第百十五話 演者勇者と魔道殲滅姫1
ハインハウルス軍最前線のとある一角。
「…………」
一人の男が仁王立ちで、遠方にある魔王軍の砦の一つを見ていた。現状は完全包囲、陥落も時間の問題と言った所。
「隊長、お呼びですか」
「右翼の小隊に気を配れ。敵が強引に突破するとしたらあの位置しか考えられん」
「了解です。――隊長、少しお休みになられては。我が軍優勢、順調です」
「俺の事はいい。余裕があるなら他の人間の休憩に回せ」
「はっ」
男の名前はマクラーレン。年齢は四十、「堅騎士」の異名を持つ。由来は、性格も見た目も騎士としての能力も兎に角「堅い」所から来ている。ハインハウルス軍主力の一人でもある。
「堅騎士! 堅騎士いる!?」
と、そんなマクラーレンの所にズカズカと乗り込んでくる人影。
「「殲滅」か。どうした」
「いつまで包囲で様子見るのよ。もう後は攻め落として終わりじゃない。ぶっちゃけ私と堅騎士の二人でだって堕とせるでしょ」
殲滅、と呼ばれた方が不満気な顔を見せる。――殲滅、は勿論異名であり、また正式な異名は「魔道殲滅姫」。魔法使い用の特殊なローブに杖を持つのは、マクラーレンと対等に話しているがまだ十代後半の少女である。
「まだだ。先の衝突での削り具合からしても相手にはまだ余力がある。確実なタイミングはもう少し先だ」
「先の衝突……? っ、そうだ! タンダー、あんたあの時動きミスってたでしょ! あんたのせいよ!」
「殲滅」の一歩後方に、年齢四十代後半から五十代位の男性が。名前はタンダー、「殲滅」の副官である。
「そ、そんな、自分はあの時、確実に」
「あんたにとっての確実なんて私にしてみればただのへっぴり腰のサボリよ! ホント使えない! あーあ、あんたのせいで「帰る」のが遅くなった、どう責任取ってくれんの?」
「……すみ、ません」
怒られ、謝る事しか出来ないタンダー。――実際、「殲滅」の実力は飛び抜けて高く、その異名に相応しい攻撃力を持つ魔法使いであった。
「「殲滅」、タンダーを責めるのは筋違いだ。彼は経験豊富のベテランだ、しっかりと耳を傾けろ」
「はぁ!? これの何処が!? ただのへっぴり腰で不細工なオッサンじゃん! その癖私を時折変な目で見てきて気持ち悪いし! 何でこれが私の副官なのよもう! 堅騎士、あんたこれを認めるならあんたにあげるから代わりにちゃんとしたの頂戴」
「俺にそこまでの権限はない。それにお前の実力に対して充てられた人材だぞ、その意味をちゃんと考えろ」
「っ……! ふん、まあいいわ、私が直々にあんたを選んだのが間違いだって国王様か王妃様に直訴するから。覚悟しておきなさいよ」
「…………」
タンダーは返事をしない。ただ俯くだけだった。――やれやれ、と言った感じでマクラーレンがふぅ、と溜め息を一つ。
「おっ待たせー! 補給物資運んで来たわよ」
と、そんなピリピリした空気をいい意味で破るように明るい声が乱入。
「アンリか。ご苦労、感謝する」
「いえいえ、これがあたし達の任務ですから」
彼女の名前はアンリ、アンリ補給隊の隊長である。オレンジ色の長い髪が際立つ美人であり、軽装鎧に背中に特殊な大剣。彼女の戦闘の実力は高いが、部下も戦闘派が多く、その実力でどんな場所でも切り開いて物資を運ぶ、ハインハウルス前線を大きく支える部隊の長である。
「今回も漏れ一つなく、ちゃんと運んで来たから。隊長のサインだけ頂戴」
見れば後方でドカドカと物資が積まれていく様子が伺えた。マクラーレンは書面にサイン。
「「殲滅」ちゃんのもちゃーんと持ってきてるから、はいサイン頂戴」
品書きを渡され、チェックする。
「凄い……本当にこんな物まで持ってきてくれるんだ」
色々個人的な品をリクエストしたら、全て完璧に持ってきてくれていた。今回初めて利用するのもあり、「殲滅」はタンダーへの怒りを忘れ、驚きを隠せなくなっていた。
「これでモチベーションがキープ出来て勝てるなら安いもんでしょ。これからも遠慮なく頼んでね」
「うん、そうさせて貰う。――あっ、ねえ、アンリさんだっけ」
「イエス。――何か新しいリクエスト?」
「手紙って運んで貰えるの? 本国、ハインハウルス本城に」
そう言うと「殲滅」は可愛らしい便箋を一つ取り出してアンリに見せる。
「そうね……道中途中まであたし達が運んで、安全圏になったら一般にバトンタッチになる形になるけどそれで良ければ」
「それでいい。お願い」
「オッケー。――大事な人への手紙かな? 素敵な便箋」
「五月蠅い、詮索しないで」
「あはは、ごめんごめん。――それじゃ、預かるわね。ちゃんと届けるから安心して」
アンリは「殲滅」から便箋を受け取り、仕舞う。
「それじゃ、少しだけ休憩させて貰ったら、あたし達は出発するから。二人共、頑張って」
「そちらもな」
「手紙、お願いね」
こうして、アンリはその場を後にする。そして――
「はぁ……」
溜め息が空気と混じり、部屋へと浸透していく。その日一体何回目の溜め息だっただろうか。溜め息を物質化したら、結構な量がその部屋に山積みになっていただろう。
さて、ここはお馴染みライト騎士団の団室である。
「宜しかったら、どうぞ。落ち着きますよ」
コトッ、とソフィがお得意のハーブティーを溜め息製造機(?)の前に置く。
「あ、ありがとうございます」
ゴク、ゴク。
「ふぅ。――はぁ……」
「…………」
しっかりと口に運び飲んだ直後、再び溜め息。――ソフィはゆっくりと後退り。
「……効果、無さそうですね」
「駄目かー。配合とか変えられないん?」
「レナ、私のハーブティーは万能薬じゃないの……」
そして、その溜め息製造機を遠巻きに見守り、何とかしたいライト騎士団団員達。――以上が本日現状の構図である。
「にしても、どんな状況でもしっかりと書類仕事してくれるマークがそれすらやらないとか……俺マークがこの時間働いてないの初めて見るかも」
そう、溜め息製造機ことマークは、仕事すら手につかず、何かをずっと悩んでいる様子だったのだ。その様子を見て、団員が相談、対策に困っている、というわけである。
「ですなあ。この前も隣で我とサラフォン殿が「ドキッ! クッキー君だらけのゴーレム大会」をやっていても微塵も動じずにこなしていたのに」
「ごめんニロフとサラフォンは何してんの団室で」
今回とは別にそういうのは違う場所でやって欲しいライトであった。
「私としては、あの隠すように持っている便箋がやはり気になりますわ。あれが原因と考えていいのではなくて?」
「私も同意です。このリバール、許可を頂ければこのダミーと本物をすり替えて来ますが」
「気持ちはわかるけど仲間に対しては駄目よ。疑ってるみたいじゃない」
「確かにそうですが、でもこの手紙を見れば気持ちも落ち着いてくれるかと思いまして。――姫様が十歳の時、父の日にヨゼルド様に充てた手紙のコピーでございます」
「何で今この場でそんな物のコピーがあるの!? 即刻捨てなさい!」
あ、そのコピー読んでみたい。――エカテリスとマーク以外の団員が全員そう思ったのはご愛敬である。
というわけで、唯一の手掛かりはマークが右手に持っている便箋だった。あれに一体何が書かれていたのか。
「先輩の案は兎も角、私としてもあの便箋を何とかすべきではないかと。現状、一大事になってしまう内容でしたらこちらに報告に来るでしょう。そうでないとするならば、プライベート……恋文とか、でしょうか」
「こっ……ら、ラブレターって事だよね!? あわ、あわわわ、しゅ、修羅場……!」
「いやサラフォン、ラブレター=修羅場の構図は色々おかしいぞ」
色々ぶっ飛び過ぎである。――と、何だかんだで一向に解決案は見つからない。
「というか、俺達仲間なんだから、普通に尋ねてもいいよな。――ちょっと俺、訊いてくるよ」
意を決してライトが動く。――よく考えれば最初から訊ねても良いだろうに、マークらしくない、というのがあってどうも全員無意識の内に訊き辛かったらしい。
「マーク」
「はぁ……あ、ライトさん。どうしました?」
ライトはテーブルを挟んでマークの真正面の腰を下ろす。そして、
「その、手……て……手紙、それ、どうしたんだ?」
若干緊張したが言えた。――さあこれで後戻り(?)は出来ない。
「ああすみません、悩んでたのがバレましたか……」
やはり手紙のせいで悩んでた様子。マークはテーブルの上に便箋を置く。淡いピンク色で花の絵柄が入った綺麗な便箋で、可愛らしい文字で宛先が書かれていた。一目見て女性、女の子の字の特徴が良く表れている文字。――つまり、女性からの手紙で、マークは進退抜きで悩みを抱えていたのだ。
(って、それってやっぱり恋愛関係の話じゃないのか!?)
ライトを襲う緊張。言ってもライト自身、何の経験も無いとは言わないが、人の相談に乗ってあげられる程経験があるわけではなかった。――どうする俺、格好いいデートの仕方とかわからないぞ! 今からでもニロフとチェンジすべきか? いやでもここに座っていきなりチェンジは格好悪過ぎるだろ!
「実は、妹から手紙が来まして」
と、ライトが葛藤していると、マークが口を開く。――って、
「え、妹……ちょ、禁断の恋!?」
「……はい?」
血の繋がった妹と恋に落ちるとか、そりゃ溜め息も出るな!? 俺は応援すべきなのか!? 止めるべきなのか――パシン。
「痛っ」
「勇者君サラフォンの事言えないよそれじゃ……十分君もぶっ飛んでる」
呆れ顔でライトの頭を軽く叩いたのはレナ。ふぅ、といった感じでそのままライトの隣に座る。
「妹って事はネレイザちゃん?」
「はい」
「? レナはマークの妹、知ってるの?」
と言いつつライトはふと思い出す。確かケン・サヴァール学園を卒業した妹がいる、とマークが先日学園の任務の時に言っていた。
「うん、まあ一応ね。で? ネレイザちゃんは何て?」
「その……こっちに帰って来て、大事な話があるって」
「……あー」
マークのその答えを聞いて、レナも苦笑。
「勇者君、マーク君の溜め息の理由わかったわ。――ぶっちゃけ、ライト騎士団今までで一番ピンチになるかもしれない」
「え……?」
レナがそう考え、マークの溜め息が止まらない、その理由とは……