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ここはぼくらの秘密結社  作者: たかはしうたた
ここから始まるぼくらの秘密結社
35/38

意思を受け継ぐ者


その美しい少女は、ブルームーンのような淡い蒼を瞳に宿し、どこを見るともなく全体を俯瞰するように前を見ていた。

隔絶された存在であるが如く場違いな少女は、ゆったりと動いた。黒を基調としたゴシック調の服が微かに揺れる。

手に持った無骨な金属。巨大な裁縫針の様なソレが少女の異様さを際だたせ、誰もが声を発せずにいた。その中で少女の足音だけが響く。


「き、貴様は誰だ。私の屋敷で何をしている。それにここへどうやって入ったのだ」


少女に魅入っていた男爵が、この異常な空気さえ感じずに思い出したかの様に声をあげた。隠し扉の奥にあるこの場所は迷い込むような場所ではない。

そもそも、今日は使者である四男しか屋敷に招いてないのだ。空気を感じない男爵にとっては、その普通の疑問が当然の疑問である。


だが少女はそんな男爵の声に一瞥すらくれず、子を失い呆然とする母親の元へ歩を進め、立ち止まる。



「その様な薄汚い女に用があるのか、ふっひひ。そんな物の為に…」

男爵はそんな事をわめき散らしているが意にも介さず、少女は母であったその女に声をかける。


「辛かったわね」


ひざを突き、頭を垂れて、呆然と地面を見つめていた母親は、声をかけられた少女に目向ける。


「訳も分からず連れて来られて、殺し合いをさせられて、大切な息子を殺されて」


傷ついた左半身。

 未だに血を滴らせながら青く変色を始めているその傷口にそっと手を触れながら、少女は続ける。


「あの男爵が憎いでしょう。八つ裂きにしてやりたいでしょう?」

「……」


呆然としていた目に光が灯る。

だが出血が酷く、虚ろな目つきだ。意識が朦朧としているだろう。

 青くなった唇が、蒼白な顔にくっきりと浮かんで見える。

 少女は、同じ目線まで膝を折り、変色した腕へ目線を向ける。流れ出た血液が水溜まりになり、血を流した本人の膝を濡らしていた。



「あなたの命は間もなく尽きるわ」

「私は…死ぬのでしょうか?」

「ええ、死ぬわ」


真っ直ぐと母親を見て、少女はハッキリと言う。


「私は、全員を殺しにきたの。だから、あなたを助ける気はない」

「…そうですか」

「だけど」


助ける気があれば助けられる。という言外に含んだ言葉も、全員を殺しに来た。そう言う彼女の台詞も母親には何故か真実に思えた。

 浮き世離れした少女の存在がそう信じさせるのだろう。その言葉に嘘はないと母親は素直にその言葉を受け入れた。


 だが、少女は続ける。「だけど」と。


 助けなくても、と。

貴方は死ぬ。けれども、と。


 少女は、血に汚れるのも構わずに、痛々しく傷付いたその身体を抱きしめる。


「だけど、あなたの意志は私が引き継ぐ。あなたの無念は私が晴らす」


虚ろな意識で母親はその声を聞く。

 ハープのように優しく、だが意思の力を感じさせる声を。

 抱きしめられる温かさと、その優しく鳴る言葉だけが、今の母親にとっての全てになった。


「本当…ですか……?」



抱きしめられたまま、母親は大粒の涙を流す。

 涙は枯れ果てたと思っていた。もう何もかも終わりだと思っていた。例え私が万全の状態でも男爵には傷付けられないことは目に見えてるから。ただ恨みのまま、やりきれぬままに生を終えると思っていた。

 だが、意志を引き継いでくれる人が。

 

 心を救ってくれる人が。


 抱きしめてくれる人が。


 母親は、寄り添ってくれる存在の嬉しさに、声も出さずに大粒の涙で応える。



「ええ、必ず。だから、もう休みなさい。私が楽にしてあげる。痛みも何も感じないわ。貴方はもう充分に苦しんだでしょう?」



抱きしめていた身体を離し、目を見て少女は優しく微笑みかける。

 滲んだ視界でその美しい笑顔を見た母親は、安心したかの様に微笑み、コクリと頷いた。


「最後に、あなたの名前を聞いてもいいです……か?」


朦朧とした意識で母親が声を絞り出す。



「クリシュ。私の名前はクリシュよ」

「そう、ですか。ありがとう…クリシュ」


その言葉を最後に目を瞑った母親は、そこで意識を途絶えさせた。





少女……クリシュは、手刀で刈り取った首のない死体とその首を、これ以上傷付けないよう地面へそっと寝かせた。


「いつまっっ! いつまで男爵である私をォォオ!」


母親とクリシュが話をしている間も何かをグチグチと話していた男爵は、自分の存在がまるで存在しない様に扱われて居ることにやっと気付き、顔を真っ赤にして叫ぶ。そりゃもうご立腹だ。

寝かせた死体から目線を外し男爵を見やる。置いていた針を支えにスクリと立ち上がる。明らかな敵意を瞳に宿しツカツカと距離を詰める。銀に光るその針を爪がめり込む程握りながら。

男爵は「この生意気なガキをどういじめてやろうか」と、嬲る様にクリシュのその行動を見ていた。


「ふっひっひ。どこのドイツか知らんが此処を知られて生きていられても困るのでね。ほら、丁度お前が私のおもちゃを壊した所だ。次は貴様におもちゃになってもらおう」

「おい。醜いブタ。もう、一言も喋るな」

「何を言ってるクソガkッッッんっ!? ンーッッッンッ!」


いつの間にやったのか、口を糸で縫いつけられ男爵は続けて言葉を紡ぐことも出来ない。見開いた目、戸惑う手を口に持っていき、縫いつけられている糸に触る。



「ンーッ!? ンッンー!」

「弁明も怨嗟の声も何もいらない。そんなことよりあなた、頭が高いわね」


そう言うと、クリシュは持っていた巨大な針で両足を刺す。

痛みで両目を見開く。が、叫び声もあげられない。

無理やり口を開いたら、縫い口から口が避けてしまう事に気付き、痛みを噛み殺す。


「お前にもう足は必要ない。跪け。ブタ野郎」


クリシュが紡ぐ言葉に、足が勝手に反応する。男爵の意思とは関係なく、グルリと太ももから下全てが横に一回転した。


「ッッッッッ!」


ボキボキと骨を砕き、尚それでも止まる事がない。そのまま回転を早め、絞る様にぐるぐると。

そして、遂に両足がブチリと捻り切られた。


「ッッッッッ! ギャアアアアアアア!」


縫われている口を裂きながら、尚止める事の出来なかった叫び声が石造りの部屋に響き渡った。

だがその叫びもすぐに止まる。

縦に裂けた唇をいつの間にか縫合するように縫い付けられ、その縫合跡を又上下に縫われ、男爵は口を強制的に閉じさせられた。


口の裂けた痛みと、ねじり切られた足の痛みにのたうち回るっている男爵に影が差さる。

クリシュが、睨む様に男爵を見下ろしていた。


目があった。底冷えするその目線に、痛みとは別に流れる脂汗。


「何見上げてんのよブタ。お前はもう、何も見るな」


今度は、眼球ごと瞼を縫いつけられる。再び、縫われた口から絶叫。

強制的に開いたその口にもう肉が無い。唇を失い歯が剥き出しになった口。だが、次は顎と歯茎を縫いつけられた。


何重にも糸を絡ませて。

縫い口から血を滲ませて。

瞼も縫いつけられ顎さえ開く事の出来ず。

足も捻り切られた。

男爵は、芋虫の様に身体を跳ねさせ地面を転げ回る。


クリシュはその姿にも不快感を覚え、ドンッと中身が出るのではないかと言う程の膂力でその芋虫を踏みつけた。


「動く自由さえムカつく。同族殺しのゴミ虫。あんた程不快な人間初めて見たわ」


ビクビクと身体を痙攣させる男爵。

四男は立ち上がろうとした態勢のままである。下手に動けずにいた。その中で、視線だけ動かし連れてきた兵へを見る。兵もそれだけで理解した様だ。どう考えてもこの少女は普通じゃない。

四男はこの状況を打破しようと、クリシュの背後へ回らせた兵に「コイツを殺せ」と視線を送ったのだ。


それを見た4人の兵は背後から、各々の武器で切りかかった。


「フェスパイア! 殺さないで!」


クリシュは兵を見ることも無く大声で、()()に語りかけた。

誰に語りかけているのか…その疑問は強制的に理解させられた。

襲いかかろうとしている兵の影から、何かが這い出てきたのだ。

影から手が見えた。その手が地面に手をつき、押し出す様に身体を影から引きずり出した。


「ふむ」


その様子をびくびくと見ていた四男は、見た瞬間悟った。



____コイツは……化け物だ。



返事をしたフェスパイアと呼ばれたその化け物は、自身の影をも地面から引きずり出し、まるで鋭利な刃物の様な形にしたソレで4人の腹を薙いだ。

腹に線が走ったかと兵は思った事だろう。だがすぐに気付く。

赤く滲み、そして開いた腹からドロリと臓物が垂れてきたのだから。


臓物を垂らしながら地面に膝をつく。だが死ぬことは許されない。

これもまた、いつのまにかクリシュによって縫合された。だが腹から出た長く伸びた腸は閉まってもらえなかった模様。縫い口からダラリと一本垂れ下がっている。

膝をつき、痛みに堪え、だが失神する事は許されず兵達はこうべを垂れる。



「ば、化け物」


兵の1人が心の声を漏らしたかの様に呟いた。



「へえ、化け物…ね。フェスパイア」

「なんだ?」

「貴方、同族殺しをしたことがある?」

「と、言うと・・・あるじに創られた者に私が手をかける。という事か?」

「ええ、そう。あるかしら?」

「まさか。考えたこともない。そんな者が居るとも考えたことさえないな」

「ええ、そうね。私もないわ」


クリシュはフェスパイアに問いかけ、その返答に「それが当たり前だ」とウンウン1人頷く。


「嫉妬もする。羨望だってするし、時には喧嘩だって。嫌いな奴も居るしね。・・・だけど、悲しませる様な事も、危機を見過ごす事も。ましてや殺すなんて・・・・私たちは考えた事もない」


2人で話しあっている様で、だが途中からは語りかける様に、クリシュは独白をする。

一度そこで区切られた言葉に、皆が無言を持って返事をした。

そして、独白の様に語っていたクリシュが明確に相手を決め、宣言する。


「よく聞け人間。私は化け物で結構。お前達の様に、同じ者をいたぶり、殺し合わせ、その姿を楽しむ様な者になるくらいなら、私は、今のまま生きる」


段々と、声にこもる圧力が増していく。


「お前達は、一体何人の同族をそうやっていたぶり、悲しみを背負わせ、その命を刈り取ってきたのかは分からない。だが、その彼らの意思だけは私が引き継ぐ」


意識が朦朧としているのか、言葉を発したらそこに転がっている男爵の様になるとでも思ったのかは分からないが、クリシュのその言葉に誰も口を開くことは出来ない。


「同じ人間に、手を取り合うべき者に……私にはどれだけ死んだ者達が無様だったか分からない。ただ、考えただけで気が狂いそうになるわ。仲間が仲間にそうしていると考えただけで」


こんな事を考えさせやがってと、クリシュは男爵を踏みつけている足に力を込める。

グギギと男爵が鳴いた。



「この感情に終わりなんてない。多分、一度そうされたら永遠に苦しいのでしょうね。だから」



この悲しみは終わることが無いのだろうと、クリシュは思う。

この気持ちはきっと癒えることがないのだろうと、だからクリシュはプレゼントすることにした。永遠の苦痛を、絶望を。



「___死ねると思うなよ、人間。永遠に苦しませてあげる」





クリシュが語り始めた今がチャンスだと、1人だけ死角にいた四男は開いてる扉へ向かい逃げ出そうとしていた。四つん這いで足音を立てぬ様に出口へ向かい、自分だけでも、と。


扉までもう少し、もう少し……!はやる気持ちを抑えて、這いずる。


あとちょっと…あとちょ「逃げられると思ってる訳?」

いつのまにか、瞬きの間に扉の横へ来たクリシュが、希望の扉を閉めながら「何処までも意地汚いわね」なんてブツブツと言う。


バタン。希望が閉まる。

ニッコリと絶望が笑う。


「あんたもよ。あんたはとりあえず何もしないであげる。傷もない五体満足が1人居るだけでもラッキーだわ。ジーザスが喜ぶわね。ふふふ」


手を叩いて喜ぶクリシュ


「ふむ、彼ならちょうどいいだろう。喜ぶ顔が目に浮かぶ」

「そうね! メイデイ様もなんであんな拷問好きの変態を創ったのかなって思っていたけど、こうゆうときの為ね!」

「ふむ?ちょっと違うと思うのだが」

「こうゆう奴をずっと苦しめる為に考えられたのかと思うと、さすがメイデイ様だと言わずには入れないわね!」


フェスパイアの話しを聞かずにそう喜ぶクリシュ。

それを見たフェスパイアは「まあ、良しとしよう」とフワリと笑った。


だがここに1人、その会話に笑えない男がいた。四男である。

「ご、拷問……?」顔を引きつらせて呟く。



「さあ、全員連れてくわよフェスパイア。ジーザスにいいお土産ができたわ」


「い、イヤだ」


___なんで俺は過去を思い出していたのかやっと、やっと分かった



クリシュの言葉に四男は怯えながら後ずさる。が、クリシュは平然と返す。口は笑っているが、目が笑っていない。不気味である。



___あれは懺悔の時間だったんだ。俺に許された最後の後悔の時間。



「うるさい、ゴミが喋るな。もう貴方達の声は、悲鳴以外は聞きたくないの」

「ヒッ」

「苦しんで苦しんで、苦しんで苦しんで苦しんで……苦しめ」



___永遠に続く苦痛、死ねないであろう俺が見た…走馬灯



自分の髪を掴む少女が、うるさい小蝿をすり潰す様な目で此方を見ているのが、四男が見た最後の風景であった。



クリシュと地面に頭を叩きつけて失神させた四男から顔を上げ、自身が刈り取った首のない死体をチラリと見る。


「ふう。少しは…晴れてくれたかな?」


彼女の返答は何なのか…それを想像するのも野暮だと、鎮魂をと部屋を燃やし、クリシュはこの忌々しい拷問部屋を後にした。

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