第百十七話 演者勇者と魔道殲滅姫3
「いや、駄目だけど」
「!?」
真顔のヨゼルドに、驚愕のネレイザ。――ハインハウルス城、玉座の間にて。
当然だがネレイザのマーク引き抜き計画はネレイザの独断であり、何の許可も未だ出ていない状態。なのでその足で早速と言わんばかりにネレイザはヨゼルドに直訴し、結果、真顔でストレートなカウンターが返って来た、というわけである。
ちなみに玉座の間にはヨゼルド、ネレイザの他にライト、マーク、レナ、そしてヨゼルドの横に側近も兼ねてのハル。
「どうしてですか!? 確かに私は今でも十分活躍しているかもしれません、でもお兄ちゃん――兄が副官、側近ならもっと活躍出来ます!」
「それはそうだろう。マーク君は副官、事務官としては我が軍ではトップクラスだからな」
「なら――」
「報告書を読ませて貰ったよ」
口頭の直訴だけでなく、自らの活躍と経緯を見せる為に報告書もしっかりと用意してあったらしい。ヨゼルドの手には書類が確かにあった。
「この報告書は、嘘偽りないかね?」
「勿論です、だからこそ兄を」
「なら尚更マーク君の転属は認められんな。というよりも、マーク君が副官にならなくても、君の活躍には十分に伸びしろがあるだろう」
「確かに私はまだ強くなれるかもしれない、でも」
「そういう事じゃない。――君は、今の副官のタンダーの言葉に耳は傾けているかね?」
チラリとヨゼルドが視線を向けたその先、五十代位の男性剣士が少し離れた所で待機していた。
「……嘘でしょ勇者君、あの人いつから居た? 私全然気付かなかったんだけど」
「そういう事は思っても口に出したらいけません」
小声で話しかけるレナに釘を刺すライト。俺も思ったけど口に出してないし。……いやそういう事じゃない。
実際タンダーと呼ばれたネレイザの現副官だと思われるその男、ネレイザがライト騎士団団室に突入して来た時は廊下に、玉座の間に突撃した時は少し離れて付いて来ていたのだが、未だ一言も発しておらず、ライト達は気付けなかった。
「タンダー? あれの言葉に耳を傾ける必要なんてないです。足手纏いなだけですから。それに私を時々いやらしい目で見てくるし!」
「ネレイザ君、勘違いしている様だが、男は皆スケベな生き物だ。君もスタイルの良い美少女、男の本能として気持ちが疼いてしまうのはぐおっ!?」
「すみませんヨゼルド様、ちょっと足を滑らせまして」
ヨゼルドの隣にいたハルがヨゼルドの足を思いっきり踏んだ。普通に立っていて滑らせて都合よく人の足が踏めるわけがないのはご愛敬。
「何故だ……ライト君は美女に囲まれて許されているのに……!」
「多分国王様みたいにスケベ本能丸出しじゃないからじゃないですかね! 変なとばっちりを俺に向けないで下さい!」
どうしても女性の割合が多いライト騎士団。ライトとしても慣れてはきたが慣れない(?)。――は、兎も角。
「オホン。――実際問題、確かにタンダーは実力では君には敵わないだろう。だが経験を多く積んでいる。それこそマーク君よりも、だ。その経験の多さからくる進言は、必ず君の為になるし、君の成長にも繋がる。逆に言えば、副官の言葉に耳を傾けられない上官は、誰が副官でも同じなのだよ」
「……っ!」
「その点ではライト君は仲間の言葉にしっかりと耳を傾けている。信頼で繋がっているのだ。それに、君が思っている以上に私はライト君の任務は重視していてな。そういう意味でも、マーク君をライト君の部隊から外すわけにはいかんな」
ヨゼルドがそう告げると、ネレイザの肩がわなわなと震えだす。チラリと表情を伺えば、怒りと悔しさをまるで隠そうとしておらず。
「勿論、君の活躍自体は認めてはいるんだ。君の気持ちもわかる。だから今は――」
「わかりました」
ヨゼルドのフォローを遮り、ネレイザが強い口調で口を開く。
「なら、証明してみせる。私がちゃんと出来るって、証明してみせる。お兄ちゃんは、誰にも渡さない!」
そしてハッキリとそう言い残すと、力強い歩調で一人、玉座の間を後にしていく。――これ以上は今彼女に何を言っても無理。そんな空気を察したか、誰も止めることはなかった。
「――国王様、本当に申し訳ございません。処罰があるなら、僕が代わりに」
ネレイザの姿が見えなくなると同時に、マークがヨゼルドに頭を下げた。
「気にするな。君にもネレイザ君にも、期待をしているのは事実だからな。――実際、君自身はライト騎士団を離れるつもりはないのだろう?」
「はい。僕も今はネレイザの所に行くべきではないと思っています」
「なら良い。こちらからも手を出すが、君の方からも可能ならば上手く言ってやってくれ。あの様子からして、君の言葉が一番届くだろう」
「……はい」
マークの返事に若干迷いが生まれた。――自信がないのだろう。説得する自信も、そもそも言う自信も。
(確かに……色々問題になってきたな……)
レナの不安が的中しつつあることを、ライトも認めざるを得ないのであった。――でも、このまま放っておくわけにもいかないよな。
「レナ、マーク、付いて来てくれ」
「ライトさん?」
「ついにスケベが隠し切れなくなってきたとか?」
「違うよ!?」
古参の二人を従え、まずライトが向かうのは――
「タンダーさん!」
いつの間にか玉座の間を離れていたその背中を追いかけ、ライトは呼び止める。流石に呼び止められて消えるつもりはない様で立ち止まり振り返ってくれた。
「初めまして。ライト騎士団団長のライトです。それから」
「マークです。その……妹が、お世話になっています」
気まずそうに、それでもしっかりとマークは挨拶をする。
「……タンダーです。噂は聞いています」
対するタンダーは表情を変えず、落ち着いた口調で挨拶を返した。
「今回も、妹の我が侭だと思います。日ごろからご迷惑をかけていませんか? 本当に申し訳ありません」
そのままマークは頭を下げる。先程の玉座の間での様子からして、普段から色々ネレイザに言われていそうな事は察するに容易かった。
「ネレイザ隊長は、圧倒的才能の持ち主です」
対するタンダーの口調はまだ落ち着いたまま。
「自分も長年軍にいますが、あの若さであれだけの実力者はそういない。窮屈な世界にいては駄目だと思います、ですから耳を傾けるのは当然だと思います」
「……タンダーさん」
「とりあえず少し休もうと思います。こちらに戻ってきて落ち着いて荷物を置く事もまだなので」
「そうだったんですね……あの、妹の事で何かあったら、遠慮しないで言って下さい。出来る限りの事はします」
マークがそう言うと、軽く会釈をして、タンダーはこの場を去った。
「……はぁ……」
緊張していたのか、タンダーの姿が見えなくなると、マークは大きく息を吹く。
「大丈夫か?」
「自信満々に大丈夫、とは言えないですね……胃が痛いですよ」
実際冗談ではないのだろう、あまり良い表情をマークは見せなかった。
「すみません、僕なりにちょっと対策とか色々考えてみます。もう一度落ち着いて妹と話す必要もありそうだし」
「わかった。――無理はしないで。俺で良ければいくらでも話は訊く、というよりマークは俺の事務官なんだから、俺だって十分関係者だから。俺個人もマークを簡単に手放したくない」
それはライトの本音である。現状、「マークに頼めば何とかなる」事案が非常に多いのだ。
「ありがとうございます。そう言って貰えると助かりますよ」
そう言うと、マークは一足先にこの場を後にする。
「……それで?」
「んー?」
そうなると、この場に残ったのは二人。
「最初から最後まで一言もなかったけど、俺としては意見を聞きたい所だぞ」
ライトと、ライトの指摘通り終始無言でライトの隣にいたレナである。
「思った以上に事態は深刻だよねえ」
「俺も軽いとは思ってないよ。あのマークの表情と様子を見る限り」
レナに振り回されてもあんなに困った様子は見せた事がない。
「マーク君はそうだけどさ、タンダーさん。あれ相当溜め込んでるよ。マーク君の謝罪に対し、「気にしないでいい」とか「大丈夫」とか一言も発しなかった」
「……言われてみれば」
身内を前に、一般的には多少の社交辞令で褒めたり良くして貰っています、という発言があってもいいものだが、そういった類の発言が何もない。厳しい言い方をすれば、「嘘でも相手を褒めたくない」という考え方にもなる。
「悪口を言わないだけマシなのかもしれないけど、ベテランであれって事はそこそこ来てるかも。今の状態は、ネレイザちゃんにもタンダーさんにも良くないんじゃないかな。……ねえ、勇者君」
「うん?」
「マーク君を差し出す覚悟はしておいた方がいいかも。何もかもが駄目になる位だったら、マーク君をネレイザちゃんの所に行かせてあげた方がいい。実際、それで丸く収まる説まであると私は思う」
何もかも。それはネレイザも、タンダーも、そしてマークも。意味はライトも十分にわかる。
「いや、それは駄目だ」
「え?」
だが、ライトのその返事はレナの考えている以上に早かった。
「俺はネレイザちゃんがちゃんと分かってくれる人だって思う。あの子は努力を知ってる。努力を実らせて今がある。その事を忘れて欲しくないし、忘れてはいないはずだ。だから、ちゃんとした解決に持っていきたい。彼女の為にもマークの為にも」
それは、思った以上に力強い言葉だった。――ねえ勇者君、もしかして、さ。
「……わかった。勇者君がその気なら、私の考えは今は仕舞っておくよ」
「うん、ありがとう」
君は――君の努力は、報われなかったの? 報われなかったって、決めつけてるの?……その言葉が喉まで出かかって、でもそれ以上は出なかった。
「俺個人もネレイザちゃんと一度話し合いたいな。落ち着いてくれたら時間取って貰えるか確認しよう」
「部屋さえわかればリバールが天井から侵入させてくれるんじゃない?」
「出来れば普通がいいかな! それ多分緊急時の救出とかじゃないと訴えられるかな!」
そんな会話をしつつ、二人もその場を後にするのだった。
「絶対認めない……皆して、見てなさいよね……!」
賑やかな午後のハインハウルス城下町。その賑やかささえ苛立ちに変えてしまいそうな心境で、ネレイザは歩いていた。――あの後、勢いのまま城下町まで飛び出していた。
実際、赤の他人が同じ状態だったら、ネレイザも周囲と同じ評価を下せたかもしれない。冷静さがあれば、頭も良く、分析力は高い。だが彼女の大きな欠点である、「兄」が関わってしまっている以上、正常な判断など下せなかった。
「お兄ちゃん、絶対に騙されてる! 何なの、あのライト騎士団って」
更には、いつもどんな時でも味方だった兄が、自分の提案を否定気味。その事実は、「お兄ちゃんはもしかして私の事嫌いになったの?」や「もしかして私が間違ってるの?」などといった否定的な自分を「生み出しそう」で怖く、自然と原因を他に――ライト騎士団という存在に作り上げる事しか出来なかった。
勿論、前述の独り言に現れている様に、まったくもってネレイザ自身は諦めていない。何とかヨゼルドとマークを説得しないといけない。その案を必死に練っていると。
「あれ……? ねえ、もしかしてネレイザ?」
名前を呼ばれた。振り返ってみれば、一人の身なりのいいお嬢様風の女の子が、数名周囲に引き連れながらこちらを見ていた。
「……どちら様?」
そんなお嬢様に見覚えがない。素直に尋ねてみると、
「私よ私、ヒライ! ほら、小さい頃一緒に遊んだじゃない!」
「……!」
その再会は、ネレイザにとっては衝撃的な物だった。