第百話 演者勇者と学園七不思議8
「はっ、初めまして、サラフォンと申しますです、宜しくお願いされて下さい!」
「ハルと申します。こちらにいるサラフォンのサポートとして立たせて頂きます。宜しくお願いします」
ケン・サヴァール学園某クラス、本日の特別講師はオーバーオールで小柄でまるで高級人形のように可愛らしい、そして何よりも緊張している女性と、彼女のサポートだというすまし顔の美人メイドだった。
「ボ、ボクは思い返してみれば、えと、父ノルマック、母サディアンヌとの間に、ああそもそも父と母は」
「そして紆余曲折ありまして、現在はハインハウルス城、及び勇者ライト様のお傍で魔具工具師として活動しています」
自己紹介が生まれから始まって強引にいきなり今になった。当然だがそこまで飛ぶなら生まれはいらないだろうというツッコミを誰しもが思った。
「き、今日は、皆さんに、魔具工具師が、どういう職業なのかを知って欲しくて、お話しに来ました。……で、いいんだよね?」
「ええ、大丈夫。そのまま続けて」
「やった!」
訂正無しを言われ喜ぶ講師。実にほっこりする光景だった。
「その、魔具工具師とは、ライフルから爆弾まで、べ、便利な魔法道具を作ります」
範囲広いみたいな言い方だけどそれだと全部武器だよね、という想いが生徒に漏れなく生まれる。横の美人メイドも溜め息。
「サラ、もっと違う物も作ってるでしょう? 武器以外も」
「え? あ、え、えーと、一昨日バズーカも作りました!」
「だから――」
「あ、後は……そうか、ニロフさんの仮面もボクが!」
「他にも明かりを点したり、一時的に声量を大きくしたりといった一定のシチュエーションをを補助する道具、信号弾、遠距離への連絡グッツといった交信器具、更には治療薬等々、魔力が込められた道具を幅広く作り上げる事が出来ます」
埒が明かないと感じたか、メイドの方が補足説明に入った。それだけ話すとふぅ、と溜め息をついて、再び話の主導権を魔具工具師に譲る。
「そ、その、魔具工具師という職種は、剣士とか、魔法使いとか、そういうのに比べて、地味で、格好悪いと思うかもしれません」
実際、そう思っている生徒もクラスの中には一定数いた。憧れるのは剣士、騎士、魔法使いといった、最前線で戦功を挙げる職業。
「でも、その地味なボクの仕事を、褒めてくれる人がいるんです。助かった、ありがとうって言ってくれた人が、いるんです」
思い起こされるのは、出会いの日、それから決意が芽生えた騒動の日。
「で、ですから、たとえ皆さんがどんな職業に向いていたとしても、その職業がどんなに地味だったとしても、その仕事で、必ず感謝をしてくれる人がいるとボクは思っています。だから、自分の努力、才能を、大事にして下さい。いつか必ず、報われる日が来ます」
消えない緊張も伝わったが、でもそれ以上に精一杯の想いが乗せられた言葉に、生徒達も大小あれど心が動かされた。
(立派になったわね、サラ)
横に立っていた美人メイドも、その言葉を聞いて、とても嬉しそうな表情を浮かべていた。
「あ、あの、それじゃ、折角なので、具体的にどういった感じで物を作ってるか、少し見せたいと思います。基本中の基本で……こちら、小型地雷痛っ!」
パァン、と小気味いい音が響く。メイドが魔具工具師の頭をハリセンで叩いていた。――いつの間にそんな物を。
「サラ、小型地雷は間違いなく基本じゃない。百歩譲って基本だったとしても生徒達に教えるジャンルじゃないわ。殺傷力の無い物にしなさい」
「う、うん、わかった。……えっと、それじゃ、この催涙型地雷を」
「地雷から離れなさい! 確かに催涙型なら殺傷力はないけど!」
「そ、そうです皆さん、地雷原からは離れて歩くことを推奨します、そこでこの地雷探知機の作り方!」
「そういう離れるでもない!」
二人のコント(?)は、この後もう少しだけ続くのであった。
「へえ、改めて見ると本格的っていうか、本物の森なんだな」
本日はケン・サヴァール学園、実地試験当日。シイヤとの話の中で生まれたライト騎士団のデモンストレーション参加の為に、ライト達もこうして森の入り口前に集まっていた。――と、レナが溜め息一つ。
「面倒なのはわかるけど、今回ばかりは納得して貰うからな」
そもそもがシイヤの近くに居たくないというレナの願いから生まれた提案なので、ライトはそうレナに釘を刺す。――ところが。
「あ、いや違うよ。その溜め息じゃない。いやその溜め息はつきたいけどそれは勇者君が正論だから流石の私も我慢するよ」
「え? じゃあ何の溜め息?」
「いやこれ、勇者君の「うおお……」案件じゃん。いざ聞けないとなるとつまんなくて」
ライトの「うおお……」は庶民派ライトが金額的スケールの違いを見た時に無意識に出るリアクションである(レナ曰く持ちギャグ)。そう言われてライトは改めて森を見るが。
「いや、流石に森が広いのは当たり前で、金持ちの森凄え! ってのはあまりないだろ……」
「ライト殿、レナ殿はそう言う事を仰りたいのではないですぞ。――森の更に上、いくつか小さな物体が浮いているのが見えますかな?」
ニロフに指摘され目を凝らしてみると、成程森の更に上空に小さな円盤状の物が一定間隔で浮遊しているのがわかった。
「恐らくあれで森全体をドーム状の魔力バリアで包んでいるかと。中でモンスターを扱うとなれば、外部に漏れる事故を防がなくてはなりませんからな。更に中での状況確認をする為のシステム、そもそも内部のモンスターの排出の管理等をするとなれば、技術以上にお金が必要な装置となっているはずです。具体的にはこの程度の資金が必要で」
「うおお……」
「キター! これこれ!」
ニロフが提示した金額を見てライトの目が丸くなった。一般人がどれだけ稼いでもどうにもならないを何度も飛び越えるような金額だった。
「実際、ボクも作ってって言われたら時間があれば作れるけど、資金をお願いするなあ……ここの学園、学園長さんがお金の管理が上手っていうのがわかるよ」
その装置の値段に、サラフォンも納得の様子。そこから学園長の手腕がわかる辺りサラフォンらしい。横のハルもうんうん、と頷いていた。
さて、試験内容はシンプルで、五人組のチームを組み、この森の決められたルートをスタートからゴールまで進む。その間にモンスター出現を始めとした色々なイベントが発生する為、それをどうクリアしていくかを監察官として教師が一人付いて見て行く、という物。各々の基本能力に加え、対応力、突発的チームでのチームワークの作り方なども見られる様子。
デモンストレーションのライト騎士団からは、ライト、レナ、エカテリス(流石に生徒側では差があり過ぎてバランスが悪くなるのでこちらで参加)、ニロフ、サラフォンの五名で参加。前衛でレナとエカテリス、後衛でニロフとサラフォン、そしてライトというバランスの取れた布陣に。
「ライト。とりあえず、「あれ」早くなんとかしてきなさい」
当然、それ以外のメンバーは待機というわけで。エカテリスが促すその先、
「アタシは……アタシは、団長に嫌われたんだ……最近は大丈夫だと思ってたけど、色々やり過ぎたんだ……」
しゃがんで地面に指でぐるぐると謎の模様を書くソフィ(狂人化済み)がいた。いじけと落ち込みのコラボレーションが発動していた。
「ソフィ、違うんだ、別にソフィが嫌いとかじゃなくて、メンバー構成上仕方なかったんだ」
性格上、当然こういうイベントは大好きな狂人化ソフィ。やる気満々だったのだが、呆気なく参加メンバーから外されてこの結果となっている。
「事情は説明しただろ? レナは仕方ないし、エカテリスも仕方ない。デモンストレーションっていう事になると、これ以上前衛ばかりにするわけにもいかなかったんだよ」
という事情も勿論だが、裏でソフィにしてしまうと恐らく学生レベルを考えると手加減出来ず一人で殲滅してしまいそれはそれでデモンストレーションにならない、というのも大いにあったりする。
「次、次こういうのがあったら、絶対選ぶから、今回は我慢してくれよ、な?」
「ホントか? 次はアタシ出れるか?」
「約束する。だから機嫌治してくれ、な」
「……うん」
ようやく立ち上がるソフィ。子供みたいで可愛かった(言えないが)。
「勇者様、それから皆さん、今日は宜しくお願いします。皆さんの戦いを間近で見学出来るとは光栄ですよ」
と、そんなライト騎士団に挨拶やって来たのは、教頭であるコウセ。こちらもデモンストレーションという事で、付き添い役に特別抜擢された形だった。
「こちらこそ宜しくお願いします。あまり過度は期待はしないで下さいね」
「ははは、ご謙遜を」
それはそうだろう。勇者とその仲間達が生徒に毛が生えた程度の実力しかなかったら可笑しな話。先日のソフィとエカテリスの模擬戦の噂も広がっており、コウセが驚くような結果でなければいけないのだ。
勿論、メンバー各々の実力は飛び抜けており、驚くような結果が出せるだろう。――だが当然問題が一つ。
「ねえニロフさん、あのコウセ先生って」
「サラフォン殿のお察しの通りかと。中々のやり手の魔導士ですなあ」
ライトの存在である。勢いで提案したこの参加だが、流石に何もしないわけにはいかない。しかし何か普通にしたら明らかに実力が無いのがバレてしまう。コウセの実力が高ければ尚更。
「こりゃ対策練っておいて正解だったねー。勇者君、打ち合わせ通りにね」
「後はリラックスして、アルファスの所での訓練の成果の見せどころですわよ」
「うん、わかってる。皆も宜しくな」
ふーっ、と大きく息を吹いて、気持ちを入れ直す。――忘れちゃいけない、俺は勇者である事をアピールするのが任務なんだ、こういうのから逃げちゃ駄目だからな。
「皆さん、集合して下さい!」
と、アルテナの声が響き、大勢の生徒が入口の方へ集まる。
「これから実地試験を始めます。改めての説明はしませんが、今回は特別に勇者様と騎士団の皆様がお手本としてまず参加して下さる事になりました! 皆さん、よく見て勉強して下さいね」
紹介され、拍手で迎えられる。
「では勇者様、一言お願いします」
「え!?」
と、これは予想外だった。一言。一言。一言……!?
「勇者君勇者君、もうあれでいいじゃん。「うおお……」で」
「絶対良くないだろ!? 台無しじゃん!?」
「ライトくん、緊張した時は掌に人っていう字を書いて飲み込むといいって。ボクも三千人位飲んだ」
「街が一つ消滅してる!」
「ライト。――普段の貴方の言葉で、大丈夫ですわ」
「ですな。肩ひじ張らず、自然体で、十分伝わりますぞ」
前半は兎も角、後半二人の言葉で、ライトの緊張も解れる。
「え……と、確かに俺は勇者ですが、でも、皆さんと同じく自分自身の戒め、向上の為に試験に挑みたいと思います。お手本になるかどうかはわかりませんが、どうぞ宜しくお願いします」
その言葉に、再び拍手が起きる。何て謙虚な勇者様だ、と好意的に受け入れて貰えた様子。ライトも一安心だった。
「それでは勇者様、皆さん、教頭先生。出発をお願いします」
こうして、ライト騎士団の実地試験デモンストレーションが開始となったのであった。