1-11
翌日の木曜日。
トレイターの任務がごった返していたことがあり、この日は遅刻して登校した。
悠志が登校すると、一瞬の静寂に包まれたが、直ぐに元通りの日常が戻っていった。
悠志は無言で荷物を下ろし、職員室へ向かう。
登校したと担任に報告するのと遅刻したときに書かねばならない紙を書くためだ。
嫌々ながら、悠志は職員室の戸をノックする。
ちょうど良く、担任が職員室から出てきた。
「あ、すみません。今、登校しました」
悠志は事務的にそう言うと、担任教師は高圧的に言葉を返した。
「明日は絶対に遅刻はしないように」
そう言い残し担任は歩いて行った。
明日は一泊二日の宿泊学習当日であるため、念押しするのも当たり前だろう。
意図をくみ取りながらも少し落ち込んだ気持ちで悠志は教室に戻った。
席に着き、終わっていない宿題をこなしながら授業を受けた。
内職は良いと言われたことじゃないが、教師たちは黙認しながら、授業を続けた。寝るよりは良い、と言う考えだろう。
そうこうしていると昼ご飯の時間となった。
この日も悠志は食堂へ行くため席を立つと、光里が立っていた。
「織部君、その良かったかこれ」
光里はそう言うと、ノートを差し出した。
「ありがと。ノート、いつ返せば良い?」
「その教科が次にあるときまででいいよ」
にこやかに光里は笑みを浮かべる。
悠志は気恥ずかしそうにノートを受け取る。
そのまま、光里は話を続けた。
「今日も学食?」
「そうだけど」
「私がお弁当作ってこようか?」
「え?」
持っていた財布を落とし、更に二度見するくらいに悠志は動揺した。
光里は微笑みながら話し続ける。
「私、料理下手だから食べれるのはまだだけどね。って、急がないと食堂も混んじゃうからこの辺で」
光里はそう言うと自分の席に戻った。
悠志から見た月宮光里という少女は明るい女の子といった印象だ。話しかけづらいオーラが多少なり放出されている人に話しかけているのだから無理もない。
だが、それは昼休みの時間くらいなもので、トイレ休憩の時は悠志に話しかけることはあまりなかった。
他の男子に話しかけている様子もなく、特定の女子グループにも属している様子もないので、クラスの立ち位置的にはおとなしい女子と言った具合である。
毎日、違うグループに属しながら昼食を食べる光里を横目に悠志は食堂へと向かう。
既に食堂のおばちゃんには悠志の顔は覚えてしまわれているようで「毎日同じメニューじゃなくて他の物も食べなさい」と言われた。
偏食と思われては恥ずかしいと思い、悠志はラーメンではなくチキン南蛮丼を注文し席に着く。
酸味の効いた鶏肉を頬張りながら明日のことを考える。
悠志にとっての現状、一番の悩みの種はレベルⅣシメーレの存在である。
現在、誘導部隊が見張りをしているとはいえ、もし戦闘にでもなったら宿泊学習を抜け出さなくてはならないからだ。
そうなると、学校での立ち位置が小学生の山崩し初手よりも危うい事になる。
別段、シメーレの討伐は任せれば良いと言う考えもできそうであるが、悠志にはその選択肢は選ばないことにしていた。
最近、海外でもレベルⅣシメーレの出現によって、辛うじて死守していたエリアが没落したとニュースになっていた。
このニュースを大々的に取り上げ、もし、この地域でレベルⅣシメーレが出現した際の被害などを取り上げたせいで一般人からのトレイターへの期待とシメーレへの不安は増加してしまった。
期待と言っても、上から目線なもので無茶ぶりに近い。「このレベルⅣの出現は予測できなかったのでしょうか?」という愚問に躍起になるのは愚の骨頂と本部でも不満が漏れていた。
考えないようにしよう、と悠志は水を流し込み、料理の味を堪能することにした。