第百二十一話 演者勇者と魔道殲滅姫7
「第六騎士団への援護……ですか?」
玉座の間へ集められたライト達。ヨゼルドから下された任務はそれだった。
「うむ。第六騎士団は現在カーラバイト傭兵団という違法行為をしたフリーの傭兵団を追っていてな。ついにアジトを突き止めたんだがどうも様子がおかしい、傭兵の数も増えており裏で何かと繋がっている可能性がある、なので確実に動く為に増援が欲しいと隊長のアンジェラ君の希望があってな。是非とも君達に行って貰いたい」
「カーラバイト……聞かない名前ですわね。ハインハウルスでも隣国でもそんな大きな傭兵団があれば耳にしているはずですのに」
ふむ、といった感じでエカテリスが考える。成程騎士団傭兵団の知識は広そうなエカテリスだが、そのエカテリスが耳にした事が無い様子。
「エカテリスが覚えが無いのも無理はない。本当に極最近なのだ、その名を聞く様になったのは。傭兵団とは名ばかりで地方の街で犯罪行為を繰り返しているのが報告に上がり、第六へ指示を出したのだが、予想以上に手こずっていてな」
「それで俺達に?」
「うむ。まあ君達の戦力ならオーバーキルだろうから、ライト君が危険な目に合う事はないだろうし、あれならエカテリスは留守番してパパと親子の語らいでも」
「さ、皆、出発の準備、会議を開きますわよ」
「コンマ一秒でも悩んでパパ泣いちゃうから!」
「コンマ一秒なら悩みましたわよ」
「なら良し!」
いいのかそれで。最早騙されてるレベルですよ、とは何となく言えない他の面々。
「団長、折り入って相談が」
と、一歩近付いてソフィがライトに切り出す。
「どうした?」
「今回、現状に到着したら、私だけ本隊――アンジェラさんの部隊に合流、協力させて欲しいのです」
「あ……」
そこでライトは思い出す。――アンジェラ。ニロフとの決戦時、セイロ空洞周囲の部隊の指揮を執っていた女性騎士だった。ソフィが恩人だと言っていた。直接一緒に戦って恩を返したいのだ。
「身勝手な話だとは思うのですが……」
「いや、大丈夫、気持ちはわかるよ。俺達の心配はいい、行って来て」
「ありがとうございます。皆さんも、部隊を宜しくお願いします」
「実際大丈夫でしょ。アンジェラさんだって強いんだし、私達行ったら実際オーバーキルなんだろうから」
「そういう油断が失敗を招くのです、レナ。くれぐれも、くれぐれも、くれぐれも団長をお願いしますね」
「わーったわーった、三回も言わなくていいから!」
ずい、と詰め寄ってレナに念を押すソフィ。これでライトが傷付いたらソフィがレナに向かって何をするだろうか。――ある意味ライトの身は確実に保証された。
「それじゃまずは詳細の確認と会議にしようか。――マーク、準備お願い出来る?」
「はい、三十分程あれば。――国王様、詳しい資料をお願いします」
「うむ、これだ」
ヨゼルドから書類をマークは受け取る。ここから更に自分で調べて、会議をし易くするのが当たり前となっていた。――と、一旦解散かと思われたその時。
「国王様。私も参加させて下さい」
一緒に話を聞きに来ていたネレイザだった。
「ネレイザ君、君は今休暇中という扱いだ。緊急事態及び私からの指示ならば公式な報酬賞賛が出来るが、今回は違うぞ?」
「わかっています。報酬が欲しいわけじゃありません。――心象が、欲しいだけですから」
強い目で、ネレイザは一瞬ライト騎士団の面々を見た後、ヨゼルドを見る。――当然ネレイザはマークの事を諦めてはいない。少しでも間近で自分の活躍を見せて、考えを改めさせたいのだろう。
「君の参加は確かに戦力アップだ。だが、わかっているかね? 今までの君が参加しても、君の真の目的は恐らく達成出来ない。歯痒さだけが残るぞ」
そのネレイザの強い目に、ヨゼルドも鋭い目でそう言葉を返す。――ヨゼルドの今の判断では、当然マークをネレイザの副官には回さない。その気持ちを変えさせるには、ネレイザ自身が周囲を実力以外で納得させなくてはいけない。その事に念を押していた。
「わかっています」
「なら、いいだろう。好きにしたまえ」
「はい。ありがとうございます」
スッ、とネレイザが頭を下げた。直ぐに頭を上げて、マークを見る。
「…………」
強い目のネレイザとは対照的に、マークはやはり複雑そうだった。――大丈夫かな、マーク。
「ネレイザちゃん、良かったら俺達の会議、参加する? 資料もあるし」
「いい。それじゃ意味がないから。私は私でやってみせる。――タンダー!」
「はい」
呼ばれてスッ、とタンダーが姿を見せた。
「勇者君やったよ、私五秒前には彼に気付いてた。成長した」
「それは最早偶然というレベルだぞ」
ちなみにライトはまた姿を見せるまで気付かなかった。――本当にいつからいたんだろうタンダーさん。いつでも大丈夫な様に気を張ってるのかな。
「遠征の準備始めて。私は事前調査をする」
「……はい」
そう言うと、ネレイザはタンダーを引き連れ、玉座の間を後にした。
「それじゃ、俺達も準備しようか。……マーク」
「…………」
マークは不安気な表情でネレイザの背中を見ていた。本当にそのまま、不安なのだろう。彼女の実力よりも、彼女の行動そのものの危うさが。
「マーク、大丈夫。いざとなったら俺達が助けるよ。ネレイザちゃんも、マークも」
「……ライトさん」
「ハル、マークのサポートを。資料集め手伝ってあげて。ハルなら邪魔にならないよね」
「はい。微力ながら」
「……大丈夫です、僕一人で」
パシン、と軽く両手で自分の両頬をマークは叩く。
「これで僕が優秀な事務官じゃなくなったら話の根底が崩れますからね。いつも通り、ちゃんとやってみせますよ。――お気遣い、ありがとうございます」
そういって軽く笑い、マークは一足先に玉座の間を後にする。
「……大丈夫かな」
「マーク殿を信じるしかないでしょう、今は。それこそライト殿の言葉を借りれば、いざとなれば我々が全力でフォローすれば良いです」
こうして、些かの不安を抱えたまま、翌日の出発を迎える事となった。
「あわ、あわわわ……」
「落ち着いてサラ、大丈夫よ」
そして翌日。出発の時刻を迎え、大型の馬車に全員乗り込み無事出発。……したのはいいのだが。
「おう、何ガンくれてんだテメエ」
「何よ、そっちが先に見てきたんでしょ」
「あんだと?」
「はあ?」
特に何も考えないで座った結果、ソフィとネレイザがお互い真正面に座る事になり、何故か睨み合いが始まってしまっていた。ソフィは気合が入っていたのか既に狂人化済み。
「マークの妹だか魔道殲滅姫だか知らねえが、団長とアンジェラさんの足引っ張ったらタダじゃ済まねえぞ、あ?」
淑女状態の時は微塵も見せなかったが、そもそもライト騎士団にトラブルを招いて来そうなネレイザが何処かで不満だった狂人化ソフィ。
「私が足引っ張るわけないでしょ、つい先日まで最前線にいたのよ? 平凡偽勇者の御守で内部でのうのうとしてる部隊に言われたくはないわよ」
勿論そんなソフィに怯える事無くそのまま売り言葉に買い言葉で威圧を跳ね返すネレイザ。
「言ったな? だったら今すぐ証明してやろうか、マークが居ないと何も出来ないお姫様に負ける程アタシ達は甘かねえってな!」
「お兄ちゃんに甘えてるのはそっちでしょ? お兄ちゃんいなかったらどうせまともに運営なんて出来てない癖に! 団長なんて何ができるのよ! あんたの特訓二周も出来ないじゃない!」
「団長馬鹿にしたなコラァ……団長はこれからゆっくり成長すんだよ……今に二十周は出来るようになるぞ……!」
「うーわ、勇者君成長早過ぎ」
「いやいやいや無理無理無理」
ソフィの過剰評価に一生懸命首を横に振るライト。あれ二十周は死にます。
「あわわ……ボ、ボクの設計した馬車だから地雷十発位までは耐えるけど、このままじゃ馬車の調子が……!」
そして地雷十発には耐えるのに精神的ストレスで故障する(!)最新式馬車を開発していたサラフォン。――どうでもいいが地雷十発耐えてもその前に馬が耐えられないだろう。
「そ、そうだ、こ、こういう時ライトくんはいつもソフィさんにハーブティーをお願いしてた! ライトくん、急いでケン・サヴァール学園に行かなきゃ! ソフィさんのドッペルゲンガーを作ろう!」
第十二章・演者勇者と続・学園七不思議……ではなくて。
「二人共、いい加減になさい。このまま輪を乱すのなら、この場で二人共馬車から降りて貰いますわよ」
「……チッ」
「……ふん」
呆れと怒り、半々のエカテリスから注意が入り、不満気なままだったが流石に二人共黙る。
「まー、サラフォンがハーブティーに頼りたくなるのもわかるよ。――というわけで」
「え?」
レナが立ち上がり、ぐい、とマークを引っ張り立たせ、まずソフィと席を交換。そのままソフィをライトの横に連れてくる。
「これで大人しくしてて二人共。私到着するまで寝るから」
ふぁーあ、と欠伸しながら持参の枕でレナは奥で丸くなった。――流石に気になって今までは寝れなかったらしい。
「……悪かった団長。「私」はそんなに気にしてねえみたいだが、アタシは何か気に入らなくてな、つい」
「いや、ソフィの気持ちもわかるよ。でも現場に着いたら気を付けて。あくまで俺達は仲間だから」
「うん、わかってるつもりだ。気をつける」
ふーっ、と息を吹くソフィ。少しは落ち着いたか。
「……ネレイザ」
「お兄ちゃん」
一方で、ソフィがこちらに連れて来られた代わりに、真正面同志となった兄妹。
「僕は、ネレイザが一生懸命なのは嬉しい。でも僕はネレイザに目的を見失って欲しくない。ネレイザの夢は――」
「私はお兄ちゃんが応援してくれたから今があるの」
マークの言葉を、ネレイザが力強く途中で塗り替える。
「私は、お兄ちゃんが隣にいてくれるだけで頑張れる。お兄ちゃんが一緒に居てくれたら誰にも負けない。あの日からずっと、私を応援してくれたお兄ちゃんを嘘吐きになんてしたくない」
「ネレイザ……」
「お兄ちゃんは、私を応援してくれてるよね? 私の事、嫌いになんてならないよね?」
そこで瞬時にネレイザの瞳に弱さが過ぎる。今の今までずっと強気だったネレイザの弱さが垣間見える。――本当に、マークが全てなのだ。
「それはっ……僕が、ネレイザの事を嫌うなんてあるわけないだろ」
「良かった。――見ててねお兄ちゃん、絶対他の人達も国王様も認めさせてみせるから」
そしてその弱さを見抜くマークが、その分強気に出れない。否定も出来ない。――解決が、遠のくだけだった。
「――誰よりも大切な人の為に、というネレイザさんのお気持ちは、私も十分にわかります。マークさんが何処となく言えない、というお気持ちも「全ては」否定出来ません」
リバールだった。ネレイザにとってのマーク、リバールにとってのエカテリス、といった所か。
「しかし私は姫様が万が一道を踏み外した時、この手で姫様を止めると姫様にお約束しました。その覚悟が、大切な人を想うというのには必要だと思っています。――大切な人を作るというのは、自分の心を傷付けてでも、時に相手に立ち向かう事なのだと私は思います」
そして遠回しに、今度はマーク視線でネレイザを見て、今のマークをリバールは否定した。何処か厳しい目でマークを見ている。リバールがエカテリスを本当に大事に想うからこそ、今のマークとネレイザの関係性に違和感を覚えるのだろう。
「リバール、いいわ。貴女の気持ちはわかる。――この作戦が終わったら、皆でちゃんと話し合いましょう? ね、ライト」
「うん。でも……俺は、ネレイザちゃんを信じるよ」
「……ライト?」
素直に応じるだけだと思っていたエカテリスだが、ライトが少しだけ返事を拗らせたのが意外だった。
「ネレイザちゃんは、俺には無い物を持ってるんだ。だから、きっと」
それはまるで独り言だった。何かを自分に言い聞かせる様だった。――どうしたのライト、と尋ねようとすると、
「間も無くの到着となります!」
馬車の操舵をしている兵士から声が挙がる。――こうして、何処か歯痒い空気のまま、ライト騎士団とネレイザとタンダーは現場に到着するのだった。