野球と決闘、たまたま不良
才子と由香が通う都立鶴羽女子高等学校には、新旧2つのグラウンドが存在する。
元々あった旧グラウンドの老朽化に伴い、その一部を改装工事して人工芝の新しいグラウンドを作ったのだそうだ。
そのため、グラウンドを上から覗くと、フェンスを挟んで校舎側右半分が人工芝の新グラウンド、左半分が土製の旧グラウンドと珍しい構造になっている。
「おまたせー才子ちゃん! ごめん、野球着に着替えてたら遅くなっちゃってー!」
「別にそんなに待ってなかったからいいけど」
少年野球のような白い野球着で固めてきた由香に、才子は小さく手を上げて反応する。
放課後。
才子と由香は旧グラウンド側に位置する、部室棟前に集合していた。
「それで、由香にお願いされた通りジャージに着替えてきたけど……いったい何するつもり?」
学校指定の青いジャージに身を包んだ才子が、由香に尋ねる。
屋上での別れ際、才子は由香から理由も告げられないまま、『今日の放課後、ジャージに着替えて部室棟の前まで来て!』と一方的に呼ばれて来たのだった。
「今日ここに才子ちゃんを呼んだ理由……それはね……」
これ見よがしに黒革のベルトに手をかける由香。
野球着の背中部分にはマジックで書かれた『田中』の文字が光る。
やる気十分といった感じだ。
「あ~やっぱり言わなくていいや、どうせ野球でしょ」
才子が肩をすくめる。
野球着を着ているのだから当然――
「決闘だよ」
「やっぱそうだよね、決闘決闘――って、決闘!?」
由香の口から飛び出た予想外過ぎる単語に、才子が小さな体を飛び跳ねさせて驚嘆する。
「け、決闘って……いったい何する気!?」
「それはもちろん、私たちの野球部を復活させるために戦うんだよ」
「えっ、ウチの高校って野球部無いの!?」
「そうだけど? 言ってなかったっけ」
「言ってないよ! 初耳だよ!」
驚愕の事実。
呼び出しの件と言い野球部の件と言い、由香はあまりにも自己中心的すぎる。
「才子ちゃんには黙ってたんだけどね、実はウチの高校の野球部は今、休部中なの……」
しみじみと語る由香に、才子が必死の形相で詰め寄る。
「じゃ、じゃあ! 私の超能力を野球で活かして全国大会出場っていう話は……」
「見切り発車です」
「発車どころか走る前から故障してるじゃん! 由香のバカーーーッッッ!!!」
とうとうこらえ切れなくなった才子が由香に襲い掛かる。
馬乗りになった才子は、由香のジャージの襟を掴んで怒りのままに揺さぶる。
「由香のバカッ! アホッ! アンポンタンッ!」
「で、でもねっ! 才子ちゃんの力があれば、野球部を復活させることができるんだよ!」
慌ててなだめようとする由香だが、才子は収まらない。
由香の黒髪が上下に暴れる。
「なに? それで決闘ってわけ!? もしかして、私の超能力を悪用するつもりじゃないよね!?」
「悪用なんてしないよ!」
ブンブンと首を横に振る由香。
「才子ちゃんの超能力に悪用できるほどの力なんてないじゃん!」
「確かにそうだけど、由香に言われるのはなんかムカつく!!」
更に力を入れて振り回す。
しかし、由香の言う通り、ボール1個動かすのがやっとの才子の超能力で、悪巧みなんて考えようがないのも事実なので言い返せない。
「それに決闘は決闘でも、殴り合うわけじゃないよ! 野球で勝負するんだよ!」
「野球で、勝負……?」
才子の手が止まる。
怒りが収まったわけではない。ただ単純に理解ができなかっただけだ。
「ごめん、全然意味が分からないんだけど。誰が誰と勝負するの?」
「えぇ~っと、その話はおいおい――」
「ダメ! 今ここでちゃんと話してっ!」
「もがッ!?」
才子は、目を逸らそうとする由香の両頬を手で挟み、無理やり自分の方へ向けさせる。
ここで由香にはぶらかされたら、後でどんな形で自分に災いが降りかかるかわからない。
由香は顔面を潰されながらも、窮屈そうに口を開いた。
「だって、『これから一緒に野球部を休部に追い込んだ不良の先輩に直談判しに行く』なんて言ったら、才子ちゃん絶対逃げ出そうとするから言いたくなかったんだけど……」
よし帰ろう。
才子は瞬時にそう決断した。
仰向けの由香から素早く離れ、ダッシュでその場を後にしようとする――が、
「ちょ、ちょっと待って!」
「ぐべっ!?」
体を反転させた由香に両足を捕らえられ、勢いそのままに地面に突っ伏した。
衝撃で土ぼこりが舞う。
「ぷはっ!? ちょ、何やって……離せーッ!」
なんとかして振り払おうする才子だが、由香は両足にしがみついて離そうとしない。
「行かないでよ、才子ちゃーん! 私と一緒に戦ってよぉ~!」
由香が涙ながらに訴える。
「野球をするとは言ったけど、戦うとは言ってない!」
なぜ入学早々、不良を相手に喧嘩を売りに行かねばならないのか。
そんなことするくらいなら、校舎の前で超能力を披露してる方が数倍マシだ。
「そんなぁ……! わ、私だって怖いんだよ!?」
「その怖いことになんで私が巻き込まれなきゃいけないのさ!?」
うつ伏せで二人、ジャージ野球着を土まみれにしながらの攻防を繰り広げる。
果ての無い長期戦にへともつれ込みかけたその時だった。
『おいコラ。私たちの部室の前で何騒いでやがる』
頭上から響く、突き刺さるようなドスの効いた声に、二人の動きは首根っこを掴まれたようにピタリと止まる。
気づけば二人は、見知らぬ複数の人影に囲まれていた。
「あれ、この感じ……。なんかマズイ気が……」
冷や汗が才子の頬を伝う。
『おいコラ』なんて言葉を使う女子高生など、ある人種を除いて存在しないからだ。
その人種とは――
「あの、もしかしなくても、不良の方々ですか……?」
『ああその通りだ。てめーら、ちょっとツラ貸せや』
死刑宣告。
「「…………あ、はい」」
声の主が発する威圧感に、二人はか細い返事で応じることしかできなかった。