第百十九話 演者勇者と魔道殲滅姫5
「嬉しい、凄い嬉しいです! 団長にネレイザまで、一緒に朝のトレーニングに参加したいだなんて!」
そう言うソフィは本当に嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「うん、宜しく頼むね」
「……程々にお願いします」
そしてやる気に満ちるライト、一方で既にトレーニング後の様な疲れた表情を見せるネレイザ。――事の発端はネレイザ、ヒライとの再会事件後にて。
「俺も努力が必要なんだ! 一回体験させて欲しい!」
突然のライトの申し出。ネレイザは勿論、傍で聞いていたレナも唖然の表情。
「……ごめんなさい、言っている意味が良くわからないのだけど」
「マークから聞いたよ。ネレイザちゃんは努力に努力を重ねて、今の凄い魔法が扱えるまでになったんだろ?」
「まあ、そうだけど」
「俺も努力はしてきたし、今も改めて努力してる。でももしかしたら、その努力は君の努力に比べたら天と地の差があるかもしれない。だから、改めて自分の努力の度合いを測らせて欲しいんだ。だから君に一緒に俺の努力に付き合って貰って正直な評価が欲しい!」
ライトからしたら、ネレイザは過去の自分の殻を打ち破った人間に見えていた。前述通りマークから話は聞いていたが、実際に目の前にしてわかった。これは本当に、計り知れない努力をした結果なのだと。
自分がその殻を打ち破れるとは思っていない。それは周囲からも言われている。それでも、それが努力が足りないせいにはしたくはない。その想いからの懇願だった。
「嫌よ面倒臭い。やっぱり言ってることも良くわからないし」
当然ネレイザは拒否。突然というのもあるが、ライトの想いなど知る由もない為、こんな申し出をされても困惑するだけであった。
「そう言わずに頼む! 今度お礼にクッキー君饅頭あげるから!」
余談だが饅頭はニロフ作であり、近日中に数量限定で直売所で販売予定だとか。
「いらないわよそんなの! クッキーなのか饅頭なのかハッキリしてよ!」
「でもこしあんだぞ!」
「そこに拘ってるわけじゃない!」
そして道端で始まる、謎の交渉合戦。若干暴走気味のライトを見て、ああ、この手の勇者君は久々に見たなあ、などとレナは呑気に思っていると。
「兎に角、そんなわけのわからないお願いされても私は受けないから!」
「そうか、最早これすら努力! ネレイザちゃんなりのテストなんだね!?」
「違うから! ああもう、兎に角お断り!」
「っ……そんな……レナ、何かいい方法ないかな……?」
捨てられた子犬の様に縋るような眼でライトがレナを見てくる。――いやいや、そんな眼で見られても。
「……ふむ」
が、レナとしても一考の余地があった。他人事だと面白そうが半分、そしてもう半分は……
「ネレイザちゃんネレイザちゃん、ちょっと」
その半々を秤にかけた結果、レナはネレイザを手招き。小声が丁度ライトまで届かない位置に呼び寄せる。
「私こう見えて、それなりの立場にはいるんだよね」
「悔しいけどそうでしょうね。あんたの実力は知ってるし、国王様も一定の信頼があるのは見てればわかる」
「つまり、だ。今回の騒動、私の報告次第では君のマーク君副官計画を不可能にする所か、一生マーク君を私の監視下に置く事も出来るわけよ」
「!? まさか、脅す気!?」
「そういうわけじゃないんだけどさ。ただまあ、なんつーの? 私も国王様も皆もそれなりに勇者君の事は気に入ってるわけだよ。つまり、勇者君の好感度が上がれば色々突破口が君にも見えてくる。そこで、君はお互いの為に今何をすべきか、という話なわけだ」
「……っ!」
――と、いうわけで、渋々ライトのお願いを受け入れたネレイザと共に、ライトは早朝のソフィのトレーニングに参加。ライトがこのトレーニングに途中で付いてこれなかったのは記憶に新しい。
「本当はレナも一緒に参加してくれるといいんですけど」
「私は監督だからいいの。――ふぁーあ」
ネレイザを監視する為か、近くのベンチで欠伸をしながらレナがいた。余談だがレナからしたらこの時間に起きるのはもう立派な努力である。
「ソフィ、ネレイザちゃんは努力家だ。厳しいトレーニングでも乗り越えてくれるぞ」
「!?」
「ふふっ、わかりました。期待してます」
そして暴走ライトのダメ押し。ネレイザはどんどん追い詰められていく。
「ちょっと! 私体育会系じゃないんだけど! 魔法使いなんだけど!」
「大丈夫だ俺なんてどっちの才能もないぞ! でも努力する!」
「何の自慢なの!?」
「では行きますね。まずは軽くランニングです」
そのまま強制的にトレーニングスタート。メニューは以前ライトが一緒にやったのと同じく、ランニング→筋トレ→ランニング→素振りで一周、それを数周。文章で表すと簡単だが、
「ちょ……は、ハイペース過ぎない……!?」
「凄いだろ……これで、俺達の為に手加減してくれてるんだぜ……!」
「な、何であんたが自慢げにそれ言うのよ……!」
ソフィの基礎能力が高過ぎて、手加減しても結構なハイペース。辛い。ライトは勿論、ネレイザも十分に辛い。
「ふぁいとー」
そして一周すると心にも体にも響かないレナの声援。見ればベンチに掌を枕に寝転がっていたが、ツッコミを入れる気力は二人には無い。そのまま二周目に突入。
「はあっ、はあっ……」
「はっ、はあっ……!」
二周目に突入する頃には、最早無駄口を叩く余裕は二人には無く、隣すら気にする余裕も無く。――それでも必死に食らいつき、ついに三周目に突入する。
「ふぁいとー」
「頑張れー」
そしてそこには一周目と同じ声援を送るレナと、そのレナに膝枕をして貰いダウンしているライトからの声援が――
「――ってあんたそこで何してんの!? いつの間にリタイアして私一人にやらせてんの!?」
実はライトは前回と大差なく、二周目早々にダウン。気付いたレナに連れてこられ現状に至る。
「流石だよネレイザちゃん……俺は、まだまだだと思い知った……」
「勇者君、冷たい飲み物いるー?」
「いるー」
「思い知ってないで最後までやりなさいよ! いるー、じゃないわよ! というか私一人だけにやらせるな!」
そのままライトを無理矢理引きずり起こしてリトライさせようとするネレイザの肩がガシッ、と掴まれる。振り返れば、
「ネレイザ、いけません。団長には団長のペースがあるんです」
「!?」
笑顔のソフィが物凄い迫力と握力でネレイザを止めていた。そして、
「さあ、私達は続きです。全部で五周が目標です」
そのままズルズル、とネレイザを引きずっていく。
「ちょ、私も、私も限界です! ダウン、リタイア!」
「そんな事はありません。限界を超えてこその努力ですから」
「じゃああれは!?」
ネレイザが指差す先には、ライトが膝枕のままレナにストローで飲み物を飲ませて貰っていた。
「! レナ、いい加減にして下さい!」
おっ、とネレイザが思うとソフィがレナに詰め寄る。そして――
「団長はこちらの方が好きなんです! ちゃんと私が用意したのでこちらを飲ませてあげて下さい!」
「あ、そうなの? わかった」
「――って更に甘やかせるんかーい!」
「はい勇者君、あーん」
「あーん」
所持していたボトルをレナに手渡す。そのまま入れ替えて再び飲ませて貰い始めるライト。――何があーん、よ!
「さ、ネレイザ、私達は続きです」
「ちょ、だから、私はもう限界……いやあああぁぁぁ」
悲しい悲鳴が響く、早朝のハインハウルス城中庭なのであった。
「それでは、今日は前回の続きで歴史に関してですね」
夜。ライトはハルに定期的に受けている個人授業の時間。当然ネレイザも連れて来られた。
口には出さないが、こうして誰かに教師役を頼んでまで大人になって勉学に勤しむというのは、ネレイザからしたら確かに評価すべきポイントではあった。――成程、無意味に努力努力言ってるだけじゃなくて、最低限はしてるわけね。
しかし、ネレイザとしては解せない点がどうしても一つだけあった。
「……ねえ、一つだけいい?」
「はい、何でしょう? ネレイザ様は勉学もお得意と聞いています、何かあれば遠慮なく申し上げて下されば」
「いや、授業内容に関してじゃなくて……その、これはいいの?」
チラリ、とネレイザが促す先には、
「ぐおお……縄が、縄が食い込む……ハル君、縛るの上手になったな……! ライト君も今度体験してみるといいぞ……! よく考えるんだ、ハル君が、ハル君が縛ってくれてるんだぞ……!」
「俺をそうやって毎回怪しい世界に連れて行こうとするの止めて貰えませんかね!?」
「というか縛るのが上手くなるのは誰のせいだと思ってるんですか」
「……なにこれ」
椅子に縛り上げられている国王ヨゼルドの姿があった。――再確認するが、彼は国王、大国ハインハウルス王国の王である。と、ハルが溜め息。
「こうしてライト様に授業をする時間になると、必ずと言っていい程城を抜け出そうとするので、もう最近は先に縛って連れてくるのが当たり前になりました」
「フフフ……最近は気付いたら縛られてるのだ」
何故自慢気なのか。
「大丈夫だよネレイザちゃん、俺も最初は驚いたけど、慣れてくるから。不思議と国王様に対しての尊敬も消えないしね」
「どうもダンディ国王です」
「はあ」
縛られながら白い歯を見せてキラリと笑うヨゼルド。――ごめんなさい、既に尊敬が消えかけてます。
「では授業に戻ります。百年前の産業革命についてですね。事の始まりは――」
こうして、縛られたヨゼルドという点を除いては至って真面目なハルの授業が始まる。ハルの話に対し、真剣にノートに筆を走らせるライト。
「ネレイザ君ネレイザ君、ちょっとだけ、縄を緩めてくれないかね?」
そして実際の所本当に縄が食い込んで痛いヨゼルド。――ネレイザは溜め息。
「緩めたら私が怒られませんか?」
「そこはほら、自分国王なんで」
「なら何で自分が仕えさせてる使用人に縛られてるんでしょうね」
そう言いつつも、このままだと五月蠅そうだったので少しだけ緩めてあげることに。……したのはいいのだが。
「あれ、これどうなって……こう? それとも……こう?」
「ぐおおっ、ネレイザ君、更にきつくなってる!」
適当にやっていたら余計にこんがらがってしまう。恐るべしハルのしめ縄術。……は、兎も角。
「え、えっと、じゃあこう」
「ふぎぎぎ、さ、更にきつく……! ネレイザ君、そんなに私を縛りたかったのか……! まさか娘と変わらぬ年齢の美少女に縄で縛られる日が来るとは……!」
「その言い方止めて下さい!」
そんなやり取りをしていると、ハッと厳しい視線を感じる。――ハルだった。表情こそ変えていないが、怒りのオーラが漏れていた。
「ネレイザ様、ライト様がネレイザ様は努力をなさる方だからと仰っていたから招いたのですが、ヨゼルド様と御戯れになるだけでしたら、次からネレイザ様も縛っての登場とさせて頂きますが」
「ちょ、嘘でしょ!? 違う、違うの、邪魔するつもりなんてないの!」
「! わかったハル、それもネレイザちゃんなりの努力なんだ、縛られて苦痛の中での授業……!」
「そうでしたか……それなら致し方ありません、今からでも」
「違ぁぁう、違うから、止めてー! 縄持たないでー!」
「止めるんだハル君! ネレイザ君を縛るなら、私を縛るがいい!」
「もう縛ってますが」「もう縛られてますよ?」「そもそも誰のせいだと思ってるんですか!」
そんな謎の会話が飛び交う、特別授業なのであった。