1-9
キャンプ地に到着し、一通りの準備を終えてから任務が開始された。
その直後、消息を絶っていた部隊員の一人が発見された。
悠志と咲良は発見者と合流し、更に付近の捜索に当たることにした。
「ねえ、ちょっと、あの人の挙動おかしくない?」
咲良が発見された隊員を見ながら囁いた。
悠志は気になり、保護された隊員を見る。
隊員は錯乱状態なだけでそれ以外は大丈夫そうに見える。衣類の所々が破けているだけで、大きな外傷もなかった。
その刹那。
隊員の身体が内側からめくれ上がる。
近くに居た誰もが起きた現象を認識する。
とっさに動いたのは咲良。現象が起きている隊員の首を目がけ刀を振りかぶる。
しかし、斬撃は空を切った。
「また、面倒な」
その場に居たトレイター全員が臨戦態勢に入る。
トレイターが怪物として位置づけられるが由縁。
今起きたのはまさしく、その現象だ。
トレイターはシメーレ因子を取り込むなどして体内に有しているヒトから生まれたヒトのことを指す。この取り込みは現代となっては、ワクチンのようにして摂取することが一般的だ。
だがしかし、この因子は一部のシメーレが別に生物に送り込むことがある。まず、シメーレから直に因子を体内に送り込まれて生存する確率は全くと言って良いほどない。送り込まれた大多数は、ヒトの器には収まりきれず、怪物と化す。
先ほどまで確かに人の原形を保っていた目の前の被害者は加害者へと早変わりをしていた。
ベースとなっている生物の特定は不可能なレベルの姿をしている。わかることは生理的に受け付けないような見た目をしていることだ。胴長で凹凸すらないフォルムだが体毛に変わる無数の触手が蠢いている。その巨大さには到底似合わない御製の金切り声のような声も聞こえる。触手がこすれるたびに粘着音が反響し、前へ前へと動くたびに膿を潰すかの如く得体の知れない液体が付近に飛び散った。
一瞬にして、その場に居た全員が戦慄を覚える。
固唾を飲み込み、場の空気を変えるために悠志は声を張って叫ぶ。
「これよりシメーレとの交戦に入る。ここに居るトレイターは生きて帰るぞ!」
悠志が叫んでから、戦陣を切った。
間合いを詰めつつ、パイルバンカーの釘を出す。
シメーレと真っ正面に立ち、重心移動だけを前に出すような勢いで拳を放つ。
緩衝材を潰すような切れのいい音が木霊する。
シメーレに攻撃は効いているようでダメージを受けた部分から謎の液体が噴出される。
液体を物ともせず、第二撃を入れる。
円を描くように脚を後ろから回し、踵落とし。
しかし掠り当たりで有効打にはならなず。
「側方!」
咲良が叫びながら納刀状態で飛び出す。
そのまま止まることなく、流れるように抜刀斬り。
咲良が飛び出した直後、比較的リーチの長い武器を持ったトレイターたちが前へ出る。
が、ここでシメーレが悠志に襲いかかる。
頭部に当たる位置の触手を腕にまとわりつく。
それにカウンターを入れる形で拳を入れる。だが、攻撃は触手に飲み込まれるように吸い込まれた。
無理矢理引き抜こうとするが、もの凄い勢いで腕が回った。
「イグ――ッ。咲良!」
歯を食いしばりながら叫び、下突きを入れる。
同時に、咲良が何の躊躇いもなく、悠志の取り込まれている腕ごと斬った。
「武器を返してもらうぜ!」
咲良は離脱した悠志に変わって、連続攻撃。
刀を腕に当たるよう突き刺し、脇差しも抜刀し突き刺す。
強引にむしり取るようにして、触手ごとパイルバンカーを回収した。
「はいこれ」
「ああ、ありがと」
咲良は回収した武器を悠志に渡した。
動じることもなく、悠志は切断された腕からパイルバンカーを外す。
パイルバンカーを装着するための腕は先ほど切断された。
だが、今、既に腕が生えていた。トレイターの中でも腕の蘇生ができるのは数えるくらいしか居ない。
「咲良は大丈夫か? あの液体もろに喰らって」
「あたしより自分の心配をしなさいよ。たぶん大丈夫よ」
咲良はぶっきらぼうに言うと前線に戻った。
悠志もタイミングを見極めて前線に合流した。