第百三十話 演者勇者と魔道殲滅姫16
「タンダーさん、今更俺は貴方が俺の仲間を苦しめてる事を許したいとは思いません。でも――他に、方法は無かったんですか?」
両者剣を抜き、睨み合うライトとタンダー。ライトの後ろにはマーク。今正に、の前にライトがそう問いかけた。
「方法?」
「貴方にとって、ハインハウルス軍って何だったんですか? 何の為に軍に入って、その剣を振るっていたんですか? 貴方にだって、ハインハウルス軍としての志が――」
「富と名誉、生活の為ですよ。――笑わせてくれる。いくらハインハウルスが魔王軍と戦う世界の為の軍だからって、全ての人間が同じ想いなわけないでしょう」
冷静な面持ちのまま、タンダーはライトの問いかけを遮る。――富と名誉、生活。ライトとてわかってはいた。百人いたら百人、全てが正義の為に国の為に戦っているわけがないと。
それでも何処かここ最近の日々の中で、ハインハウルス軍は理想の軍。そう思っていたからか、その言葉は何処か心に悪い意味で響く。
「勿論、名誉の為に真面目に戦いましたよ。国王様の信頼も増え、最前線で副官として渡り歩いて、もうそろそろ自分の部隊が持てると睨んでいました。――そんな時です、ネレイザ隊長の副官に任ぜられたのは」
「……ネレイザちゃんは、貴方の事を」
「ええ、最初から一ミリも信用していませんでしたよ! 自分だって何もしなかったわけじゃない、部隊として成り立てる為に、彼女の意思を何とか汲み取れるように、色々な事をしてきた! でもその度に全てを無にされて来た! 自分の経験も、努力も、全てを否定されたんだよ!」
「…………」
叫ぶタンダー。――怒りには、重みが籠っていた。ライトは冷静にその言葉を受け止める。――怒り。冷静さとは裏腹に、ライトの奥底のその感情が、ハッキリと浮かび上がってくる。
「貴方の想いはわかりました。……最初の質問に戻りますね。他に方法は無かったんですか? このやり方を選んだら、少なからずこうなる事はわかってたでしょう? 貴方がどれだけネレイザちゃんの事が憎かったとしても、彼女の家族を追い詰めて犯罪者の片棒を担ぐやり方なんて選ばなくても良かったはずだ! マークが貴方に何をした!? そもそも、ネレイザちゃんを犯罪者に売り飛ばして復讐!? 普通の人間のやる事じゃないだろ! 貴方は国王様が副官として優秀だって言ってた! これが優秀な人間のやる事か!」
「第三者の若造が偉そうな事言って来るんじゃねえ! 俺が、許せなかった、それだけなんだよ! お前に何がわかる! 偉そうに人に説教する暇があるなら、あの小娘の根性を叩き直してみせてから言えよ! 俺は……俺は……!」
ライトは勿論、タンダーと付き合いがあるわけでもないし、情報として深く知っている要素はほとんどない。果たしてネレイザがどれだけの勢いで追い詰めたのか、それともタンダーが人よりも我慢出来ない人間なのか、ライトにはわからない。
それでも、ネレイザの上官としての言動はタンダーの限界を越え、認められない物だった、という事実は揺るぎそうにはなかった。
「ネレイザちゃんが許されなかったとしても――貴方も、許すわけにはいかない。許せない」
「お前に許して欲しいなんて誰が頼んだ! 俺は、俺の認める世界で生きて――」
「待って下さい」
マークだった。今までライトとタンダーのやり取りを静観していたが、ここへ来て口を挟む。
「逆に、何をしたら妹を――ネレイザを、許してくれますか?」
「マーク!? 何を――」
何を言い出すんだ、というライトを軽く腕で制止して、マークはタンダーを見る。
「僕が責任を取って軍を辞めればいいですか? 慰謝料を払えばいいですか? 腕の一本、切り落とせばいいですか? こうなった責任は僕にもあるんです。僕は命を投げ出す覚悟もあります」
真剣な面持ちでマークは迷いなくそう言い切る。――本気、なのか。ライトに焦りが走る。
「俺はお前に傷付いて欲しいんじゃない。ネレイザに傷付いて欲しいだけだ。結果助かってハッピーエンドにはさせねえ!」
だがタンダーはその言葉には耳を傾けない。マークもそのタンダーの言葉を聞いて、再びライトの一歩後ろへ。
「なら仕方ないです。僕にも譲れない物があります。貴方が許してくれないのなら――貴方を倒して、妹を救う!」
「……マーク、今の言葉」
「本気、でしたよ。それで全て片が付くならそれでもいいと思いました。間違ってるでしょうけどね」
それでも、例えどれだけ周りが敵だったとしても、ネレイザを、家族を救いたい。――その気持ちが伝わってくる以上、ライトはマークを咎める事など出来なかった。
「そして――今のタンダーさんを倒す、という言葉も本気です。もう迷いません。――あらためてライトさん、一緒に倒しましょう」
そして、ライトの想い、タンダーの意思、全てを飲み込んでマークは前を向いた。戦う覚悟を、覇気を、隠す事なく広げていく。
「ああ! 俺とマークで、勝つ!」
こうして、ライト、マーク対タンダーの、お互いの譲れない物を賭けての戦いが、幕を開けるのだった。
ドガッ、キィン、ザザッ、ガッ!――激しく響く衝突音。レナとサンドルトの一騎打ちが幕を開けていた。
「いいぜ、予想通りだ、お前は強い! この位じゃないとやりがいがねえよな!」
「私も予想通りだよ。最も私は外れて欲しかったけどね」
サンドルトはその言動とは裏腹に、強力な風魔法を操り、更にその風魔法を使用した格闘術と、臨機応変に戦える堅実、隙のないアタッカーである。簡単には勝たせてくれそうにない、というレナの予想は的中していた。
(しかもバトルジャンキー……こういうのは、まだ実力を隠してるパターンが多いんだよねー……)
勝ちよりも戦いを楽しむ事を優先しがちになる為、強力な奥の手はギリギリまで使わない傾向が多い事はレナは経験からわかっていた。――分かり易い所で言えば、ソフィの聖刃双生の様な確実に勝利に持ち込める一撃必殺の技がまだある。
(まずは、それを引きずり出した方が早いかな)
さっさと全力を出してくれた方が作戦を立て易い。――レナは剣に炎を纏わせ、更に左手で炎の魔法を放つ。
「っ!? テメエ……っ!」
その炎魔法は、サンドルトが繰り出した風魔法の波に乗り、サンドルトに攻撃を仕掛ける。直接ぶつかれば攻撃魔法同士、威力が同程度なら相殺という事になりがちだが、絶妙なコントロールで位置をずらし、まるで本物の風に吹かれる炎の様にサンドルトに届く。ガードには成功するが、若干体制が崩れるサンドルト。
「ふっ!」
その隙をレナが見逃さない。サンドルトの側面に回り込み、炎を纏わせた剣を切り上げる。更にそこから連続斬撃。ダメージと共にサンドルトが後退――
「――するとでも思ったかぁ!」
「!」
サンドルト、ダメージを負いつつも一瞬のバックステップからのカウンター。風を纏わせた拳でレナの剣と直接ぶつかり合う。更に同時にレナの左右後方から魔法で風の刃を繰り出し、結果全方位からの攻撃。
「くっ!」
このまま真正面からぶつかり合えば左右後方からの刃にやられる。逃げ場が上空しかなかったレナは炎魔法をブーストに使い、高くジャンプ。
「逃がすかよ!」
逆に体制を崩したレナを追うサンドルト。激しいストレートパンチを一発。レナのガードを削り、ダメージと共に吹き飛ばす。
「まあでも、ただじゃ逃げないんだなこれが」
「!?」
が、直後そのサンドルトに上下左右、十字の炎が襲い掛かる。ダメージ覚悟で用意しておいたトラップ式の高威力の攻撃魔法。追い打ちを更に仕掛けるつもりだったサンドルトは回避し切れず、ダメージと共に後退。
結果、二人共ダメージと共に一旦後退、という形になる。生まれる間合い。
「くくっ、いいぜいいぜ、こうでなきゃなあ! 天下のハインハウルス様だ、俺に普通にダメージ重ねてくるのはお前が初めてだ!」
「観念する気でも起きた? 命乞いなら一応相談に乗るよ」
「まさか! 俺はまだ全然負ける気しねえからな。――でもそれとは別に、お前のその冷静さはますます気に入った。どうだ、お前こそ俺達と一緒に来ないか? お前みたいなのがいれば、ますます俺達の国が作れる」
「国、ねえ」
「何にも縛られない、自由だ、実力が全ての世界! お前も、つまんない軍のしきたりに縛られずに、弱者をひれ伏せさせる世界で生きていけるぜ」
楽しそうに、まるで子供が自分の夢を語るようにサンドルトはレナにそう告げてくる。――自由、か。
「自由って何?」
「……あ?」
「どれだけ自由だったとしても、私の心が解き放たれる事は、もう二度とない。なら、偉そうに自由を語るあんたらよりも――今はあそこで正義を叫ぶ、彼らの為に戦うよ」
ブワッ、ガキィン!――再び剣に激しい炎を纏わせ、レナが突貫。サンドルトと真正面からぶつかり合う。
「あの雑魚共の為にその才能を使うか、勿体無え!」
「タンダーさんを連れ回すあんたがそれ言う?」
「ハッ、あんなの使い捨てに決まってるだろ! 見てて面白いから置いといてるだけで、情報使い切ったらいらねえよ」
再び何度もぶつかり合うレナの剣とサンドルトの拳。お互い一歩も引かず、相手にダメージを与え、引き換えにダメージを重ねていく。
(うーん、強い相手がいるとは思ってたけどここまでか……これ以上苦戦するのは良くないな……勇者君とマーク君を放っては起きたくない)
マークを信じていないわけではないが、それでもレナとしては早めに決着を着けたいのが本音であった。しかしゴールが見えないのが現状。
「おい、つまんねえこと考えてねえか? 雑魚に気ぃ使う余裕なんてやらねえぞ」
「っ」
その少しの想いを、サンドルトに見抜かれた。ガッ、と両手を広げると、レナとサンドルトの周囲を激しい風の結界が覆う。――先日ネレイザ、タンダーと戦った時に使った結界の、更に強力なタイプだった。
「どうだ? これで戦いに集中出来るだろ」
「……どーも」
結界から外の様子が一切わからない。完全シャットアウトされた状態。――ソフィの狂人化すら届かないのも頷ける精度だった。
「さて。――本番と行こうぜ」
「!?」
そして、これこそがレナが引きずり出したかった、サンドルトの「奥の手」だった。結界で生んだ風を、吸収していく。自ら練り上げる魔力と、外から吸収する魔力で、サンドルトの魔力は先程よりも一気に大きく膨れ上がる。
「光栄に思えよ、俺の本気を引きずり出す奴は中々いねえ。――長持ちしてくれよ!」
更に、その風魔法を利用して身体能力も底上げしたサンドルトが、一瞬にしてレナの視界から消える。――と思った時には、
「オラァ!」
「っ……!」
ドガガガッ!――死角からの攻撃に入っていた。完璧なガードには至らず、吹き飛ばされるレナ。
「どうした、そんなもんじゃねえだろ! 天下のハインハウルス様はよぉ!」
ドガガッ、ズババッ、ブオオッ!――つい先程までとは段違いの威力のサンドルトのラッシュが、レナを追い詰めていく。
(あ……これ、ヤバッ……!)
結界内という場所限定とはいえ、サンドルトの実力はかなり底上げされ、レナは対応仕切れない。
「オラアぁぁぁ!」
「が……はっ……」
ズガガガガァン!――そして、決定打が入る。サンドルトの渾身のストレートが、見事にレナを捉え、吹き飛ばす。そのままレナは結界の壁に叩き付けられ、崩れ落ちるのだった。