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第百二十六話 演者勇者と魔道殲滅姫12

「うーむ」

 ライト騎士団と第六騎士団帰還後の翌日の午前中。ヨゼルドは資料を広げ唸っていた。

「いかがなされましたか?」

 と、ハルが飲み物を持って姿を見せる。

「ああハル君、昨日の今日なのにすまないな」

「私の仕事ですから。居ない間任せっきりの分、居る時は出て、ホランルランも休ませないといけませんし。――ヴァネッサ様から緊急時の援軍に関しては遠慮なしでの指示の許可を頂いてますよね? 何をお悩みですか?」

 ヨゼルドが悩んでいたのは今回の件に関して、最前線から借りる戦力に関して。ちなみに流石に軍事軍備最前線の部隊に関しては軍事方面の最高責任者であるヴァネッサの方が権限があり、そこで先程のハルの言葉に繋がる。

「いや、呼ぶなら位置的にもリンレイ君の部隊なのだが」

「リンレイ様でしたらかなりの権限、部隊をお持ちじゃないですか、ヴァネッサ様の右腕ですし。何の問題が?」

 ハインハウルス軍騎士、リンレイ。元はヴァネッサ直々の副官、現在は独立して部隊持ち。ハルの言う通り、実力も権力も圧倒的で、三大剣豪に次ぐとまで言われていた。

「そうそこ! ヴァネッサの右腕過ぎるのだよ!」

「……よくわからない表現ですね。意味がわかりかねます」

「リンレイ君は昔からヴァネッサを崇拝する余り、何処か私を厳しい目で見て、私が少しでも怪しい動きを見せると逐一ヴァネッサに報告しようとするんだよ! 怖いっ、あの目が怖いっ!」

「じゃあ、伝令にリンレイ様に帰還命令を出す様に指示しておきますね」

「ちょおおい今の私の説明聞いてた!? ハル君よりも厳しいんだよ! 耐えられないっ!」

「じゃあ私も厳しくすれば良いのですね?」

「優しくしてー! 優しいハル君が好きなのー! ばぶー!」

「えっ気持ち悪い」

 と、そんな馬鹿な(?)やり取りをしていた、その時だった。

「申し上げます!」

 一人の兵士が息を切らして姿を見せた。全力で走って来た様子。

「席を外しましょうか?」

「ハル君なら構わんよ。――どうした?」

「そ、それが……この様な手紙が届きまして……!」

 差し出されたのは、手紙というより、大きめの封筒だった。差出人は――

「カーラバイト傭兵団……だと」

「!」

 しっかりと、カーラバイト傭兵団、と書かれていた。一気に緊張が走る。――ヨゼルドが、包みを開け、中身を取り出す。

「! まさか……!」

 そこには衝撃の内容が記されていた。



「う……」

 頭がボーっとする。普段の目覚めとは違う、酷く疲れた目覚め。体が重く、もう一度眠りに落ちたくなる。それでも意識を覚醒させると、

「……ここ、は……」

 見覚えのない景色。何故自分が知らない場所で寝ているのか。必死で頭を巡らせ様として――

「――っ!」

 意識が無くなる直前の光景を思い出す。――タンダーに、薬を嗅がされた。今から察するに睡眠薬。更に状況を整理しようと周囲を見渡す。

「痛っ……」

 そして手首に痛み。体が上手く動かないのは、両手が縛られているからだとわかった。

「おー、目が覚めたか」

 そこに聞こえてくる声。ハッとして見れば、

「アンタ……は……!」

「よう。結構早い再会だったなぁ」

 カーラバイト傭兵団団長、サンドルトの姿。横には副団長ミゼッタ、そして、

「お目覚めですか、隊長」

「タンダー……そう、アンタ、私を売ったわけね……!」

 冷静な面持ちの、タンダーの姿があった。

「ネレイザっつったか。話しようか、俺はサンドルト。カーラバイトのトップだ。――色々聞いたぜ。その若さでオッサンの部下にパワハラか、やるねえ」

「何よ……何がパワハラよ、ふざけんな!」

 ギン、とタンダーを睨みつけるも、タンダーは冷静に見返してくるだけ。

「俺はお前等と戦った時、お前等の関係は「使える」と思った。オッサンの実力はいらないが、オッサンのハインハウルスの知識には興味があった。だから、手土産付きなら好待遇での寝返りを許可した」

 そう。サンドルトは戦いの去り際、タンダーにメッセージを残していた。ネレイザとの関係に疲弊していたタンダーは、その誘いに乗ったのだった。今までのハインハウルスでのキャリアを捨て、一発逆転を狙ったのだ。

「何処まで……腐ってる……!」

「そう言ってやるなよな。オッサンだっていくつになったって花開かせたいじゃねえか。そもそもはお前のせいだし」

「誰がよ! 自分自身の弱さを、人のせいにして!」

 怒るネレイザ、何処までも落ち着いたままのタンダー。二人の様子を見て、サンドルトは楽しそうに笑う。

「さて、一応説明しておいてやろうか。俺達はオッサンの知識とお前を人質に、ハインハウルス軍と交渉を行う」

「交渉……ですって……!? アンタらみたいなのに、ハインハウルス軍が交渉のテーブルにつくわけが」

「おいおい、何の為の人質だと思ってるんだよ。自分の立場考えてみろ。それにな、俺達だって馬鹿じゃねえ」

「どういう意味? 現時点で馬鹿にしか見えないけど」

「言ってくれる。――誘拐とか人質とか、そういうの用意して無理難題な要求する奴がいるだろ? 俺達はそんな事はしない。相手が「この程度だったら呑んでもいいかもしれない」位のギリギリの要求をするんだよ。期日を短くして、必要以上に考える暇を与えなければ、選択肢は限られる。――俺達の強さ、人質の存在、要求の予想外の低さ、時間の無さ。材料が揃えば普通の話よりも断然交渉のテーブルに相手が座る確率は上がる。これはあくまで、俺達の第一歩に過ぎねえ」

「何の要求をするか知らないけど、その程度の要求をした所で後で潰されて終わりよ、そんなにハインハウルスは甘くない」

「そっくりその言葉返すぜ、俺達はそんなに甘かねえ。言っただろ、あくまで第一歩だ、ってな。俺達を簡単には潰せないように仕向けて、そこから少しずつ、最後には完璧に手が出せない所まで登り詰めてやるんだよ。――その為にわざわざオッサンを引き込んだんだからな。どうしたら国王の隙を突けるのか、何をすれば人質としてお前が輝くのか。このオッサンの情報は参考になる」

 サンドルトがチラリ、とタンダーを見る。タンダーは変わらず無表情だったが、ネレイザの目には自信有り気の表情に映って見えた。

「タンダー……アンタも随分と目が眩んだものね……! 何処まで自分が所属していた軍の事を把握してるつもりか知らないけど、アンタ如きが持ってる情報で何が出来ると思ってるの、馬鹿みたい!」

 挑発ではない。ネレイザは本気でそう思っている。――しかし。

「あー、勿論失敗の可能性だって考えてるぜ。オッサンを完璧に信用したわけじゃねえからな。そん時はお前を「悲劇のヒロイン」に仕立て上げる」

 それ以上に、サンドルトは冷静だった。そのままのトーンで話を続けてくる。

「どういう……つもり……?」

「交渉して来ないから殺す? そんな勿体ないことはしねえ。飼い殺しってわけよ。ハインハウルスは仲間を見捨てた、その象徴がお前になる。ボロボロのお前の姿を他の国に見せびらかして、ハインハウルスの信用を落とし、他の場所で俺達の権力を手に入れられたらそれでいい」

「っ……!」

 何処まで具体的に計画が練られているのかはわからなかったが、本気である事は察せられた。本気でハインハウルスと交渉する気なのも――本気で自分を利用するつもりなのも。

「ま、とりあえずハインハウルスに交渉の手紙を送るか。お前の写真付きで……ああでも、普通の写真じゃ緊迫感が足りねえな。――そうだオッサン」

「何か」

「まだ人質だから手を出すわけにはいかねえが、傷付かない程度に弄れよ。――お前が、恨んでる上司を。そういう写真にしよう」

「な……っ!」

「悪趣味、ね。……私は書類を用意してるから、勝手にやってて」

 呆れ顔でミゼッタがその場を離れる。部屋にサンドルト、タンダー、ネレイザだけになる。サンドルトがカメラを用意し、ネレイザの前に。

「いいぞ、始めて」

 サンドルトに促され、タンダーがネレイザの目前に。そして、

「きゃあ……っ!」

 ビリビリッ!――迷い無く剣でネレイザの服の前を引き裂く。露わになる肌、下着。

「以前言ってましたね、自分の事をいやらしい目で見てくるって。……ええ、そうです。ガキの癖にいい体してんなあってずっと思ってたんだよ!」

「っ!」

 ここで、初めてネレイザを「恐怖」という感情が襲う。抵抗出来ない状態で、自分を恨み、理性を失くした男が目の前に。

「さあ、記念撮影です。自分達の新しい第一歩を飾る写真を撮りましょうか」



「カーラバイトから手紙が届いた」

 帰還した夜も明け、さてマークは本気でネレイザと話し合おうと思った矢先、ネレイザが行方不明。これは今までの流れからしてマズイ、と思って緊急作戦会議を開きかけた所で更にヨゼルドの緊急招集を受け、玉座の間にライト騎士団は全員集められていた。――って、

「カーラバイトから、国王様に手紙……!?」

「うむ。……その前にマーク君、ネレイザ君はどうしている?」

「それが、今朝から見当たらなくて……勝手な行動を取っていなければいいのですが」

「そう、か……偽の可能性にも賭けたかったが、本物か」

 そのヨゼルドの言葉に、大小あれど団員それぞれがピンと来る物があった。――嫌な予感しかしない。

「ネレイザ君は、カーラバイトに誘拐された。彼女を人質に、奴らは我が国と交渉したいと言って来ている。証拠の写真も同封されていたよ」

 その疑問をぶつけられる前に、ヨゼルドは答えを口にした。

「っ、妹は、ネレイザは無事なんですか!?」

「待てマーク君、それは――」

 マークが半ば奪い取るようにヨゼルドから封筒を取り、中から写真を取り出す。

「あ……ああ……あああっ……!」

 そして、写真を手にし、その画像を目にしたマークがショックで崩れ落ちた。自然と他の仲間達がその写真を見る流れに。

「これ……は……!」

 マークが落とした写真をライトが手に取る。画像を見て、背中を嫌な汗が流れ、頭が混乱する。

「……最悪、だ」

 レナのその一言が全てを物語っていた。――両腕を縛られ、服の前を切り裂かれ、肌と下着を露出した状態のネレイザに、後ろから妖艶な笑みでタンダーが抱き着いていた。ネレイザの目からは悔し涙だろうか、苦痛の表情で涙を流していた。

「成程、昨夜タンダー殿が手引きしたわけですか。……油断、してましたな。そこまで崩壊が進んでしまっているとは」

 ニロフが天井を仰いだ。タンダーの不満は認識していたが、ここまで深く、そしてここまであっさりとカーラバイトにネレイザを売り飛ばすのは皆考えていなかった。誰もがやり切れない表情を隠せない。

「お父様、相手の要求は何ですの?」

「ハインハウルス国内に自分達の一定の領土の譲渡、その領土内での一定以上の権限、更に軍内での一定の地位の要求だ。それが約束されれば人質は無事に返し、今後は協力関係を結びたいと言って来ている。交渉の期限は今日を含め二日以内」

「そ、そんな、それって犯罪者と仲良くしろってことだよね!? ボ、ボク達がそんな事を許したら、軍が、世界が……でもネレイザちゃんが……!」

 そう、突き付けられていたのだ。究極の、選択肢を。

「二日……思ってる以上に時間が足りませんね……調査だけで時間を喰ってしまう」

 リバールが悔しそうな表情を見せる。もう少し時間に猶予があれば、完璧な調査が出来たのだろう。逆に言えばカーラバイトはそこまで考えている、という証拠でもあった。

「調査も猶予もいらねえ! 今度こそ、アタシ達で潰せばいい、そうすれば全て上手くいく! ネレイザだって助け出せる!」

 既にソフィは狂人化バーサークしていた。怒りもあるのだろう。

「お父様、私達が行きますわ。相手の思い通りになどさせません」

 そして力強いエカテリスの言葉。勿論他のメンバーも同じ想いだった。……しかし。

「君達を行かせるわけにはいかない。そして――交渉に応じるつもりもない」

 返って来たのは、非情なるヨゼルドの言葉なのだった。

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