第百三十一話 演者勇者と魔道殲滅姫17
「ライト、実戦と訓練の一番の違いは何だと思う?」
とある日のアルファスの稽古時。ライトは師匠であるアルファスにその問題を出される。
「一番は……失敗しても、死なない事ですか?」
「その通り。まあ正直、俺は「そこそこ強い」から、実戦なら毎回俺の店はお前の死体だらけになる。その臭さに流石のセッテも近付かなくな――マスクとか作りそうだなあいつ」
アルファスの脳裏で全面を覆うガスマスクを付けて現れるセッテの姿が生み出されていた。――は兎も角。
「私はアルファスさんの為なら心を鬼にして焼却係を担当します」
「止めろ俺が悪かったというかしねえよライトを殺したりとか! というかいつから居たんだよお前はいつもいつも!」
セッテ、ガスマスクをつけて無言で毎日火炎放射。……は、だから兎も角。
「兄者、私も兄者に呼ばれたらいつでも行くぞ」
「はは……」
そしてフロウが謎の対抗心。そんないつものアルファスの店にて。
「話が逸れた。――つまりだ、厳密に言えば違うが、大雑把に言えば、実戦と訓練の違いはそれだけとも言える。勿論シチュエーションは多々あるが、お前が本気で実戦で剣を振るわなきゃいけない時は、恐らく毎回の訓練と同じ、一対一だ。多人数を相手にする事は、まあ多分あいつがさせねえ」
アルファスが促す先ではレナがベンチで――昼寝をしていた。
「そもそも一対一のシチュエーションすらあいつが作らせないとは思うが、万が一発生するとしたらそれだろうな、って事だ。そして多分、これもあいつが多分させねえが、お前が俺より強い相手と一対一で向き合う事はない。もしも俺より強い相手と戦う事になったら」
「なったら?」
「まあ大人しく降参しろ。上手くいけば死なずには済むだろ。――って、本題はそこじゃない。つまりだ、もしもお前が外で、実戦で剣を抜く時が来たら、一から十まで、俺との訓練を思い出せ」
「一から……十まで」
「お前は才能は無いが、頭の回転は悪くない。落ち着いて、冷静に、俺との訓練を肌で感覚で思い出すんだ。実戦と訓練が大きく離れてると思い過ぎるな。冷静に、目の前の相手を見ろ。――それが、いざって時にお前が生き残れるコツだ」
「…………」
「…………」
ライト、タンダー、お互い無言で視線をぶつけ合って数秒後。
「ふっ!」
「っ!」
ガキィン!――先に動いたのはタンダー。素早い剣捌きを見せる。ライトはギリギリの所でガード。
キィン、ガキン、ギィン、カァン!――そのまま連続でのタンダーの斬撃、ギリギリで防ぐライト。
「クーリング・シュート」
直後、マークの支援魔法。ライトの感覚が研ぎ澄まされ、雑音が消え、一気にタンダーの剣だけに集中出来る様になる。
「パワー・ブラッド」
更に連続でのマークの支援魔法。少しだけ体が熱くなり、体の動きも何処か研ぎ澄まされる。
「マインド・ガーデン」
更に更に連続でのマークの支援魔法。ガッ、と頭が冴え渡り、緊迫しているにも関わらず、冷静に現状を考えられる程に落ち着く。
(落ち着け……大丈夫、アルファスさんの稽古を思い出せ……! あの人は、俺の為に毎回時間を作って……ここで俺が負けたら、あの人に会わせる顔が無い……!)
アルファスの稽古、ライトの努力、そしてマークの支援魔法。その三つが重なり、
「うおおお!」
「!」
ガキィン!――結果、ライトは自分が思っている予想以上の動きが出来ていた。タンダーを弾き返し、再び間合いが開く。
「相手に合わせた補助魔法を三種同時掛け、か……お兄さんの方は妹とは違って随分地味で落ち着いている。ネレイザ隊長と組んだらさぞかし凄かったでしょうね」
「僕は目立ちたくて戦っているわけじゃありませんから」
タンダーが注目したのはマーク。察するに、タンダーもマークは支援者として実力を認める所らしい。
「それに、一応お飾りはお飾りなりに剣技を練習でもしてるのか、成程二人でなら自分と戦えるかもしれない。悪くはない判断だ」
更に、ライトも剣技を習っている事をタンダーは見抜いた。この辺りはタンダーのベテランとしての経験の成せる判断力である。
「でも弱い」
そしてタンダーはその事実をハッキリと見抜く。
「弱者にどれだけ適切な支援魔法を使っても、弱者は弱者のまま!」
「っ!」
ガキィン!――再び迫るタンダーの剣。ライトはギリギリの所でぶつかり合う。
「誰に習ってるか知らないが、弟子の太刀筋を見れば師匠の器など直ぐわかる! 弟子もお飾りなら師匠もお飾りなんだろうなあ!」
しかし――ライトの師匠の実力までは、タンダーは見抜けない。結果としてライトの心を燻らせる。
「俺が弱いのは俺のせいで……師匠の、アルファスさんのせいじゃない!」
ギィン!――気合一発、再びライトはタンダーの剣を弾き返し、間合いが開く。
「俺を馬鹿にするのは勝手だけど、アルファスさんは貴方よりも何倍も上だ! 俺は、あの人に剣を教えて貰えてる事を誇りに思ってる! アルファスさんの事を馬鹿にするなら、この戦い、俺はますます負けるわけにはいかない!」
自分のせいでアルファスが馬鹿にされる。それはライトからしたら許せない事実。
「アルファス……だと……!?」
だが、そんなライトとは別に、タンダーに別の衝撃が走る。
「あの男の……弟子……そう、そうか……!」
『お断りだ』
『!? な、何故です……自分は長い事、軍で戦って来ました……! 軍で認められた人間は、貴方に武器を作って貰えると聞いて足を運んで来たんです』
『別にあんたが弱いとかそういう事を言いたいんじゃねえ。実際周囲が良く見えてるいい剣筋だった』
『なら――』
『あんたの剣は、将来「腐る」』
『な……!?』
『その剣の裏に、そういうのがもう見え隠れしてんだよ。そんな人間に武器を作ってやるつもりは俺はねえよ』
「案の定、案の定クソ師匠じゃないか! あんな人を小馬鹿にした男の弟子だと!? 俺を認めなかった癖に……!」
わなわな、とタンダーが怒りで震える。――真面目に振るっていた剣を、迷わず否定された過去。
ハインハウルス軍の騎士にとって、アルファスに武器を作って貰える、というのは今現在一つの「格」である。ハインハウルス国内でも最高級の腕を持つアルファスは、実力、人となり、それを自分が認めた人間にしか武器を作らない。要は、アルファスの武器を持つというのは、軍の中でも一流の証拠。タンダーは、その権利を認められなかったのである。
当然今でも納得はしていない。そのアルファスに、目の前の弱者が剣技まで教わっているという。正しいかどうかは兎も角、タンダーの怒りの原因となるには十分な理由であった。
「ネレイザを陥れればそれで良かったが、お前も許すわけにはいかなくなった! 死ねぇ!」
「!」
ブゥオン!――冷静さを失ったタンダーの剣がライトを襲う。バックステップでギリギリ回避。
(大丈夫……マークのお陰で、稽古を付けて貰ってる時みたいに落ち着けてる……まだ、対応出来る……!)
怒りで勢い、鋭さが増した引き換えに、複雑さが薄くなったタンダーの剣。加えてライトはマークの補助魔法により、普段よりも研ぎ澄まされた状態。実力差は縮まり、普段のライトでは出来ないレベルの対応をこなす。
それでも、その差が縮まっても、逆転する事はない。
「ちょこまかちょこまかと! 甘いんだよ!」
「ぐ……っ!」
ガキィン!――威力重視で重くなったタンダーの剣が、ライトの剣を捉える。客観的に言えば、実はここまでタンダーの剣に対応出来たのは幸運に恵まれた部分もあったりする。マークのサポートありきで、それ程の差はあるのだ。
(わかってる……わかってるよ、俺は弱い……俺じゃ勝てない……でも、負けるわけにはいかない……どうすれば……!)
あまり悠長な事もしていられない。時間の経過は相手を有利に運ぶだろう。でも――勝つと決めたのだ。この負け試合を、プライドに賭けて勝つと決めたのだ。
「……!」
そしてライトは気付く。この勝負に「勝つ」とはどういう意味なのかを。
「マーク! お前は何だ!?」
「ライトさん……!?」
「お前は、ネレイザちゃんの立派で格好良いお兄さんだ! 忘れるなよ! 最後まで、格好良いお兄さんでいるんだ!」
「……!」
突然のライトの鼓舞。本来鼓舞すべきは自分――マークのはずなのに、今ライトが鼓舞してくるその意味。
「うぜえなあ! 綺麗事だけで、妹は助けられねえ!」
「く……そっ……!」
勢いを更に増すタンダーの剣。ライトは限界が近かった。
(ライトさん……! そこまで僕を、信じてくれるんですね……!)
そして同時にマークはライトの意図に気付く。杖を握り直し、魔力を練り直す。
「ウインド・シュート」
マーク、ライトに三重のサポート魔法を使いつつも、更にここで詠唱。
(支援魔法、四重だと……!? こいつ、どれだけサポートに特化してる……!?)
タンダーの経験上、支援魔法重ね掛けは二重で十分優秀、三重で特筆すべきレベル。マークは先程まで三重だった。そして今、それを越えようとしている。――有り得ない、見た事ない現象が起きようとしている。
「させるか!」
先にライトを潰せばたとえ四重でも意味がない。――タンダーは、ライトの撃破に急ぐ。勢いに乗せ、ライトを追い詰める。
「……俺達の、勝ちだ」
「ハッ、その追い込まれた状況でよくそんな事が言える!」
事実、ライトは既にあと一歩の所まで追い詰められていた。
「マークは、ネレイザの格好良いお兄さんなんだよ。今のネレイザがあるのは、マークのお陰だ。マークは、才能が開花するまで、決して諦めずにネレイザの特訓を見てあげてた。唯一の味方だった」
「だから何だ! 結果、あの駄目な妹が生まれたんだろう!」
「そういう話じゃない」
そういう話じゃ、ない……? こいつ、何を――
「マークは、ネレイザの特訓に付き合ってあげていた。――攻撃魔法が、一ミリでも使えないわけないんだよ!」
「……な、に?」
そこでタンダーはやっと気付く。――自分を取り囲む、無数の魔法球に。
(まさか……最後のは四重の支援じゃなく、攻撃魔法だと……!?)
今の今まで、マークはひたすらライトの支援のみを行っていた。タンダーも、何よりマーク自身もマークが攻撃するという選択肢が無かった。――その選択肢をライトがこじ開け、促したのだ。
「思い出しましたよ。こうやって攻撃魔法の特訓にもよく付き合いました。――僕は結局攻撃魔法の才能はないですが、それでも今隙だらけの貴方の背中を打ち抜く位の魔法なら、お陰で撃てます」
「しまっ――」
ドガガガガッ!――マークの「攻撃魔法」が、タンダーに連続でクリティカルヒット。タンダーは吹き飛ばされ、ピクリともしなくなった。
「はあっ、はあっ、ふーっ……」
無事ライトも解放される。――実際、ギリギリだった。当然マークの支援なしでは呆気なく負けていただろう。
「ライトさん、大丈夫ですか!?」
「何とか、ね……マーク」
「はい」
ライトが右手を挙げる。――意図は直ぐにわかった。パァン、と小気味いい音を立てて、二人はハイタッチ。
ライト、マーク対タンダー。――勝者、ライトとマーク。
「おいおい、ちょっと本気出したらこれかよ? まさか終わりってんじゃねえだろうな? もっと楽しませろよ」
サンドルトの作り出した結界の中、吹き飛ばされたレナ。ダメージは重い。
「まあでも、お前が最前線レベルってんなら、これは本気で色々先が狙えるな。予定よりもデカい事が出来そうだ」
サンドルト本人も勝利を確信し、既に次のステップの事を考え始めていた。レナは立ち上がることなく、座り込んだまま。
「……あのさあ」
そして、その力なく座り込んだまま、レナは口を開く。
「この結界、凄いね。近くで戦ってるはずの勇者君とマーク君の気配も、ほとんど感じられない」
「当たり前だろ。周囲を一切気にせず戦う為に作った技だからな。――何だ、助けでも呼ぼうってか? 随分と情けない話になってんな」
「違うよ。それ聞いて安心した」
「あん?」
「つまりさ、今から私が本気を出しても、誰にもバレないって事だよね?」
「……何?」
ゆっくりとレナが立ち上がる。何が今更本気だ、とサンドルトが笑い者にしようとした、次の瞬間。――ドォン!
「!?」
結界の中を、圧倒的プレッシャーが包む。――発しているのは。
「あーあ、「これ」に頼る事になるとはなー。まあでも、この結界のお陰で誰にも見られなくて済みそうだよ」
「お前……何だ、それ……!? お前、何者だ……!?」
「私が何者か、ね。――想像に任せるよ」
ズババァン!――直後、結界内に激しい衝突音が再び響くのだった。




