第百十六話 演者勇者と魔道殲滅姫2
「お・に・い・ちゃーん!」
「っわっ!」
マーク溜め息事件から数日経ったある日。その日もライト騎士団団室に綺麗に全員揃っていると、バァン、と勢いよくドアが開き、一人の少女がダッシュでマークに抱き着いた。
「ただいまお兄ちゃん、元気そうで良かった!」
「おかえり。ネレイザも元気そうだね」
「うんっ! お兄ちゃんに会えるって思ったら、疲れなんて吹っ飛ぶから!」
抱き着きながら本当に嬉しそうに話す少女と、やれやれ、といった感じであやすマーク。その光景を見て、あの日レナとマークの説明に全員が合点がいく。――マーク溜め息事件の日が思い起こされた。
「その、マークの妹さんが帰って来て、何で俺達ピンチになるんだ?」
当然の疑問をライトはぶつける。部屋の空気も若干落ち着いたか(!)、団員も思い思いの適正距離で話を聞く。
「ネレイザちゃんは、良く言えばお兄ちゃんっ子、悪く言うと重度のブラコンなんだよねー」
「いや、それは別にそこまで変な話じゃないだろ……そんな事言ったらウチの部隊なんてプリコン(プリンセスコンプレックス)がいるけど」
「何と……! ライト様、そんな輩が!? このリバール、姫様に付きまとう悪党など許すわけには!」
「リバール、どう考えてもライトは貴女の事を言ってるのだけれど」
「ええっ!?」
「ほら。――でも、頼りになる仲間なのはレナだってわかってるだろ?」
「リバールはこれでも見境があるもん。ネレイザちゃんは、そういうのがちょーっと足りないんだよねえ」
謎の衝撃を受けるリバールを他所に、うーん、といった感じで腕を組んで唸るレナ。どうなの、という視線をライトはマークに送る。
「確かに、レナさんの言う通りです。それに、そうなった原因が、僕にあるんです」
「詳しく訊いても?」
「妹の名前はネレイザ。ケン・サヴァール学園の卒業生で、卒業後直ぐに僕を追いかけて軍入り。今は魔法使いとして最前線にいます」
「……あれ? この前だか今年だかに卒業したんじゃなかったっけ? そこから軍に入って、直ぐに最前線?」
人手不足なら兎も角、ハインハウルス軍は兵力国力十分の大国。新兵を当たり前のように最前線に送る必要はないはず。
「もしかして……「魔道殲滅姫」のネレイザ様が、マーク様の妹さんになるのですか?」
と、ハルには思い当たる人がいる様子。ハルの問いにマークは頷いた。
「ネレイザ様は魔法、特に攻撃魔法に関して飛び抜けた実力を持つ方で、その実力を買われ直ぐに隊長クラスの権限を与えられ、若くして最前線で活躍する魔法使い。圧倒的攻撃魔法で敵を殲滅するその姿から、その異名が付いた、と聞いています。十年に一人、二十人に一人の逸材とも」
「へえ……凄いじゃないか、マークの妹さん」
兄妹揃ってジャンルは違えど、非常に優秀な魔法使いであることが判明。
「とは言っても、妹は昔から凄かったわけじゃないんです。子供の頃は魔法が苦手、特に攻撃魔法が苦手な子でした。その……失礼な言い方になりますけど、ライトさんと大差ない位の実力しか子供の頃はなかったんです」
「俺と同じ位……って、結構な才能の無さだよね?」
「はい。でも、妹の夢は魔法使いになることでした。そして、妹は夢を叶える為の努力を小さい頃から惜しみませんでした」
「…………」
努力、才能、叶わないと思われる夢。――ライトは過ぎる雑念を無理矢理振り払い、マークの話に集中する。
「僕はその為に努力する妹が不憫でした。僕自身は昔から魔法使いとしては今のタイプで、攻撃魔法こそそこまでですがでも補助魔法に関してはしっかりと成長しましたから。だから僕も暇さえあれば魔法の練習に付き合い、一緒に試行錯誤してたんです。せめて僕だけは妹の夢を否定せずに応援しよう。――そしたら学園に入る直前に、突然飛び抜けた魔法が使える様になって」
「成程、それは循環覚醒というタイプでしょうなあ。非常に珍しいですぞ」
魔法、魔力の話になり、ニロフが口を挟んで来た。どうやら直ぐに原因が思い当たる様子。
「恐らくネレイザ殿は元々一般的な魔力の使い方が合わないタイプで、なので幼少の頃は魔法が苦手だったのでしょう。それをひたすら一般的な魔力の使い方で魔力を循環させ続けた結果、ある日突然体内の魔力循環がそちらの方を優先させる様に組み替えられたのです。元々高かった才能、それまでに訓練してきて蓄積された魔力がそこで爆発、覚醒。圧倒的な力となり表に放出されるようになります」
「だから覚醒?」
「ええ。やろうと思っても出来る事ではないので、前述通り非常に珍しい事例です。いやはや、一度お手合わせしてみたいもの」
スケベと同等に魔法マニアのニロフにしてみると、非常に興味深い事例の様子。
「妹が魔法が使いこなせる様になる事自体は僕も嬉しかったし、妹も勿論喜んでいました。でもそこで同時に気付いたんです。その為に、僕は妹に「関与」し過ぎた」
「……ああ、成程」
才能がないと一般的には諦められ、周囲に何も言われなかったわけではないだろう。それでもその年齢まで、ひたすらにマークはネレイザを支持し続けた。結果、何よりも誰よりも大切な人がマークになる。
「そして突然手に入った莫大な才能。ネレイザは、とてもアンバランスな存在になりました。自分が否定されない世界で、僕以外が信じられなくなる世界。――当然、僕はこのままじゃ良くないと思いました。でも僕が突き放したら、彼女は壊れてしまう。そんな気がして、冷たくも出来なかったし、今も出来ていない」
強い後悔の表情をマークは見せる。そして今でもやはり悩んでいるのだろう、それも隠し切れなかった。
「もしかしてマークが最前線を希望したのも」
「妹と距離を置く為、という理由は確かにあります。一人になって少し落ち着いてくれたら、と。でも結局追いかけてネレイザは軍で最前線に来るようになってしまって。――そして、今回の突然の手紙。皆さんにご迷惑を掛けてしまう事が安易に想像出来ちゃうんですよ……」
「お兄ちゃん、聞いて聞いて! 私また活躍したの! この前もね、敵のボスは私が倒したし、それにね――」
「ネレイザ、まずは王女様に、皆さんに挨拶しようか」
「えー……」
「大丈夫、後で話はちゃんと聞くから。だからほら」
促され、渋々と言った感じでネレイザは抱擁を解く。そしてまずはエカテリスの前へ。
「王女様、マークの妹で、ネレイザといいます。兄がお世話になっております」
スッ、と片膝をついて礼儀正しく挨拶。マークが躾けたのか、礼儀はしっかりしている様子。
「そんなに固くならなくても大丈夫ですわ。噂は耳にしています、とても優秀な魔法使い、活躍。国を預かる立場として、嬉しく思いますわ」
「いえ、私なんて兄に比べたらまだまだです。兄共々、今後とも宜しくお願い申し上げます」
そう挨拶すると、ゆっくりと立ち上がり、今度は騎士団員全員を見渡す。
「皆さんも、兄がいつもお世話になってます。兄が皆さんと共に戦功を挙げている事、妹としてとても嬉しく――ああっ!」
が、そのまま愛想よく挨拶をしている途中で突然表情が豹変。どうした、と思っているとガッ、とネレイザはマークに詰め寄り、
「お兄ちゃん、どうしてあの女がまだいるの!? あの女は駄目だって私言ったじゃん!」
と、とある方向を指差しながらマークに訴えかけ始める。――指差す方向には、
「そうだよマーク君、私は駄目だって。まったく君はいつまでも駄目だなあ」
「いつも通りだけどもうちょっと違うリアクションないの!?」
レナが特に驚く様子もなくそんなコメントを出していた。横のライトの方が余程驚いていた。
「ネレイザ落ち着いて、レナさんはもう僕の上官じゃないんだ」
「じゃあ何でいるのっ!?」
「そりゃもうあれよ。私とマーク君がピーがピーでピッピッガピーなんだよ」
「許……さない……! お兄ちゃんを……私の、お兄ちゃんを……っ!」
ネレイザがピリピリと魔力を溜め始める。――って、こんな場所で何するつもりだよ!?
「ニロフ!」
「御意。――まあまあ、落ち着きなされ。こんな場所で全力を出したら「お互い」大変ですぞ。マーク殿の顔も立たなくなりますし」
「……っ、わかってるわよそんなこと!」
ライトがニロフを呼ぶと、ニロフがスッ、とネレイザの前に。流石才能溢れる魔法使い、ニロフの実力も感じ取ったか、ネレイザの魔力の放出が落ち着く。
「というか、レナはネレイザさんと何があったんだよ……」
余談だが先程のピー系統の擬音は全てレナが自分で言っている(筆者が隠したのではない)。
「ネレイザちゃん最前線に来た時はもうマーク君は当然私の副官だったからねえ。ネレイザちゃんの中ではマーク君が実権を握って格好良くしてるはずなのにいざ現実で振り回してるのは私。そのギャップがあからさまだったから色々マーク君で遊んだりしたんだよねー。流石にあの頃はここまでとは思ってなかったし」
「その割にはまた弄っただろ。ピーだのなんだの」
「ヤキモチは格好良くないなあ勇者君」
「羨ましいわけじゃねえ!?」
後半の会話は兎も角、前半のレナの説明でライトも合点がいった。ネレイザの中で、マークは正にパーフェクトの兄(勿論立派な魔法使いではある)。最前線でも正にトップで、圧倒的だと思い、その姿に憧れて自分も最前線に行ったのだろう。しかしそこで待っていたのはレナにいい様に振り回されるマーク。先日聞いた話からすればマークもそれを辞めるつもりもないので奔走していたに違いない。
そしてその映像は更にネレイザの目からしたら歪んで見えてしまう。――その結果、か。
「レナさんは、今はライトさんの護衛なんだ。レナさんの実力が高いのはネレイザも知ってるだろ?」
「そう、だけど……! でもっ」
「ネレイザさん、初めまして。勇者「役」をやっている、ライトです」
そこでレナに護衛、マークに事務官をして貰っている立場として口を挟まずにはいられないとライトがネレイザの前に。
「君がレナをどう想ってるかを咎めるつもりはないけど、レナもマークも、俺の為に凄いよくやってくれてるし、マークだけが損をするとか、そういった事は絶対にない。それは保証するから、納得して貰えないかな」
ライトとネレイザの視線がぶつかる。何処となく、ライトの事もネレイザは厳しい目で見ていた。
「――まあ、そういう事にしておく。ここでああだこうだ言っても仕方なさそうだし」
「うん、助かるよ」
「それにお兄ちゃんだって喧嘩別れで部隊を抜けたりなんてしたくないはずだし。お兄ちゃんは優しいから」
「うん、わかってくれて良かっ……え?」
今何か変なフレーズが聞こえたぞ? 部隊を抜ける? 誰が?
「私はお兄ちゃんを迎えに来たの! こんな部隊辞めて、私の副官になって貰う為に! お兄ちゃんはいつだって、私の為のお兄ちゃんなんだから!」
ババーン、ととんでもない宣言を、高らかにネレイザはするのであった。