連帯責任を縋る目で受け入れて
コンコン、ノックを鳴らす音が部屋に響く
「マスター、ユービス様をお連れいたしました。」
「入っていいぞ」
「失礼致します」と一声かけて、先ずはペテクベルディ。
後に続くようにユービスが入る。
メイデイは、何かしら怪しい液体を何十種類もデスクの上に並べている。
それぞれ違う比率で作られた何か、怪しい薬なのだろう。
何に使うのかか誰にも分からない。なんと、メイデイも分からない。
化学反応を見て遊んでいるだけなのだから。
昨日までの研究は全てガラクタになった。
もう一度同じことをする気力が湧かないので、気力が充実するまで、自分の中で勝手に分別した※混ぜたら危険※の薬品達を混ぜて、それがどのような効能になるかを見て遊んでいただ……ゴホン。実験をしていたのだ。
そのあそb…ゴホン。実験……の手を休めてユービスを見る。
彼の大きな巨躯を見上げるように。
対してユービスはメイデイを見下ろす。
だがメイデイを見下ろすその視線に、その眼差しに、侮蔑の色などは一切浮かべてはいない。
寧ろ敬愛さえ感じさせるような、清々しい色を視線にのせている。
自分が見下ろしている事に我慢がならないのか。片膝をつき、頭を垂れて忠誠の姿勢を示すユービス。
メイデイは長年の友に声をかける様に、膝を突くユービスに声をかける。
「よくきたなユービス。みなの近況は聞いているが顔を会わせるのは久しぶりだな。調子はどうだ?」
「順調です、主。あなたの為の力は、みなを守る力を順調に蓄えている。いつでも盾になれるぜ」
「そうか、聞くまでもなかったな。お前の努力は誰よりも俺が知っているもんな」
ユービスは、彼が創った最初の五体の1人。
初めに創られた彼らは、そのままメイデイの軌跡を映し出す身鏡である。
同じ数だけの修羅をくぐり抜けた彼らは、血よりも濃い絆をお互いがお互いに感じているだろう。正に、ユービスはその内の1人であった。
「主にそんな言われるたぁ、流石に照れるぜ。その言葉だけで‥全てが報われる」
その言葉に嘘はないのだろう。
忠誠の姿勢から頭をポリポリと掻きながら、耳まで真っ赤にして、照れている。
多幸感に包まれ、存在意義が満たされる。
彼の世界は今はきっと、バラ色に包まれているだろう。‥‥初恋か。
この瞬間が永遠に続けばと、弾けることなく、ふわふわとした感情にただ漂ってたいと、ユービスはそう感じているのかもしれない。
だが、どう思おうが幸せとは唐突に終わるものである。
メイデイの次の言葉で、ユービスの幸せはシャボンのように一瞬で弾けた。
「それはそうと‥ジルがな」
ビクッ
その瞬間ユービスの肩が跳ねる。さっきまで耳まで赤かった顔が、みるみる青く染まっていく。
青くなるのが早い。嘘がつけない子どもか。
メイデイもそう思ったのであろう。ユービスの様子を見て言葉を切り、肩をすくめる。
十中八九あのポンコツ坊主とユービスは共犯者であろう。だがポンコツ……ジルとユービスでは培ってきた信用に明らかな差がある。
いくつものオーダーを命からがらこなし、みなの命を最前線で助けてきたユービスには、それだけの信用が…当然ある。
そのユービスが絡んでいるとなると「何故なのか?」と、一考の余地があるのではないだろうか。
だからメイデイは、その心のままに質問する。
「ユービス。なんでだ?お前が俺の足を引っ張るとは思えん。何故今回の研究を?」
「…それは」
「言い淀む必要はないぞ。お前が何かを思ったなら、その何かを聞きたいんだ。それがお前のわがままでも、だ。お前の感情まで無碍にするほど人でなしじゃ無いぞ。俺は」
ユービスはそう言われ、気遣われることが嬉しい反面、情けなかった。
主人たるお方に気遣ってもらえると、全幅の信頼を得ている存在からの肯定が。
主人の命に答えを躊躇したことで主に気を使わせた、自分の情けなさが。
波の様に2つの感情が交互に押し寄せていた。
ここで言葉を紡がなければと主のそんな優しさをも、何もかもを裏切ってしまう。
答えぬ事の不義理を許容する事の出来ないユービスは、ポツポツと不器用に言葉を漏らす。
「俺h…私は、ここに住まうもの全員を家族だと思っていて……だから今回の研究がどうしても納得がいかなかったんだ。みな楽しそうに笑い、怒って泣いて、研鑽しあうこの場所に……俺は迎え入れるだけの度胸が…」
「なるほど」
そこまで言われてメイデイは納得した。
回りくどい言い回しではあるが、この場所に、家族なのに家族じゃないものが来ることを、であろう。
今回の研究でメイデイが創り出そうとしてしていたのは無限に湧き出る意思なき怪物だ。数は暴力である。
ここに住まう者達の肉壁を用意しようとメイデイは無限に咲く命を作り出そうとしていた。
怪人達が受ける毒や呪いまで、パスを通じて押しつけられるという優れもの。
一度肉体を生成してしまえば殺しても霧散しないため、命ある者と定義さえ出来るソレを。
だが欠点がある。もし彼らが生き残り、要らなくなったとしよう。
邪魔だからと自由を与えてしまえば強くなるわけでも生きる為でもなく、敵味方問わず、ただ他者の命を奪う者として、殺されるまで誰かを殺し喰らう者となる。
だからと言って自由を与えずにこの基地に持ってくる事は出来ない。維持費もかかる上、欲求を満たせないと命令を受け入れず味方にさえ被害を及ぼす。食らうと言う欲求に勝てない意思無き獣なのだから。
対勇者戦。神をも超えると言われた彼との戦いを想定して造ったプロトタイプ、それらは、決して弱いと言える存在ではない。一般の人間なら2秒で肉塊と出来るだけの膂力は持っている。野放しにすれば罪なき人を喰らい歩くのは目に見えている。
故にユービスはそんな者を野放しにせずに殺そうとするだろう。だが彼らはメイデイに創られた、言わば同士だ。
同士を殺すこと、それがユービスにとってはかなり酷なことなのだと。だからと言って野放しにして関係のない人を殺すことも出来ない。
基本的には優しく、気高い奴だから。
仲間の誰かが殺すにしてもそれを見て見ぬ振りするのは、それはそれで彼のプライドに触れるし、それを知った上で放置するなら、結局は自分で殺したこととそんなに変わらないといったところか。と。
メイデイは、ユービスの性格からその様に推測した。ズバリ当たりである。
「同士は殺したくないか、それがどんな者でも。だから産まれる前にその元をたった訳だな」
「……おっしゃる通りで」
「お前の事だ。分からんでもないが……だからと言って自分の手ではなく他の者の手を使うのは感心しないな」
「それは、なんとなくなのですが、ジル坊だと良いかなと。アイツは怒られることにめげないし反省もしませんので」
「ハハッ言えてる。アイツは怒られてるのが普通の状況だしな。それに唯一俺のオーダーも通さない。この前もキッパリ「自分でやれ」と言われたよ」
「主になんて口を……でもアイツらしい」
「お前らちゃんとアイツに教育してんのかよ。ったくまさかだったぞ。目が点になったわ」
そんな雑談を挟む。
先ほどまでのやり取りが嘘のように、2人はやっと久しぶりの会合を楽しんだ。
肩の力を抜き、自然にいつも通り、たわいない幸せを噛みしめるように。
そして一瞬の間
「……やはりお前は反対か?」
一瞬の間を区切りに、メイデイは唐突に話を戻した。
「はい、こればかりは勘弁を。どんな者でも貴方に創られた仲間に手はかけたくありません。どうか・・再考を」
「…うーむ」
メイデイは悩んでいる風に見せたがこれはポーズだ。いくつもの危機を共に過ごしたユービスの言葉は必要以上に彼の心を動かしているのだから。
だから言う、悩んだ挙句という建前に乗せて。
心のままに。
「分かった。お前らのためにならないというなら別のアプローチで模索してみよう。イヤな思いをさせた。すまなかったな、ユービス」
「主……ありがとうございます!」
これだ。これなのだ。私たちの話を聞いてくれる優しさも、踏まえた上で常に俺たちを満たしてくれる器も、だから俺はこの人が好きなのだ
お礼と共に自然と下がった頭。
創造主の優しさに下げた頭が、その背が、歓喜を表しぷるぷると震える。メイデイに対する感謝が抑えきれずに震える背は、言葉が無くても彼の気持ちを物語っていた。
「ではこの話はおしまいだ。壊れたものは気にするな。なに、お前も認めざる得ない物をまた作るさ」
「主、俺は幸せ者です。あなたと一緒にいれるんだから。こんな嬉しいことはねーよ。本当に、本当にありがとう!主!」
挽回の思いをこめて下げてた頭を、地面に擦り付ける様にもう一度下げるユービス。
そこからは確かに、感謝の念さえも聞こえてきそうなほどであった。
それを見てメイデイは笑顔でうんうんと頷く。ユービスを見る目が優しい
「気にすんな!さて、ペテクベルディ、ユービスを懲罰房に打ち込め」
「畏まりました、マスター」
「……え?」
下げてた頭をガバッとあげて、何が起きたか分からないユービスが声を漏らす。
「当たり前だろ?共犯者のジルは今きつーいお仕置き中だ。お前が何もないわけがなかろうよ」
ケラケラと、それはそれ。これはこれ。と、優しい笑顔でメイデイは更に続ける。
「ジルは1週間だったか、主犯格であるユービスはその倍は必要だな。お前は2週間。決定!」
ビシっとユービスに指を刺して判決を言い渡すメイデイ。楽しそうだ。
「あ、主!許してくれたんじゃ!」
「許すわけねーだろ、俺の研究を壊しやがって。お前の思いは受け取ったけど、罪には罰だよ。当たり前だろ?あー思い出したら腹たってきた。ペテクベルディ。やっぱ3週間打ち込め」
「あるじ!」
「ん?なに? 4週間入りたいって?」
「んぐっ」
そう言われてぐぬぬと黙るユービス。これ以上増やされては堪らん。
「なんだ3週間でいいのか?しゃーなそれで手を打ってやろ。ペテクベルディ連れてけ」
「畏まりました、マスター」
ぐぬぬと口を噤んだまま、正座でユービスはメイデイを見る。その子猫の様なすがる目で何を言いたいのか。見ればすぐにでもわかりそうなものだが、メイデイはその視線には何も答えず、ニッコリと笑うだけである。
ユービスの下にずるりと液状で潜り込み摩擦を減らすことで、ユービスの巨躯をペテクベルディが、ズルズルと運ぶ。
未だにすがる様な目で正座を崩さずにジッとメイデイを見るユービス
やはり全く意に介さないメイデイ。
正座のまま運ばれていくユービスにハンカチを振りながら「達者でなー」っとおいおいと泣き真似をしながら半笑いでラボを退室するのを見送った。
___バタン
ラボの扉が閉まる。
これにて一件落着である。
____コキリ
メイデイは意識を切り替える様に首を鳴らした。
「ふーむ、さて、と」
肩を回しながらメイデイは自分のデスクへと歩く。
「お前の希望はちゃんと実現してやるよ、ユービス。待ってな、懲罰房で・・な」
誰もいなくなったラボで、皮肉を投げかけるメイデイは、先ほどとは違い気力を漲らせていた。