第4話 ファンタめし
「合唱は、全員がレギュラーなんだ。」
拓真はその言葉に魅せられて、入部を決めた。
「とりあえず、今月は仮入部でいいから。部費は付き2千円。それが、楽譜代とか演奏会準備に使われる。定期演奏会の会場費とかはその時別途必要だけど。」
普段の練習には、特別な準備は何もいらなかった。
「仁先生の練習の時は、とにかく遅刻をしないこと。暇なときには、部室で練習していていいから。」
のどかな田舎の学校。部室にカギは一応はついているものの、かかっていたことは無い。譜面とピアノぐらいしかない部室では泥棒も入る気にならないだろう。
「口を縦にあけて。頭の天辺から吊られているような気持ちで声を喉の裏を通しながら出す。」
独特な表現のため、声の出し方がわからない。
「肩の力を抜いて。喉は絞めない。息はゆっくりと、大きな声を出さなくていいから。」
先輩たちからは色々言われるが、拓真には自分のどこが間違っているのかまったくわかっていなかった。しかし、音を外そうが、途中で息継ぎをしようが先輩たちはまだ何も言わなかった。
秋の連休で、合宿が始まった。合宿所は学校の施設に、貸布団を持ち込む。食事は事前に学食に予約した。山に囲まれた田舎の学校ではコンビニへ買出しにいくのも一苦労だ。部活をほとんどしたことのない拓真にとって集団での生活は少々窮屈だった。
朝起きると、構内を走る。走った後の食事はのどを通らない。となりの先輩も苦しそうだ。しばらくするとその先輩が牛乳をご飯かけて食べ始めた。
「牛乳めし」
これで気分がスッキリするそうだ。
「少し気の抜けた炭酸のオレンジジュースのほうがうまいぞ。」
「でた、金さんのファインタめし。」
どうも変人で有名な先輩らしい。理工学部の4年にもかかわらず、ほぼ毎回練習には顔を出すという。通称、遊び人の金さん。確かにフランスのほうではカモ肉をオレンジジュースで煮るし、日本でも手羽先にコーラ煮なるものはある。オレンジジュース自体はご飯に会うかもしれない。
「一番は、ごはんを浸る程度の牛乳で軽くゆでてバターと梅干の果肉を入れる。これをかきませると薄いピンク色になり、そこに多めに唐辛子を振りかける。名付けてサクラめし。唐辛子の辛さがポイントだ。これならどんなに食欲が無いときでもばっちりさ。」
こっちは、想像するだけで不味そうだ。
その後、午前も午後も練習しっぱなし。昼食は下宿や研究室に戻る先輩たちもいたが、幾人かの先輩たちと近くの公園にピクニックがてら、喫茶店で食べた。