第百九話 演者勇者と学園七不思議17
「流石ですね。隠蔽魔法にはそれなりに自信があったんですが」
「その位で自信持たない方がいいよ。ウチにはマーク君っていう最早女子更衣室に潜入出来るレベルの使い手がいるから。得意って言うならあの位にならないと」
やれやれ、と言った感じでレナ達の前に移動するシイヤ。――余談だが語弊を招く様だが決してマークは女子更衣室を隠蔽魔法を使って覗いたりはしていない。
「レナ、この男は知り合いか?」
「甥っ子先生。この学園の甥っ子の名を欲しいがままにしてる人だよ」
「ふぅん……?」
何の説明にもなっていない。流石にフロウの頭に「?」マークが浮かぶ。
「まあいい。オイッコとやら、わざわざ私達にバレない様にしてまで、あそこで何をしていた? 学園の教師が勇者ライトの仲間の身辺調査などとくだらない事を言うつもりじゃあるまいな?」
そのままシイヤの名前をオイッコだと勘違いしたフロウが冷たい視線を突き付けながら追及を開始する。
「とんでもない。私もアルテナ先生の事件の事は気になってまして。この学園に関わる身として、調査をしていたんですよ」
「ふーん。で、結果は?」
「あの二人は怪しいですね。賑やかしで写真を撮っていた可能性もありますが、どちらかと言えば誰かの指示でやっていた可能性が私は高いと思っています。問い詰めた方がいいかもしれませんね」
「それだけ?」
「ええ、細かい情報はまだ」
「ふーん……」
チラリ、と表情を見てもシイヤのそれは落ち着いている。――成程ねー。
「それでは、自分は先に戻ります」
「ほいな。――ああそうそう、一応言っておくね。いかなる理由があろうとも、次私達とか勇者君の周りで紛らわしい事するんなら」
「……するなら?」
レナはそれ以上は言葉を続けない。笑って、シイヤを見るだけ。
「御想像にお任せします、という奴ですね。わかりました、肝に銘じておきます」
シイヤなりに受け取る何かがあったのか、そう言うとシイヤはその場を後にする。
「私達も戻ろっか。勇者君に一応報告しないと」
「そうだな」
シイヤの姿が見えなくなるとレナがそう切り出し、二人も歩き出す。
「にしても――思う事があるなら、それこそ兄者に「見せられない」方法を選べば良かったんじゃないのか? その為に一人で来たんだろう?」
「んー、そうなんだけど、あの場合私が手を出しちゃうと、折角の勇者君の計画が台無しなんだよね。結構大掛かりで脆い計画でさ、あいつの性根叩いた所でどうにかなる話じゃないのよ今」
「成程な……」
「つーか、私あいつ嫌いだから、そういうの今関係なかったらそれこそ跡形もなく燃やしてるかもしれない」
「何かあったのか? 私が関わる前に」
「口説かれた。初対面で嫌いになったのに」
「流石にそれだけで燃やしてやるな。魅力ある女性だと想われるのは悪い事じゃないぞ。私はそういう経験ないからな」
「なーに言ってんの、今落ち着いたフロウならモテる様になるよ、可愛いじゃん。顔もそうだけど、雰囲気もそれこそ勇者君の本当の妹みたいになれる」
「褒めてくれるのはいいが何も出ないぞ」
「寧ろ甥っ子先生を引き取って下さい」
「そこまで言われて引き取る馬鹿じゃないぞ」
そんな会話で盛り上がりながら戻る二人なのだった。
「……ふぅ……」
一方のアルテナ。フロウの乱入授業を何とか落ち着けて終え、校舎に戻ってきた。
(負けられない……頑張らなきゃ……勇者様が、皆さんが、ああやって後押ししてくれるんだから)
このままではいけない。今自分に出来る事は何か。後ろ向きだった思考が、少しずつ変わり始める。信じてくれて背中を押してくれている人に、頼りっきりではいけない。
それでも、当然全ての迷いが消えたり、心が鋼になれたわけじゃない。
「あ、淫乱教師じゃん」
「…………」
生徒達数人に指を刺され弄られる。そのダメージが消える事はない。必死に心を落ち着かせ、冷静さを保つ。
「あれー? 俺、手ぇ出されてないぜ?」
「俺もだ。俺達じゃお眼鏡に叶わなかったって事か」
「あはははは」
その中でも特にお調子者の三人組の男子生徒が周囲に聞こえる様に大きな声で会話。周囲に彼らを宥める人間はいない。
「…………」
アルテナは口を開かない。今ここでの反論も弁解も相手の思う壺。今は、まだ我慢の時。何も言わずに横を通り過ぎる。
「チッ……おい、無視してんじゃねーよ!」
「っ!?」
無意識の内に速足で通り過ぎ、少し距離が出来た所でその罵声。と同時に、三人の内一人が近くにあったバケツを勢いをつけて思いっきりアルテナへ向けて蹴飛ばす。――ガァン!
「危ない!――うっ」
「あっ!」
「あ」
その事実に気付いた時には手遅れ。バケツはアルテナ――を庇った用務員の背中に思いっきりぶつかる。用務員は流石に一瞬痛そうに膝を着く。――先日、優しくしてくれた用務員と同一人物だった。
「大丈夫ですか!?」
「痛たたた……はは、大丈夫です、丈夫だけが取り柄ですから」
ははは、と笑ってみせる用務員だが、勢い大きさからするに、実際痛かった事は想像に容易く、無理をしているのが直ぐにわかった。
「貴方達! やっていい事と悪い事があるでしょう!?」
流石にこのまま終わりには出来ない。アルテナはストレートな怒りを男子生徒にぶつける。
「五月蠅え、そこの用務員のオッサンが悪いんだよ! この前から格好付けて庇いやがって! どうせテメエの体が目的の癖してよ! ああそっか、もう何回も抱かせてやったかぁ?」
「――っ!」
込み上がる怒り。自分だけが貶されるならまだしも、目の前で自分に優しくしてくれた人が物理的にも精神的にもが貶されている。それは自分が貶されるよりも遥かに痛かった。一瞬立場も何も忘れ、勢いのままに迫りかけたが、
「……待って下さい」
スッ、と手を出して用務員がアルテナを止める。ゆっくりと立ち上がり、男子生徒を真っ直ぐに見る。
「自分の些細な言葉が行動が、時に誰かの、そして何より自分の人生を狂わせる時がある」
「はぁ?」
「覚えておきなさい。君達がアルテナ先生を疑う気持ちはわからなくもない。あの噂、嘘か真か、どちらの証拠もないのだから、その辺りの意見は自由だ。でも、自分の考えを自信を持って正当化して大きな行動に移した時、そしてそれが過ちだった時、結果どうなってしまうのか。どんな時でも、それは考える様にした方がいいだろう」
真面目な表情で用務員は言葉を発する。その独特な雰囲気に、男子生徒もアルテナも口を挟めない。
「たかが石ころ一つ、されど石ころ一つ。その一つを蹴飛ばしただけで、もしかしたら君だけじゃなく、君の家族や友達、恋人、大切な人をも苦しめる結果を生むかもしれないんだ。後悔してからじゃ、遅い。だからもう一度、自分の考え、行動を見直してみるのを勧めるよ」
「……っ……偉そうに……たかが用務員のオッサンが偉そうに説教垂れてくるんじゃねえよ!」
だが諭された男子生徒は納得することなく、逆に苛立ちを高める。
「そんなに言うなら試してみるかぁ! この石ころ一つで、俺の人生何が変わるかをなぁ!」
そして偶然にも落ちていた小石を拾い、軽く魔力を込め、用務員に思いっきり投げつける。
「危ない!」
魔力が込められた小石、普通の小石とは訳が違う。最早それは簡単な武器であり、当たり所が悪ければ何が起こるかわからない。――アルテナが用務員を庇う為に動こうとしたその時。
「…………」
「……え?」
バシッ。――何処からともなく現れた女性メイドが、颯爽と用務員の前に立ちはだかり、素手で小石をキャッチ。小石には前述通り魔力が込められていたが、メイドも自分の手に魔力を込めた様で、呆気なく食い止める。
「ふっ!」
「え……がほっ!」
という客観的分析を誰もがしていた時、既に女性メイドは動いていた。瞬時に男子生徒の前に移動、腹に膝蹴り。それだけで十分行動不能になる重さの攻撃だったが、
「がはっ……!」
そこからはオーバーキル。強引な首投げで投げ、離す事無くうつぶせ状態で床に倒し、自分は体の上に膝を置いて、男子生徒の腕を捻り抑え込む。それは最早、犯罪者を抑える警備兵の如く。
「あ……あ……」
そのあまりの行動の速さに周囲は動く暇もない。やられた男子生徒の左右にいた二人は恐怖する事しか出来ず、アルテナも何をする暇も無かった。
ただ、アルテナも動く暇があったとしても、体が反応してくれただろうか。女性メイドは冷静な表情とは程遠い怒りと威圧を体全体から醸し出していたのだ。――待って、あの人、確か勇者様の騎士団の……
「離してあげなさい」
少しずつやっとの想いで状況を理解していくアルテナに対し、用務員の男性は冷静だった。落ち着いた表情で、女性メイドにそう諭す。
「出来ません」
一方の女性メイドは怒りも威圧も消すことなく、用務員の願いを拒む。
「私なら大丈夫だ。君が守ってくれただろう」
「そういう問題ではありません。貴方に魔力を込めた石を投げたという行為自体が問題なのです。子供だから許す? 年齢が一桁前半の子供ならまだしも、もう自分がしている事の善悪が判らない様な年齢ではないでしょう」
「私がこの格好をしてしまっているのにも問題はあるだろう?」
「貴方が本当にただの用務員だったとしても許されない行為のはずですが」
お互い譲れないらしく、落ち着いた表情の用務員、男子生徒を抑え込んだままの女性メイドの会話が続く。だが――会話の内容が、少しずれている。というより、言っている意味合いが、当の二人以外に今一歩伝わらない。
一体、この二人は何を言っているのか。そもそも二人の関係性が見えて来ない。
「離してあげなさい。――命令だ」
昔からの知り合いか何かか。――そう思っていると、用務員の方が少しだけ強い口調でそう告げる。
「……承知致しました」
命令。――その言葉に逆らえないのか、女性メイドは男子生徒を離す。痛みでうつ伏せのまま動けない彼をそのまま睨みつけながらも、女性メイドは用務員の下へ。
「危険な目に合わせて申し訳ございませんでした。お怪我はありませんか?」
「大丈夫さ。さっきも言ったが君が守ってくれたからね、ありがとう。――私の為に怒ってくれた事も、個人的には嬉しく思っているよ」
「仕える立場としては、当然の事をしたまでですから」
どうやら二人は主従関係にある様子。用務員に仕える女性メイド。しかも勇者の騎士団所属。ますますわけがわからない。
(……そういえば)
今更ながらアルテナは思い返してみる。――この用務員は何者なのか。最近の自分の事で一杯一杯で考えてなかったが、よくよく考えたら見た事がない顔だった。新人? それにしては随分と貫禄がある。
「あの――」
気持ちが落ち着いたアルテナが全てを訊こうとした、その時だった。
「一体何の騒ぎですの!? アルテナ先生、無事でしたの!?」
騒ぎを聞きつけたか、エカテリス、ライト、リバールの三人が廊下の向こうから駆け寄って来た。
「ハル? って……「お父様」!? 一体ここで何をしてますの!?」
そして、衝撃的な一言が、エカテリスの口から発せられるのであった。