第百十八話 演者勇者と魔道殲滅姫4
それは、偶然の出会いだった。
『ねえ、貴女も魔法使いを目指してるの? 私、ヒライ! 宜しくね』
『あ……私、ネレイザ、うん、宜しく』
幼心に、深い意味合いなど無かったのだろう。
彼女に、きっと悪意など無かったのだろう。
『ねえっ、見て見て! こんなに出来るようになったの!』
『うわ……凄いね……』
『ネレイザは?』
『私、全然で……』
それでも、どれだけ言葉も心も幼くとも、時にそれは刃となる。
『え、ネレイザまだそんな練習してるの?』
『うん、基礎がまだちゃんと出来ないから、しっかりした方がいいって、お兄ちゃんが』
『ふーん、どん臭いの。ネレイザだけよ、まだそんな所なの。才能無いんじゃない?』
『でも……魔法使いになるのが、私の夢だから……』
『ぷっ……夢ねえ……』
そして――いつしか「お互い」引き返せない道を歩き始める。
『ねえ見て見て、「あれ」またあんな端っこで一人であんな練習してる』
『お兄ちゃんに言われて練習してるんですって。魔法使いになるのが夢で』
『え、ヒライ友達なの「あれ」と』
『やだー、止めてよ友達なんかじゃないわ。昔の知り合いよ』
『そうよね、ヒライは才能あるし、あんなのと友達になるわけないわよね』
『しかもブラコンなの? 恥ずかしい』
『あははははっ』
何が悪かったのか。誰が悪かったのか。いつからこうなったのか。――思い返してみても、誰にもわからない。
それでも、そのお互いの道が、偶然再び重なり合った時――
「ふぅん、事務官の妹がね」
ネレイザ登場の日の午後、ハインハウルス城下町、武器鍛冶アルファスの店にて。今日もライトはレナを護衛に剣の稽古を受けにやって来て、無事終了。休憩中に少し、現状の話をしてみていた。
「アルファスさんならどうします?」
「そのネレイザってのにマークを渡す。そこで潰れるならそこまでの人間だし、どれだけマークが優秀でも、ハインハウルス軍ならライトの事務官の代わりが務まる人間はいるだろ。渡さないで潰れる位だったら渡して潰れてほら見た事か、ってなった方がまだマシだ」
「成程……」
アルファスらしい、一つの考え方であった。レナとも考え方が近い。
「逆に私なら絶対に渡さないな」
ひょい、と顔を出したのはフロウ。
「兄者を困らせている、というのは勿論あるが、そうでなくともそんな我侭を簡単に通していては周りとのバランスが悪くなるだろう。自分一人が戦死するのは勝手だが、調和を乱して周囲まで死んだら何が戦力アップだ、という事だ。軍というのはそういう物じゃないだろう?」
「お、アルファスさんとは別意見なんだ」
「店長の場合それで崩れたら店長が直接叩き潰して終わりだからな。私はあくまで実力が一般レベルの目線で考えた場合だ。私だけの事を考えるなら店長の様に差し出す選択肢もある」
「ふむ……」
死線を掻い潜っているフロウの言葉は中々に身が籠っていた。
「私は軍人じゃないので、軍のしきたりとか空気とかはわからないんですけど」
いつも通り飲み物を提供してくれて、そのまま一緒にいたセッテが口を開く。
「どんな結末になったとしても、そのお二人が兄妹として仲が悪くなったりはして欲しくないです。折角大事に想い合ってるんでしょう? 元々憎み合ってたりしていないなら、尚更です」
セッテらしい、優しい意見だった。
「ま、とりあえず勇者君としてはマーク君を渡したくないんだよねー。ネレイザちゃんにちゃんとわかって欲しいって」
「うん、まあ」
しかしながら経験豊富な二人、ピュアなセッテにそれぞれ意見を言われると中々考えてしまうライトである。どれを選んでも正解で、どれを選んでも間違いな様な。
「まあ、目指すのはタダだ、やれるだけやってみろ。流石にこれに関しては俺がどうこうもねえだろうし」
「私は必要ならいつでも手を貸すぞ、兄者」
「頑張って下さいね、ライトさん」
「ありがとうございます、出来る限りは頑張ってみます」
何にしろ三人のエールを貰い、気持ちをライトは改める。そういえば、マークはネレイザと話が出来たかな、何て思っていると、
「!」「!」「!」
ザッ、と同時に立ち上がるアルファス、レナ、フロウ。何も感じ取れていないのはライトとセッテ。……ということは。
「レナ、何があった? 緊急事態か?」
実力ある三人だからこそ感じ取れる何かが発生した、ということである。あまりいい予感はしない。
「商店街の方かな。それなりの魔力が漏れてる」
「それに若干騒がしいな。人の動く気配が普段と違う」
「位置的には大通りの中央辺りか。好感の持てる魔力の漏れ方じゃねえな。――おうセッテ、商店街ハプニングと言えばお前だ、何やらかした。正直に言わないと出禁だぞ」
「私ずっとここにいましたよね!? 流石に酷くないですか!?」
何処まで本気かはわからないがセッテを疑うアルファス。普段どれだけ商店街でハプニングに遭遇しているのか気になるライトだったり。……しかし今はそれ所ではない。
「レナ、行こう。何かあったらマズい」
「まー、そうなるよねえ。仕方ないか」
「念の為に私も行こう。――セッテ、お前は念の為店長と一緒に居ろ。店長の傍なら大抵の事なら安心だ」
「わかりました! フロウさんの指示ですから、アルファスさんから私しばらく離れません!」
「フロウの指示無くたってお前隙あらば俺に飛びついてくんじゃねーか!」
こうして、アルファス、セッテを残し、ライト、レナ、フロウの三人は商店街大通りの中央へと向かうのだった。
「久しぶりねー! 何年ぶり? お互い成長したわね!」
「ヒライ……そう、あのヒライ」
本当に偶然の再会となる二人。ヒライからしたら久々の遭遇に素直に驚き、ネレイザからしたら忘れかけていた心の奥底の燻る思い出を蒸し返される人物像である。
「ヒライ、知り合いなの?」
ヒライの周囲には同じ位の歳頃の女子が数名。どうやら友人達と街に繰り出している時に遭遇、という流れの様子。
「小さい頃のね。まだ私が魔法使いを目指してた頃の」
「……!」
その言い方が気になった。魔法使いを目指していた「頃」の。
「……あんた、魔法使い辞めたの?」
「え? やだ、あんなの子供の頃の遊びよ! 私貴族の娘だもの、いつまでもあんな頃してられないわ」
「遊、び……そう」
本気でそう思っているのだろう。悪意のないその笑顔での返事が、ネレイザの燻りを膨らませていく。
「ネレイザは今は……ねえ、もしかしてその恰好、今でも魔法使い目指してるの? 貴女が? あははっ!」
「……っ」
「ヒライさん、どういうことかしら?」
「この子、昔から魔法使い目指してたんだけど、才能も無くてどん臭くて、話にならなかったのよ! 私は諦めたらって言ったんだけど、まだ続けてたなんて根性あるのね!」
「でも彼女、腕にハインハウルスの腕章付けてる」
「あ、本当、嘘でしょ、貴女軍所属の魔法使いになったの!? ハインハウルス軍って随分レベル低いのね、貴女でなれるなら私なんて明日にでも魔王が倒せるわね! 平和の為にやろうかしら?」
「ヒライさん、きっとコネよ。彼女見た目可愛らしいし、ツテがあったんじゃない?」
「ああそっか、貴女大好きな「お兄ちゃん」いたわね、思い出した。お兄ちゃんのコネで魔法使い気分か、良かったわね夢が叶って! あはははは!」
純粋に笑うヒライ。それを見てネレイザの中の何かが途切れた。自分を馬鹿にされた以上に、ハインハウルス軍、そして何より兄マークを馬鹿にされた。――許されない事実だった。
「――じゃあ、試してみる?」
「試してみる、って……え?」
直後、ブオォッ、という圧倒的勢いで、ネレイザ、ヒライ、ヒライの友人達を強力な魔力渦が覆う。竜巻に囚われるように周囲を囲まれ、逃げ出せない状態に。
「え……これ、何……?」
「これがあんたが言う私のどん臭い才能。そうね、才能豊かなあんたなら、こんな風に威圧されても――余裕でしょ?」
「っ!?」
直後、ズドン、と圧し掛かるネレイザによる圧倒的威圧。ヒライ達は動けなくなり、腰を抜かし、その場に座り込んでしまう。
「イフリータ・デ・ヴォルテ」
そんなヒライ達を見下しながら、ネレイザは詠唱。すると掌から炎の鳥が生まれ、瞬く間にそれは巨大な怪鳥となり、ネレイザと共にヒライ達を見下す形に。
「さあかわしてみせて、私のどん臭い魔法。平気よね、明日には魔王が倒せるあんたなら。――私とお兄ちゃんを馬鹿にする、あんたなら」
「あ……ゆ、許して……! ち、違うの、馬鹿になんてしてるつもりなかったの! 謝るから! 貴女にも、貴女のお兄さんにも……!」
「謝らなくていいわ。――許すつもりなんて、到底ないから!」
ガッ、とネレイザが腕を振り下ろすと、炎の怪鳥がヒライ達へと向かっていく。そのまま怪鳥がヒライ達を包み込もうとした、正にその直前。――バリィン!
「!」
ネレイザが作った魔力渦を強引に突破し、侵入する二つの人影。一人はヒライの取り巻きの首根っこを無理矢理掴み強引に引きずりながら脱出させ、
「おっとぉ!」
一人はヒライを庇うように前に立ち、剣を振るい、怪鳥の炎をコントロール、消していく。魔力渦も消え、怪鳥も消え、景色は元に戻って行く。
「レナ、フロウ、大丈夫か!?」
そして十秒程遅れてライトが走って来る。――要は、魔力渦突破、引きずり脱出役がフロウで、怪鳥を相手にしたのがレナである。異変をアルファスの店で感じ取り、急いで駆けてきた結果だった。
「大丈夫だ兄者、怪我人はない」
「まーでも、怪鳥を炎属性で出してくれて助かったよ。違う属性だったら面倒だった」
炎はお手の物のレナである。――他の属性だった時の被害は怖くてライトは訊けなかった。
「……あんた達」
「んー、大体想像はつくよ。昔馬鹿にして来た知り合いとかでしょ? んで、性懲りもなくまたネレイザちゃんを馬鹿にしたねこの様子だと」
「ひっ!」
チラッ、とレナがヒライを見ると、ヒライが再び怯える。ライトからは見えなかったが、少しだけ厳しい視線を送ったか。
「ま、ここに居てもゴタゴタするから、何も無かった事にして君達は帰りな。んで、今後の言動には注意しておきなよ。都合よく助けてくれる人間なんてそう簡単には現れないからさ。――命は、惜しいでしょ?」
「っ、ひ、は、ひいっ!」
レナが促すと、辛うじてヒライは立ち上がり、取り巻きと共にフラフラででも急ぎ足でこの場から去って行った。
「フロウ、ありがとう。ここから先はとりあえず俺達の問題だ」
「わかった。――何かあったら言ってくれ」
フロウもそれ以上の介入はまだ不必要と感じたか、ライトの言葉を受け取ると、アルファスの店へと帰っていく。――こうして、残ったのはライト、レナ、ネレイザの三人。
「いやー、派手にやらかすねえ相変わらず」
「……本当に当てる気なんてなかったわよ。ただまたお兄ちゃんを馬鹿にしたから、ちょっと怯えてくれればそれでよかった」
「ふぅん? でも多分、君が嫌いな私が来なかったら、ちょっとマズイ展開になってかもね?」
「だから、そんなミスするわけ――」
「ネレイザちゃん!」
バッ、と一触即発になりそうなレナとネレイザの間に、ライトが割り込む。そしてネレイザの両手を自らの両手で掴んだ。
「ちょ、何、いきなり触らないで――」
「努力した結果だろ? 馬鹿にした奴らを見返したんだよな?」
「何よ、気に入らないなら国王様に」
「その努力、俺にも教えてくれないかな!」
「……はい?」
「俺も努力が必要なんだ! 一回体験させて欲しい!」
突然のライトの申し出。レナも、そして流石のネレイザも、呆気に取られるしかなかったのだった。