1-16
寮に到着したのは青少年の家を出てから十数分程度の事であった。
悠志の姿を見つけ慌てて咲良は駆け寄ってきた。
「急がなくても良かったのに……本当にごめん」
咲良は目線を合わせないようにして言った。
「謝らなくていいよ。平和があってこその日常だからね」
帰りながら考えた台詞を悠志は投げかけた。
不満そうだったが咲良は普段より落ち着いた声のトーンで話を続けた。
「そうね。んじゃ、誘導班が来るまで高天原で待機してましょう」
それだけ話した後、高天原へと向かう。
到着するまでは会話も続かず、気まずい時間が続いた。
高天原の中に入るのは二人とも今回が初めてだった。
落とし込み用の仕掛け網は外に張られているので見る機会は多いのだが、内部を知っている者は少ない。と言うのも、基本的に地下へ落とし込まれたシメーレは呪術の蠱毒を参考にした先方で一体になるまではトレイターの手が掛からないという作りとなっている。
また、地下の作り自体はコロッセオを模しており、遠距離からの攻撃もできるようになっている。
持ち場につき、悠志が咲良に話しかけようとした時。大きすぎる警報音と共にアナウンスが流れる。
「目標到達まで残り約六十秒。カウントダウンスタート五十秒――」
淡々と声が静寂とした空間に響き渡る。
「何か言いたいことがあったんでしょうけど、終わってからにしましょう。命を大事に」
「そう……だな。お互いに生きて残ろう」
深呼吸し、精神を研ぎ澄ます。
「――十秒。目標、着きます。どうかご武運を」
アナウンスの直後。
耳を劈く咆哮と衝撃音が響く。
その数秒後、トレイター全隊員を率いる隊長が叫ぶ。
「これより、作戦名、天岩戸を開始する! 総員、死ぬな!」
レベルⅣシメーレとの戦闘が幕を開けた。
隊長の合図と共に、悠志はシメーレを目視する。
二足歩行をするその生物のベースは霊長類だ。ビルの二、三階相当の巨体。その巨体を支えるのには不釣り合いなほど肉が少なく、木というの表現が相応しい。眼付近はもやが掛かったように赤い光が乱反射している。
戦陣を切るようにして最前線に立つ部隊が一斉に攻撃を始める。
二足歩行するシメーレの討伐基本として、人体の脚をしつこく狙うものがある。斬撃武器でアキレス腱を切断し、動きを制限させるという魂胆だ。
マニュアル通り、多くの隊員は両脚の同じ部分だけを攻撃する。
しかしダメージを与えていると言う確証を得ることはできなかった。木の巨人という印象を受けるこのシメーレは、身体を覆っている樹皮の守りが異常に堅い。
「どいてろ!」
咲良が叫びながら攻撃に移る。
「断ち切る!」
力任せな居合いを放つ。
きしむ音とともにシメーレのアキレス腱付近の樹皮が捲れ上がる。
刹那、捲れ上がった樹皮が蘇生されようとする。
「させるかよって」
咲良は直ぐに刀を投擲。吸い寄せられるように、露出した表面に突き刺さる。
刀が刺さるのと同じタイミングで悠志も拳を放つ。固い食感を感じ、ゼロ距離で杭を射出する。インパクトの衝撃で咲良の刀は外れる。
それを確認した咲良はもう一振りの刀を抜刀。皮をむくように撫で斬り、落下する刀を回収する。
他のトレイターたちもこの隙を逃すまいと追撃を行う。
しかし、シメーレも反撃に転じる。
攻撃されている脚を高く上げた。
「さがれ!」
隊長が叫ぶが遅かった。
木のシメーレは地団駄を踏む。
狙いこそ正確ではないとは言え、地面に足が着くたびに樹皮が落石のようにはがれ落ちる。
シメーレの攻撃中は守りに徹する。ターン性バトルで着実にダメージを与える基本戦術だ。
シメーレが最後と思われる力強い、踏み込みをした直後。
再びトレイターたちは攻撃に転じる。
それからトレイターの優位の体勢で攻撃を続けた。
まだ、レメルⅣシメーレは力尽きる様子が現れない。それどころか、疲労している様子すら感じさせない。
しかし、ターン数で言えば十ターン。時間で言うところ三十分が経過した頃。
木のシメーレの様子が変わる。
ようやく脚へのダメージが耐えきれなくなってか、しゃがみ込んだ。
「第一段階完了。これより、第二段階に入る」
隊長はそう言い、作戦を移行した。
第1作戦が脚への攻撃とするならば、第二段階は腕に対する攻撃だ。
多くのトレイターたちは我先にと攻撃に転じる。
だが、その考えは甘かった。
何人かが跳躍し、シメーレの腕に飛び乗る。
直後、シメーレも大きく跳躍した。
攻撃に転じていないトレイターの多くは察した。攻撃に移り、飛び乗った者たちは助からないと。
「全員下がって! 風圧と落下物に注意!」
咲良が勝手に指示を出す。
動きが止まっていたトレイター達は遅れながらも行動する。
巨体に似合わず、木のシメーレはジャンプしながら拳を突き出す。
高天原を蓋している、通称、天岩戸に攻撃がヒット。
鈍い音が木霊したが、蓋を破られはしなかった。
木のシメーレはそのまま落下した。
着地こそ失敗して、自称ダメージを得たとは言えおいしくない。
再び、木のシメーレは跳躍のために力を溜める。
その隙を狙い、悠志は攻撃に転じる。
落下する樹皮を避けながら間合いを詰め、体重を乗せたストレートを放つ。
「一撃!」
そのままインファイト戦法でラッシュし、最後にパイルバンカーで爆発杭を打ち込み離脱する。
その後、打ち込んだ部分で爆発するも、その威力を物ともせずに木のシメーレは再びジャンプする。
その攻撃で高天原を蓋していた部分にずれが生じる。
その隙間にシメーレは指を入れ、力業で蓋をこじ開けようとする。
「総員、奴を落とすぞ!」
その行動を確認した隊長が指揮を執る。
全員が木のシメーレの脱出を阻止するために攻撃をし続ける。
何度も何度も繰り返し攻撃を続けるが、意味をなすことはなかった。
レベルⅣシメーレ――木のシメーレは天高原を脱出した。
力尽くで樹皮をそがれながら木のシメーレは逃走する。
トレイターたちも急ぎで外へ向かう。