1-13
寮に着く頃には辺りは薄暗くなりつつあった。
普段、人気の無い寮周りだがこの日はやけに人が多い。それも、戦地に立つトレイターではなく、訓練生の姿が特にだ。
「よお、人が多くてびっくりしたか?」
指揮を執っていた蓮が声をかけてくる。もの凄く、引きつった笑顔をしていた。
「びっくりしたけど。訓練生が居るって事は何かあったんですか?」
「別に大したことは無い。いつも通りの逃げ出した学生が出ただけだが、ちょっと妙でな」
蓮は深いため息を吐く。
訓練生が逃げ出すと言った案件は年に数回起きている。理由は千差万別だが、学校以上に狭い閉鎖空間での団体生活はストレスが自然と溜まる。
悠志に近づけ、とハンドサインを出してから蓮は囁いた。
「その学生が未踏破エリアで人と建物を見たって言うんだよ」
「……学生の精神状態は?」
「逃げ出した次点で良いとは言えねぇが、思春期の家出みたいなもんで突発的だと医者は言っていた。薬物も問題なし。もちろん、市販薬のオーバードーズもな」
「それって俺に言って良い情報?」
「もちろんアウトだ。でも、言ったところで言わねぇだろ?」
蓮は良い笑みを浮かべる。
事実のため悠志は返す言葉がなかった。
「まあ、こっちはこんな感じだ。早く、自室に戻れよ。ペアが心配してるぜ」
そう言い力強く悠志の背中を押した。
少しよろめきながら「ありがと」礼をし、悠志は寮へと戻る。
自室に向かう途中、私服の咲良とすれ違った。普段、おしゃれな格好をしていないために悠志でさえ新鮮みを感じる。
「あ、悠志おかえりー」
「ただいま。どっか出かけてたのか?」
「んーまあ、そんなとこ。って、そんなことより」
咲良は話を切って、悠志に近づく。意図的に上目使いにするため腰を曲げてから良い笑みを浮かべて言う。
「進展どう?」
「進展って?」
「そりゃ電話番号交換した女の子とだよ」
悠志はむせた。咲良がその話を振ることが意外だった。一瞬考えてから返答をする。
「一日二日でそんなに深まらないもんじゃないかな。男女の友情は」
「男女の友情の八割は下心でできてるんだなぁ。あたしが言いたいのは高校は思春期だってこと。四月は全動物にとっての恋の季節。それと高校デビューって事も考えて――こう」
咲良はにやけながらハンドサインをする。
悠志は目線を合わせないようにして呟いた。咲良がにやけ顔を浮かべるときは本題に入る前のリラックスタイムと言うことを悠志は理解していた。
「もっと恥じらいを持ってくれ。それに男女の友情が下心なら咲良はどうなる?」
「友情を通り越した腐れ縁みたいなもんでしょ? じゃないと女の子から下ネタなんて振らないわよ」
咲良はいらつきさえも覚えてしまうくらいの笑みを浮かべる。
だがそのにやけ顔も一瞬で真顔になった。そして一呼吸置いてから咲良は本題に入った。
だが、決して悠志とは目を合わせようとはしなかったが思いがこもった口調だった。
「明日、宿泊学習だけど、余程のことが無い限り悠志には招集はかけないでくれって言ってある。だから気にせず、学生として楽しんできてよ? それと今日は仕事は休み」
「ありがとう。万が一がないように祈ってから寝るよ」
そう言って悠志は自室に入った。
咲良の言葉を頭の片隅に残して、まだ終わっていない荷造りに取りかかる。