第百二十二話 演者勇者と魔道殲滅姫8
「報告! ハインハウルス軍の部隊を確認、この砦を包囲し始めてます!」
カーラバイト傭兵団の潜伏する砦。斥候が帰還、報告が入る。
「思ってた以上に行動が速いのね、ハインハウルスの名は伊達じゃない、か」
「副長、いかがいたしますか」
「そうね……」
副長、と呼ばれた女はそう尋ねられて、チラリ、と奥の方を見る。
「……ぷはっ」
視線の先には、ソファに体を大きく預け、ラッパ飲みで酒を飲む男の姿が。
「……いいわ。そのまま監視を続けて、報告は逐一」
「はい!」
視線を戻し返事をすると、再び斥候はこの場を後にする。
「――だ、そうよ。年貢の納め時かしら?」
その姿を見送ると、副長――名をミゼッタという――が、酒を飲んでいた男の方へ近付きながらそう尋ねる。
「馬鹿言え」
男の方は酒を飲む手を止めることなく、そう笑いながら返した。
「ここまでは「計画通り」だ。後はいくつか用意してあるシナリオの中から、一番良さげな奴を選ぶだけだ」
「計画通り……ねえ」
「俺の実力を疑うか?」
「いいえ、それは無いわ。貴方は強い」
「なら安心しろ。なぁに、お前にもちゃんと美味しい想いはさせてやるさ。ウチの雑魚共をまとめてるのはお前だからな、そういう才能は買ってるんだ。俺じゃ出来ねえ」
「……そう」
「金だって思うがままだ。お前にも夢があったな? 確か――」
「子供の頃の戯言よ。思い出さなくていい」
「ハッ、そうかい」
再びグビ、と酒を煽る。アルコールに強いのか、酔う様子は見られない。
「まあいい。兎に角奴らが更に踏み込んできたら教えろ。行動はそこからだ」
「わかったわ」
酒を飲み続ける男を残し、ミゼッタはその場を後にするのだった。
「カーラバイト傭兵団のアジトがここ。第六騎士団の本陣がここです」
現着したライト騎士団。ソフィ、ネレイザ、タンダーは第六騎士団合流の為に離れており、残った団員が地図を広げて作戦確認中である。
「ふむ、中々良い位置に砦を築いてますなあ。守り易く逃げ易い」
「はい。なので第六騎士団も迂闊に手が出せない状態が続いた様です」
マークは気持ちが落ち着いたかそれともプロとしての意地か、いつもと変わらぬ様子で説明を続ける。
「メインで動くのはあくまで第六騎士団。ソフィさん、ネレイザが加わっていますので攻撃力的にも問題なく勝てるはず。我々の任務は逃げ道を塞ぎ、敵をしっかりと逃がさない事」
先程のニロフの感想は正に、であり、砦の位置から一部隊で攻めても逃げられ易い布陣となってしまっており、
「なので、我々の布陣はこの辺りが良いかと」
マークが示す辺りに、確かにもう一部隊欲しいと思われる形となっていた。その役目を、今回ライト騎士団が担うことになる。
「ハル、ボク地雷と自動魔道銃用意したから!」
「そうね、流石に今回は使っていいわ。設置場所だけ気をつけて」
「サラフォンさん、それいくつかお借り出来ますか? 程よい場所を調べ、設置して来ます」
「サラフォン殿、我にもいくつか回して頂きたい。今回は手数で勝負、クッキー君の他にも召喚致します」
パチン、とニロフが指を鳴らすと魔法陣が三つ生まれ、それぞれ一体ずつスケルトンが召喚される。一体はクッキー君(装飾が前回召喚されたまま装備したまま)なのでわかるが、残り二体は初登場だ。
「こちらがバッキー君、こちらがドリアンドヴァイサー君です」
「何でそこまで来て三体目の名前関連性無いの!?」
そんな会話と支度をしつつ、ライト騎士団は予定の位置に移動開始。マークの指定した場所へ布陣する為である。
「マーク君」
と、移動がてらレナがマークに話しかける。
「後は私達だけでもなんとかなるから、ネレイザちゃんの様子、見てくる?」
「え?」
「結局本腰入れて話も出来てないんでしょ? 近くであの子の戦いを見たら、新しい気持ちになれるかもよ。勇者君なら大丈夫、私がお色気で迫れば誤魔化せるから」
「その前にその会話が俺に届いてますけど!」
普通にライトはレナの隣にいたり(護衛して貰うという感覚があるのか特に何もない時は無意識に近くを選んでいる)。
「まあでも、マークが必要ないっていうわけじゃないけど、それでマークの気持ちが落ち着くなら抜けても大丈夫だよ」
「……ライトさん」
「俺は前も言ったけどマークを手放したくないけど、でもマークが行きたいっていうのを無理矢理止めるのは何か違うって思ってる。だから、答えがハッキリと決まるなら、例え団を抜けるのが答えだとしても、後押ししたい。俺は二人なら、ネレイザちゃんならちゃんと解決出来るって思ってるけど、だからといって助けを出さないってのも違うと思ってるから」
何だかんだで根底にあるのはお互いを想う心なのだ。それを無理矢理引き裂いておかしくなる位なら、という想いもライトにはあった。
「ライトさんは、どうしてそこまでネレイザを信じてくれるんですか? 会ったばかりの、ネレイザを」
普通に考えたら、ネレイザはライト騎士団からマークを我侭で連れていこうとする人材。不快に思われても致し方ない話である。だがライトはそんな素振りは一切見せず、明らかにネレイザを信用している節が見てとれた。
「ネレイザちゃんは、俺が出来なかった事を、成し遂げた人間なんだよ」
「ライトさんが……出来なかった事?」
「俺は……どんなにこれから頑張っても、あんなに強くはなれないんだよ」
少しだけ寂しそうに、ライトは語る。
「勿論今の特訓を止めるつもりなんて無い。一ミリでも皆に近付いて、一ミリでも皆の足を引っ張らないようになりたいからね。でも、肩を並べて戦える存在にはなれない。でもネレイザちゃんは違う。あの子は、皆と肩を並べて戦える。それはあの子が努力した結果。マークが見放さなかった結果なんだ。確かに今少しマークの為に周りが見えなくなっている所があるのかもしれない。でも、辛い事を知っていて乗り越えた彼女は、人の痛みだってわかる。自分より実力が足りない人間の気持ちだってわかる。裏方で努力している人間の気持ちだってそうだ。きっと最後にはちゃんとわかってくれる。そう思うんだよ」
それは、ハッキリと言葉にはしないが、一言で言えば「憧れ」。ライトが決して辿り着けない箇所にネレイザは辿り着いている。突然現れたその存在は、ライトにしたら羨望の存在。――自分の判断力を、少し曇らせてしまう位には。
「ライトさん……その」
「つーわけで、勇者君の許可も得たから、行きたいなら早めにね」
ぐいぐい、とレナがマークの肩を押して、ライトと無理矢理距離を取る。そして、
「君はネレイザちゃんの事を考えてればいい。今勇者君の事まで抱え込んでどうするつもり?」
「!」
今度こそライトに聞こえない音量でレナがそうマークに囁く。
「大丈夫、勇者君の周りはお節介多いから、踏み外さないようになるから。君が勇者君守ってネレイザちゃんぶっ飛んだら元も子も無い」
マークからしても、ライトが若干判断力を曇らせているのはわかってしまった。それが自分の妹のせいだと思うと尚更心配になったが、それすら見抜いたレナにそう告げられた。――ふぅ、とマークは息を吐く。
「ありがとうございます。――そうですね、レナさんも居ますしね。お任せします」
「その代わり、今度こそ腹割って話なよ? そこが終わらないと暴走勇者君も終わらないんだから」
「わかっています。――覚悟、決めなきゃですね」
ここでマークは決断する。この戦いが終わったら、ちゃんと話をしようと。――結果、今直ぐネレイザの様子を見に行く事はしなかった。
そして、その判断が、後に――
「協力感謝するわ、ソフィ。そして魔道殲滅姫――ネレイザ。副官のタンダーさんも」
第六騎士団本陣に到着したソフィ、ネレイザ、タンダーを第六騎士団団長のアンジェラが笑顔で出迎えた。
「お礼なんていいです、アンジェラさん。少しでも恩が返せるならアタシはそれで。団長も快く送り出してくれました」
「団長――ライトさんね。この作戦が終わったら、また挨拶とお礼に行かせて貰うわね」
アンジェラは、騎士団団長に選ばれるだけの実力こそあるが、それでも戦闘の才能はレナ、ソフィらハインハウルスのトップクラスに比べると一段劣る。それでも彼女が騎士団長という立場にいるのは、圧倒的統率力の持ち主だからである。仲間を束ね、仲間に信頼され、確実に勝利に持ち込む。その才能に一際長けていたのだ。
「ネレイザはプライベート中だと聞いたわ。――行動に制限は? 希望があれば聞くわ、休暇中ならそれなりの理由があるのでしょう?」
「無いわ。最前線で戦わせて貰う。寧ろ、後方で見物する為に来たんじゃない。その辺りは口を挟ませて」
「わかった。指揮系統が狂うから最終決定権は譲れないけど、貴女の意見は尊重する。意見は遠慮なく発言して」
「そうさせて貰う」
アンジェラとネレイザは初対面。ネレイザはアンジェラの事は知らないが、アンジェラはネレイザの事は噂と実績で実力は把握していた。上手く使えば使う程戦力になる、と。
「タンダーさんも。自分の部隊にいると思って、遠慮なく意見を出して下さい」
「……はい」
タンダーも、人材豊富なハインハウルス軍で、主力の副官という立場にいるベテラン。アンジェラからしたら、当然意見も戦闘能力も戦力として数えられる存在である。
「それじゃ、三人共こっちへ。旅の休憩がてら、現状の説明をするわ」
そのままアンジェラは自らのテントへ案内。部下に椅子と飲物を用意させ、地図を広げたテーブルを中心に四人が座る形となる。
「現在の位置関係はこう。そして……ライト騎士団は流石、仕事が速いわね。魔力伝達で布陣予定の連絡が来たわ」
アンジェラが地図にスッ、とライト騎士団布陣予定の位置に印を付ける。
「攻撃はアタシ達に一任、完全に逃げ道を塞ぐ形ですね」
「ええ。なので基本、私達次第ということになるわ。でも逆に、逃げ道を塞いでくれた事で、攻撃に全員を振り分ける事が出来る。貴方達も来てくれたおかげで……そうね、部隊を三つに別けて攻略しても良さそうね」
更にアンジェラは地図に現在地から矢印を三本書く。三部隊がこのルートで攻め、攻略する作戦。
「敵は? どれだけ強いの?」
ネレイザが出された飲み物に手を出しながらそう尋ねる。
「兵力は正確な所まではわからないけれど、大よそ五十人前後。その辺のゴロツキとは違って装備もしっかりしていたわ。それに、厄介なのが指揮を執っている女魔導士」
「強いの?」
「相当のやり手。ハインハウルスにいても最前線で十分活躍出来るでしょうね。恥ずかしい話、随分苦戦させられてるわ」
実際苦戦しているのだろう、ふぅ、とアンジェラはその話をしている時に軽く溜め息をついた。
「それに――何より他にまだ何か隠している気がする。これに関しては確証はないけれど」
「アンジェラさんがそう感じるなら成程、結構なやり手ですね。戦力をまだ隠してる可能性もあると」
「でも、国王様に援軍を用意して貰えたわ、これ以上ない位のね。なので、やっと遠慮なく攻勢に出る事が出来る」
実際にソフィ、ネレイザの二人だけでも大きく変わる中、保険としてライト騎士団の精鋭達。アンジェラからしたら正にありがたい、といった所なのだろう。表情にそれが良く表れていた。
「私としては、三部隊に分けた指揮をそれぞれ私、ソフィ、ネレイザに担当して貰いたいのだけれど。それぞれ合流する位置を保ちつつ、臨機応変に」
「アタシはそれで大丈夫です」
「…………」
力強く頷くソフィ。一方でネレイザが返事をしない。何かを考え込む様子を見せる。
「ネレイザ? 意見があるなら遠慮なく言って欲しいわ」
「…………」
尋ねられてもまだ口を開かないネレイザ。そのまま悩む事十数秒後。
「タンダー」
「はい」
タンダーを呼ぶ。そして、
「アンタの意見は?」
「……は?」
タンダーに意見を求めた。予想外の展開に、驚きを隠せないタンダー。
「は? じゃないわよ。アンタ私の副官でしょ。他の部隊と行動を共にするにあたって、私がどう動けばベストで、どう動けば最も活躍出来るのか。アンタの意見を言いなさい。私の戦いをアンタ見て来てるでしょ」
一般的に考えれば普通かもしれないが、この様な事例はネレイザとタンダーの間に一度も無かった。全てはネレイザの独断であり、タンダーはそれに付いていくだけ。意見を言った事もゼロではないが、全て跳ね除けられていた。
そのネレイザが、タンダーに意見を求めている。タンダーが驚くのも無理はなかった。
(……へえ)
口には出さないが、ソフィは少し感心。――成程こいつ、国王様に言われて少し考えを変えたか?
「わかりました。――では、自分の考えを聞いて下さい」




