第百三十二話 演者勇者と魔道殲滅姫18
――皆が戦っている。
「吹き飛べぇ! テメエら全員、アタシの斧の餌食だ!」
「クッキー君、バッキー君は無理はせずに! 私とソフィのサポートに!」
「アイアイサー!」「イエッサー!」
私を助けに、多分無理をして来てくれたんだろう。
「結界五割解除!」
「サラその調子で大丈夫よ! 貴女の邪魔はさせないから!」
「雷箔神槍!」
この場にお兄ちゃんがいない。別行動だろう。――来ないわけがないのだから。
「フレイム・イリュージョンロード」
「っ……アイス・ロックウォール!」
冷静な私だったら、この場の戦いに驚き、感じる物があっただろう。あれだけの実力の持ち主達の見事なコンビネーション。一人で副長と戦っている仮面も尋常じゃない実力者だった。
多分、もう直ぐ勝てるだろう。でも、今は何も考えたくない。ただ、ただお兄ちゃんに会って、普通に話して、笑って。
それだけで……それで、私は――
「が……はっ……!」
レナの一撃に吹き飛ばされるサンドルト。今度はサンドルトが自ら作り出した結界に叩き付けられる形に。
「ああ、やっぱり強いなこの力。――つくづく嫌になる」
一方でレナは吹き飛ばしたサンドルトなど気にもせず、ただ自分の力を見つめ直すだけ。その目が悲しく冷たくて、一瞬サンドルトはゾッとする。
(何だこの女……何だあの目は……この感覚は、何だ……!?)
それは「恐怖」。サンドルトにとって、ここまで圧倒され、そして実力以上の「何か」を感じるのは初めての事。本人は恐怖しているという事実に気付いてすらいない。
それでもあっさりと負ける事などプライドが許さない。ゆっくりと立ち上がり、身構える。
「クソッ……何で最初からそいつを使わない? 俺を馬鹿にしてたか」
「違うよ。そっちを馬鹿にしてなんてない。――単純に嫌いなの、「これ」。こんなのに頼りたくないし、忘れて生きたいし、無かった事にしたい。……出来なかったけどね」
自虐気味に笑うレナは、寂しそうで、儚い。――その感情と反比例する様に、レナの「それ」は大きく広がり、その圧倒的存在感をアピールしている。
そこから再びのぶつかり合い。勿論サンドルトが簡単に追い込まれ、
「ぐは……っ」
再び結界に激しく打ち付けられ、崩れ落ちる。――結界に魔力を使い、今のぶつかり合いに全てを賭けた。そしてそれに負けたサンドルトに、もう勝機は見えなかった。
「何でだ……何で上手くいかねえ……俺達は……俺は、ずっと苦汁をなめさせられて生きてきた……! それを乗り越える為に、ここまで来たはずなのに……! どうして貴様らみたいなのばかりが優先させられる……! 俺は、何の為に……!」
悔しさを隠せないサンドルト。レナは近付き、その姿を見下ろす。
「何自分だけが不幸、みたいな事言ってんの?」
そして冷たくそう言い放った。
「不幸な人間なんて世の中五万といるよ。その不幸を覆せない人間なんていくらでもいるよ。――それでも、生きてくしかないんだよ。理不尽な世界で、何もかもが信じられなくなっても、生きてくしかないんだよ」
「そんな……モンを持ってる貴様に……言われたか、ねえなあ……!」
「ほら、そういう所。――そういう風に思われるのが、私の不幸。誰にもわかって貰えない、わかって欲しくもない」
「……そう……かよ」
そして、サンドルトはそれ以上口を開く事はなかった。
「……ああ、気分悪い」
スッ、とレナは出していた「それ」を仕舞う。――やがてサンドルトが作った結界も消え、元の景色が広がる。
「レナ!」
そして直ぐに聞こえてくる声。ライトとマークが駆け寄って来る。遠目に確認出来る、倒れているタンダー。
(ああ、勝てたんだ)
ホッと胸を撫で下ろす。――自分だけが立っている世界は、御免だ。
「勇者君、マーク君、お疲れ。二人共、勝てたみたいで良かっ――」
「大丈夫だったか!? 勝てたんだよな!?」
レナの言葉を遮り、ライトは迫る。――先に勝利したのはライト達であり、結果サンドルトの結界の外から待つ事しか出来なかったのだ。そう長い時間でもなかったが、中の様子もわからないその時間は二人にとって長い物。
「まーね、何とか勝てたよ。二人も――」
「怪我してるじゃないか! 治療道具はあるぞ、これとこれとこれと――」
再びレナの言葉を遮り、ライトは鞄から勇者グッツの治療系統のアイテムを出し始める。レナは苦笑。
「戦闘なんだから多少は怪我するに決まってるでしょ。そんなに焦らなくたって、私は簡単には負けたりしないっての。それとも勇者君はこのレナさんを信じてないのかなー?」
ちょっとおどけてそう言ってみた。――が。
「信じてる。信じてるに決まってるだろ」
ライトは迷わずそう言い切る。
「レナの事は信じてたよ。でもだからって心配しないでいいってのは違うだろ。レナが強くて俺は弱い。でも心配するしないは対等の立場だろ。レナが強かったとしても、どんな手を使って勝ったんだとしても、心配はするさ。仲間なんだ」
まるで中の何かを察したかの様にそう言い切るライト。偶然だが、それでもレナはライトのその言葉で心が少し軽くなる。
「勇者君、マーク君」
二人の名前を呼ぶ。自然と手が挙がっていた。――三人での、ハイタッチ。三人が三人それぞれその瞬間、残りの二人の顔を見ていい表情だな、という感想を持った。そんな瞬間だった。
「よし、皆と合流しよう。まだ戦ってるかもしれないし、そうでなくても敵のボスを倒せたんだ、報告しないと」
「見て、ライトくん達!」
ライト達がアジト正門前に戻ると、既に残りメンバーの戦いは終結しており、後処理、そしてネレイザの介抱をしている所だった。
「皆! 無事なんだな!?」
「勿論ですわ。敵は殲滅、ネレイザも救出。――敵の副長、魔導士はニロフが倒しましたわ」
「良かった。――ニロフも流石だな」
「いえいえ。我も少々大人気なかった所があり、まだまだ反省です。――美女の助手は又の機会に致します」
最後の一言を聞くと一体何があってどの辺りが具体的に反省点なのかが怖くて訊けないライトだった。
「……ん? ちょっと待て、団長から直接戦闘の残り香がするぞ?」
と、ソフィがライトに近付いてくんくん、と匂いを嗅ぐ。――具体的な匂いがするのか。
「ああ、実は」
そこでライトは三人行動時の事の流れを説明。サンドルトをレナが倒した事、タンダーをライトとマークで倒した事。
「団長が戦ってあいつを倒したのか!? あいつはそんなに弱くはなかったはずだぞ!?」
「いや、マークのサポートありきで、結局決定打を撃ったのもマークで――」
「凄い、凄いじゃないか! アタシは信じてたぞ、団長がやれるって! あははっ、流石団長だ!」
ぎゅーっバキバキバキ。
「ぐえええええ」
ライトの成長を嬉しく思うあまり、ライトに力加減を忘れて抱き着くソフィ。美女に抱き着かれて嬉しいよりもその力加減の無さにタンダーとの戦いよりも死にかけるライトがいた。
「ソフィ様、ライト様が」
「え? あ、ご、ごめん団長、今治癒魔法使うからな!」
そしてハルに促され現状に気付き、セルフでライトに治癒魔法を使うソフィ。――微笑ましい(?)光景だった。
「ネレイザ!」
「お兄ちゃん……!」
そして――マークとネレイザの対面。
「無事で良かった……! 大丈夫、なんだな? 大丈夫なんだよな?」
「うん……うん……! 信じてたから、お兄ちゃん来てくれるって……! ありがとう、お兄ちゃん……!」
本当に安堵した表情を見せるマークとネレイザ。緊張もほぐれ、マークも力が抜けてしまった様子。
後処理、報告、細かい事は多々あるが、勝利、ネレイザの救出という大きな結果。とりあえず一件落着――
「……ネレイザ」
――かと誰もが思ったその時だった。……今、この時からが、本番の始まりだった人間が一人だけ。
「君は一体、何の為に強くなった?」
ライトだった。静かにネレイザの前に立ち、見下ろしながらそう切り出す。――その表情は冷え切っており、これで終わりだと思っていた他の面々を驚かせる。
「な……何の為に、って、私は魔法使いになって、お兄ちゃんと一緒に頑張るのが夢で」
「その結果がこれか?」
「それは――」
「ライト、落ち着いて。それは戻ってからでも」
「ごめんエカテリス、口を挟まないでくれるかな」
「っ」
察してライトをいち早く宥めようとしたエカテリスをライトは冷たい視線で見た。その視線のあまりの強さに、エカテリスも黙ってしまう。
「君は幼い頃、ずっとずっと努力してきたんだよな? 辛い想いをしてきたよな? その頑張りをマークだけがずっと応援してくれて、それで君の才能は開花されて、苦労は報われたよな?」
「そ、そうよ……それは、前から知ってるでしょ――」
「……ふざけるな」
「え……?」
「ふざけんな! ふざけるなよ! その結果がこれかよ!」
ビリビリ、と響き渡るライトの怒号。――ライトが団員の前で怒る姿を見せたのは何も初めてではない。思い返せばハインハウルス収穫祭の時、トラル一座のケンザー相手にも怒ってみせている。
だが今はそれ以上の怒りだった。あの時現場に居なかったハル、加入していなかったサラフォン、ニロフは勿論、あの時現場にいた団員もあの時以上のライトの様子に固まってしまう。
「確かにカーラバイト傭兵団に関しては関係無い、でもタンダーさんを追い詰め、君自身が追い込まれたのは自業自得だ! 君は弱い人間の辛さを知ってる、知ってなきゃおかしい! それなのにどうして周りの事を考えなかった!? 自分の仲間の気持ちを汲み取ろうとしなかった!? 実力差を越えて、歩み寄ろうとしなかった!?」
「それ、は……」
「その結果君だけが追い詰められるならまだいい、でもこの結果を見て見ろ! 誰よりも何よりも、君が一番大切なマークを追い詰めて命の危機に晒してる! それがどういう事だかわかるか!?」
「っ……!」
「……勇者君、もういい、もういいって」
追い詰められていくネレイザ。止まらないライト。驚きと威圧で動けない他の団員。――戦いの勝利の結果、こうなってしまう事が薄々予測出来たレナだけが、ゆっくりとライトを宥めに入る。
レナは危惧していた。ライトがネレイザに対して怒りを抱えてしまった事。努力の人であったネレイザが、努力の末この結果を招いてしまった事は、今努力を絶やさないライトにとってどういう存在に見えてしまっているのか。
その姿に憧れた。憧れの人の裏切り。――そう見えてしまっていても、仕方が無かった。その時、ライトは何をしてしまうのか。それが怖かった。だからレナは止めたかったのだ。
だがそんなレナの想いを跳ねのけ、ライトはもう一歩前へ進む。
「君の努力は何の為だったんだ!? こんな事でマークが喜んでくれるのか!? カーラバイトに墜ちたのはタンダーじゃない、君自身だ! 弱者を跳ねのけ辛かった事実を捻じ曲げ、結果堕ちた! そしてまたマークを苦しめ、悲しませたんだよ!」
「勇者君――」
「無意味だ、全部無意味だ! こんな事なら君の努力も開花も全部しなければ良かったんだ! 大切な人を悲しませるだけの力なら、消えてしまえ! 他人を追い詰めるだけの努力なんて無くなってしまえ! 君は、君なんて――」
「勇者君っ!」
ガバッ、とレナが真正面からライトに抱き着く。流石のライトも突然の事に我に返り、言葉が止まった。
「レナ……?」
「もういい、もうわかったから! それ以上は言わなくていいから! もう、大丈夫だから……!」
「大丈夫って、何が――」
そう言いかけてハッとする。レナの目からは、薄っすらと涙が浮かんでいた。……泣いてる? レナ、泣いてるのか?
「レナ……どうして……?」
「だって、ネレイザちゃんよりマーク君より、誰よりも言ってる勇者君が一番辛そうじゃん……! そんな辛そうな顔で、自分を追い詰める言葉並べないでいいから……! 大丈夫だから、君は、大丈夫なんだからさ……! だから……っ!」
今のネレイザは、ライトにとって未来の自分。――その可能性を抱えてしまった時から、誰よりも何よりも許せない、許すわけにはいかない物が出来てしまっていた。それが今、この場で広がっていた。結果が、想いが、広がってしまった。
「あ……俺……っ」
冷静さを取り戻したライトが、先程までの自分の怒りを思い返し、茫然となる。確かに抱えていた想いだった。今吐き出す物じゃなかった。でも吐き出したかった。結果としてこの光景が広がってしまった。
力が入らなくなり、膝をつく。――レナは、優しく抱き締めてくれたままだった。その優しい温もりが、痛かった。
「あ……私……私っ……ああ、ああああああっ……!」
そして、その光景を理解出来たネレイザの目から、大粒の涙が流れ始めた。マークが抱き締めて宥めても、止まる事無く流れ続けた。
こうして、カーラバイト傭兵団の討伐任務は、表向きの成功の結果と、報告書では語られない悲しみを残し、終結した。そして――
――そして、マークの降格処分、及び地方転任が言い渡されたのは、ハインハウルス城に帰還した翌日の事だった。




