第百十四話 幕間~出会い、人生の分かれ道、そして結婚の条件
「お早う」
「お早うございます」
「おやすみー」
ケン・サヴァール学園での騒動が終結して数日後の朝、ハインハウルス城、ライト騎士団団室にて。団員は基本、任務で遠征中などでなければ、朝はまずここへ出向き、連絡事項や本日の予定等に関して確認をする為に足を運ぶ事になっている。――って、
「ごめん今俺お早うって挨拶したと思うんだけど何でおやすみって返してくる人がいるのかな!」
ライトが部屋に顔を出した時、先に部屋にいたのはマークと、
「え? 朝御飯食べたらまずはひと眠りじゃないの?」
「そんな生活基準を当たり前だと思うなよ!?」
まあ、その、レナである。――本当に枕を用意して、ソファーに横になっていた。
「ライトさんを見てると以前の僕を思い出しますよ。僕も当初はそうやってツッコミをいつも入れてました。今は慣れたんで特に何も思わなくなりましたね」
「そういうものなの……?」
事実、マークはレナには目もくれず、事務作業を行っていた。
「勇者君も一緒に寝ようよ偶には。枕とソファー半分貸してあげる。イチャイチャしよう。マーク君がいつツッコミ入れてくれるかチャレンジしよう」
「せめて他に迷惑を掛けない様に寝て!?」
この後他の団員が入ってきた時にソファーでイチャつくライトとレナ、それを前に事務作業をするマークの図柄は想像すると中々に異様なシュールさを誇っていた。
「まったく……」
「まあ、この程度は許してあげて下さい。いざという時、必ずライトさんを守ってくれる人ですから」
事務作業をしながらも、実際見慣れた光景なのか、少し楽しそうにマークはそうライトを宥める。
「――そういえば、レナとマークって長い付き合いになるの?」
ふと気になった事をライトは訊ねてみた。
「んー、私が前線に居た頃だから……どの位だっけ?」
「僕が軍で正規採用されてから……そうですね、レナさんとは三、四年位の付き合いですね。ライト騎士団に入る前、ライトさんを迎えに行った時より前は、レナさんの副官でした」
「へえ……そもそも、どういう流れでレナの副官になったの?」
レナの副官だった事も初耳で、少し二人の過去にライトは興味が湧いた。なんだかんだでお互い信頼している節もある。
「そういえば、どしてマーク君私の所に来たん? 私も詳しく聞いた事なかったわ」
「そう……ですね、まあ僕自身の意地というか、少し恥ずかしい話ではあるんですが」
そこまで急ぎではないのか、マークは作業を止め、話を始める。
「レナさんだけが、当時の僕を「いらない」って言ったんですよ」
「? 言ったっけ私そんな事」
「言いましたよ。勿論レナさん自身は深く考えてなかったでしょうけど」
当時を思い出すのか、マークは苦笑する。
「自分で言うのもあれなんですが、僕、結構引く手数多の人材でした」
「うん、それは俺も今までの付き合いで良くわかる」
放っておいても裏の事は全て完璧にこなし、事務的調査的要因を相談すれば速やかに解決してくれる。確かに裏方なので目立たないが、軍や部隊という物に在籍すると良くわかる、一家に一人、一部隊に一人欲しい存在である。
「そこら辺は私も聞いた事あるよ。あの強盗団からも誘い来てたって言うじゃん」
「犯罪者からも誘いが来てたのか……」
「違います強盗団じゃなくてアンリ補給隊です。希望すれば最前線の何処へでも、それこそ強引に敵や悪党から奪ってでも物資を運んで来てくれるある意味一般的な部隊よりも戦闘力が高い事から一部の人がそう通称している補給隊です。隊長のアンリさんがレナさんやソフィさんと同格の強さ、って言えば凄さが伝わりますかね」
「あ、成程、それは確かに補給隊の強さじゃないな」
補給隊は普通後方支援で戦闘力は低い。なのにレナ・ソフィのレベルの人間が配属されていれば確かに幅広い活動が出来そうだった。
「アンリは部隊に入れる人選ぶからねえ。そのアンリが自分から欲しいって言ったんだもん、大したもんだよ」
「僕らももうちょっと前線に近い場所に任務があれば会う事があるかもしれませんね。――って、話逸れましたね。当時の僕は、入る部隊を探して、各部隊の隊長さんと面接、面談していました。さっきも言いましたけど引く手数多で、どの隊長さんもぜひ来て欲しいって言ってくれて、ちょっと図に乗ってました。で、そんな中レナさんにも面談に行ったんです」
「ふーん、それで各方面の部隊に挨拶面接にねえ」
「はい」
まだ今ほど魔王軍との戦いが優勢ではない頃。前線の各主力の元にマークは面接に訪れていた。――当然、普通は配属先など上が勝手に決めるものだが、マークには自分で選ぶ権利が与えられていた。それはハインハウルス軍では特権レベルであり、マークの優秀さの証拠でもある。
マークは自分の冷静さと保ちつつも、各部隊に行く度に好感触の勧誘を受けた為、悪い気分はしていなかった。頭の中で候補を絞りつつ、最後の一人であるレナの元を訪れていたのだ。
「まあうん、君が優秀なのはわかった」
「ありがとうございます。それで、ぜひこの部隊の特徴等を――」
「でも私はいいや。いらない」
「……はい?」
「他に引く手数多でしょどうせ。そっち行って来なよ。私はいいや、面倒だから」
「な……」
「――後に聞いた話では、配属される人配属される人レナさんに付いていけなくて部隊員は転属退役の繰り返し、部隊とは名ばかりで当時はほぼレナさん独りの状態でした」
「皆私の戦功とか強さばかり耳にして私の所に来てたからねえ」
ライトは以前レナが人の期待を裏切るのは日常茶飯事、自分の強さだけに惹かれて近付く人が多かったと本人の口から耳にした事があった事を思い出す。
「そういう人だから、僕みたいな人間を欲しがるのかと思ったら、自分からいらない、理由は面倒だから、って。――気になりましたよ。もしかして自分が駄目なんじゃないかとかも思ったりしました」
「だからレナの部隊に?」
「認めさせたかったんでしょうね、僕をいらないって言ったこの人に。僕も意地になってました。僕がこの人を変えてみせる、位の気持ちが当時はあった気もします。――今思えば、この人を変えるなんて無理な話ですが」
「いやー、褒められても何も出ないよマーク君」
「多分マークは褒めてないと思うぞ……」
あっはっは、と笑うレナ。動じる様な人間じゃなかった。
「ライトさんもわかるとは思いますが、この人は浅い付き合いで判断してしまうと駄目な人です。だから配属された人は直ぐに去って行ってしまっていたんでしょう。幸い僕は認めさせてやるっていう意地が残ってましたから、簡単に辞めるつもりはなかった。深い付き合いでやっと気付けるんです。立派な人ではないですが、ちゃんとしている人だ、って」
「おいおいマーク君、そこは心底立派なレナさんでいいじゃん」
「立派じゃないですよ。どれだけ僕が他の部隊との調和で謝りに行ったと思ってるんですかあの頃」
「いや、私は別に謝らなくてもどうにかなるって毎回言ってたじゃん」
「それだと駄目だから僕が行ってたんです!」
悪気の欠片もなさそうなレナと、溜め息のマーク。――ライトはつい笑ってしまう。散々振り回されて来たんだろうなあ。
「後は流れですよ。本当に駄目だったら辞めてやろうと思いつつギリギリの所で踏み止まって、王様から今回の辞令が届き、レナさんと一緒にライトさんの所に。で、今に至ります」
「これでも私はマーク君には感謝してるよー。前線にいた頃は私を「勘違い」して託す人しかいなかったけど、初めて私の事を「組み立てて」物事を考える人だったからねえ。マーク君居なかったら今頃勇者君が遠くに売り飛ばされてた」
「笑えねえ!? 俺の知らない所でマークはどれだけ働いてるの!?」
実際マーク抜きでレナ一人で迎えに来られたらどうなっていたのか。あの日目を開けたら首元に剣があった事を思い出す。
『起きてよー、起きてくれないと私が寝るぞー……ふぁ……ぐぅ』
ざくっ。
『あ』
…………。
『……まあいいか。もう行ったら死んでた事にしよう』
「……マーク」
「はい」
「ありがとう。君は俺の命の恩人だ」
「ライトさんの中で今何が起きたんですか……?」
マークありきのライト、マークありきのレナ、マークありきのライト騎士団であった。
「――っと、あれ、書類が足りない。少し席、外しますね」
そう言い残しマークは団室を出て行った。
「……実際、マークは優秀だよな」
「だよ。確かに私はマーク君無しでも成り立つから当時いらないって言ったんだと思うけど、でもマーク君が私の副官じゃなかったら、今頃全然違う立場になってたと思うし、ましてや勇者君を迎えに行く立場になんてならなかったよ。マーク君がいる私だから国王様も勇者君の護衛に選んだ所もあったかもね」
レナはお世辞を言う様な人間ではない。そのレナがここまで認めている辺り、本当に信頼をしているのがライトにもあらためて伺えた。
「ただまあ、女の影が見えないのがつまらないんだよねー。スキャンダルに溺れて欲しい。真面目だから尚更」
「溺れさせたその先に何があるか考えてから発言してる!?」
先程までの真面目な評価は何処へ行ったのか。
「……実際、マークってモテたりするのかな。優秀なんだからその辺りも引く手数多じゃないの?」
「んー、どうだろ。あんまり聞かないなあ」
「レナから見てどう?」
「そうだねえ……何かこう……お母さん、みたいな感じがする。頼りになって信頼出来るけど異性として、って言われるとどうなんだろう」
「…………」
優秀さが仇となって全然異性として見て貰えてなかった。――いや、レナ一人の意見を参考にしては駄目かもしれない。いつものお礼にマークに恋の春を呼びこんであげてもいいかもしれない。
「お早うございます」
「おはよう、ハル」
「おはおや」
と、そんな時に団室に姿を見せたのがハル。団員としての顔見せと同時に団室の清掃もしていくのが日課だった。――余談だがレナの「おはおや」は、おはようとおやすみのコラボレーションだと思われる。
「なあハル、ハルはマークの事どう思う?」
と、早速ライトはハルにもアンケートを実施してみる事に。
「マーク様の事……ですか?」
「うん。実は今、レナと二人でマークは女性にモテるのか、そういう噂があるのかな、っていう話になって」
「成程。マーク様、ですか……」
少し考える素振りを見せるハル。
「何と言いますか……お世話のし甲斐がないですね」
「……はい?」
そして考えた結果、返って来た答えがこれだった。――お世話?
「マーク様は、そういう意味での隙がないのです。例えば私がマーク様の専属の使用人になったとしても、私のやる事がほとんどありません。ご自分でほぼこなされてしまうのです。人として立派な事だと思いますが、そうなってくると私としては殿方としてどう見ていいか悩み所ですね。――マーク様だけですよ、この城で隙がないのは」
「…………」
ライトとレナは思わず顔を見合わせる。――周囲の人物達。
ライト→軍、城の生活に不慣れ。勉学含めてハルが世話出来る。
レナ→普段の態度が言わずもがな。ハルが釘を刺す事が何度かあった。
エカテリス→お転婆姫。やり過ぎの際に出番あるかも。
リバール→エカテリス関連で暴走。出番あり。
ソフィ→狂人化すると一気に雑になる。要注意。
サラフォン→言わずもがな。
ニロフ→普段は紳士だが、サラフォンやヨゼルドとよく絡んで暴走。説教とお世話の必要あり。
ヨゼルド→言わずもがな。
「……まあ、確かに、思い付く人物でお世話いらないのマーク君だけだわ。だけなんだけど」
「です。――参考になりましたか?」
「えっと……うん、ありがとう」
ライトがお礼を言うと、テキパキと清掃準備に入るハル。
「……今俺、マークよりハルが心配になってきた」
「奇遇だね、私もだよ……あれ、駄目男に溺れるタイプじゃない? 私がいないと駄目なんだから、的な」
そのまま小声で話すライトとレナ。
「でもハルの性格を変えるのは無理だと思うぞ……」
「だからと言って放っておけないでしょ。――勇者君、駄目男になろう。ハルの為だ。ハルがもう放っておけないから結婚しますレベルまで落ちておこう。勇者君なら安心だし」
「安心かもしれないけどその解決方法間違えてるよね!? そんな風に安心されても俺嬉しくないよ!?」
そんな平和な(?)会話が続く、午前のライト騎士団団室なのであった。