第百二十五話 演者勇者と魔道殲滅姫11
後衛部隊が到着する頃には、既に戦闘は終了後だった。ネレイザ、タンダーを回収し、ダメージが比較的浅かったタンダーから事情を聞く。
情報が伝わり、行動目標の変更が伝わった頃には、既にカーラバイト傭兵団は姿を消していた。アジトももぬけの殻。――これも、ネレイザの実力に任せ、多少突出させてしまった事も、裏目に出た結果となってしまった。
タンダーの言う通り、サンドルトの存在は予定外。敗因を一つに絞る事は難しかったが、それでも、敗北という事実が、ハインハウルス軍に大きく圧し掛かるのだった。
「――完全に、してやられたわ」
一足先に本陣に戻ったアンジェラが、溜め息と共にそう零す。
「今までそれなりに追い詰めて来てたつもりだったけれど、まさかボスを一ミリも引っ張り出していなかったとはね……自分の力不足に呆れ返るわ」
「アンジェラさんのせいじゃないですよ! アタシだって間に合わなかったし……それにまだ終わったわけじゃない、今回を糧に次へ繋げれば」
アンジェラに頼まれネレイザに気を配っていたソフィだったが、サンドルトの結界により察知が遅れ、援護には間に合わなかった。――サンドルトの結界は、ソフィの狂人化の戦闘の気配を察する力すら防いだのだ。
「サンドルトという男、考えている以上に厄介かもしれません。改めての軍議、準備、一から必要かと」
そのサンドルトと、今回一番ぶつかり合ったタンダー。勿論歯が立たなかったが、それでも今回一番の攻略の手掛かりを持っていると言っても過言ではなかった。
「タンダーさん、詳しい話を聞かせて。貴方とネレイザの情報と経験が、次の戦いを左右するわ」
アンジェラとしてもそれは重々承知していたので、本国へ帰還、ヨゼルドに報告する前に、自分でもより詳しい話を聞いておきたいと思った。……のだが。
「ふざけんじゃないわよ! タンダー、タンダーは何処!?」
「お、落ち着いて下さい! 治療がまだ終わって――」
「五月蠅い、もう大丈夫だから放しなさいよ!」
そんな揉め事の声が一気に近付いて来て、ガバッ、とテントのドアがめくられ、姿を見せたのはネレイザ。サンドルトとの戦闘で負ったダメージを回復させる為に治療班に治癒を施されていたが、その治療班を振りほどいての登場。
「タンダー……っ!」
そして直ぐにタンダーの姿を見つけ、一気に詰め寄る。
「どうしてあそこで私の指示に従わなかったの!? 私はもう一回、って言ったでしょ!?」
「……すみません。凌ぎ切る自信が無かったですし、あの場はやはり撤退すべきだと思ったんです」
「アンタがチキンなのは知ってる、私が言ってるのはそれでも最終判断は私なのに、どうしてそれすら従わないのって事! 少し話を聞いてあげたら調子に乗って、このクズ!」
「…………」
正しいか正しくないかは別として、確かにタンダーは独断で上官の命令を拒んだ、という事になる。特にネレイザからしたら直前まで意見を採用していたからだろう、という思惑が出てきても不思議ではなかった。
「責任取りなさいよ……! 全部アンタのせいだからね! 私を突出させたのもアンタ、独断で動いて負けたのもアンタ、それなのにそこで偉そうにっ! 何も出来ない能無しが、逆にアンタ何が出来るってのよ! 説明してみなさいよ!」
「ネレイザ、気持ちはわかるけど落ち着いて、今はそんな事を言ってる時じゃないわ」
兎に角怒り狂うネレイザを何とか宥めようとするアンジェラ。――その時だった。
「そんな事言ったって無理なモンは無理なんだよ!」
ネレイザの怒号に負けじと響く怒号。――他の誰でもない、タンダーだった。
「あの状況下で撤退を考えるのが当たり前なんだよ! 全員が自分と同じ動きが出来るわけないだろ! どう説明されても無理だ! ふざけんな!」
タンダーの中で何かが切れてしまったのだろう。口調も荒げ、先程までの落ち着いたタンダーとは最早別人。
「タンダー……アンタ……!」
勿論驚きもあったが、それ以上にそう反抗されてはいすみません、となるネレイザではない。完全に火に油を注いでしまった。最早敵を見る目でタンダーを睨みつける。
「何だよ……言いたいことがあるならハッキリ言えよ……やろうってんなら相手になってやる……!」
一方のタンダーも退かない。ついに怒りに身を任せ、腰の剣に手を――
「抜かせねえぞ。それ抜いたらアタシはアンタをぶちのめさなきゃいけなくなる。だからそれだけは駄目だ」
――手を当てて抜こうとした所で、ソフィが立ちはだかる。ギリギリの所でタンダーの手が止まった。最後の理性、といった所か。
しかし一触即発なのは変わらない。アンジェラが流石に困っていると、
「報告! ライト騎士団、合流です!」
一般団員から報告が挙がる。
「お疲れ様です。作戦中断、緊急合流の連絡を貰いました。一体何があったんです……か……?」
テントに入って来たライトの語尾が弱くなる。言葉通り、中断、合流の連絡を受けたライト騎士団は急いで本陣に足を運んで来た。事情を聞く為にアンジェラが居ると案内されたテントを開けたら謎の緊迫した状況。
「――っ」
他のメンバーも当然続いてテントの中に入ってくる。ネレイザとマークの目が合った。
「ネレイザ! 一体どうし――」
「来ないで!」
直後、ネレイザは逃げ出した。追いかけようとするマークを制止して。
「…………」
更にその直後、タンダーも厳しい表情のまま、無言でテントを去る。
「ライトさん、王女様、そして皆さん。――私の責任です。本当に、申し訳ありません」
そしてアンジェラが頭を下げた。わけがわからない。――流石に、悪い出来事が起きているのはわかったが。
「頭を上げてアンジェラ。説明をなさい」
エカテリスに促され、アンジェラが掻い摘んでの説明を開始。――今まで一度も発見に至らなかった相手のボスの存在、そのボスの圧倒的強さ、対峙したネレイザとタンダーの敗北、結果カーラバイト傭兵団の取り逃がし、証拠手がかりは一切無し、更にはネレイザとタンダーの亀裂。
「ライト騎士団の皆さんに、もっと全面的に協力して貰うべきでした。見立てが甘かったです」
「話を聞く限り仕方がないですわ。死人が出ていない、それだけならまた新たに対策を立てれば良いだけの事です」
「お気遣いありがとうございます。――どちらにしろ、一度本国に帰還、国王様に報告、指示を仰ぐ形にするつもりです。皆さんには無駄足を運んで貰った形になりましたが、共に帰還し、ここからの事は国王様の指示を仰いで頂けたらと」
スッ、ともう一度アンジェラは頭を下げ、テントの外へ。それぞれに帰還に関しての指示を出しに行くのだろう。
「団長、皆、すまねえ。自分で直訴しておいてこのザマだ」
そしてテント内がライト騎士団だけになると、ソフィが今度は頭を下げてくる。
「ソフィのせいじゃない。アンジェラさんのせいでもないよ。話を聞く限り仕方なかったと思う。――な?」
何となくソフィは頭を下げてくる、そんな気がしていたライトはすぐに自分もしゃがみ、ソフィに頭を上げるように促す。
「俺は許されるなら、国王様にお願いしてカーラバイト傭兵団に関する作戦に次も参加させて貰いたいと思ってる。このまま何も出来ないで終わりじゃ、俺達は駄目だ。――皆はどうかな」
「ライトさん……その、僕は」
「マーク、ネレイザちゃんがもしもう一度参加したいと思ってるなら、俺からも国王様にお願いしてみる。勿論ネレイザちゃんの気持ちもあるし、国王様の許可が下りないかもしれないけど」
マーク移籍とは別に、ネレイザもこのままでは到底終われないだろうし、ネレイザが終わらなければマークも終われないだろう。ライトは直ぐにマークにその提案を出す。
「帰還してる間に、ネレイザちゃんの気持ちも落ち着くよ。ここからだよ。俺達も、ネレイザちゃんも」
「ありがとうございます。――ネレイザの意思は、僕が直接確認します」
「大丈夫そう?」
「ここまでお膳立てされてこれ以上先延ばしにして逃げるわけにはいきません。兄として、ライト騎士団として」
マークも本格的に覚悟を決めた様子。ライトもその表情を見てとりあえず安心した。
「それじゃ、俺達も戻る準備しようか」
「ボク、馬車の支度してくるね」
「私も手伝うわ、サラ」
これ以上ここで立ち話も意味がない。各々が帰還準備に入る。
「――レナ」
「うん?」
そしてそのタイミングで、ライトはレナに声をかける。
「軍事的な事は俺はわからないけど、ネレイザちゃんとマークの事。――まずは、ネレイザちゃんとタンダーさんの仲を何とかしたい。ネレイザちゃんがタンダーさんを、タンダーさんがネレイザちゃんを、ちゃんと上官と部下として信頼出来るようにしたい。その上でマーク云々を、っていうならまた話を考えようと思う」
何処かタンダーを巻き込まれた関係者、みたいな位置取りで考えていたが、彼はネレイザ、マークと同じ位置取りの人間。ならばもっと真摯に、彼にもしっかりと向き合いたい。――ライトはそう思ったのだ。
「ふむ、それを何で私に? 任務でスケベな事するのは勇者君相手がギリギリだけど?」
「そんな方法で解決出来ると思うなよ!?」
「じゃあ何で?」
「この件に関して、この先俺が間違ってたら止めて欲しい」
「……それを私に頼むって事が、どういう事だかわかってる?」
「うん。――レナが、仲間の中で一番適任だと思うから」
例えばこれを他の仲間にお願いしたとして、何処かライトを想い、甘く判断をしてしまう可能性がある。それはライトも十分にわかっていて、その妥協が一番無いのがレナだと、そう判断したのだ。
「間違ってたら、君に剣を向けてでも止めるよ?」
「そうして欲しいから頼んでるんだ」
意思は固そうだった。ふーっ、とレナは息を吹く。チラリ、とライトの表情を見ると、先程までは無かった、とても険しい表情を見せていた。――ああ、その表情。まるで、「あの頃の」私みたいじゃん。
そう、信じてた物に裏切られた、あの頃の――
「勇者君さあ……もしかして、ネレイザちゃんの事」
「うん?」
あらためてレナの方を向くライトは、いつもの表情に戻っていた。
「……何でもない。――言いたい事、わかったよ。それじゃ、間違ってたら遠慮なく止めるから」
「ありがとう。宜しく頼む」
レナが自分の言葉を飲み込み、返事を聞くと、ライトもテントの外に。レナはテントの中に取り残される。
「困るんだよなあ。それって、間違ってなかったら止められないじゃん。――私はさ、間違えてない今、君を止めたいのに」
その呟きは、勿論誰にも届かないのだった。
作戦失敗翌日の夜、第六騎士団、ライト騎士団共にハインハウルス本城へと帰還した。
ヨゼルドへの報告は完了。正式な決定は翌日言い渡されるが、恐らく最前線から援軍を呼ぶ形になるだろうとのこと。ライト騎士団、第六騎士団共に作戦に引き続きの参加を希望。前向きに検討すると言い渡され、とりあえずの休息となる。
ネレイザ、タンダーに関しては未だ口を開いていない。マークは翌日の午前に、ネレイザと話をすると決め、その意思をライト達にも伝えていた。
とりあえず誰もが疲れ、部屋で就寝、そんな夜。――ネレイザも、モヤモヤだけを抱えたまま、部屋のベッドに転がっていた。その時だった。――コンコン。
「……誰?」
ノックする音。流石に無視は出来ない。誰にも会いたくなかったが。――すると、
「自分です。……タンダーです」
ドアの向こうにいたのは、最も会いたくない人間だった。
「アンタに話なんてない」
「今後の作戦に関して重要な話です。カーラバイトのトップと戦った上で、重要な話です」
「なら別の人間に話して来なさいよ。アンタも私の顔は見たくないでしょ」
「それでもネレイザ隊長でないと駄目です。――自分と隊長は今、同じ立場のはずです。自分もテントの中で暴言を吐きました。今自分が他の所へ言っても何処まで信用されるかわかりません。自分の信頼を取り戻す為には、隊長の力が必要なんです。それは隊長も同じ事ではないでしょうか」
「…………」
少しだけ考えて、ネレイザはドアを開けた。
「簡単に説明して」
「ここではちょっと。他に聞かれたら困ります。――こっちへ」
促され、二人は裏庭へ。――元々人気の居ない場所、更に人気は感じられない。
「それで? 何なの話って」
「あれから自分も冷静になって色々考えました。どうすれば、自分にとってベストなのか」
「ベストもへったくれもない。アンタと組んでる限りどうにもならない。――情報だけ出しなさい」
「……それって」
「私が後は何とかする。どうせこのまま続けてもテントの続きになるだけ。その情報だって宛てにはしない。参考程度に聞いてはおくけど」
「……結局」
「早く言いなさいよ、言わないなら――」
「結局、隊長は最後までそうなんですね」
そう言うと冷静な面持ちなまま、タンダーはネレイザに近付く。そして、
「っ!?」
ガバッ!――油断していたネレイザの頭を押さえ、湿った布を口元に押し付けた。
「お陰様で迷いが無くなりました。――答えは簡単です。貴女を、売ればいいんです」
しまった、と思う隙もない。意識が遠退き、ネレイザはその場に倒れる。
月明りの下、タンダーはその姿を、冷静に見つめるのであった。