第百十一話 演者勇者と学園七不思議19
「な……っ」
「コウセ先生が……!?」
突然の宣告に、教師陣は驚きを隠せない。――コウセ。何処までも紳士で、アルテナの味方をしていた教頭。
「……は、はは、勇者様ご冗談を」
「残念ながら冗談ではないです」
「私が、アルテナ先生を陥れようとしていた、と?」
「そういう事になります」
心外、でも何処か覚悟の表情でコウセはライトと対峙する。
「立ち入り禁止の旧校舎の部屋を使うとは考えましたね。基本誰も近付かない場所。一般教師ですら立ち入り禁止の場所ですが教頭という立場の貴方なら鍵はこっそり手に入るでしょうし、あの本を隠しておけば尚更安心だ」
「本……!? 勇者様、私達にもわかるように説明して貰えませんか」
スージィカが流石に怒りを忘れたか、食いつくように説明を求めてくる。
「この学園には、七不思議と言われる伝説というか、噂があります。今は学園で活動しているオカルト研究会の子達が調べていて、俺達もその子達から聞きました。その中の一つに、「旧校舎の呪いのドッペルゲンガー」というのがあります。説明は省きますが、まあ結果旧校舎に近付くとやばい事になるよ、という内容ではありました。――ところが、旧校舎の部屋でその本を見つけて読んだ時、大きな事実が記されているのを俺は見ちゃったんです」
誰もが固唾を飲んでライトを見る。ライトも一瞬、全員の表情を伺う。
「その本には、今よりもずっと前の世代が七不思議を調べた記録が記されていました。そして――その当時の七不思議には、「旧校舎の呪いのドッペルゲンガー」は存在しておらず、別の物が書かれてたんです」
「!?」
「いやー危なかったよねー、あそこであの子がこの本に、何より勇者君がこの事に気付かなかったらこの事実に私達、気付かなかったもん」
うんうん、とレナがその時の事を思い出したように頷く。
「つまり、誰かがある時を境に七不思議の一部をすり替え、その噂を流し、あの旧校舎に近付けない様にした。元々立ち入り禁止となっていた旧校舎に余計な噂があれば尚更人は近付かない。――時間のかかる方法だが、現に今のオカルト研究会の中で七不思議の一つが「旧校舎の呪いのドッペルゲンガー」となっている時点で、計画は成功している。長い時間をかけて、浸透させて来たんでしょうね。そしてこの学園に長い間在籍している人間は限られている」
コウセの年齢は見た目から言っても五十代から六十代。長い間この学園に居ると考えれば可能な計画である。
「その本は図書室にあった物で、貴方が借りた履歴がしっかりと残ってましたよ。律義さが仇となりましたね」
「馬鹿な……図書室にあったのでしょう? 偶々私がその本を借りただけかもしれないじゃないですか!」
冷静だったコウセの口調が、少し荒げるように崩れる。緊迫した空気が更に張り詰めていくのがわかった。
「……そこまで仰るのなら、決定的な証拠があるのですよね?」
「はい。――ニロフ」
ライトがニロフを呼ぶと、ニロフが一歩前に出る。
「自分で言うのもあれですが、我は先生方が考えているよりも、更に上の魔導士でしてな。今は亡き主と世界一を本気で目指していた頃もある程。――旧校舎の貴殿が使用していた部屋で、魔力探知をさせて頂きました。あの部屋では先程サラフォン殿の説明にもあった様に魔力を使って工作が施されておりました。つまり、魔力の履歴が残っていたのです。我が今からそれを再現致しますので、皆さんの魔力と照らし合わせてみましょう」
スッ、とニロフが手をかざすと、その先に握り拳程度の大きさの魔力球が生まれる。
「最も、我としては同じ魔導士として、余計な手間をかける前に、罪を認めて自首して欲しいですが」
「…………」
ニロフが生み出した魔力球を前に、生まれる沈黙。誰もが誰かの次の行動を待っている。
「……見損なった……見損なったぞ、コウセ!」
その沈黙を破ったのは、シイヤだった。
「情けをかけて貰ってるじゃないか、ニロフさんに、勇者様に! 会報といい、旧校舎の準備室といい、証拠が揃っているだろう!? どうして男らしく認めないんだ!」
シイヤの真剣な叫びが部屋に響く。全員の視線がシイヤに集まる。
「勇者様、お願いです。これ以上、コウセの恥を晒したくない。尊敬していたコウセのこんな姿を見ていたくない。早く奴を連れて行って下さい」
そして、全員の視線がシイヤに集まったまま――誰も、動かない。
「あの……勇者様? え?」
流石に違和感を感じたか、シイヤが困惑し始める。ニロフが出していた魔法球を仕舞い、ふぅ、と溜め息をついた。
「そうですね。今この流れでコウセさんを連行すれば、本当にコウセさんの罪になって事件は終わる。――貴方からしてみれば、最大のチャンスですものね、シイヤ先生」
「勇者様……? 何を、言って」
「シイヤ先生にお尋ねします。俺はこの部屋に来てから、事件に関わる重要な証拠を「本」と「旧校舎の部屋」としか言ってません。それなのに――どうして貴方はそれが「会報」と「準備室」だと知ってるんですか?」
「!?」
シイヤに隠し切れない衝撃の表情が走る。――事実、ライト達は意識して「本」「旧校舎の部屋」と言い続けていた。「本」の正体が「会報」、「部屋」の場所が「準備室」だと知っているのは犯人のみ。
「つまり、本当の犯人は――貴方なんですよ、シイヤ先生」
「な……な、何を言って……今し方、勇者様ご自分で犯人はコウセだって」
「あれは勿論嘘です。貴方が油断してボロを出す為のね」
「っ!」
「ここで俺達が真相を話すと言われて焦り、何とかしなくちゃと思った矢先、矛先がコウセ先生に向いた。またとないチャンスだと思った貴方は冷静さを失い、コウセ先生を兎に角早く犯人として捕まえて貰う事だけを考えて、自分の発言に気を付ける事を忘れてしまった。――コウセ先生には前もって許可を得ました。最初、貴方を犯人として追い詰めます、でもそれは罠だ、と」
「正直、焦りましたよ。本当に私は犯人だと思われてる気がして」
ふーっ、とコウセが大きく息を吹く。――コウセ自身、説明は貰ったものの、じゃあ犯人は誰で証拠は何なのか等、具体的な話までは明かされていなかった。結果、見事に追い詰められるリアルな演技に繋がったのだ。
「じゃあ、コウセの魔力ってのは」
「勿論嘘ですぞ。感じ取れたのは当然貴方の魔力。ただ、流石の我も魔力球の完全コピーは少々時間を喰う作業でしてなあ。その間に事件が更に元も子もない状態に持ち込まれたら終わりだったもので」
「でも、確実にニロフは準備室から貴方の魔力を感じ取ってくれた。だから、貴方が犯人である事を前提に、今回の話をしたんです。半分は賭けでしたが、貴方ならこの賭けに乗ってくれる、と太鼓判を押す人がいまして。信じて良かったですよ」
「♪~♪~♪~」
不意にそっぽを向いて鼻歌を歌い出すレナ。太鼓判を押したのはお察し、という所。
「……偶々」
「え?」
「そう、偶々、偶々だ! 何も俺は知らなかった、偶々会報、準備室って言っただけだ! 七不思議の事が書いてありそうなのは会報、こっそり何かしそうな部屋と言えば準備室! そう思ってつい口にしただけだ! 部屋で俺の魔力が感じ取れた? それこそ罠かもしれない! いいや罠だ! 犯人の罠だ! 俺は犯人じゃない!」
早口で、焦りながらシイヤは叫ぶ。その様子が自分が犯人ですと自白している様に見えるのには当然本人は気付いていない。
「じゃあ甥っ子先生、あの時フロウが見つけたあれは?」
「! そうだ、あいつら、あの二人に話を聞けばいい! 誰に頼まれて写真を撮っていたか、追及すればきっと!」
思い出し希望を手繰り寄せるようにレナの意見に喰い付くシイヤ。一方で――レナは溜め息。
「あのさあ……あの時もそうだけど、甥っ子先生が私を見張ってた位置から、指摘した場所で誰が何人何をしてたか、具体的に把握するのは距離があって難しいと思うんだよねー。私一回写真撮ってた二人見つけて見張ってたから尚更かな。それなのにどーして人数と写真撮ってたって行動まで知ってたわけ? あの時も今回も私、具体的な事は言ってないんだけど」
「な……」
そう。ライトから話は聞いていたので、既にあの瞬間から、シイヤに対してレナは罠を張っていたのだ。
「勿論あの二人にも甥っ子先生口止めってか、自分の事は喋るなって言ってあるだろうけど、悪いけどこっち国家権力なんだよねー。国の保護とかそういうのチラつかせて、意地でも喋らせるよ。――案外簡単に喋ってくれるんじゃないかな? 嫌々やってたみたいだし」
そのレナの言葉を聞いて、シイヤがガクッ、と両膝をつく。顔面蒼白――自白も、当然の表情だった。
「シイヤあんた……あんた、何でそんな馬鹿な真似をしたの!? どうして!?」
スージィカが怒りの表情でシイヤに近付き、肩を揺さぶりながら問い詰める。シイヤは目を反らし、何も答えない。
「……ここから先は、俺の推測になりますが」
代わりにライトが再び口を開く。
「恐らく、シイヤ先生は次期学園長の座を確実な物にしたかった、コウセ先生に奪われるのが怖かったのではないでしょうか」
「それは……どういう……!?」
「学園内部で信頼と実力を得ているコウセ先生。客観的に見れば、次期学園長に選ばれても可笑しくはない存在。そしてそのコウセ先生が育成に力を入れている将来有望なアルテナ先生。スージィカ先生引退後、確実に自分の権力を手にするには、この二人の存在は邪魔だった。そこでまず、アルテナ先生を失墜させる計画を実行した。アルテナ先生が窮地に陥れば必ずコウセ先生が助けに入る。その上でアルテナ先生が駄目になったとなれば、それを庇い続けたコウセ先生に一つの汚点が付く事になる。それはもしコウセ先生が次期学園長の座を狙っていたと仮定したら、確実に足かせになる物。それを狙ったんです」
「ちなみに、私達が来てる時期に実行したのは、アルテナ先生に勇者君の担当で成功した、っていう栄光を残させたくなかったから犯行を急いだんだろうねえ。――残念だったね甥っ子先生。もしも私達が居ない時にやれたら、誰も解決出来なかったかもしれなかったのに」
「…………」
シイヤは何も喋らない。再び訪れる沈黙。――だが、その訪れた沈黙を破ったのは、
「シイヤ先生っ!」
「!?」
パァン!――アルテナの、シイヤへの顔面平手打ちだった。静かな部屋に、綺麗な破裂音が響く。
「私は貴方の教師としての姿の全てが良かったとは思ってません。でも、教師として自分の信念を貫く強さは尊敬していました。なのに……なのに! 私は別に、将来貴方が学園長だったとしても、この学園を支えて……!」
目に涙を溜めて、それでも真っ直ぐシイヤを見て、怒りをぶちまけるアルテナ。自分を陥れた事よりも――教師としての姿勢を忘れたシイヤに、怒りを込めていた。
「……学園長という座に、「憧れ」を持つのは、別に間違ってなかったと思います」
続いてシイヤに語り掛けたのはライト。
「ただ、「憧れ」を手に入れるのって、難しいです。近道なんて無いし、自分を磨くのを怠って手に入る物じゃない。アルテナ先生を陥れる為の努力を、少しでも自分への努力へ使えば――少しでも、本当に憧れた姿に、近付けたかもしれませんね」
「……っ」
シイヤはゆっくりと項垂れた。それが反省なのか悔しさなのか、本人だけが知る所ではある。
「――行きましょうか」
促され、連行されるような形でシイヤはライト騎士団と共に学園長室を後にする。コウセ、アルテナも後を追う様に部屋を後にした。――バタン。
「…………」
学園長室に一人、スージィカだけが残される。途端に静まり返る部屋。――そして、
「……ふふっ……ははっ……あははははっ!」
その静寂を破ったのは、その残ったスージィカの、高らかな笑い声だった。