第百二十七話 演者勇者と魔道殲滅姫13
「な……っ! お父様、どういう事ですの!?」
「国王様、俺の存在が問題なら俺は待機でもいいです、せめて他の皆には」
ヨゼルドの判断は期限内の交渉無視、そしてライト騎士団の次の行動不参加。――相手側から期日は二日間と提示されている。現在その二日間の間にライト騎士団を越える実力で動ける部隊は居ない。つまり、
「ハル……その、もしかして、ボクには国王様って、ネレイザちゃんを見捨てるって言ってる風に聞こえるよ……違うよね? ボクがまたわかってないだけだよね?」
と、言う事である。
「そんな……ボク、何か出来ないの!? 駄目だよ、嫌だよそんなの……!」
「……サラ」
「クソっ! アタシは……アタシは、何の為に……!」
納得がいかないライト、エカテリス、サラフォン。ヨゼルドと共に先にカーラバイトの手紙を見ていた為ショックが少ないハルがサラフォンを宥める。ソフィに至っては狂人化し、悔しさを隠さない。
「……まあ、そうなるよねえ」
「そう……ですな。間違ってはおりますまい」
「…………」
一方で、何処か悟っていたか、落ち着いていたのはレナ、ニロフ、リバールの三人。
「カーラバイトに関しては前線から戦力を一時的に戻して討伐に充てる。数日中にリンレイ君、更にフウラ君を呼ぼうと思っている。四、五日あれば到着、一週間あれば討伐開始となるだろう」
「……! フウラ様までお呼びに……」
「ハル、無知でごめん。その二人、どれだけ凄い人なのか俺には」
「リンレイ様は元ヴァネッサ様の副官、現在は昇格して部隊持ち。当時からヴァネッサ様の右腕として活躍しておられ、「隼騎士」の称号を持つ、三大剣豪に次ぐとまで言われている方です。そしてフウラ様は……その、三大剣豪の一人、「夢幻騎士」の称号をお持ちの方です」
「三大剣豪……!」
ライトは初めてのハルの授業を思い出す。天騎士、剣聖、夢幻騎士が三大剣豪だと言われ、実力は圧倒的、レナやソフィでも当然敵わないとのこと。その存在を呼ぶ。
つまり、ヨゼルドはそこまで完璧に、カーラバイトを叩き潰すつもりなのだ。……でも。
「お父様、どうして私達は駄目ですの!? 私達が力不足と言いたいのですか!?」
それだと当然ネレイザの安否は保証出来ない。相手の要求は二日以内、過ぎてしまえばネレイザがどうなってしまうのか。なので本来ならここでライト騎士団の出番なのだろう。それがわかっていたエカテリスだからこそ、食って掛る。
「そうではない。敵は内陸部とは思えない強力な相手だが、君達なら対抗出来るだろう。だが君達では確実に私情が混じる。今回は大きな国家問題になり兼ねない。――少しのミスも許されないのだ」
「ミスなんてしませんわ! 二日以内に動けるのは私達だけ! お父様は、ネレイザを見捨てると仰いますの!?」
「見捨てるとは言ってはいない。勿論リンレイ君にもフウラ君にも救出を視野に入れて貰う。あくまで優先すべきはカーラバイト傭兵団の殲滅、という事だ」
「それを見捨てる行為だと私は言っているのです! 仲間を、部下を何だと思っているのですか!? 見損ないましたわ!」
響くエカテリスの怒号。怒りの目で、ヨゼルドを見る。――だが。
「見損ないたければ見損なうがいい!」
「!?」
それを更に上回る、響くヨゼルドの怒号。誰もが怯み、何よりもエカテリスが怯んだ。表情は冷静なままだが、その姿からは圧倒的気迫。――ライトからすれば、初めて見るヨゼルドの姿である。
例えばこれが剣術武術の戦いならば、ヨゼルドはエカテリスには絶対に勝てはしない。それでも今、「この人には何をしても勝てない」という空気を、肌で感じさせられていた。――これが、ハインハウルス国王。この人の、また違う「覚悟」なのか。
「今回は余りにも不確定要素が多過ぎる。君達を信じていないわけではないが、君達を失うわけにはいかないし、この国を窮地に追い込むわけにもいかない。それに、ネレイザ君もタンダーも軍人だ。いかなる覚悟も承知の上で戦場に立っていたはずだ。戦うとは、そういう事なのだから。違うかね?」
「……それは」
「私は結果としてネレイザ君の家族に一生恨まれる事になったとしても、この国を確実に守る選択肢を選ばなければならないのだ。――覚えておくといい。国を治めるというのは、そういう事なのだ」
「っ……」
その気迫、その言葉に押され、エカテリスは言葉も勢いも失う。いつもの彼の雰囲気からして、ここまで強く出られるのは予想外だったのだろう、目には薄っすらと涙を浮かべていた。――リバールが、包み込むように優しくエカテリスを抱き締めた。
「……いいんです、皆さん」
と、ショックで膝をついていたマークがゆっくりと立ち上がった。
「国王様の言う通り、ネレイザにも責任があります。きっと僕達の考えている以上にタンダーさんにきつく当たったりしたんでしょう。その結果なんです。――まだ死ぬと決まったわけではないです。だから、僕は皆さんがそうやって言ってくれるだけで十分です。大丈夫です。ありがとうございます」
とても大丈夫そうには見えない顔で、マークは全員に向かって頭を下げた。――かけてあげる言葉が見当たらない。気休めの言葉など、逆効果だろう。
(これで終わり……? そんなの、納得出来るかよ……こんな「終わり方」、許すわけにはいかない……俺は……俺はっ!)
そして燻っていくライトの想い。ライトにとってのネレイザとは。そのネレイザが今、最悪の結末を迎えようとしている。それを認めてしまったら、演者勇者として積み立ててきた今までの事が全て否定された様で、全てが壊れてしまいそうで。
ヨゼルドと目が合う。全てを捨てる覚悟で口を開こうとした――その時だった。
「さて。リンレイ君フウラ君の迎え入れ、軍備、緊急の仕事が増えたから失礼させて貰おう」
サッ、とヨゼルドが立ち上がり、速足で玉座の間を後にしようとする。
「待って下さい国王様、俺は――」
「そうだハル君、今の内に言っておこう。私は今日忙しくなる。恐らく徹夜だな。だから明日の朝は起きるのが遅くなりそうだ。そうだな……最悪、「正午までに起きてこなかったら」起こしてくれ」
「……え?」
ライトの言葉を無視し、ハルにそう告げるヨゼルド。しかしその言葉には違和感があった。――いくら忙しいからとはいえ、正午まで起こさなくていい? 大変な今この時に?
「いいかね、正午、明日の正午だぞ。今この瞬間からそれまでは私の世話も不要だ。君もゆっくり休むなりなんなりするといい。逆に正午になっても起こしに来なかったら処罰だ。いいね? 正午正午」
やたらと明日の正午を強調してくるヨゼルド。……まさか、これは。
「畏まりました。仰せの通りに」
いち早く意味を理解したハルがそう言いながらゆっくりと頭を下げる。
「国王様!」
その姿を見て、ライトもヨゼルドの意思を察した。もう一度ヨゼルドを呼び止め、
「明日の正午、ハルだけじゃなくて、ライト騎士団全員で必ず起こしに行きます! 約束します! 俺は何も出来ないかもしれないけど、でも必ず!」
約束の言葉を告げた。――そう、ヨゼルドは明日の正午まで、ライト騎士団の行動に目を瞑ると言って来ているのだ。自分達の手で助けたいなら、それまでに何とかしてみせろ、と。
先程エカテリスに語った覚悟も本気。ライト騎士団が動かない、ライト騎士団では駄目ならばリンレイ、フウラでカーラバイトを徹底的に叩くつもりだろう。でもそれではネレイザの保証は出来ない。――ヨゼルドとて、ネレイザを見捨てたりはしたくはないのだ。だから、ライト騎士団を敢えて追い詰め、覚悟を決めさせたのだ。本当に、ミスは国家の命取りになるかもしれないのだから。
誰よりもライト騎士団を信じているのはヨゼルドだったのかもしれない。――そう思うと、ライトは胸が熱くなる。
「美女全員で、私の枕元で囁いてくれるのを期待しているよ」
振り返ることはなかったが、ヨゼルドは少し笑顔を見せ、そう言い残し、この場を後にした。玉座の間には、ライト騎士団だけとなる。
「――俺が偉そうなことを言える立場でも状況じゃないことも重々わかってる。でも俺は、皆と一緒に戦いたい。この戦いに、皆と一緒に決着を着けに行きたい。――お願いします」
口火を切ったのはライト。そのままゆっくりと、団員に向かって頭を下げる。
自分がこの作戦の足を引っ張るのは重々わかっている。――それでも、足を運びたい。どうしても、足を運びたかったのだ。
「……頭を上げて、ライト。というか、貴方が下げる話じゃありませんわ。想いは、皆同じよ」
エカテリスのその言葉に、ライトもゆっくりと頭を上げる。
「覚悟が無かったわけではないわ。でもお父様の言う通り、覚悟は足りなかったかもしれない。中途半端に許可が下りれば、ネレイザを助ける所か私達もピンチになってたかもしれませんわ。――賭けましょうこの戦いに。私達の命運を」
そこには先程までの弱気なエカテリスはいなかった。流石というべきか、自分の気持ちをあらためて、前を向いていた。そしてそれはエカテリスだけではない。迷いがあった他の団員達も、ライトの気持ちに応えるように、力強い目でライトを見ていた。
ああ、本当に俺は恵まれている。――そうライトが思った時だった。
「皆さん……本当に、本当に、ありがとうございます……!」
マークが頭を下げた。――本心からは皆の手を借りてネレイザを助けに行きたかったに決まっている。そのチャンスが手に入ったのだ。これ以上ない戦力を借りられるのだ。ある意味自分の我が侭で。――感謝しか、無かった。
「お礼は早いぞ、マーク。感謝は作戦が成功してからだ。国王様の言う通り、裏目に出る可能性もあるから。――その為には、マークの調査も必要だよな」
「ライトさん……」
「一緒に行こう。一緒に戦おう。俺達は、仲間だ」
仲間の喜びは皆の喜び。仲間のピンチは皆のピンチ。――当たり前の言葉が、過ぎった。
「さあ、時間が惜しい、皆急いで準備に入ろう!」
「おーっ!」
こうして、ライト騎士団によるネレイザ救出作戦、及びカーラバイト傭兵団撃退作戦が始まったのであった。
ああ、マズい。
「さあ、時間が惜しい、皆急いで準備に入ろう!」
「おーっ!」
覚悟を決め、皆が声を上げる。それぞれの想いが表情に表れている。でも、基本は皆同じ想いだ。ネレイザちゃんの心配、タンダーさんへの怒り、カーラバイト傭兵団への怒り。そしてハインハウルス軍としての覚悟。
私とて思う事はある。皆程じゃないが、やるせない想いはあるし、マーク君の事を考えたらネレイザちゃんは無事で居て欲しい。
でも、この中で一人だけ、皆と同じ様で、決定的に違う感情を抱いている人間が一人だけいる。
「レナ」
「うん?」
冷静で、でも力強い目で、勇者君が私を見る。
「俺の我が侭で、一番迷惑を掛けるのはレナだっていうのはわかってるつもりだ。本当にごめん」
「謝ってばっかだねえ。そんなんじゃ将来ハゲちゃうぞ? その若さでハゲでスケベでドMは演者勇者としてどうよ」
「百歩譲って後半二つの根拠は!?」
軽口を叩いてみる。――堅苦しいのは、好きじゃない。
「ま、気にしなくていいよ。何を今更、だもん。前置き無しは困るけど、これなら準備出来るからさ」
「ありがとう」
安心した表情で勇者君はお礼を言う。――でも、その瞳の奥底の感情が、感じ取れてしまう。
勿論勇者君もタンダーさんへの怒り、カーラバイト傭兵団への怒り、演者勇者としての覚悟があるだろう。でも――ネレイザちゃんへの感情が、決定的に違う。この前から見え隠れしていたその感情が、今回でかなりハッキリしつつある。
「ねえ勇者君。私がちゃんと守ってあげるからさ」
「うん?」
それは――怒り。ネレイザちゃんへの、怒り。
「だから、何か言いたいことがあったら、遠慮なく私には言っていいからね。私もほら、言いたい放題じゃん? お互い様だからさ」
「……ありがとう。そうだな、何か決めたら、まずはレナに相談だな」
伝わるかな。伝わらないかな。というか、本人自覚してないかも。――自覚してないのは、余計にマズい。
「まったく……そういう意味じゃ、私もネレイザちゃんに怒りたいよ、もう」
こうして拭えない不安を抱えつつ、私も支度に入るのだった。