第百三十三話 演者勇者と魔道殲滅姫19
マークの降格、転属処分を提案したのは他でもない、マーク本人だった。
妹救出の為に勇者の部隊を嘘をつき独断で借り、殲滅。――そういう事にしておけば、ライト騎士団の、ライトの評価が下がる事はない。今後まだまだライト騎士団は勇者の騎士団として活動していかなくてはならない。その為に、こんな所で汚点をつけて行動に支障を出してはならない。
更にはネレイザの事。ネレイザに関しては、流石に処分、人事に関して何かしらが起きる。そのダメージを、出来る限り少なくして欲しい。自分が処分される事で、兄にも少なからず責任があったとして、少しでもネレイザの評価が下がりにくくなるのなら。
以上二つの事を考えた時、自分が処分を受けるのが一番ダメージが少ない。――その結論を導き出し、マークはそう申し出たのだった。
「マークよ。其方を本日付けで勇者ライトの事務官から解任、都市マスクドの政務官に転属を命ずる」
ハインハウルス城、玉座の間。正に今、国王ヨゼルドからマークに辞令が言い渡された。
「勇者ライトの事務官という立場を利用し、討伐命令が下っている傭兵団とはいえ私情を挟んでの独断行動に持ち込んだ罪は重い。また貴重な我が軍の戦力でもある妹ネレイザの依存、暴走も喰い止められなかったこともある。――其方の今までの功績に免じて、除名追放はせん。地方都市で一からやり直すが良い」
「寛大な処置に感謝致します」
頭を下げるマーク。するとヨゼルドは玉座から立ち上がり、玉座に被っていた王冠を置き、マークの前へと歩く。
「頭を上げたまえ。――本当に、これで良かったのかね?」
王冠を一時的とはいえ外してわざわざマークの前に。――つまり、国王としてでなく、一人の人として、対等の立場として話をしに来た、という事。
「はい。ライト騎士団に汚点を残さない為には、これが一番です」
「確かに君を残し、ライト騎士団全体の処分とすれば、傷はつくかもしれない。しかし、傷のない軍人などそうはおるまい。それが例え勇者であってもだ。その傷も、君がいれば十分回復へと繋がっていく」
「ありがたいお言葉です。でも、ライトさんは軍人じゃない。今回の件をライト騎士団の責任にしてしまえば、きっと自分一人の責任としていつまでも背負うでしょう。今後の重要な判断の時に、今回の事件が足を引っ張って間違った判断をさせてはいけない。その為には、僕が背負うべきです。――まあ、ライトさんの事だから僕が背負う事も気にしてくれるとは思います。でも、先程申し上げた差は、必ず何処かで響くと思うんです。その為だったら僕は罪を背負います。あの人の事務官として」
「……そうか」
マークの目に後悔は見られない。前を向くその姿に、ヨゼルドもそれ以上の追及を止める。
「今回の件は、私の力不足な部分も十分にある。すまなかった」
そして、代わりにマークに謝罪をした。
「止めて下さい! 国王様の責任ではないです!」
「君達を預かる立場として当然の事だよ。――せめて、君の今回の行為が無駄にならない様、尽力を約束する。ネレイザ君の処分に関しても安心したまえ」
「!」
「それに、降格転属になったとしても、君が我が軍の優秀な人間で、私の大事な部下である事に違いはない。――何かあれば、いつでも連絡したまえ。国王として仲間として、必ず真摯に受け取ろう」
「ありがとう……ございます……!」
この国のトップ、国王からの温かい言葉。ヨゼルドがこういう人間である事は知っていたが、いざ自分が受け取る立場になると、感想と感謝が溢れて止まらなくなる。
マークは再び深く深く、頭を下げる。ヨゼルドは優しくマークの肩を二、三度叩くと、玉座の王冠を被り直し、その場を後にするのだった。
そしてあっと言う間に数日経過し、マーク出立の日が来た。団員は城門でマークを見送り、別れの挨拶へ。
「これ、ハーブティーのセットです。保存も効くようになってます。追加で欲しくなった時は連絡をくれればお送りしますから」
「ありがとうございます」
「それから……「アタシ」が、向こうで武力が必要な案件があればいつでも呼べ、叩き潰しに行ってやるからな、って」
ソフィ。
「こ、これ、何が必要なのかわからないけど、色々使えそうな物作ったんで、良かったら!」
どっさり。
「はは、ありがとうございます」
「その……ボク、マークさんのいつでも冷静な所、ボクには全然ないから、憧れでした。ボクはきっとマークさんみたいにはなれないけど、でも少しでもマークさんを見習って、頑張ろうと思ってます!」
サラフォン。
「ご安心下さい、サラの魔道具、必要な品だけピックアップしてそれ以外は抜いておきましたから」
「はは、ありがとうございます」
「マーク様は、本当にお世話の必要性が少ないお方でした。私としては残念でしたが、人としては素晴らしい方だと思っています。向こうでも、無理せずに」
ハル。
「こちら、我の最近のお勧めの小説数冊、それから夜「必要な時」に読むと助かる雑誌。マーク殿好みの女性をちゃんとピックアップしております故」
「ちょ、僕ニロフさんとそんな話した事ありましたっけ!?」
「フフフ、我の洞察力を甘く見ないことですぞ。向こうに着いたら確認してみると良いでしょう、必ずマーク殿好みのはず。――マーク殿の補助魔法の技術に関しては、我も感心するばかりでした。その役割も、我がしばらく担いましょう。ご安心下され」
ニロフ。
「こちら、サラフォンさんと効果が一部被るかもしれませんが使い捨ての忍術珠セットです。いざという時に役立てて下さい。後は秘蔵の姫様のプロマイドのコピーと、姫様の匂い袋をセットで」
「ありがとうございま……匂い袋……? ま、まあその、ありがとうございます」
「時に忍者である私を越える調査能力、感服以外の何物でもありませんでした。お仕事も向こうで抱え過ぎない様、御気をつけて」
リバール。
「お父様からも言葉があったとは思いますが、私からも国を預かる血筋の一員として、貴方に背負わせるような形になってしまった事、謝罪致しますわ。――ごめんなさい」
「王女様! 頭を上げて下さい、これは僕が選んだ道なんです。王女様のせいでも、ましてや国王様のせいでもありません!」
「ありがとう。ハインハウルスは、貴方という存在を預かる立場となって光栄ですわ。――向こうでの活躍の声、期待しています」
エカテリス。
「マーク、俺からも謝らせてくれ。本当にすまない」
「そんなに暗い顔しないで下さい。勿論ライトさんのせいじゃないです」
ライト。他の面々より、マークの指摘通り若干表情は重く暗い。そのライトに、マークは笑顔で語り掛ける。
「次の言葉、当てましょうか」
「え?」
「ライトさん、僕にお世話になりっぱなしで、何も自分からは出来なかった。そう言って、また謝るつもりですね」
「……あー」
図星だった。ライトは苦笑するしかない。
「ライトさんがどう思おうと、僕はライトさんから色々学びましたよ」
「俺から……?」
「いつでも前向きに、全力で、自分自身の出来る事に立ち向かっていく。民間人からいきなりこんな立場になったのに、その立場に負ける事無く歩き続けて。――僕にとっては、本物か演者かなんてもうどうでもいいです。ライトさんが、勇者です」
「マーク……」
「僕はハインハウルス城を離れます。ライトさんの事務官は解任となります。でも、これを置いていけ、とは言われていません。――持っていて、いいですよね?」
「あ……」
マークの手にあったのは、ライト騎士団のエンブレム。
「いざとなったら、必ず助けに行きます。僕は、ライト騎士団の団員です」
「その言葉、そっくり返すよ。――何かあったら、必ず助けに行く」
そのまま二人はがっちりと握手を交わした。友情の証、仲間の証を確かめるように。
「それじゃ、皆さんお元気で!」
そして、マークは最後に全員に挨拶をすると、歩き出した。――これ以上は振り返れない。自分の決めた道なのだ。自分が背負うと決めた道なのだ。真っ直ぐ前を見て、マークは歩いて行く。
そんな想いを改めつつ、馬車まで後少し、となった所で……「最後の一人」がいた。
「よっ」
「……レナさん」
大木に背中を預け、レナはそこに立っていた。皆と一緒にはおらず、最初からここで一人待つ辺りレナらしいとマークは思った。――偶然か必然か、周囲に人影はない。
「あれから一応思い出そうとしてみたんだけどさ、マーク君との最初の出会い、で私が君をいらないって言った事? 全然思い出せなかったや」
「今更驚きませんよ。レナさんですから」
「言ってくれる。まあでも、だからってわけじゃないけどさ、次、君が仕官先を探す機会が出来たら――必ず獲得に動く事にしたよ」
「!」
「戻って来なよ、ちゃんと。――それこそ、この程度の事で戻って来れない人間なら、私はいらないから」
そう言って、一瞬だけ優しい笑みを残し、レナはその場を後にする。
レナが自分を必要としている。獲得に動いてくれる。それは、出会った当初に出来た「レナに自分の事を認めさせる」、という目標の達成を意味していた。その想いは、マークにとっても大きな声援となり、力となる。
「戻って来ますよ。必ず、戻って来ます。それこそ僕は軍の問題児と言われた貴女に認められた人間ですから」
そう言い切ると、マークは再び歩き出す。――その歩調は、迷いのない、力強い物だった。
そして、マークが地方都市マスクドへと転任してから二日が経っていた。
「……よし、俺も頑張らないとな」
いつまでも後ろを向いてはいられない。自分を認めてくれていた、マークの為にも。――当初こそ沈み気味だったライトの気持ちも回復し、再び前を向き始めていた。
新しい事務官はヨゼルドが近日中に用意するとの事。ヨゼルドの事だ、不思議な人が来ても駄目な人は来ないだろうとライトも心配は――不思議な人は嫌だなあやっぱり。マークみたいに真面目な人がいいな。
そんな事を考えていると――コンコン。
「どうぞ、開いてますよ」
部屋のドアをノックする音。促すとガチャリ、とドアが開く。そこに立っていたのは。
「……ネレイザ」
「…………」
ネレイザだった。彼女もまた最前線での任務、というのを一旦解任され、次の指令待ちと言うのをエカテリスから耳にしていた。――何処となくこちらから訪ねるのも憚られ、結局事件以来直接会う事は無かった。まだ城で待機中だったのか。
何を言いに来たのか。別れの挨拶か、マークに関しての恨み辛みか。
「元気そうだね。その……少しは落ち着いた?」
「…………」
覚悟の上でライトはとりあえずの挨拶。が、ライトのその問い掛けに反応はせず、ネレイザはそのままライトの部屋に入り、ドアを後ろ手に閉めた。
「……ネレイザ?」
「……ふーっ」
再度の呼びかけ。今度はネレイザは大きく深呼吸。そして、
「本日付けでライト騎士団、及び勇者ライトの事務官に着任致しましたネレイザです。兄には至らない部分も多々あるとは思いますが、兄の穴を埋める為に精一杯頑張りますので、宜しくお願いします」
と、ハッキリとした口調で告げてきた。――って、
「事務官?」
「はい」
「ネレイザが?」
「はい」
…………。
「何だ夢か」
そのままライトは夢から覚める為にもう一度ベッドへ――
「って何で夢って決めつけてるのよ! 現実! リアル! リアリティ!」
――行こうとした所でネレイザに服を掴まれ無理矢理元に位置に戻される。
「という事は」
「ドッキリでもない」
「リバールの変装」
「本物!」
「じゃあ……何で? 君の実力なら、確かに一時的に最前線からは外されても、事務官なんて裏方任務に就く事はないと思ってたけど」
「普通ならそうでしょうね。――私が自分から志願したの」
「ライト騎士団の……俺の、事務官を?」
コクリ、とネレイザは頷いた。
「勿論お兄ちゃんが責任を取った分、私も責任を取るっていう意味合いもある。妹として、お兄ちゃんが抜けた穴を少しでも埋めたいと思った。でも、それ以上に――初めてだった。あそこまで、真正面から真剣に怒られたのは」
「…………」
思い起こされる、救出後の出来事。自分の感情に身を任せ、想いのままにネレイザを叱りつけた。
「特に覚醒してからは、誰からも怒られた事なんてなかった。変に実力付けちゃうと、怒られる事って減るのね。それに揉める事はあっても、実力でねじ伏せて来た。だから、あんなにボロクソに私を怒鳴りつけたのは、貴方が初めて」
「あれは……その」
「誤解しないで、非難してるわけじゃない。――冷静になって考えれば考える程、正論。悔しかった。実力もなくてお兄ちゃんに頼ってるだけの人が、あそこまで私の心を抉るなんてね。だから、見極めたいって思った。近くで、私を叱るに本当に相応しい人間なのか、確かめたいって思ったの」
そう言い切るネレイザの表情は晴れやかで、真剣にそう思っている事が伺えた。
「だから、事務官に?」
「そう。見極めさせて貰うから。貴方が、どんな人間なのか。言っておくけど、私はお兄ちゃんみたいに甘くないからね。勿論、それ相応の仕事をこなしてみせる。だから――これから、宜しくお願いします、マスター」
ゆっくりと頭を下げ、もう一度頭を上げて視線がぶつかる。先日までの厳しい目で見てきたネレイザはそこにはもういなかった。――その表情で、本気なのだと、ライトも察した。
「そう、か……わかったよ。こちらこそ宜し……んん?」
そう言って納得しかけた所で気付く、先程の言葉の最後の呼び方。――マスター? 今俺マスターって呼ばれた? ますたー?
「一応断っておくけど、俺別にそこまでお酒に詳しいわけじゃ」
「何でそうなるのよ!? どう考えても主従関係のマスターでしょ!?」
「まあ、そんな気はしたんだけどさ……」
幾らなんでもマスターはやり過ぎではなかろうか。事務官ってそんなに上下関係あるものだっけ。というか所詮俺演者勇者なんだけど。
「こういうのは中途半端は駄目なの、やるなら徹底的に。――というわけで、はい」
が、そんなライトの困惑を他所にドサッ、とネレイザはテーブルの上に紙の束を置く。
「これは?」
「アンケート。事務官として動くにあたって、貴方の事は色々知っておかなきゃいけないから。今日中に書いておいて」
自作のアンケートだった。真面目だな、と思ってそのアンケートを見てみる。名前、出身地、趣味、特技といったオーソドックスな物が最初の内は並んでいたが――
「――あのさ、この後半の方の「好きな女性のタイプ」とか「好きな女性の仕草」とか「好きな女性の髪形」とか、結婚相談所みたいな質問、いる?」
後半になれば成程、演者勇者とは離れた質問が並んでいた。主に女性関係の話が多い。
「いる」
「いやでも、事務官の仕事に何か関係あるかな……ましてや俺の好みなんてネレイザには関係――」
「ある。多いにある」
断言するネレイザ。心なしか顔が赤いのには――ライトは気付かない。
「やっぱり――」
「ああもうつべこべ言わずに答えておいて! 絶対! 後で取りに来るから!」
ガチャッ、バタン!――逃げるようにネレイザはライトの部屋を後にした。
「……不思議な人じゃないけど、流石に予想外の展開だったわ」
そう言いつつも、何となく真面目にそのアンケートにペンを走らせることにするライトだった。
ネレイザ――ライト騎士団、及びライトの事務官に、着任。