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何かがおかしい?

 キャッチャーマスク越しに写る景色は、いつ見てもいい。

 プレイに関わる全ての人間を視界に収めることができるからだ。

 その高揚感と言ったら何にも例えようがない。

 久しぶりの感覚に、由香の口角が思わず上がる。


(これで、ピッチャーがジャージ姿じゃなければもっと良かったんだけどなぁ)


 当然ながら、マウンド上の才子は野球着ではない。

 今日無理やり呼び出したのだから仕方がないけど。

 それよりも問題視すべき人間がすぐ近くにいる。


「……」


 ダボダボの制服姿に金属バットという、才子のジャージ姿が霞むくらいにミスマッチな格好で左側のバッターボックスに立つ生徒。

 力感の感じられないフォームでバットを担ぐ彼女の名は、鹿目恵美。

 影が薄すぎて由香の記憶から抹消されつつあったが、バックネット裏から声援を送る蓮のおかげで何とか彼女の名前を思い出すことができた。


(名前は思い出せたけど、相変わらずなに考えてるかわからない……)


 由香は横目で恵美を見ながら顔をしかめる。

 注意深く観察すれば、相手のバッティングスタイルや得意コースなど何かしらの情報は得られるものだが、恵美からは何一つ感じ取れなかった。


(とりあえず才子ちゃんのボールを見せて、反応を見よう)


 気を取り直して、キャッチャーミットを構える。

 それを確認して、才子が投球動作に入った。

 左足を地面に着地させ、思い切り腕を振った才子だったが、緊張したのか、投じたボールはアウトコースに逸れていく。


(普通ならボール。だけど――)


 由香は集中してボールの軌道を見つめる。

 ボールはそのままベースを外れ――ていくと思いきや、刹那、空間がねじ曲げられたような奇怪な変化をしてベースの角ギリギリを通過した。

 由香は瞬時にその変化を見定め、ボールをしっかりミットに収める。


「ストライク……ですよね」


「……」


 恵美は顔色一つ変えない。

 由香はそれを肯定と受け取り、才子にボールを投げ返す。


「ナイスボールだよ、才子ちゃん!」


「う、うん!」


 才子は少し頬を紅潮させ、興奮気味にボールを受け取る。

 その顔からは、自信のようなものが少し感じられた。

 才子の表情を見て、由香も満足げに腰を落とす。


(よし! 作戦通りうまくいった!)


 勝負を開始する直前、由香は才子の持つ超能力である“ボール1個分のサイコキネシス”を投球に活かすため、2つの指示を出していた。


 それは、ストライクゾーンに投げることを前提として、『全ての投球で超能力を使うこと』と『ボールになりそうな時は、ストライクゾーン方向に超能力を使うこと』だ。


 そうすれば、ストライクゾーンの球は、手元でボール1個分だけ軌道がずれるナックルボールのようなブレ球となる。

加えて、ボールゾーンの球――つまり、ストライクゾーンを外れそうな球は、それがボール1個分までの範囲であれば、今の投球のように打者に届く直前にストライクゾーンをかすめる際どい変化球に姿を変える。

 これが由香の考えた作戦だった。


(それにしてもやっぱり才子ちゃんの超能力はすごいな……。捕球するので精いっぱいだよ)


 球速が遅めとはいえ、ストレートにしかみえない軌道から急激に変化する才子のボール。

 それは野球経験者の由香であっても捕球するのが難しい、まさに魔球だ。


(才子ちゃんの超能力のことを知らないバッターは、この変化にさぞかし驚いているに違いな――、ッ!?)


「……」


 マスク越しの由香の顔が固まる。

 バッターボックスに立つ恵美が、才子の変化球を間近で見たにも関わらず、じっとマウンドの方を向いたまま表情1つ変えていなかったからだ。

 

(は、はは~ん……。さては、ビックリしすぎて動けないんだな~……)


 それなら好都合。

 相手が動揺している間に、畳み掛ければいいだけだ。

 由香は素早くミットを構える。

 それを見て、才子が2投目を放った。

 ボールはストライクゾーンに一直線に向かっていき、ベースの手前で真横にブレてから由香のミットに収まる。


「ストライクです」


「……」


 恵美の反応はない。

 由香は才子にボールを返し、すぐに構えなおす。

 続けざまに投じられた才子のボールは、今度は下方向に変化を見せた後――何物にも遮られることなく由香の元まで届いた。


「ストライク――って、ちょっと鹿目先輩! 真面目にやってくださいよ!」


 由香はマスクを脱ぎ捨て、恵美に抗議する。

 こちらは野球部の復活をかけて真剣に勝負を挑んでいるのだ。真面目にやっていなかったからと言って、約束を反故にされたらたまったものではない。


「ちょっと聞いてるんですか! 今ので三振ですよ! 鹿目先輩!」


「……」


 それでもバットを構えたまま動こうとしない恵美に、煮えを切らした由香が詰め寄る。


「し~か~め~せ~ん~ぱ~い~!!!!」


 恵美の華奢な体を強引に揺さぶる。

 すると、今まで人形のように無表情だった恵美が、眉をピクリとして反応を示した。


「……」


「え、ちょっ……」


 そして、眼前の由香には目もくれず、フラフラとおぼつかない足取りで歩き始めた。

 呆然とその背中を見つめる由香。

 そのままバックネット裏まで帰ると思いきや、振り向きざま、恵美がこの日初めて口を開いた。


「………………ごめんなさい、寝てたわ」


 不良とは思えない柔和でおしとやかな声音に、


「え~……」


由香は何も言い返せなかった。



◆◆◆



『うぉい、エミ!? 何やってんだよ、あんなヘボ球に三振なんかしやがってーッ!』


 見逃し三振で帰ってきた恵美に、蓮がぷんすかと腹を立てる。


『zzz……』


『寝るなー!』


「ハハハッ。二人は相変わらず仲がいいな~」


 バックネット裏でじゃれつく2人を見て、大柄な体躯の女子――猪爪真紀が呑気に笑う。

 バッターボックスに立つと、さらにその大きさが際立つ。


「次は私だ。よろしくな、おかっぱ」


 ニカッと歯を見せて笑う真紀に、由香は違和感を覚える。

 とてもケツバットを喰らわされた相手とは思えない。

 真紀といい先ほどの恵美といい、あの蓮でさえ、口が多少悪いのを除けば普通の女子高生といった感じで、とても悪さをするような不良には見えなかった。


「真紀先輩」


「ん? どーした?」


 気づけば、由香は真紀に尋ねていた。


「なんで真紀先輩たちは不良なんてやってるんですか?」


 由香の問いに、真紀は手に握ったバットを懐かしそうに見つめる。


「私たちは、皆と違って瑞樹先輩についていくって決めたんだよ」


「瑞樹先輩に、ついていく……?」


「そ。だから、瑞樹先輩が不良になれば私たちも不良になるし、野球をやるって言えば野球をやるんだよ」


「じゃあなんで……なんで瑞樹先輩は不良なんかに!」


 由香が声を荒げる。

由香は、有名選手だった瑞樹がなぜ野球部を休部に追い込むような事件を起こし、不良となってしまったのかがわからなかった。

由香の真剣な眼差しに、真紀の表情から笑みが消える。


「ま、それは本人に聞いてくれ」


 真紀はそう言ったのを最後に、初球を力無く打ち上げて打席を後にするまで、一言も話すことは無かった。


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