1-15
動物園を一周する頃には宿泊所に戻ることとなった。
帰宅してから悠志は必要以上に話すことなく、時間が過ぎていった。夕食や校歌の練習なども問題なく行われていった。
全てが予定通りに終わる。そう悠志は思っていた。
しかし、予定調和のように舞台は動き出す。
スマホが振動する。
相手の名前を確認した後、一呼吸を置いてから小声で電話に出た。
「内容は?」
「……お勤めよ。それも危険なね。来るも来ないも悠志の自由よ」
咲良は重たい口調で訊ねる。
察していても、悠志は答えを出す。
「行くよ。電話が来るってことはそういうことだし」
「わかったわ。詳しいことは蓮から訊いてちょうだい」
ごめん。咲良はそう言い残し電話を切った。
悠志は音を立てないように、急いで現地へと向かうことにした。
時刻は教師の巡回が始まる数分前。予定上では班長会議の時間だ。
部屋の廊下を渡る者は少なく、調子よく階段付近まではたどり着く。
目の前は行き止まりで人も少ない。近くにあるのは部屋ではなくトイレ。
普段の悠志では考えもつかないが、急がなければならないという考えの方が勝る。
「織部君そんなに急いでどうしたの?」
行動を実行に移そうとしたときに、悠志の背後から声をかけられる。
慌てて振り返ると驚いた様子の光里の姿があった。
「い、いやなんでもないよ」
苦し紛れに出た言葉は昔から伝わる駄目なパターンのムーブをたどる。目線を合わせず、若干声のトーンも高くなると言う、失態付きだ。
「そう言うんだったらそうなんだろうね。おやすみ」
光里は余計な詮索をせずに話を切り上げた。
悠志にとっては運良くと言うべきか、光里は会話の後トイレに入った。
目撃者がいないか、悠志は再確認をしてから窓を開ける。
そして身を乗り出した。
建物の二階から飛び降りれば重傷になるのは火を見るより明らかだ。
しかし、それは一般人に限ればの話である。
トレイターであれば、建物の二階程度なら死ねない。
その事実を受け止めているからこそ、勢いよく悠志は飛び降りた。
着地して間髪入れず、悠志は戦地を目指し駆け抜ける。
悠志は走りながら蓮に電話をかける。
「悠志か。呼ぶつもりはなかったんだが――すまない、本題ってその前に今どこにいる?」
「え、ええと……少しわからない」
「ちなみにだが、今どうやって向かってるんだ?」
「走りながらパルクールしてる」
「バカか? バレてないよな?」
「大丈夫だと思う」
電話越しに咳払いが聞こえる。蓮が何を言いたいのかは悠志に理解することができた。
「とりあえず気をつけること。では本題。わかっていると思うが、今回の任務はレベルⅣシメーレの撃退か討伐だ。シメーレの詳しい特性は悠志は賢いから見たらわかると思う。作戦内容は高天原を用いた天岩戸作戦。まあ、訓練生時代に聞いたことはあるはずだ」
ここまでで質問は、と蓮は話を止めた。
天岩戸とは神話で太陽神が隠れ世界が暗黒に包まれた岩戸隠れの伝説の舞台のことである。
その名前を借りた作戦を簡単に言うとシメーレを閉じ込め、そこでシメーレを叩くというものだ。
質問がないようで、と蓮は話を続ける。
「悠志と咲良はいつも通り士気を高めて欲しい。くれぐれも無理はするなよ」
蓮は電話を切った。
そのまま、悠志は急ぎで未踏破エリアへと向かった。