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胸がふさがるような、目覚めの悪い夢から織部悠志は目を覚ました。
電気のついていない部屋は暗くなりつつある。
スマホの画面を見て現実であることを受け止める。深いため息と共に悠志は部屋を出た。
悠志が部屋を出たのと同じタイミングで隣部屋の住人と鉢合わせた。
「ねむ……あ、おはよ悠志」
「おはよじゃなくて、こんばんはじゃないかな」
覇気がなく、見るからに寝起きと言った具合の少女と挨拶を交わす。
彼女の名前は椿咲良。俗に言うモデル体型で容姿も整っている。また悠志とは同い年だ。
「どうした? 元気ないぞ。寝不足?」
「咲良に言われたくはないけど、まあそんなところ。それより仕事だ」
「真面目だねぇ。明日から学校でしょ? 今日くらい休んでもいいんじゃない?」
「休んでいる内に問題が起きたら嫌だかね。俺は休まないよ」
悠志は目線をそらすようにして歩き出した。
少し間を置いてから咲良も悠志に追いつくようにして早歩きをした。
咲良は追いつくと上目遣いで悠志をのぞき込んだ。
「顔色悪いけど、また同じ夢でも見てたのかい?」
「見たけど、大丈夫」
「大丈夫かもしれないけど、仕事のパートナーとして心配じゃん」
「それはお互い様。咲良こそいつになったら目元のクマが消えるんだ?」
「あたしは寝不足なだけで精神衛生上は問題ナッシング!」
笑顔で咲良は親指を立てて見せた。
悠志もグッジョブで答える。
それはそれでして、と咲良は話を切り替える。
「今日の仕事は何だっけ? いつも通りの見回り?」
「予定はだけどね。特別、上からの連絡もないし」
「平和だねぇ」
「その方が一般人からしたら安全って言うことさ。平和が一番」
緊張感のない会話をしながら二人は外へ向かった。
外には既に同業者の姿がいくつもあった。
その中に拡声器を持って今にも声を出そうとしている人の姿もあった。
その人物を見て咲良は声を出して驚いた。当の本人には聞こえないくらいのボリュームだった。
「珍しいね本部の人が来るなんて。これは事件だよ事件!」
「何でそんなに嬉しそうなの!?」
「そこ! 遅いぞ!」
時刻的には始業時間の十分前である。
悠志と咲良は怒鳴られたのでそそくさと列に並ぶ。
本部の男は咳払いをしてから話を始めた。意味もなく高圧的だった。
「本日未明、男女合わせて四名が未踏破エリアで目撃された。こいつらは前から未踏破エリアに侵入しようとしていた輩だ。そいつらがシメーレに襲われようとも自己責任と言いたいところだが、世間はおまえらを許してくれないだろう。俺はそんなこと知ったこっちゃないが、状況が悪くなる。なんとしてでもこいつらを保護してくれ。生き死には問わん」
男がそこまで話すと同業者全員がザワザワし始める。
それも無理はない。
未踏破エリアとはこの世界に置いて危険極まりない場所だ。そんな所に飛び込むことが出来るのはこの場に集まっているヒトだけである。
男は場を収めるために話を続ける。
「シメーレに対抗出来るのはおまえらトレイターだけだ。平和のため頑張るように」
以上、と言って男はその場を後にする。
以前、ざわつきは留まることを知らず、やる気のない声が多く聞こえる。
咲良は悠志にだけ聞こえるように呟いた。
「どうする? めんどくさい案件だけどやる?」
その問いに悠志は二つ返事で答えた。
「それが今すべきことだからね」