とろける体は蜜の味
そうとなれば早速行動しなければ!
「分体配置」
お盆を分体に持たせ部屋から飛び出すペテクベルディ、ぷよぷよと跳ねる身体。跳ねる高さは最小に、その全てを前へ向かう速力して。前へ!前へ!
食堂に飛び込む。キキィとブレーキをかけながら。
この間に我にかえったマスターが、あの冷め始めた料理を口に運ぶかもしれない。その前に状況を整えなければ!
食堂に未だ居た者たちが、ペテクベルディを見る。「お?アイツついにヘマしたか?」とわくわくした顔で。
そんなことは関係ないとスルー、そのままパントリーに駆け込み、シェフたちをも素通りし、料理長に早口で話しかける。
「メニューの再案を、マスターへの提供を通常メニューからコースに変更致します素早く提供出来、尚且つ温度に左右されず、食欲を促すものを前菜としたコース料理はお願い致します。」
「あ?なんでだy・・・・あいよ」
ブカブカの帽子を被った小人族の料理長、繊細な料理をその小さな手で行い、見た目とは裏腹な豪快な料理をも作り出す。
『世界の珍妙な食べ物大全』と書かれた如何にも、妙な食べ物が表紙にイラストされた本。それを読む手を止め、小さな椅子に、デカい態度で座ってた料理長はすくりと立ち上がる。
そして自分専用の、ままごとの様に小さなキッチンに立ち、調理を始めた。
ぶっきらぼうを絵に描いたようなムスッとした顔は生まれつき、子どもが拗ねている様に見えるが、それはデフォルトなのでお気にせず。
流石職人といった所か、注文の審議はとやかく、まずは手を動かす。
ペテクベルディの急いだ様子から疑問も不快感も飲み込み、注文を受け付ける。
小さいながらも流石は料理長、何を作るか決まってもない状態からでも己が知識から、最善のものを素早く選び料理を作り始めた。
それを見たペテクベルディは次に取りかかる。
分体に持たせている料理をさっさと下げなければ!
料理長への進言が先かと判断し、料理を置いてきたが、もしあれを食べられてはたまっとものじゃない。全てが無駄になります。
すぐさま作った分体であるがため、ほとんど何の機能も持たせていません。マスターに「来い」と言われればホイホイついていくでしょう。全く、食堂にお盆を下げるくらいの能力は持たせておくべきだったと今更ながら後悔しています。
ぴゅぴゅぴゅぴゅとまたもや全速力でかけていく。前へ!前へ!
「お?どうしたペテクベルディ、ついにヘマしたか?」
「必死に跳ねてるけど緊急事態か?」
等、道中声をかけられるがそんなのを気にしてる場合ではないペテクベルディは突っ走る!
ラボの前に着く。
ハアハアと肩で息をするペテクベルディ。おかしい、疲れないはずのスライムボディが何故か、疲れている。
流石にラボに飛び込む事は出来ないと、入口の前で急ブレーキをしたペテクベルディは佇まいを直し、神聖なラボに入る。
「失礼致します」と声をかけて
マスターはまだ没頭していた。笑い声が「ふっふっふ」から「ケケケケケ」に変化していた。あー、麗しや
こちらに気付いてない……良かったとホッとひと息をつき、既に冷め始めた料理を頭に乗せ分体を吸収。結合。
新たに、《視覚情報共有可》と《聴覚共有可》をリンクさせた分体を生み出し、その場に置いておく。あとでコイツも回収されるのだろう。
料理長に事情の説明をしなければならないと、分体に行かせるのでは無く自分がキッチンに戻る事をよしとしたペテクベルディは、お盆を乗せぷよぷよともう一度キッチンに戻る。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ぐぅ〜〜
腹の虫が鳴る
「ん?そいや今何時だ?うわっもうこんな時間かよ。いつの間に」
メイデイは自分の腹の音で、研究に没頭していた意識が切り替わる。
「お昼……食べ損ねた。てか夕食も食べ損ねてる……しゃーない。なんかキッチンで漁るか。料理長には明日説明しよう。下手に食料が減ってると、他の食い意地をはったヤツが疑われて怒られかねんしな」
そんな事をボヤきながら席を立ち、ラボを出る。
部屋の前にはペテクベルディがいた。
「マスター、お食事の準備が出来ております。」
「まじか?」
「はい、今日は何も食されてないので、まずはスープをお持ち致します。そちらを飲んでいる間に、他のものも随時ご提供出来ます。ラボにお持ち致しますのでそちらにご用意した席で、お待ちください」
「まじか!至れり尽くせりだな。腹減ってたんだ、助かるわペテクベルディ」
「いえ、当然の事で御座います」
淡々と子供の様に甲高い声で話すペテクベルディ。メイデイは促されるまま用意された席に座ると、すぐにペテクベルディの分体がもそもそとスープを運んでくる。
それをズズッと飲むメイデイ
「上手い、身体があったまるわ」
スープを飲むメイデイは、此方を見上げる様に見ているであろうペテクベルディに顔を向ける。
「流石だなペテクベルディ、お前に頼んで正解だった」
ニッと笑いそういうメイデイ。その表情を見たスライムの身体が一気にダレた。
不意打ちの様なその笑顔を向けられたスライムは…キャパオーバーだったのだ。
「も、勿体ないお言葉です」
そう言うのが一杯一杯、と言わんばかりに一言だけ捻り出したペテクベルディ。
料理に夢中なメイデイは、とろけたスライムに気付かずにズズッとスープを飲む。
い、今の笑顔、タグをつけて保存しよ……と、とろけたスライムは思うのであった。内心で鼻血を垂らしながら。
報われた努力の対価が予想以上だなと今日という日に感謝して、ペテクベルディはダレた身体をもぞもぞと動かした。