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その日の夜。
悠志と咲良は再び未踏破エリアへ訪れていた。
本日は今日とは違い通常業務と見張りとなる。
現在、トレイターたちに課せられている大きな任務は未踏破エリアに壁を作る仕事の補佐である。補佐と言っても、現場仕事の補佐でなく、作業員をシメーレから守る役割を担っている。
壁と言っても、材質は旧来のコンクリートではない。生物コンクリートと呼ばれるシメーレ因子を取り込ませた微生物を用いて建設される。
安全性は既に実証済みであり、未踏破エリアで建設されている建築物のほぼ全てがこの素材を使用している。
シメーレ因子を宿した微生物を用いる性質上、中央エリアで使用することはタブーとされているかと言われればそうではなく、大多数の人間が生物コンクリートの原材料を知らないので普通に使用されている。
建設予定地付近にシメーレが出現しているかどうかを悠志と咲良は担当区画を歩き回る。
「おい!そっち行ったぞ!」
側方から怒号のような声を耳が木霊した。
咲良はその声に応えるようにして返事をした。
「そっちって言われてもどこかわからないよー」
悠志はその返答を聞い微笑を浮かべた。
その刹那、合成獣という言葉が相応しいほどに歪な姿をしたシメーレが飛び出した。
訓練校時代に、よく目撃されるシメーレ全般の知識があるトレイターたちにはそのシメーレの基礎となっている生物は容易に判断することができた。
カニの脚を持ち、カニの甲羅部分からヤドカリのように貝殻を背負った上半身に当たる部分はイカのような見た目をしており、口部分を正面に向けていた。上半身部分はイカであるため、八本足に当たる突起のある触手になっていたが、触腕部分はカニの爪に変わっていた。
「シーフードね。援護頼むわよ」
悠志の確認を取る前に、咲良は抜刀しながら間合いを詰める。
爪の関節部分を目がけて突く。
刺さった感触を確認すると、そのまま切り下ろし、前面に切れ込みを入れるや否や、身体を回すようにして刀を叩き下ろす。
咲良だからこそできる立ち回りで蟹シメーレの爪一つを断ち斬った。
蟹シメーレは咲良の着地の瞬間を狙い、触手をなぎ払う。 咲良はモーションを確認するも、避けきれないと考え、身体で攻撃を受ける。
横腹に肉を抉られる一撃をくらいながらも、咲良は後衛へ離脱した。
「痛ったいなぁ」
トレイターは身体能力が高いだけで、痛みは一般人同様に感じる。ただし、シメーレ・トレイターは回復力が段違いに高いので即死以外は大怪我で済む。
事実、咲良が受けた攻撃によって、横腹の服と共に数十センチ肉が抉り取られた。
だが、その傷は即座に回復する。
後退した少しのタイムラグの後、抉り取られた部分の皮膚が繋がり始める。そして、一分も経たない内に外傷は綺麗さっぱりとなくなった。
怪我を確認することなく、咲良はそのまま次の攻撃に備えた。
「次で絞める。甲羅の破壊を頼むわよ」
「任された」
悠志はそう言いながら蟹シメーレの後方から姿を現す。蟹シメーレが動くよりも先に、間合いを詰め拳を叩き込む。 パイルバンカーで拳の補強・強化された右ストレートを打ち込んだ刹那。パイルバンカーの特徴である杭打ち機能を使い、火薬を入れた杭を放つ。
小規模な爆発で最低限の被ダメージで悠志は甲羅を破壊した。
時同じくして、咲良も破壊された甲羅の隙間に目がけて
刀を突き刺す。
刺さった直後、イカの触手が咲良を捉えようとするが、それより先に蟹シメーレは息絶えた。
「怪我は大丈夫か?」
「怪我より服の方がダメージがデカいわ。悠志こそ火傷してない?」
「俺は大丈夫」
悠志はそう言っている間に頬の火傷は完治した。
数分後、別区画を担当していたトレイターの一人が悠志にに声をかけてきた。半狂乱で男は一向に目を合わせようとはしなかった。
「おい、見たか、さっきの?」
「見たってそこのシメーレですか?」
「は? 何を言ってるんだ、おまえ。巨人みたいな男を見なかったのか?」
男は取り乱しながらも、悠志と咲良に事の経緯を恐慌の色を顔に表しながら言葉を続けた。
「全裸の三メートル位はある身長の大男のことを言っているんだ。さっき、デカい声が聞こえなかったのか?」
「あたしはてっきり、そこのシーフードのことでも言ってるのかなって思ってたけど」
「バカを言うな。おまえらじゃない限りシメーレとであっても隠密行動だ。命知らずめ」
男はそう言いながら呆れてどこかへ行ってしまった。
咲良は小さいため息を漏らした。