(自称)秘書たる者の定め
オービスが懲罰房に旅立ってから1週間。
メイデイは研究に没頭していた。楽しいのだろうか、ニヤニヤしている。なんともまあ人に不快感を与えそうな笑顔で。
「マスター。失礼いたします」
自動で動く様々装置の喧騒を無視して、その淡々とした高い声はラボに響く。
だが、その声に反応するものはいない。
ペテクベルディは扉の前で、お盆に乗せた昼食をスライムボディの上で器用に水平を保ちながら待った。が返事はないようだ。どうやら留守らしい
んな訳ッ!
自分の思考にノリツッコミをビシッと
頭にのせたお盆を、水平に保ったままやるペテクベルディの神業を見るものは居ない。彼?彼女?は一人の時ほどテンションが上がるタイプなのだ。
もう一度声をかける。
「マスター、昼食をお持ちいたしました」
……
またもや返事はない。集中して聞こえないのであろうと推察。
__マスターは基本的に、昼食を一人でとろうとしませんが……
メイデイはいつもは皆が使う食堂に足を運び、皆と一緒にとる。
食事をとる時間はバラバラだが、ラボばかりに居ては我が子とコミュニケーションを取れないという理由から、「食事の際は、子等と取ると自分にルールを課している」と、前に話してくれていた事をスライムは思い出していた。
__そのマスターが「悪いがしばらくラボに籠る。3週間しかないんでね。その間に最高のものを作らんと懲罰房から出てきたオービスにドヤ顔出来ないだろ?」と苦笑しながら照れ臭そうに言っていました。
自分を慕ってくれる者が、自分に逆らってまで意思を通してくれたのが嬉しかったのかもしれません。ポリポリと頭を掻きながら喋るマスターは満更でもないって顔をしてました。
オービス様は凄いですね、マスターのやる気にここまで火をつけれるなんて。私にはそんなこと出来そうにもありません。
まず、逆らう気さえも全く起きませんが。
1人扉の前で、状況を整理する様に様々な観点からの情報を精査していた。
__ マスターが黒と言えば白さえ黒く染まりますし、染めるのが私の努め。
ですが逆らう事でマスターのプラスになる事もあると学べました。まあ私は、そんなことするつもりはございませんが。なぜなら私は。ふっふっふ
途中で思考がずれる。思い出してしまった。
またあの日の事を思い返し、ペテクベルディは身体を蕩けさせる。ハッと我に返りすぐ様気を入れ直す。
いかんいかん。任務中なのであーる。
だが思考は止まらない。あの日を思いまたとろける。
「何故なら、何故なら私は…ふっふっふ」と遂に声にまで出してしまった。
何を隠そうこのスライム、マスターからこうやって食事を運ぶ仕事を任されたスーパースライムなのである! カッコいい!
「ペテクベルディ、ラボに食事を持ってきてくれる?」と、何気無くそんな事を言われた時、私がそんな大役を!とどれだけこのスライムは誇らしかったか。
他の者も歯ぎしりをしながらこっちを見ていた……と思い込んでいる。
その幻聴の歯軋りの音がなんと心地よい事か。と、まるで賞賛の拍手を浴びているかの様な気持ちで「お任せ下さい!」と、いつもより感情をのせてメイデイに返事をした。
____誰もしたことのない大役、私だけの仕事。うふふ
「……震えてるが、大丈夫か?」
「武者震いのような物です。お気遣いなく、マスター」
あの日のことを思い出しながら、スーパースライムのペテクベルディは、私がこの大役をこなさなければ!とフンっとやる気を漲らせる。ぷるんっ
返事がない事に、致し方なしと自分に言い聞かせ、 ペテクベルディはガチャリとラボに入る。
案の定、デスクに向かって「ふっふっふ」と笑うマスターこと、メイデイ・アーリーが座っていた。
ハタから見れば「あら貴方、変態ですね?」と言われる様な不気味な笑い。
嗚呼、なんと燦爛たる風体…
一般人が見れば、狂人が不敵に笑うその姿も、スライム的にはドストライクの様だ。
まるで乙女の様にメイデイに見惚れるペテクベルディは、己の仕事をしなければという義務感で我に返り、メイデイに声をかける。
「マスター。無断でのラボへの立ち入り、お許しください。昼食をお持ち致しました」
部屋の中から声をかけても全く反応がない。
どうやら今メイデイは興に乗っているようだ。と、この昼食をどうしようか思案する。
秘書たるもの、このくらいの壁は易々と超えねば行かぬのだ。