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屋上作戦会議

 三船才子――私と同じ鶴羽女子高等学校の1年生で、クラスは隣の1年2組。

 背は小さめで、少し癖のある短い茶髪とコロコロ変わる表情が特徴。

 由香は今朝出会った彼女の顔を思い出しながら、休み時間で得た情報を整理する。


(って、誰にも真似できないような特徴が他にあるじゃん!)


 心の中でツッコミを入れた。

 由香のいる教室は、黒板をかく子気味良いチョークの音だけが鳴り響いている。

 退屈な時間。でも、今日は不思議と苦ではない。

 そう思わせている要因は、もちろんアレだ。


(まさか本当に超能力が存在するなんて……)


 三船才子が見せたサイコキネシスと呼ばれる超能力。

 その突飛で浮世離れした現象は、由香が大嫌いな数学の授業から意識を遮断するには、十分すぎるインパクトだった。


キーンコーンカーンコーン。


 ほら、そうこうしている間に、もう昼休みである。

 先生への礼もほどほどに、由香は少し軽くなったエナメルを肩にかけると、足早に屋上へと向かった。



◆◆◆



「でさ、もう一度聞くけど、あなたは――」


「あ、わたし、田中由香! 由香って呼んで!」


「ゆ……た、田中さんは! 私の超能力を信じてくれたんだよね?」


「うん! 今朝言った通りだよ!」


「でも、ESP部を作るのには……?」


「う~ん、反対かな~」


「……それはどうして?」


「だって、私と一緒に野球してほしいんだもん!」


「そこがぁわからないっ!!」


 理解できないといったように才子が頭を抱える。

 才子の声は青空に溶け込んで聞こえなくなった。

 昼休みの屋上は、風が少し強い日ということもあってか、由香と才子以外に生徒の姿は見当たらない。


「あぁ、どうしてこんなことに……」


「どうしたの? 私に『昼休み屋上に来て!』と言われたからウキウキで来てみれば、ESP部に入部させるどころか、逆に自分が野球部に勧誘されているこの状況が受け入れられない……みたいな顔して」


「まさにそのまんまだよ! ていうか顔見ただけでよくそんなことまでわかるね!?」


「私、観察するのは得意だから!」


「それ、観察の域を超えてると思うんだけど……」


 自慢げな由香を見て、才子がうなだれたように肩を落とす。


「はぁ。せっかく、ESP部の部員が見つかったと思ったのに」


 才子の首には、今朝と同様、『ESP部』と書かれた看板がぶら下がっていた。

 どうやら由香を正式に勧誘するつもりだったらしい。

 さっきは遠目からでよく見えなかったが、看板の隅っこに小さな文字で『部員募集中!』と斜め書きがされているのに気づく。


「でも、どうしてESP部を作ろうとしてたの? 超能力を披露するだけなら、別に部活なんて必要だとは思わないけど」


 自分の超能力を見せつけたいだけなら、今朝見たく地道に超能力を披露し続けるだけで十分のはずだ。部活の勧誘、ましてや部活の創設なんてまどろっこしいことをする必要性を感じない。

 由香の素朴な問いに、才子は少し真面目な表情になって答えた。


「それは、超能力の存在を世の中に認めさせるためだよ」


「認めさせる?」


「そう。認めさせる」


 一陣の風が、二人の間を横切る。

 真っ直ぐに由香を見据える才子の表情からは、言葉通りの強い意志が窺える。


「そのために、ESP部を作って、まずはこの学校の人たち全員に認めさせるの。だから、田中さんがなんで私を野球部に誘ったのかはわからないけど、私には他にやるべきことがあるから。ごめんね」


 そう言って、才子は由香に背を向けて屋上を後にしようとする。


「ま、待って――!」


 その後ろ姿を由香は必死になって引き留めた。


「それなら、いい方法があるよ!」


 由香の言葉に、才子の体がピクリと反応する。

 由香は持っていたエナメルバックから何かを取り出すと、すぐさま才子の方へ駆け寄る。

 才子が振り向くよりも早く、由香が差し出したのは、


「これって……野球のグローブじゃん!」


 見るからに年季の入った革のグローブだった。

それを見た才子は心底呆れたように声を張り上げる。


「だから私は野球なんてしないってば! 今言ったばかりでしょ!?」


「違う、違うの!!」


 才子の剣幕に少し怯みながらも、由香は首を振る。


「何が違うっていうのさ!」


「あなたの――三船才子の超能力を野球で使うの!」


 屋上全体に響くほどの声量で由香が叫ぶ。

 震える空気。

少しの間を置いて、才子がゆっくりと聞き返した。


「私の超能力を、野球で……?」


「そう、野球で!! ほら、これを見て!」


 由香は、続けざまに、今度は押し付けるようにして1枚の紙を才子に見せる。

 才子は、由香の勢いに押されるまま、紙面に書かれた文面を追う。


「全国高等学校、女子硬式野球選手権大会……?」


 それは、白球を追う少女たちの姿が印刷されたポスターだった。

 

「ここ見て、ここ!!」


 興奮気味に由香がチラシの右下を指さす。

 思考が追い付かない才子は、由香の言われるままに目線を移動させる。


「今大会から、全国大会の開幕戦から決勝までの全試合を――テレビ中継!?」


 文面をつらつら流し読んでいた才子の目が、驚きに見開かれる。


「そうなんだよ! ほら、去年、女子プロ野球界初の1億円プレーヤーが生まれたってニュースあったでしょ!?」


「あ~、確かにそんなニュースやってたかも」


 野球に興味のない才子にとっても記憶に新しい、女子プロ野球のビッグニュース。

 プロ野球選手にとって1つの大台と言われる1億円の壁。それをあろうことか女子プロ野球選手が達成したことで、国内の話題は一時期女子プロ野球一色となった。

女子プロ野球リーグが8球団に増設された翌年の出来事だった。

 

「女子プロ野球の盛り上がりを見たテレビ局が、アマチュア女子野球にも目を向け始めたってわけ!」


「なるほど。それで、テレビ中継ってわけなんだ」


 才子がポスターを見つめたまま呟く。


「この大会で結果を出して有名になれば、学校だけじゃなくて、全国の人々に超能力の存在を知らしめることができるかもしれないよ! ね、悪い話じゃないでしょ!?」


「超能力の存在を、全国に……」


 才子は由香の言葉の端々を取って紡ぐ。


「でも、そんな簡単にうまくいくかな。私、野球なんてやったことないし」


「絶対うまくいく! 簡単じゃないかもしれないけど、三船さんの超能力があれば、どんな野球選手にだって勝てるよ! 私が保証する!」


 由香の力強い言葉に、才子の瞳から迷いの色が消える。

 正直、野球にあまり詳しくない才子にとって、由香のお墨付きなんてあってないようなものだ。

 そもそも、本当に全国大会に出場できたとして、超能力の存在が認められるとも限らない。

 そうなればこの挑戦は才子にとって途轍もない徒労に終わってしまうだろう。

 しかし。


「絶対うまくいく……か」


 才子の心は決まっていた。

 由香が今日あったばかりで見ず知らずの自分のことを、そして何より、自分の超能力をここまで信じてくれることが嬉しかったのだ。

 才子は肩にかけていた看板を外すと、


「私、やってみよう、かな」


 由香の目を見て、はっきりとそう言った。


「ホ、ホントに!?」


「うん。私、野球はやったことないけど、運動神経には自信あるし。それに……」


 才子は強くうなずいた後、少し顔を赤らめる。

 すると突然、由香の手からグローブを取りあげて言った。


「田中さ……由香は! この学校で私の超能力を信じてくれた初めての人だから。恩人のためにもなるんだったら、やってみたい!」


 グローブを強く抱きしめる才子に、


「恩人だなんて大袈裟だよ! 私だって無理やり誘っちゃったわけだし」


 由香が空いた両手をブンブンと左右に振る。


「でも、友達にはなりたいな。いいかな? ……さ、才子ちゃんッ!」


「もちろんだよ。よろしく由香!」


「うん! こちらこそ、才子ちゃん!」


 屋上の真ん中で、2人は握手を交わす。

 

「よーし! そうと決まれば、さっそく作戦会議を――」


 由香が言いかけたその時、


 ぐう。


「「あ……」」


二人のお腹が同時に鳴る。

 昼休みの真っ最中だったことを二人ともすっかり忘れていた。


「先にお昼ごはん済ませよっか……」


 才子と由香の作戦会議は、腹ごしらえからスタートした。


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