第百二十話 演者勇者と魔道殲滅姫6
「魔力のコントロールというのは、基礎魔力量とは違い、本人の精神的努力や技術によるもの。従ってライト殿でも十分に一流になれるチャンスはございます」
暴走ライト努力日誌二日目。本日は午前中にニロフによる魔法特訓が組み込まれており、ネレイザも一緒に参加している。
「今の言葉からすると一定まで行くのは簡単に聞こえますが、一定以上に行くにもしっかりとした訓練と集中、コツ等がございます。ライト殿に限ってそんなことは無いとは思いますが、くれぐれも軽くは見ない様に」
「わかった、肝に銘じるよ」
何者かは知らないが、初対面でネレイザは十分にニロフの実力を感じ取っていた。仮面は怪しいがそれ以上に魔法使いとしての相当の実力者。――自分と比べたらどうだろう。
「というわけで、本日は魔力を集中して練る練習をまずはしてみましょう。そこで本日のゲスト」
「失礼致します」
ニロフに促され入ってきたのは、
「リバール?」
リバールだった。普通に使用人姿で、ニロフの隣に並ぶ。――成程、忍術は集中力が大事なのかな、そのコツを……
「というわけで、今からライト殿はリバール殿に魔力の集中の邪魔をされます。それを耐える訓練です」
「忍術関係なかった!」
確かに忍術はニロフでさえ難しいと聞いた。なら忍術は関係なく……いやでもそれだったら誰でもいいんじゃ、と思っていると。
「ライト殿、これはリバール殿が一番の適任なのです。――まあ、実際に試してみましょう。ライト殿、精一杯集中して、詠唱から魔力球生成、そして射出の流れを実践してみて下され」
「わ……わかった」
邪魔されるって何だろう、と思いつつもライトは集中。ゆっくりと魔力を練り、両手をかざし、徐々に目の前に魔力球を――
「ふーっ」
「あひゃあああ!」
――作り出そうとした瞬間、リバールに後ろから抱き着かれ、耳元に息を吹きかけられた。瞬く間に集中は途切れ、魔力球は消えた。
「まだまだですなあ」
「いやいやそういう問題かこれ!? リバールも!?」
リバールは優しい笑顔で抱き着いたまま。いや確かに邪魔はされたがこれはどうなのか。
「ライト殿。美女美少女を抱えるライト騎士団の中で、あえて一番スタイルが良い方を選ぶと、それはリバール殿になります。そのリバール殿の大人の誘惑に負けない集中力を手に入れれば、魔力の集中など容易!」
「な……成程!」
ばばーん、と断言するニロフに、納得するライト。――こいつら何言ってんの、という表情を隠せないネレイザ。まあ確かに、このメイド、女の私から見ても憧れる位の完璧なプロポーションしてるけど……ってそうじゃなくて。
「そこで我がお手本を。――こほん」
サッ、と手をニロフが手をかざすと、透き通るように綺麗な魔法球がバッ、と飛んで行く。何の無駄もブレもない、見事な基礎動作――
「って我上手過ぎてリバール殿が抱き着く暇が無いではないかぁぁ! 我もリバール殿に抱き着かれてふーってやられたいいい!」
「えー……」
と、ガクッ、と項垂れるニロフ。ニロフはあまりに完璧で速過ぎてリバールが付け入る隙が無かった。流石ヨゼルドの師、欲望が丸出しで嘆いていた。
「ライト殿……別に努力しなくていいのではないでしょうか」
「抱き着かれたいが為に全て諦めたら今までの俺何だったの!?」
本末転倒もいい所である。
「さて、折角なのでネレイザ殿にも実践して頂きましょう。――とは言っても、我やライト殿よりもやはり同性なのでリバール殿の効果は薄れますな」
「ニロフさん、寧ろやらせて下さい。いつか姫様に実践する時の練習をしておきたいのです」
「そんな特訓に付き合わせないでくれる!?」
両手の指をワキワキするリバール。その手付きが怖い。――この人、姫様に何するつもりなのよ。
「まあそれはじゃあ後でネレイザ殿の部屋で個別でやって頂くとして、今回はあくまでライト殿の訓練の参考の為ですので」
「そうでしたね、承知致しました」
「どさくさに紛れて私の部屋で後でやる約束取り付けないで貰える!?」
「今回で言えば、ネレイザ殿の心を揺さぶる物でないといけませぬ。というわけで、ネレイザ殿に影響を与えるのはやはりマーク殿でしょう。特別に依頼しましたぞ」
「えっ!」
ネレイザの表情がパッ、と明るくなる。――嘘、お兄ちゃんに抱き着いて貰えるの? お兄ちゃんに耳元で囁いて貰えるんだ! どうしよう、それなりに手を抜いていい感じに……
「ハァイ、僕マーク。君ノオ兄チャンダヨ」
「くたばれ吹き飛べ消えてなくなれ!」
「アフン」
バッ、ガッ、ズガァァン!――ネレイザが圧倒的速度で魔法球を作り出し、そのままマーク風クッキー君を吹き飛ばした。
「むう、バレましたか」
「寧ろバレないと思ってたら驚きよ! お兄ちゃんを馬鹿にしてんの!?」
というわけで、実の所(!)マークは来ていなかった。
「そうなってくると選択肢が我、ライト殿、若の三択になってしまいますが」
「何で選んで抱き着かれる特訓しなきゃなんないのよ! 百歩譲って抱き着かれる訓練でもお兄ちゃん以外は絶対嫌!」
「なら抱き着く側でもいいですぞ」
「そういう意味じゃないし! それもお兄ちゃん以外は嫌!」
「ニロフ、間を取ってクッキー君と踊って貰おう」
「何の間を取ったらそうなんの!? つーかあんたは大人しく特訓してろー!」
よくわからない(!)訓練からしばらくして。――内容はまともになり、今はライトが純粋にリバールに魔力の練り方について色々教わっている所。
「…………」
そしてその様子を、少し離れた所で何となく眺めるネレイザがいた。――その光景を見ているとどうしても思い出す。いつまで経っても基礎が出来なくても、何度も何度も根気よく兄マークは自分の練習に付き合ってくれた。周りは自分に諦めを促し、親ですら何処か諦めを促してくる中、諦めきれなかった自分と、それを応援してくれた兄マークの姿。
「ライト殿の「努力」、いかがですかな」
そんな想いに耽っていると、ニロフが横にやって来てそう話しかけてくる。
「別に。――まあ、それなりに努力してるって言ってもいいとは思う」
昨日今日の内容の他にも、アルファスに剣の稽古を付けて貰っているのを耳にした。演者勇者の任務量を考えると、中々の訓練量であった。
「量に関しては我も十分な量、寧ろ中々多めをこなしていると思っております。――尋ね方を変えましょうか。ライト殿の努力は、「意味がある」と思いますか?」
努力に意味があるかどうか。――ネレイザにそれを尋ねるということは、ニロフが何を訊きたがっているのか、ネレイザ本人も十分にわかった。
「……本当に、全然才能ないのね、あの人」
体力学力は平均前後、魔力は平均よりもかなり下。若いと言ってももう二十台、成長にも限界がある。能力だけで言えば、勇者を演じるにはかなり厳しい才能の持ち主なのは、ネレイザにも十分に見て取れた。
「でしょうなあ。我も我の主もそれなりに伝えましたし、本人もそれは理解している様子。何か過去に想う所もある様ですしな」
「なら、何でこんなにマンツーマンで時間裂いて訓練してあげてるの? 私みたいに、覚醒する見込みでもあるの?」
「ネレイザ殿は、ライト殿の努力が無意味だ、と?」
「それは――」
それはそうでしょ、と言いたいのに、それ以上口が動かなかった。――その肯定は、過去の自分を否定する。それが本能的にわかってしまったのだろう。
「努力の価値は、結局の所本人が決める物でしょう。例え百人中百人全員がその努力を無駄と罵っても、努力した本人が意味がある、と感じたらそれは無意味なんかじゃない。少なくとも我は、そう考えております」
「……そんなの、努力じゃなくて只の自己満足じゃない」
「ですなあ。実の所我もライト殿の努力は実力的にはほとんど意味がないと考えております。彼の自己満足に過ぎない。でも我は、彼が満足してくれるまでは、こうして訓練に付き合うつもりです。――味方は、居てくれた方が嬉しい物ですからな。そしてそれは我だけでなくて、ライト騎士団総意の事。無論、マーク殿も、です」
「…………」
ネレイザは誰よりもマークの事をわかっている自負がある。そのネレイザが今のマークを見ていて思う事。それは、マークは任務だからライトの事務官を務めているのではなく、ライトへの信頼から事務官を務めている、という箇所が多くあるということ。
(何よ……お兄ちゃんは、今の私よりも、あいつを選んでるって事……? あいつが、昔の私みたいに一生懸命努力してるから? 私は今だって一生懸命頑張ってるじゃない……なのに……)
複雑な感情がネレイザの中で燻る。直ぐ目の前に答えがありそうで、でもその答えには靄がかかっていて。
「そうだ! なあ、ネレイザちゃんの昔の訓練法が知りたいな! 俺もやってみたい」
と、ライトが一区切りついたのか、そんな事を言って来た。距離的にニロフとの会話は届いていない。
「はあ? 何で私がそんな事までしないと――」
「ふぉふぉふぉ、ネレイザちゃん勇者君をまた蔑ろにする、と」
「げっ」
レナだった。最初は居なかったのにいつの間にか姿を見せていた。
「いやいや、いいんだよ続けて続けて。面倒だもんねえ(サラサラ)」
「ちょっと、それ何書いてんの?」
「マーク君への報告書だよ? ネレイザちゃんが勇者君に対してどういう態度を取っているかを――」
「あーわーあー! やる、やるから訂正してもう!」
ズンズンズン、とネレイザは大きな歩幅でライトの所へ向かい、レクチャーを開始。今度はそれをレナとニロフが少し離れた所で眺める形となる。
「心配ですなあ」
「まー、あの子はあの子なりに色々あったんだろうからねえ。何が困るって、根っからの悪じゃない所と、マーク君が関わってる所だよ。そうじゃなきゃソフィにぶっ叩いて貰って終わりなんだけど」
自分が動かない所はご愛敬である。
「何か大きな良い切欠があればいいのですが」
「なるようになるでしょ。逆に言えば、近くにマーク君がいて、そのマーク君の為なら、仲間の為に頑張る勇者君がいるもの。――どっちかって言えば、私は勇者君の方が心配だよ」
「? ライト殿……が?」
「うん。――多分、あれは」
「失礼致します!」
と、レナが何かを言いかけた所で、兵士が一人速足で現れた。
「ライト様、ライト様はいらっしゃいますか?」
「あ、はい。どうかした?」
「国王様がお呼びです。騎士団の皆様方と共に、玉座の間へ来て欲しいと」
「わかった。レナ、ニロフ、行こう。リバール、招集をお願い出来るかな」
「畏まりました」
指示を受け、リバールが一足先に訓練所を後にする。
「ネレイザちゃん、訓練ありがとう。途中でごめん、出来ればまた今度教えて欲しい」
そう言ってライト達も訓練所を後に――
「ちょっと待ってよ、私も行く」
――しようとした所で、ネレイザのそんな発言。
「寂しければクッキー君を貸しますぞ」
「何でそんな結論に達するのよ!? 国王様が呼ぶって事は任務でしょ、お兄ちゃんもいる。私だって話聞きたい」
「わかった。それじゃ、一緒に行こうか」
改めて、ネレイザを加えてライト達は玉座の間へと向かうのであった。