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第百二十八話 演者勇者と魔道殲滅姫14

「…………」

 カーラバイト傭兵団のアジトで囚われのネレイザ。頭の中を、色々な事が過ぎった。

 実際ヨゼルドは、ハインハウルス軍はどう動くだろうか。勿論最終的に攻撃に出るのはわかっていたが、誰を寄こして、どの様な方法で――自分を助ける事をどれだけの優先度にしてくるのか。

 兄は心配してるだろうか。兄は助けに来てくれるだろうか。兄は今何をしてるだろうか。兄は――自分を、許してくれるだろうか。

 ネレイザの頭の中は、結局直ぐにマークの事で一杯になった。

「お兄、ちゃん」

 漏れる言葉。――会いたい。抱き締められたい温もりを感じたい。声が聞きたい。一緒に笑いたい。……会いたい。

「やはり、いつでも頭の中はお兄さんの事で一杯なんですね」

「っ……」

 そんなネレイザを現実に引き戻す声。――タンダーだった。

「サンドルトさんから許可を貰いました。交渉が決裂した時、自分が貴女を「絶望の象徴」に仕立て上げていいと」

 絶望の象徴。――曖昧な様で、この場ではハッキリとしている表現。

「色々考えているんですよ。ネレイザ隊長は男性経験はありますか? 貴女の大好きなお兄さんの前でそれを奪うとかどうです? 考えただけでもゾクゾクですね」

 ニィ、と冷静な表情を崩し、妖艶な笑みを見せるタンダー。ネレイザの心に恐怖と悔しさが入り混じる。

「勝手に想像してなさいよこの変態が。想像の私がどれだけ屈してるのか知らないけど、私と、私のお兄ちゃんを甘く見ないことね」

「甘くは見ていません。わかりますよ、きっと精鋭を揃えて軍は動くでしょう。国王様はそういう方だ。正面から正々堂々と、貴女を助けに来る。そういう方だ。――それがわかっていれば、やり方なんて幾らでもある」

 実際、サンドルトはノリだけでタンダーを引き込んだわけではない。タンダーの持つハインハウルス軍に関する知識は絶対で、カーラバイトの今後を大きく左右する物であった。

「そうだ、カーラバイトが軍と提携を結んだら、軍に復帰しましょう。自分が隊長で、貴女が副官で。隊長の命令が絶対の部隊で、毎日身の回りの世話もして貰いますか」

 そう言ってタンダーが破れたままのネレイザの服を大きくガバッ、と開き、まじまじと下着を、体を眺める。――何を想像しているかは一目瞭然だった。

「そんな事になるんだったら、後ろからアンタを刺し殺してやるわ!」

「させませんよ。お兄さんとも話をして、完璧な体制を作り上げますから」

 手玉に取られ、不利に不利に追い込まれていく。まだ何も決まっていないのに、少しずつ心が絶望で染まり始める。――その時だった。

「ハインハウルスだ! ハインハウルスの使者が来たぞ!」

 その伝令の声が、アジトに響くのだった。



「私はエカテリス=ハインハウルス、国王ヨゼルドの娘、王国第一王女! 今回父に代わり、交渉の使者として来ましたわ! 代表の方と話をさせなさい!」

 百人二百人、もっと兵士を揃えて来るのかと思いきや、やって来たハインハウルスからの使者はわずか数名。代表は国王とまでは流石にならずとも、その娘である王女。

 カーラバイトに対して、正面から交渉しようという姿の表れである。……そう感じたミゼッタは、姿を現した。アジトの門は開けず、上から見下ろす形で確認する。

「カーラバイトのトップは男性と聞いていますわ! 代表はどちらかしら!」

「申し訳ありません、私達の代表はそういうのが面倒だと言い出すタイプなので、概要は私が預かってますので、私がまずは話をさせて頂きます。私は副代表です」

 ミゼッタは実際、今回に限らずこういう時は話が纏まってから俺の所に来い、と言われている。――確かにこれじゃ私がトップと間違えられても毎回仕方ないじゃないの。

「まずは、王女様……ハインハウルス軍が、本気で交渉する気があるのかどうか、確認を――」

「妹は! その前に妹は無事なんですか!?」

 と、そのやり取りの間に、マークが強引に割り込む。

「この交渉は妹が無事な事が前提なはずです! まずは妹が無事な姿を確認させて下さい!」

「マーク殿、落ち着きなされ。今ここでマーク殿が焦っては話が進みませぬ」

「でも、僕は!」

 焦りを隠せないマークをニロフが宥める。その様子を見たミゼッタはタンダーから聞いていた情報と照らし合わせる。――成程、あれが人質が敬愛している兄ね。

「妹が妹なら、兄も兄、ね。情けない姿」

「御託はいいっ! まずはネレイザを――!」

「いいわ、見せてあげる」

 ミゼッタが合図を出す。すると少しして、両腕を縛られ、口には猿ぐつわをされた状態のネレイザが連れて来られた。

「ネレイザ! 大丈夫か、ネレイザ!」

「んー……! んーんー!」

 勿論喋れないが、ネレイザがマークに向かって一生懸命何かを訴えているのはわかる。とりあえず無事だった、という安堵と、次の一手次第では直ぐにでも危険、という相反する空気がライト騎士団には流れた。

「……本当、ウチのトップは趣味が悪い」

 サンドルトから言われていた。人質の無事確認を要求されたら、程々に確認させ、相手次第で程々に絶望に追い込め、と。――まあでもやらないと後でウダウダ言われるし。

「満足かしら? 勿論ここから先は貴方達次第。彼女はこれ以上傷を負わないかもしれないし、今この場、この瞬間で心にも体にも傷を負うかもしれない」

 ミゼッタが合図を出すと、若い団員が数名、ネレイザを取り囲む。団員達はニヤニヤしながら「何故か」服を脱ぎ始める。――何を意味するかは、直ぐにわかった。

「お待ちなさい! 私達は交渉に来ていると言っているでしょう!」

「ですから、貴女達次第では、という話です」

「っ……!」

 確かにまだ手は出されていない。だが、ほんの少しでも怪しければアウト。

「ネレイザ、大丈夫だ! 僕が、お兄ちゃんが、必ず助けてやるからな!」

「無責任、ね。交渉をするのは貴方じゃなくて、王女様なのに」

「無責任なんかじゃない! だって――」

 ヒュン!――不意に吹く、風切り音。

「言葉の通りだから、だ」

 そう言い切った瞬間――マークの姿が、そこから消えていた。

「!?」

 目を疑う。見ていたカーラバイト団員、そしてミゼッタさえも。

「警戒!」

 何か来る。そう察したミゼッタは直ぐにそう叫ぶ。――直ぐにここでネレイザの身柄を優先していれば少し違ったかもしれない。だが、一瞬の事で判断が鈍った。寧ろ直ぐに警戒を指示出来るだけ、十分ミゼッタは優秀である。

「ぐはぁ!」

「ぎゃあ!」

 だがその判断を跳ねのけるように、団員二人の倒される悲鳴。ハッとして見れば、先程まで下にいたマークが既に上がって来ており、戦闘に入っている。

 そしてそれは、正確には、「先程までマークだった」者。

「ライト様、お見事です。初手の作戦は的中しました」

 姿を見せたのは、戦闘用の忍装束に身を包んだ、リバールである。――作戦会議の様子が、思い起こされた。


『――あのネレイザの写真を見る限り、相手は数の差、戦力の差を精神的に攻めてくるつもりだ。ネレイザのピンチを利用して、こちらを同じ土俵に上げてくる。俺はそれを逆に利用したらどうかと思う。マークの動揺してる姿を見せて、付け入る隙があると思わせるんだ。――リバール』

『はい』

『リバールってさ、マークになれる?』


 要は、最初からマークの振りをしていたリバールであり、ライト騎士団は勿論わかっていたが、忍術により幻想、隠蔽。カーラバイトにから見れば、それはマークにしか見えない様になっていたのだ。

(っ……油断、した……違う、油断、させられた……!)

 ミゼッタの中で焦りが生じる。その隙にその情けない演技をしていたマーク……リバールが直接飛躍、救出に来る。

「突撃ー!」

 そして地上ではエカテリスの号令が響く。すると馬車から姿を見せたのはクッキー君とバッキー君。

「ヘイ、丸太ハ持ッタカイ?」

 二人は馬車の中に折り畳み式の攻城兵器を準備していた。それを抱えて走ってくる。

「おっしゃあ! ぶちかませ!」

 それに合流するソフィ。三人はそのまま門に突撃。激しい音が周囲に響く。――流石に一度での開門は無理だったが、ダメージは与えている。後数回で破壊が見えてきそうだった。

 一方で素早くネレイザの元へ辿り着くリバールだったが――ガキィン!

「!」

 ネレイザの周囲一帯に魔法による防壁。ミゼッタが万が一の為に用意していた物だった。行く手も攻撃も阻まれる。

「プランB!」

 時間をかけた品の様で、直ぐの破壊は難しいと判断したリバールはそう叫ぶ。――すると再び地上。

「行くわよサラ! しっかり掴まってて!」

「うん!」

「カモーン!」

 リバールの合図を受けたハル、サラフォン、そしてドリアンドヴァイサー君がアジトの外壁に向かって走る。パッ、とドリアンドヴァイサー君が壁に背中を預け、両手を重ねる。

「ふっ!」

 ハル、そのドリアンドヴァイサー君の手を踏み台に、更にサラフォンを抱きかかえてジャンプ。見事にアジトに降り立つ。

「サラ、必ず守るから、貴女は救出に専念して!」

「任せて!」

 要は作戦の一部であり、もしもネレイザが簡単に救出出来ないような状況だった場合、そのギミックを破壊する為にサラフォンが、そしてそのサラフォンの護衛でハルが突入。これが「プランB」であった。

 先手奇襲は、ライト騎士団が取った。――こうして、緊迫の混戦の火蓋が、切って落とされたのだった。



「はっ、はっ、はっ……こ、ここへ来てソフィのトレーニングの成果が生きる時が来るとは……!」

「いやあれ勇者君一周でリタイアしたじゃん」

「キツイんだって本当に! マークだってきっと三周位しか出来ないぞ!」

「いやそこはせめて張り合おうよ……」

 さてこちら、カーラバイトのアジト正面でのライト騎士団とミゼッタのやり取りの同時刻。ライト、レナ、マークの三人が別行動でアジトの後方を駆けていた。

「ライトさんの言う事は正しいですよ。ほんの少しでも、いざという時の違いが現れます」

「レナ! マークが真面目に説明して俺を追い込むんだけど!」

「いやそりゃ勇者君が悪いでしょ」

「あ、いえ、僕はそんなつもりじゃ」

 この三人は正面での騒動に紛れて、ニロフとサラフォンの合作である逃走を防ぎ為の結界を敷くアイテムを設置中。ライト騎士団が戦いに勝っても、そして負けても、もうこの場から逃がさない為の布陣である。

「何にせよ急ごう。敵の注目をあっちで集めてるとは言え、合流は早い方がいい」

 そしてまた一個設置。さあ次へ、と思った――その時だった。

「何だ、真正面からドンパチしに来てくれたのかと思ったら、本当に裏でもコソコソやってんのか」

「抜け目のない人間が確実にいますから。短時間でも高性能な物を用意出来るんです」

 三人の前に姿を見せる、二つの人影。

「お前達は……!」

「よう。こんな所でチマチマ遊んでないで、俺達も派手に行こうぜ」

 カーラバイト傭兵団団長、サンドルトと、彼に魂を売ったタンダー、その人であった。

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