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サイキッカー×野球少女

 5月。入学当初咲き誇っていた桜は静かに散り、足元に桃色の花びらがわずかに残るだけとなった。


「はぁ……」


 由香は、地面でしおれているそれを目下に見ながら溜め息をつく。


「今日も練習……無いのかな」


 平坦に切り揃えられた黒髪が元気なく垂れる。

 疑問形でつぶやいては見たものの、由香は既にその答えを知っていた。


 たぶん……いや、きっとない。


 それでもこうしてエナメルバックに野球道具を詰め込んで登校しているのは、今日突然に天地がひっくり返るほどの奇跡が起きて、あの人たちが改心するかもしれない――そんなおとぎ話のようなことを思っていたからだった。

 由香は、折れそうになった心を無理やり奮い立たせ、前を向く。


「何を弱気になっているの、田中由香! 野球の神様はきっと見ているはず!」


 よし! と強く頷いた。


「今日も部室に顔を出そう! 今度こそあの人たちを説得するんだ!」


 しかし、無策で飛び込んだところで結果は目に見えている。

 現に入学からの1か月、由香はほぼ毎日部室に顔を出したが、結果は尽く惨敗。

 それこそ奇跡でも起きない限り、あの牙城を崩すことは不可能だろう。


「そ、そうだ! 奇跡! まずは周りをよく見て、奇跡を見逃さないようにしよう」


 いきなり他力本願というのも情けない話だが、もはや神頼みをするほかない。

 幸いなことに、観察することだけは人より自信がある。

 野球の神様が、普通の人なら気づかないような小さな奇跡を用意してくれていた時のために、些細な変化にも気を配らないと。

 由香はそう心に決め、校門をくぐる。


「とは言ったものの……」


 そう簡単に変化なんて見つからない。

 校門で挨拶をする教育指導の先生も、朝練からジョギングで帰ってくる陸上部も、まるで写真フォルダを見返しているように既視感のある光景ばかりだ。


「ん? なんだあれ?」


 校舎の前。

 生徒たちが群がっているのに気づいたのは、その時だった。

 それは、由香が探していたような些細な変化ではなかったが、何の変哲もない通学路において、異様な存在感と期待感を放っていた。

 由香は肩からずり落ちそうなエナメルをすぐさま背負いなおし、急いでそこまで向かう。

 

「さぁ! 寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!」


 甲高い掛け声が人だかりの中心から聞こえている。


「み、見えない……」


 何とかして隙間から覗き見ると、大きな看板を首から下げる、活発そうな見た目の少女が目に入った。

 看板にはマジックで『鶴羽女子ESP部』と書かれている。


「私と同級生じゃん」


 制服の赤いリボンは、由香と同じ1年生であることを意味する。

 1年生なのに、部活の勧誘?


「それにしても、ESP部って」


 確か超能力のことだっけ、と由香はテレビかなんかで得た曖昧な情報を引きずり出す。


「面白そうだけど、関係ないか」


 残念ながら、他の部活には興味はない。

 由香が立ち去ろうとすると、


「今から、私がこれを使って、超能力が実在することを証明してみせましょう!!」


 少女が、小さな体躯を目いっぱい伸ばしてある物を掲げる。

 それを目にした由香は、思わず彼女の手元に釘付けになった。


「野球、ボール……?」


 赤い縫い目が曲線を描くそれは、紛れもなく野球ボール――硬球そのものだった。

 あのボールを使っていったい何をしようというのだろう。

 気づけば由香は、エナメルバックを地面に置いていた。

 少女は、大衆が自分に注目したのを確認すると、コホンと一つ咳払いをする。


「え~、わたくし、三船才子の持つ超能力はサイコキネシスと呼ばれるもので~、古くは卑弥呼がいた時代から~うんたら~かんたら~」


『ねえちょっと~、やるんだったら早く見せてよ~』

『朝礼始まっちゃうんだけどー!』


 中々始まらない超能力の実演に、輪のどこかから苦情が入る。

 才子と名乗る少女は、観客からのブーイングに『ぐぬぬ……』と唸ったあと、


「い、いいでしょう! 私も遅刻してお姉ちゃんに怒られるのは嫌だし……」


 何やらぶつぶつと言ったあと、ボールを握る手に力を入れる。


「ではさっそく! 私のサイコキネシスで、この手に持ったボールを見事に浮かせて見せましょう!!」


『『『お~!!』』』


 自慢げに指を立てる才子を中心に、一斉に沸き立つ生徒たち。


「ボールを浮かせる……?」


 にわかに信じ難い才子の言葉に、由香は首を傾げる。


「……」


 意識を集中する才子。

 右手に乗せたボールを見つめたまま動かない。


 しかし――次の瞬間。


スッ――。


 誰もが息をのんだ。

 目の前のボールが、重力から解き放たれたように、フワッと才子の手から離れたからだ。

 その距離、およそボール1個分。

 空中に浮いたボールは、その高さを維持したまま浮遊し続けたあと、何ごとも無かったかのように才子の手元にポトリと帰った。


『『『…………』』』


 静まり返る空間。

 ボールを見つめたまま誰もが口を紡ぐ中、静寂に耐えきれなくなった誰かがふいに呟く。


『すごい……』


 それが呼び水となって、ダムが決壊する勢いで称賛の嵐が舞いおこった。


『すごいすごい!!』

『どうなってるのこれ!?』

『信じらんな~い!』


「でしょでしょ! なんてったって正真正銘ホンモノの超能力なんだから!」


 自慢げに鼻をさする才子の周りを生徒たちが輪になって囲む。


『うんうん! ホントにすごいよ!』


「これで、超能力が実在するって信じてもら――」


『ホントにすごい――マジックだね!』



「…………はい?」



 活き活きとしていた才子の表情が一変して硬直する。


「マジッ、ク……?」


 わなわなと震えだす才子。

 しかし、そんな才子のことを置き去りにして、生徒たちの語気には更に熱がこもる。


『Mrs. マリックのハンドパワーってやつでしょこれ! テレビで見たことある!!』

『あーそれ、私も知ってるー! 『キテるようです、キテるようです……』ってやつでしょー! 面白いよねー!』


「ちょ、ちょっと! マジシャンなんかと一緒にしないで! 私の超能力にはそんなマジックみたいなタネも仕掛けも無くて――」


『うんうん、わかってるよ。そういうテイでパフォーマンスしてることくらい』


「全然わかってなーいッ!!」


 地団駄を踏む才子。短めの茶髪が激しく揺れる。

 確かに、ボールを浮かせる行為自体はすごいことだが、それが超能力かと問われると怪しいところである。

 傍から見れば超常現象にしか見えない大掛かりなマジックも存在するし、そもそも超能力自体をマトモに信じる人間などいるはずもない。


 それが例え、自分では説明できない人智を超えた現象だったとしても。


人はそういう場面に出くわした時、盲目的に、よくできたマジックとして自分を納得させることしかできないのだ。

それが信じることができる人間と、できない人間の差。


 才子の起こした奇跡(マジック)()()()()()()()()のは――由香だけだった。


「何度も言うけど、これは本当に超能力で――」


 期待はずれな盛り上がりを見せる生徒たちに、才子が反論しようとしたその時、


「おいこら、お前たち! 校舎の前で何騒いでるんだ! 早く教室に入れ!!」


 大きな野太い怒声によって、才子の声があっけなくかき消された。


『ゲッ! 教育指導の番場だ! みんな逃げろ!!』

『遅刻部屋だけは勘弁だわ~』

『じゃあね~、凄腕マジシャン1年生~!』


こちらに走ってくる大柄男を確認するや否や、一目散に校舎に逃げこむ女子生徒たち。

 さっきまでの盛況は嘘のように、一瞬にして才子の周りから人だかりは消え失せ、残るは由香だけになった。


「ぐふっ」


 名誉挽回の機会を失われ、その場に崩れ落ちる才子。

同時に、手に持っていたボールも零れ落ちる。

 才子の手から離れたボールは、今度はちゃんと物理法則に従ってコロコロと転がる。


「そんな……誰も超能力を信じてくれないなんて……」


 ボールは、由香の足もとでちょうど動きを止めた。

 由香はそれをひょいっと拾い上げると、


「三船さん、だよね! はい、これ!」


 しゃがみ込む才子に差し出した。


「ふぇ!?」


 まだ人が残っていたのに気づかなかったのか、急に声をかけられた才子は素っ頓狂な返事をして顔を上げる。


「って、近ッ1?」


 そして、ビクリと仰け反った。

 由香の顔が、目と鼻の先まで迫っていたからだ。


「三船さん、すごいよ……」


「すごい……?」


 驚く才子に向かって、真剣な眼差しを向ける由香。

 投げかけられたその言葉に才子の頬が一瞬だけ緩むが、すぐにへの字口になる。


「すごいって……私のマジックがでしょ。もういいってば、それは」


「違う、違うよ!」


 自嘲気味に笑う才子の手を引き寄せるようにして由香が掴む。


「違うって……どういうこと?」


 急に手を握られ戸惑いながらも、才子は探るような視線で由香を見つめる。

 不安そうな才子の顔を見て、由香は微笑んだ。


「私は信じるよ。三船さんの超能力」


「えっ!?」


 由香の『信じる』という言葉に、才子の表情が喜びと疑心の入り混じったものに変化する。


「う、うそ……」


「噓じゃないよ。だって、私には見えてたから」


「見えてたって……何が?」


「三船さんの言うマジックに、タネも仕掛けもないってことが」


 由香は才子の抱く不安を消し去るように、再び微笑みを返す。

 由香には――由香だけには見えていた。

 宙に浮いたボール。

 そのボールが、細い糸に吊られるわけでも、手に隠した磁石で反発させるわけでもなく、由香にも見えない何かによって浮いていたことが。


 由香には、見えないということが見えていたのだ。


「私、観察することだけは得意だから。もし今のが、他のみんなが言ってたようにマジックだったとしたら、すぐ見破れる自信あるよ!」


「じゃ、じゃあ、あなたは本当に私の超能力を信じてくれるの……?」


「うん。もちろん信じるよ! だから――」


「だから……?」


 聞き返す才子に、由香は大きく息を吸ってこう答えた。



「私と一緒に――野球しようよ!!」



 桜の花びらが風に乗って浮きあがる。


「…………え? や、野球……?」


 春の終わりに、田中由香は奇跡と遭遇した。

 超能力少女――三船才子との出会い。

 でもその出会いは、これから動き出す物語に比べれば、ほんの小さな奇跡に過ぎないことを彼女はまだ知る由もない。


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