第百十三話 演者勇者と学園七不思議21
「はあっ、はあっ、はあっ……」
息も絶え絶えに走り、校舎裏へ隠れる。みっともないなどと流石に気にしている余裕はなかった。
強制捜査が始まった直後、一瞬の隙を突き、スージィカは魔道具を使って周囲を攪乱させ、逃亡。普通に考えれば逃げ切れるわけもないのだが、冷静さを失っていたのと、
「わざわざ呼ばれたと思ったら、随分とお忙しそうだ」
「キュレイゼさん……!」
いざという時の、隠れ蓑を用意してあったからだった。――あの日、「タカクシン教」を名乗る謎の二人組の内の女の方が何処からともなく姿を現す。
「して、ご用件は?」
「助けて下さい! あいつら、私を、この私を悪人に仕立て上げ、この学園から追い出すつもりなんです! ここは私の物なのに! 許されない!」
「ふむ……」
焦りと怒りの表情のスージィカ。それに対し、キュレイゼの表情は冷静そのもの。
「スージィカ殿、その行為に一体何の意味があると?」
「……は?」
「私はあくまで「学園長」としての貴女の手腕を買って、手を結ぶ約束をした。だが学園長から落とされ、自らその位置すらキープ出来ない貴女に、助ける価値などあるのですか?」
「な……っ!」
そして、決定的な意思表情をスージィカに告げる。
「私は、資金提供をしたじゃないですか! あのお金はっ!」
「勿論お布施として納めました。今後も一個人としてなら我が宗教を抜けろとは言いません。だが、こちらの私兵を無駄遣いしておいてこの様。これ以上こちらの顔に泥を塗る様な方に貸す借りなど何もない」
「キュレイゼ……貴様……貴様ぁぁ!」
ガッ、と身構え、ありったけの魔力でスージィカはキュレイゼに攻撃魔法を放つ。
「……やれやれ」
対しキュレイゼはふぅ、と溜め息一つと共に剣を抜き、虫を追い払うようにその魔法を一振りで掻き消す。
「これでも私はナンバー二でね。自分が選ばれた人間だと「誤解」して、胡座をかいているだけの人間にどうにか出来る存在ではないつもりだ」
「っ……がはっ!」
そして身構えてもう一振りすると、空から何本もの光の剣がスージィカに降り注ぎ、突き刺さり、スージィカはダメージと共に身動きが取れなくなる。
「スージィカ殿。私から一つだけ、アドバイスだ」
キュレイゼは剣を仕舞い、ゆっくりとそのままスージィカに近付き、顔を近付け、
「悔い改めよ」
「! あ……ああ……!」
そう冷静に、でも少しだけ口元に笑みを浮かべ、スージィカに告げた。
「待て……待って……待っ……!」
そしてそのまま、絞り出すように出されたスージィカの声を無視し、背中を見せ、そこから姿を消したのだった。
「……はぁ」
ケン・サヴァール学園本校舎屋上。見晴らしのいいその場所で、レナは一人、食堂で買ったスイーツを食べていた。――現在も強制捜査、マークを中心として軍の兵士達が学園内の調査を行っている。当然学園としての機能は今現在ストップ。生徒達は帰され、職員達はライト騎士団による事情聴取中。
そしてレナは面倒になり、でも帰るわけにもいかず、今日は閉店しようかどうしようか、という食堂に行きスイーツを買ってここで休憩していたのである。――さて、いつ頃終わるのかな、と考えていると、
「お隣、宜しいですかな」
そんな声が。
「……ニロフ」
見れば、事情聴取に参加していたニロフが来ていた。――その手にはスイーツが。
「期間が終わればここの食堂も気軽に利用出来なくなりますからな。今の内に美味しそうな物は食べておかないと」
「食べなくても生きていける存在の台詞じゃないでしょそれ……」
そのまま並んで、二人はスイーツを口にする。
「んで? あのクソ学園長先生を「泳がせた」結果、どうだったん?」
当然ながら、スージィカの逃走を簡単に許すようなハインハウルス軍、そしてライト騎士団の精鋭ではない。スージィカは再び捕まる事を前提に、あえて一度逃亡させたのだ。
「何者かに接触はした模様。ですが、接触した相手は相当のやり手の様で、何者かまでは掴み切れず。あれ以上踏み込んだらあえてスージィカ殿を逃がしたのがバレそうだったもので」
「そっか」
「ですが、相手の組織の推測は出来ますな」
バサッ、とニロフは旧校舎にあった例のリストのコピーを取り出し、レナに見せる。――レナはふぅ、と再び溜め息。
「綺麗に宗教は一個しかないんだよねえ」
「ええ。――「タカクシン教」」
二人の脳裏に、勇者の花嫁騒動の時の事が思い起こされる。あの時もレナとニロフの二人で考察し、裏で宗教が絡んでいたと予測された。
「悔い改めよ、の時点で嫌な予感してたんだけど、やっぱりだよねー」
「尻尾を出す程度の存在か、それともあの程度は尻尾にすらならないのか」
「後者でしょ。簡単に学園長切り捨てる辺り、あの学園長の資金繰りの上手さに目を付けて、まあ利用出来たらラッキー、位の気持ちだったんじゃないかな」
「向こうとしても、今のところ我々と事を構えるつもりはなさそうですな」
「まあ、天下のハインハウルス軍と勇者様だもん。普通に喧嘩売ったらマズイでしょ。……でも、売って来ない保証は残念ながらない」
「我々がいる時期に、当たり前の様に私兵を投入してますからな。自分達に間違いなどないという表れ」
「これだから私、宗教とか嫌いなんだよねー」
「至極一般的に他者に迷惑を掛けない宗教も多々ある中で、こういう事件一つで宗教そのもののイメージも悪くなりますからなあ」
もぐもぐ。――二人はスイーツを食べながら真面目に考察。傍から見たら真剣な話をしている様には中々見えなかった。
「学園長は多分ヤケクソでタカクシン教の名前出すと思うけど、果たしてそれで突っ込んでいいもんかね」
「危ないですなあ。まだこちらから手を出すには早計」
「だよねえ……まあ、その辺りは今のところニロフに任せるよ」
「レナ殿は?」
「決まってる、勇者君が暴走しない様にしないと。――正義はこっちだけど、正義だけじゃ勝てない戦いがあるから。勇者君には「正義」しかないもん」
伝える情報も吟味しないと駄目かな、とふと思う。――あまり嘘は付きたくないけどさ。
「成程。では、その辺りをお任せしておきます」
もぐもぐ。――気付けばスイーツも佳境に差し掛かっていた。
「この前から思ってたけど、ニロフは何でそんなにスイーツ好きなのよ」
「素直に美味しいというのもありますし、女性とのトークのテーマの一つにもなりますし。やはり女性を好きになるのなら、女性が好きな物は把握しておかねば」
「うーわ、流石だよ。どっかの甥っ子に聞かせてやりたいよ」
「その点では我はシイヤ殿よりか上手く女性と近付ける自信がありますぞ。レナ殿、今度一緒にレナ殿が好みそうな枕でも探しに行きませぬか?」
「わー、私今口説かれてるぅ。しかも私の好きそうな物ちゃんと選んでるぅ」
そんな軽い冗談を織り交ぜた会話がもう少しだけ続く、屋上の風景なのだった。
そして、シイヤ、スージィカ両名が連行されてから数日が経過した。
「勇者様、そして騎士団の皆様、お疲れ様でした。ありがとうございました」
「こちらこそ、貴重な体験をありがとうございました」
ライト騎士団、臨時講師としての在籍期間が今日で終わる。担当官だったアルテナにお礼を言われ、お礼で返した。
勿論ケン・サヴァール学園はすっかり元通り……とはまだなってはいない。現在学園長は不在のまま、国が次期学園長を捜索・見定め中。コウセに、という案もあったのだがコウセ本人が拒否。彼は現在も教頭のままでだった。
というわけで、現在は国の監視下の中、でも生徒達に不自由がない様に運営している状態である。
「それから……私個人として、ご迷惑を掛け、そして私の疑惑を晴らして頂き、本当にありがとうございました」
アルテナが先程よりも深くより深く、頭を下げた。
「頭を上げて下さい、アルテナ先生が悪いわけじゃないんですから」
結局アルテナは単純に巻き込まれただけだった。恨み辛みもあって当然だが、それを顔に出す事はなかった。
「勇者様。私、勇者様の臨時講師終了と共に、この学園を辞めて、実家に帰ろうと思います」
「……アルテナ先生」
そして、引き換えに持つ、心の決意。
「勿論勇者様が賢明に動いて下さったお陰で、私の疑惑は晴れました。でももう、何もなかった事にはならないみたいで、私も、この学園も」
「……っ」
ポン、と何かを言いかけたライトの肩を、レナが優しく叩く。――大丈夫、君は頑張ったんだよ、という風に聞こえた気がした。
疑惑は晴れても、全ての人の心からわだかまりはそう簡単には消えてはくれない。アルテナを見れば心の何処かで疑惑を思い出す人もいるし、それこそ晴れたという事実を疑う者もいる。これだけ大勢の人間が在籍する場所、全てが綺麗に終わる事は叶わなかったのだ。
「意地を張ってここに残るよりかは、綺麗さっぱり一度消えた方が、お互いの為かな、って」
悲しそうに、アルテナは笑う。それ以上に、ライトの心が悲しくなった。――しかし。
「あ、でも、私、負けませんから」
アルテナの笑顔から「悲しそう」が消え、直ぐに前向きな表情になる。
「少し疲れちゃったんでお休みはしますけど、教師自体を辞めるつもりは微塵もありません。いつか何処かで今よりも何倍も立派に格好良くなって、伝説の教師になってみせます! 最後に格好良くなったら「勝ち」だって、教わりましたから」
「アルテナ先生……うん、そうですか、そうですよね」
笑顔でブイサインをライト達に見せるアルテナ。その表情は少しの曇りもなく、その言葉を疑う事を許さない。――彼女は、戦う事を決めたのだ。これからも、教師として。
「応援してます。いつかこちらから特別講師を城でお願いする位の先生になって下さい」
「ふふ、ハードル高いですね。……でも、いつか飛び越えてみせますよ」
気付けばライトとアルテナは握手を交わしていた。アルテナの教師人生はまだ始まったばかり。――そう思うと、ライトも悲しむよりも、応援する気持ちが湧いてくる。
「アルテナ先生ーっ!」
と、そんなアルテナを呼ぶ声が近付いてくる。見れば、マリーナとティシアが息を切らして駆けて来ていた。
「先生っ、学園辞めちゃうってホントなの!? どうして!?」
「ごめんね二人共。先生、まだまだ未熟だったから」
「そんな……! 先生は、立派な先生です! 私達、先生の事、大好きですから!」
「そうだよ! 未熟なんて言わないでよ! あたし達……あたし達、ホントに……!」
言葉にならないマリーナの目から、涙が零れ、伝わる様にティシアの目からも涙が零れ。
「二人共……ありがとう……ありがとうね……! 私、絶対立派な先生になるから……もっともっと、格好良い先生になってみせるから……!」
そしてそれを見て我慢出来るわけもなく、アルテナの目からも涙が零れ。――三人は、誰からともなく抱き締め合う。
「くうっ……こんな姿を見せられたら、私まで涙が……!」
「国王様いつの間に……っていうかいつまで用務員服なんですか」
そしてそして気付けばライトの横には用務員服でハンカチで涙を拭うヨゼルドがいたり。
「彼女の気持ちを聞く限りでは大丈夫だとは思うが、それでも少しでも前向きになって貰いたくて、ならいっそ新しい門手として見送りが出来たらと思ってな」
「……国王様」
忙しいはずなのに、その為にヨゼルドは再び変装をして足を運んでいた。――本当に、変わった、でも凄い国王様だよ、この人は。
「若がそのお気持ちでいるなら、全員で写真でも撮りましょうか。先日、サラフォン殿と一緒にカメラも開発してみたのです」
「見て下さいこのカメラ! 暗い所でも天気が悪くても大丈夫、更にこのボタンを押せば地雷探知機が痛いっ!」
「だからあれ程言ったのにどうして地雷探知機を付けるのもう!」
サラフォンがハルにハリセンで叩かれ、場が笑いに包まれる。
「さあ、そうと決まれば場所を決めて皆で取りますわよ。アルテナ先生も、マリーナさんも、ティシアさんも!」
こうして、ライトとケン・サヴァール学園の七不思議の騒動は、幕を閉じるのであった。
――そして、それから長い月日が流れたある日の事。
「……学園長、学園長?」
「? え、あ、ごめんなさい、その肩書、まだ慣れなくて」
「慣れて貰わなきゃ困りますよ。期待の新学園長なんですから」
「プレッシャーかけないで、もう」
「って、その写真なんです?」
「私の元気の源。若い頃、学園に勇者様が来た事があってね。その時沢山助けて貰って背中を押して貰ったのよ。その時、記念撮影したの」
「へえ、勇者様と!」
「ええ。――私の、「憧れの勇者様」よ」
新学園長は、その写真を見て少し昔を思い出し微笑むと、立ち上がり、仕事へと向かうのであった。