第百十話 演者勇者と学園七不思議18
「エカテリス様のお父様……つまり、国王……ヨゼルド国王様……!?」
周囲は流石に驚きを隠せない。一般人からすれば、エカテリス以上に直接見る機会がない、正真正銘、この国のトップなのだ。
同時に浸透してくる今し方の事件の真相。女性メイド――ハルはヨゼルドのお付きであり、男子生徒は国王に向かって攻撃してしまっていて、それに対して圧倒的怒りを見せたのだ。当然の話ではある。相手に攻撃など普通に一般的にも駄目なのに、ましてや国のトップに向かってなど、到底許されるはずもない話。確かに相手は変装しているが、だからといって許される様なレベルの事案ではなかった。
「いえ、違います。私は通りすがりの用務員、オンフェルマーゼットです」
そしてヨゼルドは否定から入った。やたら長くて格好良い偽名を名乗った。――そんな都合のいい通りすがりの用務員がいてたまるか。
「ヨゼルド様、私を見ず知らずの用務員の為に過剰反応した使用人に仕立て上げたいのですか?」
「うっ」
そしてそしてハルは先程までの忠誠心は何処へやら、白い目でヨゼルドを見る。気持ちはわからないでもない。
「お父様……あれ程来ては駄目と言いましたのに……変装までして……」
「ううっ」
そしてエカテリスも白い目でヨゼルドを見る。――気持ちはわからない……でもないかもしれない。
「ごめんエカテリス、俺の提案なんだ」
「え?」
と、謝罪したのはライトだった。今度はエカテリスが驚きの目でライトを見る。
事実、ヨゼルドに変装してエカテリスの事を見させてあげよう、と提案したのはライトだった。先日のレナとの会話で、こっそり見に来させてあげよう、という想いを実現させた結果である。当然エカテリスには言えないが他のメンバーには相談済みであり、特に何かあってはいけないのでハルは遠目から護衛を兼ねて様子を伺って貰っており、今回直ぐに守りに入れたのはその結果からである。
「――というわけだから、ちょっとだけ見させてあげたかったんだ。内緒でやってごめん。でも許してあげて欲しい」
「王女様、今回に関しては私からもお願い申し上げます。先程までのアルテナ様をお守りするヨゼルド様の行動は、賞賛に値する物です」
ライトに続き、珍しく(?)ハルからもそう願われる。――エカテリスはふぅ、と溜め息。
「わかりました。ライトとハルのお願いなら聞かないわけにはいきませんわ。今回の件は許します」
「おお! 本当かエカテリス!」
パッ、とヨゼルドの顔が笑顔になる。エカテリスも仕方なし、と言った感じでうん、と頷いた。
「じ、じゃあ、今回の件、落ち着いたら城で制服姿のエカテリスと写真撮ろう! 全員で一枚、それからパパとツーショットで一枚、な?」
「はいはい、わかりましたわ」
「やったあああ!」
うおおおおお、と状況を忘れて子供の様に喜び叫ぶヨゼルド。恥ずかしそうにするエカテリスとの光景は微笑ましかった。
「ライト様。――どうか、私も姫様とツーショット撮って貰える様にお口添えを」
「ははは、わかった。大丈夫だよ」
そして羨ましさを隠し切れないリバールがライトに耳打ち。これはこれで微笑ましかった。――うん、俺も記念に欲しくなったから撮って貰おうかな。
「国王様……数々のご無礼、申し訳ございません!」
と、頭が回転し切り、全てを悟ったアルテナが片膝を地面に突いてヨゼルドに謝罪をした。教師として人として、兎に角謝る事以外の道が見当たらなかった。――ヨゼルドもその姿に飛び跳ねるのを止め(!)、アルテナの前に。
「頭を上げて。――私の方こそ気を使わせて申し訳なかったね。しいて言うなら――君を助けたのは通りすがりの用務員、オンフェルマーゼット氏だよ。そういう事にしておきたまえ」
つまりは、何も見なかった事にしていい、ここでは何も無かった事にしていい。そういう意味合いである。
「でも、それでは――!」
「アルテナ先生、私からもお願いしますわ。……父は、こういう人間なのです」
アルテナがゆっくりと頭を上げると、優しく微笑むヨゼルドとエカテリスが。先程の言葉を疑い様も無い笑顔だった。
「ありがとう、ございます……!」
アルテナは再び頭を下げた。エカテリスがしゃがみ込み、優しくアルテナの肩を抱く。
「君達にも、申し訳なかったね」
「ひいっ! お、お、俺達、俺ら、こいつが、でも俺達も、すみませんでしたぁ!」
一方のヨゼルドは男子生徒三人の所へ。二人は直ぐに土下座、ヨゼルドを狙った結果ハルに攻撃を喰らった一人も痛みを堪えて何とか体をよじらせて土下座の体制を作ろうともがく。
「特に君には痛い思いをさせたね。痛み分けにしては君の方がダメージが大きいだろう。ハル君の事だ、後遺症が残ったり命に別状が出る程の攻撃はしていないはずだが、やり過ぎと言われたらそうかもしれない。私の顔に免じて、許して欲しい」
「あ……あうあ……ゆ、許じで……ぐだざい……!」
上手く回らない口を必死に回して、必死にもがきながら謝罪する男子生徒。――国王に手を出した、という事実の重みは十分にわかっている様子。
「今日の出来事を一生の教訓にしなさい、とは言わない」
その男子生徒に対しても、ヨゼルドは落ち着いた表情、口調のまま話しかける。
「それでも、今日この瞬間、起きてしまった事を無かった事には出来ない。――私は、今日のこの出来事の責任は、当然全て背負うつもりでいる。例えば君の親御さんがハル君を訴えたいというのなら、私が直接真正面から話を聞こうじゃないか。彼女は私の為にやったのだからな。存在を預かる立場として当然の事」
その言葉を耳にしたハルが、離れた箇所からゆっくりとヨゼルドに敬意を込めて頭を下げる。
「だから君も、今日の出来事を落ち着いて考える時間を作ってみて欲しい。私の言葉を、自分なりに考えてみて欲しい。結果、私に改めて刃を向けたいと言うのなら否定はせん。まあ、私も死ぬわけにはいかないので立ち向かわせては貰うが。逆に、私の考えに同意してくれるというのなら――私は、全力でこの国をもっと国民の為の国にして行く事を誓うよ」
「ううっ……うあっ……」
男子生徒の目から、涙が零れる。後悔の涙か、懺悔の涙か、感動の涙か、はたまた全てか。その姿を見たヨゼルドは、ポンポン、と彼の肩を優しく叩く。――男子生徒の涙が、濃くなった。
「国王様、俺が色々提案したせいで、すみませんでした」
ライトも用務員変装案を出した身としてヨゼルドに謝罪。
「ははは、それこそ君が謝る話じゃないだろう。用務員に変装後の行動は私の独断さ。――エカテリスの学園での様子も見れたし写真も撮る約束も出来たし、君には感謝だよ」
「そう言って貰えると救われます」
結局、最後までヨゼルドは誰かに怒る事は無かった。――ハインハウルス王国国王、ヨゼルド。その背中を大きさを、ライトは改めて感じ取る。――こういう、人なんだよ……な。
「さて、事情は聞いてはいるが……ここから先、私の手助けは本当にいらないのかね?」
「はい、大丈夫です。俺達だけで、解決させます」
「そうか。――良い報告を待っているぞ、勇者ライトよ」
そう言って再び笑顔を見せると、ハルを護衛に、ヨゼルドはこの場を後にする。その場にいた全員がゆっくりとその後ろ姿に頭を下げ、敬意を示した。
「――さあ、勝負の時だな」
「レナが戻り次第、でいいのかしら?」
「うん。――目指すは、学園長室だ」
「……一体、何のお話ですか? これ程の人数を集めて」
時刻は少し経過し、学園長室。ライトとエカテリスが大事な話がある、とスージィカに持ち掛け、時間を作って貰った。部屋にはヨゼルドを送っているハルを除いたライト騎士団のメンバー、学園長スージィカ、教頭コウセ、そして教師のシイヤとアルテナ。
「はい。――まず、皆さんお時間を取って頂き、ありがとうございます。今回皆さんに集まって貰ったのは、この学園で起きた一連の事件の真相をお話する為です」
「一連の事件……? まさか、アルテナ先生の事も……!?」
驚きを隠せないコウセ。コウセだけではない、スージィカ、シイヤ、アルテナも当然驚きを見せていた。
「勇者様、アルテナ先生の処分はもう直ぐ決まります、これ以上事を膨らませなくても――」
「例えアルテナ先生が無実だったとしても、ですか?」
「…………」
「学園の教師を冤罪で処分したとなれば、この学園の名誉にも、「貴女にも」傷が付く。――ここで今話を聞いて貰えないのであれば、俺達は独自に動きます」
ライトとスージィカの目が合う。スージィカの目からは、隠し切れない敵意が漏れていた。
「……わかりました。そこまで仰るのであれば、どうぞお話を。シイヤもいいわね」
「俺は別に……最初から反対なんか」
しかしここで放っておいたらマズイことになる、という結論には冷静に達したらしい。苦渋の決断でスージィカは話を聞く事を選んだ。何故かシイヤにも釘を刺す。
「では続けますね。先程少し触れましたが、まずハッキリさせておきます。――先日のアルテナ先生の疑惑記事。あれは全て、デタラメです。アルテナ先生は、無実です」
「!」
驚き、そして誰よりも安堵の表情を見せるアルテナ。
「根拠は二つあります。一つ目はこれ」
ライトはそのまま指に嵌めてある真実の指輪をスッ、と見せる。
「これは勇者専用の装備で、真実の指輪と言います。念じる事で相手の名前、その時に抱いている大きな感情等が読み取れます。騒動発覚時、直ぐに対面した時のアルテナ先生の感情は、自分の秘密をバラされて困っている、という物ではなく、身に覚えのない物が公表されて困惑している、という感情でした」
「でも、そんなの――」
「勿論見えるのは俺だけなので、俺の仲間達は兎も角、先生方に信じろ、というのはいささか強引というのはわかっています」
そんなのどうとでも言えるじゃないか、というシイヤの言葉を遮るようにライトは続ける。
「でも俺達は、この真実の指輪の効果を元に、アルテナ先生が無実であることを前提に調査をしてきました。そして、根拠その二です。――サラフォン」
「うん」
呼ばれて、サラフォンが自らの鞄から写真を数枚取り出す。写真には、アルテナが誰かと密談している様子の写真が。
「これはとある所で発見された物です。アルテナ先生が無実ならばこの写真は一体何なのか。魔具工具師のサラフォンに、徹底的に調べて貰いました」
「えっと、一見本当にアルテナ先生が密談している写真に見えますが、写真の角度、人の立ち位置、違和感を感じたのでこれを使ってみました」
サラフォンが更に鞄から小さな布袋を取り出す。中には一握り分程度の砂が入っていた。
「魔力探知砂、と言います。魔力に反応して吸い寄せられる性質を持つ砂で、ボクなんかだと地雷探知機とかに使います。魔力が込められた地雷に反応するので、それを逆手にとって回避出来る様にするんです」
地雷に拘り(?)があるサラフォンならではの道具だった。
「皆さんご存じの通り、カメラは魔道具の一種。魔力を通じて映像を画像化、写真にします。なので、普通の写真にこの粉を振りかけても万遍なく広がるだけですけど」
そのままサラフォンは魔力探知砂を先程取り出したアルテナの盗撮写真に振りかける。すると、
「砂が……塊だったり無い所があったり……バラバラに……!?」
実際珍しい品な様で、一瞬教師陣は現状を忘れて写真に集中していた。本来平均的に広がるはずの砂が、ある所には山になり、またある所には無かったり。
「これは、この写真に平均的に魔力が振り分けられてない証拠です。つまり――この写真は、元々こういう映像だったわけじゃなく、魔力を上書きして、加工された物なんです」
「つまり……合成、偽者というわけですか……!」
簡単に言えばそのコウセの結論が全てだった。――写真は、何者かの手による捏造。つまり、写真を元に報じられたアルテナのゴシップは、信憑性が一気になくなるというわけであった。
「さて問題は、俺達が一体この写真を何処で見つけたか、という事。俺達はこの写真を、旧校舎で発見しました」
「なっ……勇者様、旧校舎は立ち入り禁止ですよ! その説明はあったはず――!」
「スージィカさん、大変申し訳ありません。それについては謝罪しますが――でも、現状そこでこれを発見してしまったんです。そして、そこに誰が出入りしていたのか、調べました」
驚きと怒りのスージィカを他所に、ライトはゆっくりと歩き、とある人の前に。そして、
「旧校舎に出入りしていたのは――貴方ですよね、コウセ先生」
そう、冷静に告げるのであった。