第百十二話 演者勇者と学園七不思議20
私は、選ばれし人間だ。
「スージィカさんは、優しくていい女だなあ。きっと学園でもモテモテなんでしょう?」
「ふふふ、何を言ってるの、こんなオバちゃんをからかって」
「いやいや――」
「そうだよ――」
私は皆に優しく、皆に愛され、手腕もある。そう、選ばれて当然なのだ。
「学園長、先日の学園長の案ですが、訂正案を用意しました」
「……ほとんど原型が無くなっているけれど? これは全てコウセの案?」
「すみません、私も提案させて頂きました」
「アルテナ……先生」
「他の教師陣との話し合いの結果、こちらの案を呑んで貰っています。ご了承願えますか。学園長の想いはわかるのですが、いささか無理があるのです」
「……わかったわ。でもコウセ、次から訂正案もまず私に見せなさい」
「学園長、もう少し我々に頼って頂いて大丈夫です。私もいますし、アルテナ先生は将来有望なのです。私が保証します」
「…………」
そんな私を否定する事は許されない。
そんな私を咎める事は許されない。
「スージィカさんの所の若い先生? あれ名前なんていうんだっけ?」
「? アルテナ先生……のことかしら?」
「そうそう、アルテナ先生! ありゃ良い先生だな! 若くて美人で、性格も最高だよ!」
「…………」
私の思い通りにならない? そんな事はあってはいけない。
私を否定する人間など、この世の中において害悪だ。ゴミだ。存在してはいけないのだ。
この世界で、全ては、私の思い通り――
「あははは、あははははっ」
スージィカ一人になった学園長室に、そのスージィカの笑い声が響く。――何もスージィカが壊れてしまったわけでも、ヤケクソになったわけでもなかった。
「笑エバイイト思ウヨ」
「だから笑ってるのよ、楽しくて仕方がないから!」
そう、スージィカは純粋に「楽しかった」のだ。今のこの状態が。先程までの出来事が。思い返してみても、笑いが止まらない――
「――って、ちょっと、一体何者!?」
「ハァイ」
話しかけてきたのは、クッキー君だった(スージィカはクッキー君の存在は知らない)。爽やかに挨拶してくるクッキー君に困惑する。――待って、いつの間に? 全員部屋から出て行って、私一人になったのは確認したはず。
「笑ウ門ニハセェルスマン」
「! ちょっ――!」
困惑している間にクッキー君は次の行動に出ていた。気付いた時にはもう遅く、ガチャリ、とドアを開けていた。
「楽しそうですね。具体的に何が楽しいのか、お伺いしても?」
「っ……!」
そして再び学園長室に足を踏み入れる、ライト、レナ、ニロフの三人。――他のメンバーをシイヤの連行、学園に対しての今後の処置の話し合い等に回し、三人だけ学園長室の部屋の前で待っていたのだ。
「勇者様も、随分と人が悪いですね! 見損ないましたよ!」
「何を今更。私達の事途中から明らかに敵視してたじゃん」
「それは貴方達が!」
「まあまあ落ち着いて下さい。レナも」
「私は落ち着いてるよ? 寧ろ発狂してる私とかやばくない?」
「…………」
想像したら確かにヤバかった。――は、兎も角。
「まあ、貴女が笑っている理由は兎も角、いくつかお伝えするのを忘れていた事がありまして」
「これ以上、一体何を」
「正確には、補足説明と言った方がいいでしょうかね」
ライトはあくまでも冷静に、スージィカを見ながら口を開く。その姿勢がスージィカの苛立ちを加速させていく。
「基本的に、先程の話に訂正はありません。本人もあの様子ですし、犯人はシイヤ先生でしょう。しかし、そうなってくると一つ、俺の説明した推理に矛盾が生じます」
「矛盾……?」
「シイヤ先生は七不思議を利用して旧校舎準備室を利用した事になります。しかし、あれはコウセ先生が犯人だった時、長年在籍しているからこそ出来たすり替え。シイヤ先生の在籍年数では、何処まで出来るか確実性に欠けます。事実、準備室で発見した会報は随分と古い年代の品でした」
そうなのだ。シイヤはアルテナ程若いとは言わないが、まだ三十代、決して年老いてはいない。
「つまり、何者かが裏でシイヤ先生がああいった行動に出るように知識を与え誘導し、場合によっては自分が上手く立ち回れるようにシイヤ先生が先生となる前から七不思議の中身をすり替え、準備をしていた人間がいるんです」
「…………」
スージィカは若干顔を引きつらせながらも、ライトから視線を逸らさない。
「更に七不思議関連でもう一つ。中身がすり替えられたのは「旧校舎の呪いのドッペルゲンガー」だけですが、これの他にもう一つ、タイトルこそ同じものの、内容だけが改変させられている物がありました」
「……!」
「それが「魔女の秘密の実験部屋」というお話です。――聞いた所によると、これは本校舎の何処かの教室が魔女の実験部屋に繋がっており、見つけると魔女の実験道具にされるという怖い物。ところが」
ライトは例の会報をペラペラとめくっていき、該当のページを開く。
「この会報では、部屋は旧校舎にあり、見つけると実験好きの魔女と出会い、不思議な魔道具を一つプレゼントして貰えるという、優しいお話になっているんですよ」
「じゃあそれもきっと「誰か」が中身をすり替えたんじゃないんですか」
「恐らくそうでしょうね。――さて、こうして中身をすり替えられた二つの不思議を含む現学園七不思議。並べて比べると、そのすり替えた二つの不思議だけが、見つけてもデメリットしかない内容になってしまっています」
思い返してみても会報を見直してみても、後は不思議だったり発見者を幸せにしてくれるものだったり。
「それが何か?」
「つまり、旧校舎の他にも、本校舎の何処かに、発見されたら困る秘密の部屋を誰かが作ったということです。万が一七不思議の違いに気付いても注目されるのはタイトルそのものから変わっている「旧校舎の呪いのドッペルゲンガー」で、タイトルは変わっていない「魔女の秘密の実験部屋」には気付き難くなっている。あの会報を隠してしまえば尚更だ。更に更に、今回の事でこれからしばらくの間、七不思議に深入りしようとする人間はいなくなる。それっぽい物を見つけたら近付こうとは思わない。――何だ、計画は完璧じゃないですかこれ」
「勇者君まどろっこしいんだけど」
「仲間に言われるとは思わなかったよ!?」
レナが本当に退屈そうにしていた。――緊張感無さ過ぎじゃないですかね。
「まあまあレナ殿。――ライト殿は、この事件がどう転んでも、黒幕には都合が良かったと仰りたいのでしょう」
「うん。黒幕は、若いアルテナ先生の人気に嫉妬していた節もあったみたいだし」
「……だ……いえ、何でも」
何かを言いかけて、スージィカが口を噤む。――三人の目には、「誰が嫉妬なんて」と言いかけた風に見えた。
「これでまず、シイヤ先生の他に黒幕がいる可能性が浮上しました。そこでもう一つ、全くもって未解決の問題です。――試験の時に現れた、謎の白装束集団です」
「!」
「外部から侵入、問答無用での攻撃。学園のセキュリティを考えれば、誰かが手引きしたと考えるのが妥当。シイヤ先生なのか、それとも黒幕なのか。――そこで、こちら」
「それは?」
「旧校舎にありました。恐らくはこの学園と繋がりがある権力者、団体等のリストです」
「!? 見せなさい!」
ガバッ、とライトからリストを奪い、スージィカが焦った様にリストを見る。――ああ、これは「予想外」だったのか。
「この中の何処か、私兵団を持つ団体から借り受けたのでしょう。理由は推測ですが、自分が関わりが薄い所で生徒達の身に危険が及ぶレベルの事件が起きれば教師陣の再構築の切欠となる。結果として、学園内部で支持が高いコウセ先生よりも内部での権力を持つ事が出来、外部内部共に自分に逆らえる人間はいなくなる。誰よりも何よりも、この学園で崇められる存在になれる。そしてこの学園を足掛かりに、もっと広い世界へ……みたいな構想があったのではないですか?」
「ライト殿、その言い方だと犯人が誰かもう指摘してしまっていますが」
「え? ああ、まあ、そうなんだけど」
「別にもういいんじゃない? どうせ引き返せないんだしさ」
そんな会話を三人でしていると、スージィカの表情がみるみると崩れ、鬼の形相になっていく。
「人が黙って聞いてればペラペラと……! そこまで言うなら証拠を出しなさいよ! あるんでしょうね証拠が! うだうだうだうだ男らしくない! 私を誰だと思ってるの!?」
そしてヒステリックに言葉を投げかけて来る。ああこの人、自分に都合よくなる為に直ぐにヒステリーになる人なんだな、あの試験の時のヒステリーも演技じゃないんだな、などと呑気につい思ってしまう。
「えーと、証拠は実はないんです」
しかしそのまま無意味にヒステリーをキャッチし続けるわけにもいかないので話を先に進める。
「はぁ!? 証拠もないのにこの私を!? 馬鹿なのあんた達!? 笑えるわね!」
「まあでも、直ぐに見つかると思ってます」
ライトがそう言うと、コンコン、とノックをしてマークが部屋に入ってくる。
「お待たせしました」
「お疲れ様、準備出来た?」
「はい。――スージィカ学園長、ハインハウルス国王ヨゼルドの命により、今からこの学園を強制捜査に入らせて頂きます」
「は……?」
バッ、とマークが一枚の書類を広げてみせる。それはヨゼルド直筆のサイン入り令状。
「貴女には収賄・汚職の容疑が掛かっています。抵抗しないで下さい」
「収賄・汚職……!? 何でそんな話に!」
「僕が持っているのは旧校舎で発見されたリストのコピーなんですが、提携している団体組織の数がいくら何でも多過ぎます。勿論貴女の手腕なんでしょうが、学園運営に必要な資金はここまで提携しなくても十分にコントロール出来るはず。一部は懐に入れてしまっていませんか? 今回の様に、白装束の集団を雇ったりするのに使う為に」
「馬鹿な……どれだけ人を馬鹿にすれば……! 貴方達、一体私を誰だと思って――」
「さっきから五月蠅いなあ誰だと思ってる誰だと思ってるって!」
シュッ、ピタッ!――止める暇は無かった。レナが剣を抜き、スージィカの首元ギリギリへ向ける。
「そんなに知りたいなら教えてあげようか誰だと思ってるか。私はアンタを自意識過剰のプライドが高い自分勝手の外面が一見いいクソババアだと思ってるよ」
「っ……!」
「んでさ、そっちこそ私達の事を誰だと思ってるの? 悪いけど国家権力、国王直々、そして勇者様なんだよこの人。アンタが自分に歯向かうのをどうしても許せないってんなら、私だってこれ以上勇者君をああだこうだ言ってくるのを見逃さないよ? アンタの生首一つで済めばいいけどね」
「ひっ!」
先程までいつものマイペースだったレナが、ついに怒った。迸る怒りを部屋中に充満させ、スージィカを追い詰める。
「レナ。俺は大丈夫だから」
「勇者君はどうでもいいんだよ。私が許せないんだから」
「それはそれで矛盾してない?」
俺の為に怒ってくれてる節もあったのにどうでもいいとか。――が、ライトに話しかけられたのが切欠で少し落ち着いたか、ふぅ、と一息吹くと一旦剣を下した。
「マーク、始めてくれ。――多分、この部屋に隠されてるとは思うけど。この部屋が「魔女の秘密の実験部屋」だよ」
「どうしてですか?」
「この学園を完全に自分の物にするまで、一番確実なのは当然、自分の部屋だから」
「わかりました。――始めて下さい」
マークから合図が出され、調査用に集められた兵士達がぞろぞろと部屋の中に入ってくる。
「止めろ! 止めなさい! 触るな! この学園は私のものよ!」
「さ、スージィカ殿、レナ殿に切り刻まれる前にこちらへ」
ニロフに紳士的に強引に(?)エスコートされ、強制退出させられるスージィカ。そして――