎなのに、それをあの人のカリスマは纏めてる。騎士としての強さは勿論、そういう所の凄さも勝てないなって思うよ」
「まあ、その分色々苦労も背負ってるんだろうな」
天騎士、王妃。その二つの肩書は大きく、重いはず。
「……ん? ふと思ったんだけど、レナが訓練とか限界突破とか熱心に取り組んだら、物凄く強くなるんじゃないか? 今でも十分強いんだし」
事務能力はわからないが、戦闘に関しては天騎士にもしかしたら並ぶのではないだろうか、とライトは予測。
「勇者君。私がもし、熱心に王妃様を越える為に訓練をしたとしよう」
「うん」
「世界が破滅するんじゃなかろうか」
「何で!? また適当な事言って誤魔化す!?」
あっはっは、と笑うレナ。実際にレナの底は知れない。……一瞬本当に世界が破滅するかも、とライトは思ってしまった。
「まーでも、訓練とか努力とか、そういうのも実力の一部でしょ。そういう意味では私はこれが限界なんだろうし、その手の事も怠らない王妃様は強くて当たり前なのかもね」
「強くて当たり前、か」
「ああでも、勇者君の努力が無駄って言ってるわけじゃないよ? 確かに勇者君が努力しても、ほんの少ししか身にならない。私は勇者君の事を知らなかったら無駄な事してるって言うだろうけど、でも勇者君の努力を「認めてる」人達がいる。それだけで十分なんじゃないかな」
歯に物着せぬレナの言い回し。彼女らしいとライトは思った。――そして、その言葉の陰に見え隠れするのは。
「レナも、俺の事を認めてくれてる?」
という事だった。
「んー、少なくとも私よりかは頑張ってるって思う、私よりかは、さ。――って」
『ねえ、そこの傭兵さん。貴方、いい腕してるのね』
『別に。まあでも、きっと弱くはないんだと思う。軍の人が来る前に片付けられる位には』
『あら手厳しい。ごめんなさい、部下の遅延は謝罪するわ。――お名前、伺ってもいい? 私はヴァネッサ。ヴァネッサ=ハインハウルスよ』
『ヴァネッサ……王妃様? 天騎士?』
『ええ、そういう感じになるかしら。――はい、私は挨拶したわ。貴女は?』
『レナ』
『どうもありがとう。――レナちゃん、ハインハウルス軍に入らない? ハインハウルス軍は、貴女みたいに強い人をいつでも募集中よ』
『別に、噂の天騎士さんがいれば私程度の人間はいらないでしょ』
『そんな事ないわよ。世界の為には一人でも多くの人材が欲しいもの』
『私は強いかもしれませんが軍人向けじゃないですよ。ただのぐーたら人間ですから』
『ぐーたら人間……ふふっ、いいじゃないぐーたら人間』
『……はい?』
『人間、色々な人がいて当たり前よ。私はたとえ貴女がぐーたら人間でも、ハインハウルス軍に必要だって思ったの。だからスカウトしてるのよ。……それに』
『それに?』
『ハインハウルス軍は、ただ戦うだけの軍じゃないわ。世界は救うけど、仲間だって救うの。――貴女にも、きっと素敵な出会いがあるわ』
『私、あんまり簡単に人を認めない人間ですけど』
『だったら尚更よ。貴方が認めるような人間と、きっと出会えるわ。ううん、出会わせてあげる』
「……ふふっ」
「レナ?」
レナが突然笑う。ライトからしたら意味がわからない。
「ああいや、王妃様はやっぱり凄いな、って思っただけ」
「いやその説明でもわからない」
「後は私がぐーたら人間なわけで」
「いやだから!」
そんなライトからしたら謎の会話がしばらく続くのであった。
「クイズ! ハインハウルスでゴー!」
「イェーイ! パフパフパフー!」
夕食後、少しして。本日はこの時間にハルによる授業を予定していたライト。いつもの部屋のドアを開けると、そこには何故かノリノリのヨゼルド・ヴァネッサ夫妻が(台詞は前者がヴァネッサ、後者がヨゼルド)。
「さあやって参りました今夜のチャレンジャー! 先日演者勇者に就任し騎士団の団長を務めているライト君です!」
「司会のヴァネッサさん! 何とライト君はその騎士団に美女を揃えてハーレムを楽しんでいるそうですよ! けしからんですね!」
「まるで夜な夜な何処かのお店に通う何処かの国王みたいね?」
「突然素に戻るの止めて! 私は違うよ!? ヴァネッサ一筋だよ!?」
白い目でヨゼルドを見る司会者ことヴァネッサ。――は兎も角。
「ハル、この茶番劇、何……?」
いつもの教師、ハルは呆れ顔で着席してその様子を見ていた。
「ヴァネッサ様が一度ライト様と私の勉学の様子を見てみたいと仰って。私としては最前線の現場の話をして貰えるし、ヨゼルド様を縛って連れて来なくてもヴァネッサ様がいれば自分で着いて来るしで二つ返事で承諾したのですが、いざ到着したら」
「こうなってた、と……」
この夫婦、大国ハインハウルスの国王と王妃である。――知らない人からしたらまず信じて貰えないだろう。
「私のモットーは楽しく真面目に。剣術も勉学も、ただ習うだけじゃつまらないでしょ?」
「まあ、俺としては剣技もそうでしたけど、王妃様に直接教わる機会なんてそうないのでありがたいです」
「気楽に気楽に。ハルちゃんの授業も勿論しっかりしていて重要だけど、偶にこうしてゲストで挟むといい刺激になる、位の気持ちでいいから」
経緯はあれど、接し易く優しいのはライトとしても安心出来た。――いい意味で似た物夫婦なんだな、この人達は。
「では第一問!」
「ででん!」
「あ、そのノリは続けるんですね」
「三年前、イザトゥナーク州で行われた世界会合に参加した国七か国の内、ハインハウルスを除く六か国全てを答えよ」
「問題はガチンコだった難しい!?」
「ちなみに全問正解すると、私とハルちゃんからキスのプレゼントがありまーす」
「うおおマジですか!? それは、その……!」
「ヴァネッサ様!? 私を巻き込まないで下さい! ライト様も勝手に誤解を……! ああいえ、決してライト様が嫌いとかキスが嫌とかそういうわけではないのですが、その……!」
「ちなみに正解数が半分以下だと、国王ヨゼルドが三か月間プライベートでの外出禁止でーす」
「うおおおおライト君頑張れなんとしても頑張れ! ヴァネッサのキッスは駄目だから半分以上全問以下を目指すのだ!」
――結局、クイズは正解率が六割となり、見事にヨゼルドの思惑通り、報酬も罰則(?)も発生せず、以後は至って普通の講義が行われた。
普通とは言ってもそこはヴァネッサ、天騎士、そしてハインハウルス軍最高責任者であり、正に「ならでは」の話を聞き易く話をしてくれて、ライトとしても実に有意義な時間となる。
「ありがとうございました、凄い為になる話でした」
「いいのいいの。実際はほとんど為にならない話ばかりだもの。最前線の軍の様子とか、戦線の攻略ルートとか。戦いは、私が、私達が終わらせるわ。ライト君にそんな手間を煩わせるつもりはないから、安心して。――本来ならよっぽどこの人の授業の方が役に立つはずなんだけど」
「フフフ……毎回ハル君に縛られての登場だから授業なんてもっての外なのだ」
ドヤ顔のヨゼルド。決して自慢すべき箇所ではなかった。
「さて、と。――これから少し、ライト君と二人きりで話があるから、二人は先に戻っていてくれる?」
「俺に、話?」
と、ヴァネッサからそんな提案。
「な……っ! ヴァネッサ、こんな夜にライト君と二人きりだとぅ!? 国王権限で許さんぞ!?」
「そんな心配する様な事はしないし、ましてやまだそこまで遅い時間でもないでしょ? 私もまだ色々あるし、お風呂にだって入ったりするし」
「混……浴……! 終わった……私の国王人生は終わった……」
「あーもう面倒臭い……ちゃんと後で構ってあげるから……実際ここでこの人が国王として機能しなくなるのも困るしね。――ハルちゃん、連れてってあげて」
「承知致しました」
ずるずるずる。――ハルはヨゼルドの首根っこを掴んで引きずって行った。姿が見えなくなり、ライトとヴァネッサ二人だけとなる。
「ベタ惚れされてるじゃないですか」
「本当にね。どうしてあそこまで私に入れ込んでくれる癖に、私が居ないと直ぐに他の女の子に目が行くのかしら。――男ってやっぱりそういうもの?」
「国王様に対して失礼ですけど、一緒にしないで欲しいです」
そう言って、二人で笑った。
「さて、そんなに長い話になるわけじゃないけど、立ち話もなんだから、軽く飲み物でも飲みながら話しましょう」
そのまま二人は食堂で飲み物と軽く摘まめる物を貰い、テラスへ。
「ライト君は、私を見て何か思う事はあった?」
「へ?」
乾杯をし、飲物を一口含んだ後、ヴァネッサからのそんな質問が。――ヴァネッサを見て思う事。
「そう、ですね……語彙力が足りなくてあれなんですが、兎に角凄い人だな、と。訓練での圧倒的強さもそうだし、アルファスさんの上官だったのもそうだし、授業で教えてくれた事もそうだし、その……お綺麗ですし」
「うんうん、成程成程。そういう事、ね」
「?」
ライトは素直な感想を述べた。だがヴァネッサは何処か含みのある返事をする。――何だろう。何も悪い事は言ってないと思うんだけど。
「それじゃ、質問を変えるわ。――ライト君、「あの子」の事は、守ってあげられた?」
「!?」
その質問は、ライトにとって、衝撃の質問なのだった。