第百三十四話 幕間~新人事務官はある意味忙しい
ネレイザがマークの後任として、ライト騎士団及びライトの事務官として着任。その事実は、大小あれどライト騎士団の団員を驚かせる。
ネレイザはそんな団員達に対して、本気だ、お兄ちゃんだけに責任を取らせたくない、足を引っ張らない、結果で証明してみせる、と断言。――あれ、俺に怒られた話はしないの、と言いかけたライトを睨んで黙らせた。
マークも後任が誰になっても大丈夫な様に引継ぎを完璧に用意してあり、入れ替えは問題なく終了した。
そして、ネレイザが着任して、三日が経過しようとしていた。
「…………」
朝。朝食を終え、ネレイザはライト騎士団団室にて書類仕事を始めていた。
任務があって遠征等があれば勿論書類仕事は滞る。待機中の間に出来る限り済ませておかないと困るので、任務の無い日は出来る限りこうして朝から書類仕事をしている。
元々努力家なのもあり、また血筋なのか、意外にも事務仕事にも彼女は向いていた。
というわけで、順調に仕事を進めていると――ガチャッ。
「お早うございます」
「お早うございます、ソフィさん」
団室にソフィが入って来た。――団員は、特別用事があったり、完全休暇日となっていない限り、朝は団室に顔を出す様になっている。
「朝からお疲れ様です。良かったら、どうぞ」
ソフィはお手製のハーブティーを淹れ、ネレイザの前に。
「ありがとうございます。――これが、今の私の仕事ですから」
「無理はしない様にして下さいね。――これ、今週分の報告書です」
「ありがとうございます」
自然に優雅な仕草でソフィは数枚の報告書をネレイザに手渡す。――綺麗な字で、内容も読み易い。受け取る側としてこれ以上ない位ありがたい報告書だった。
見た目超絶美人、同性の自分でも圧倒される気品溢れるオーラ、アタッカーとして圧倒的攻撃力を持ち、元神官なので回復魔法まで使いこなす。こんな完璧な人がいていいのかな、とネレイザは心の中で溜め息――
「……え」
――をつこうとした所で、三枚あった内、三枚目の報告書に目を通してみると。
『視察中の団長を馬鹿にした感じで見てたゴロツキ共をぶっ飛ばしてやった。誰のお陰でこの街が平和だと思ってやがるクソボケ共が』
一枚だけ、明らかに筆跡が違う(雑で汚い)報告書。最初の二枚とは正に正反対の位置にある様な。
「……あの、ソフィさんこれ」
「ああ、ごめんなさい。「アタシ」に書かせたの。自分でやったんだから自分で書きなさいって。「面倒臭え」って言って中々やろうとしなかったんだけど、それじゃ駄目よ、って」
「……はあ」
世の中完璧な人って中々いないな、と十数秒前に思った事をネレイザはあっさりと撤回した。――大変ねこの人も。
そんな感じで事務仕事を続けていると――ガチャッ。
「あ……あんぱん買ってこいやー!」
その掛け声と共に、サラフォンが登場した。――え、何これ。
「その……この仕事、キリのいい所まで進めてからでいいですか?」
「あ、うん、大丈夫。でね、ネレイザちゃんがあんぱん買ってきたら、ボクは「何であんぱん買ってきた、メロンパンって言っただろうがー!」って言うんだけど、本当にメロンパンを買いにいく必要はないからね」
「ツッコミ所が満載過ぎる! 何の話で私に何をさせたいの!?」
「え、先輩後輩ってそういう間柄が普通だってこの前読んだ本に書いてあって」
純粋な目でサラフォンはそう告げてくる。――この人確かラーチ家の令嬢よね。私の結界解除した時の腕も凄かったし、今は今でよくわからないし、本当に色々な意味で令嬢なのかしら。
「ボク、先輩って憧れだったんだよ! ニロフさんは確かにボクの後に入ったけど後輩って感じがしないし……だからネレイザちゃんが入ってくれて嬉しくて! 今度、工房案内してあげるね! 欲しい物があったらあげるから! 地雷探知機から手榴弾まで何でも揃ってるから!」
「……はあ」
地雷探知機と手榴弾の間には何があるのだろう。相変わらず爆弾以外揃ってるのか不安になる紹介だった。
「サラ、先輩なら先輩らしくちゃんと振舞いなさい」
と、続いて姿を見せたのはハル。
「おはようございます、ハルさん」
「おはようございます。――ネレイザ様、申し訳ありません。確かにサラは先輩にあたるのかもしれませんが、そこまで気を使う必要はないですから。何かあったら私まで」
「うん、そうします……」
「にしても……ふむ」
ジッ、とハルがネレイザを見る。
「あの……?」
「ああ、申し訳ございません。――マーク様の妹さんなのでどうかと思っていましたが、お世話する隙はありそうですね。安心しました」
「え……」
戸惑うネレイザを他所に、ハルはその一言を残して、団室の掃除を始める。――待って待って怖い。今見られただけで世話する隙があるとかどうとか。何の鑑定スキルなの?
「ハルさんは、面倒見が良くて、世話好きなんですよ」
「リバールさん。お早うございます」
と、続いて姿を見せたのはリバール。
「お早うございます。――先輩の私から見ても、使用人の鏡ですよ、彼女は。私なんて姫様の事で手一杯なのに」
「王女様専属って大変そうですね」
「ええ。使用人としての基本的な仕事は勿論、朝は姫様より早く起きて姫様の寝顔を見なくてはいけませんし、姫様の訓練中は姫様の汗をギリギリ感じ取れる位置をキープしなくてはいけませんし、公務や勉学の時はその凛々しいお姿を保存する為にカメラ云々用意しなくてはいけませんし、入浴時は背中を流しつつ姫様の成長具合を確認しなくてはいけませんし、それから――」
「…………」
使用人としての基本的な仕事以外は必要なのか疑問な内容が並んだ。――どうしてこの人専属に選ばれてるのかしら。確かに優秀そうではあるけれど。
「どうです、ネレイザさんも興味が湧いてきましたか? そこでこちら、姫様の全て入門編、全二百ページの解説と十時間の座学で全てがわかる。初回限定で姫様の限定プロマイド付き」
「何のセールスなの!? いらないから!」
「無料ですのでお気になさらずどうぞ。入団記念です」
一体何処に持っていたのだろう、その本と限定プロマイドをネレイザに押し付け……もとい手渡し、リバールもハルの手伝いを始めた。――ある意味姫様は守られてるのね、うん。
「お早うございます」
「お早うございます、ニロフさん」
と、続いての登場はニロフ。
「朝から精が出ますなネレイザ殿。――こちら、我の報告書です」
「お預かりします」
謎の仮面魔導士。カーラバイトとの決戦時に感じたが、尋常じゃない実力者だった。自分も才能はあるから魔道殲滅姫なんて呼ばれる事もあるのだが、恐らくそれよりも上だろう。――上には上がいるのね、と自分の自惚れを自覚するいい切欠となった。
でも、あの仮面は何だろう? 酷い傷でも負ってて隠してるのかしら、と思っていると。
「いやいや、しかし今日は蒸しますなあ。ちょっと失礼」
カポッ、とニロフが風通しを良くする為か、仮面を外す。
「ふーっ。――サラフォン殿、今度部屋の気温を調節する魔道具、合作致しませんか?」
「あっ、ボクも挑戦してみたいなって思ってたんです! ニロフさんとの合作なら実現しそう!」
「――って骨ー! 骨が喋ってる! モンスター!? アンデット!? 人間じゃなかったの!?」
「あ」
…………。
「――というわけで、我実はリッチキングという種族でして。皆様のご厚意でこうして在籍させて頂いております」
仲間内は全員知っているのが当たり前だったのですっかり言うのを忘れていたニロフ。改めての自己紹介を済ませる。
「驚かせて申し訳ありませんでしたな。ネレイザ殿さえ嫌悪が無ければ仲間として仲良くさせて頂きたい所」
「何か……驚いたけどもう驚かないから……普通の人いないんだもん……だから大丈夫です……」
お兄ちゃん凄い所で頑張ってたんだ、と改めてマークを尊敬し直すネレイザだった。
「おはー」
と、続いての登場は、
「……お早うございます、レナ……………………さん」
レナだったのだが、ネレイザからしたら宿敵(?)。突然仲良く、というのも何処か無意識に憚れてしまったり。
「いやいや、どんだけ私のこと「さん」付けしたくないのよ」
「仕方ないじゃない、貴女の事名前でまともに呼んだ事なんてなかったんだし」
「ふむ。――それじゃネレイザちゃんが呼び易くなる様に今日から私、マークに改名しようかな」
「そういう所! そういう所よ!」
あっはっは、とレナは笑う。
「あ、これ報告書ね」
と、レナは思い出した様に報告書を取り出し、ネレイザの前に置く。見て見ると――
『いつもと同じ』
『いつもと同じ』
『勇者君と一緒だったので勇者君と同じ』
「ネタ切れの夏休みの絵日記かぁぁ!」
バシン、と報告書を叩き付ける結果となった。あって無いような内容の報告書であった。
「真面目に書きなさいよ! 少なくともそれなりの立場にいる人間なんでしょ!?」
「えー、マーク君はそれで通してくれたよ?」
「お兄ちゃんはあんたに甘いの! 私は甘やかさないから! 書き直し!」
ガッ、と突き返すと「面倒臭いなぁ」とぶつぶつ言いながら自らもテーブルに座り、一応修正をレナは始める。――本当に、この人に実力が無くてマスターを守れない人間だったら今すぐ追い出すのに……でもカーラバイトのボス一人で倒したって相当の実力……ああもう!
「お早う」
「お早うございます、王女様」
と、そんな感じでモヤモヤしていると、続いての登場はエカテリス。――エカテリスは、直ぐにネレイザが事務仕事に取り掛かっている事に気付く。
「この短時間でもうしっかりと事務官としての仕事ルーティーンを作り上げている、流石ですわ」
「お褒めの言葉ありがとうございます。でも、それが出来るからと志願したので当然です」
「良い心がけですわ、期待しています。――これ、私の報告書ですわ」
「すみません、王女様にわざわざ」
「団員ですもの、当然ですわ」
手渡される報告書。綺麗にしっかりと、お手本の様な報告書であった。
「…………」
「? 私の顔に何かついてるかしら?」
「ああ、いえ。――流石に王女様にはオチはないですよね、安心しました」
一癖二癖ある中でのオチ無し。ネレイザには安心以外の何物でもなかった。――いやオチが無い方が圧倒的に少ないって何よここもう。
「お早うございます……ってあれ、今日は俺がビリか」
と、そこで最後の登場となったのはライトだった。
「お早うございます、マスター」
「お早うネレイザ。――これ、報告書ね」
「ありがとうございます。――マスター、今日の予定を確認したいのだけれど」
「今日は任務何もないよな? 午前にニロフの魔法の講義、午後にアルファスさんの所で訓練、後はえーっと」
「お昼空いてるでしょ? 打ち合わせの時間が欲しい。一緒に食事しましょ。城下町でいいレストラン見つけたの」
「いいけど……打ち合わせ外でして大丈夫なのかな? 仕事の話だろ?」
「偶にはそういう所でした方が能率が上がるの。護衛に関しては私の実力があれば問題無いし。ね?」
「まあ、そう言うなら」
「やった! じゃあ時間になったら迎えに行くからね」
そう言って嬉しそうな笑顔を見せると、ネレイザは事務仕事に戻るのであった。
「春ですなあ」
そして、そんなネレイザの様子をしっかりと(?)見守っていた面々。
「え? ニロフさん、もう直ぐ夏だよ?」
「サラ、そういう事じゃないの。貴女ももう少し勉強しましょうね」
「チッ、調子乗りやがって。そもそもあれがこの前まで団長を馬鹿にしてた奴の態度かぁ?」
「ソフィ、気持ちはわかりますけれど狂人化はお止めなさい」
「ライト様に真正面から叱られたのが響いたのでしょうね。ドラマじゃないですか」
「チョロいだけでしょ。そして気付かない勇者君と来たもんだ。やれやれだねえ」
そんな暖かい空気が流れる(?)、朝のライト騎士団団室なのだった。