ストリートチルドレンは空腹に滲む月を見上げ
砦が阿鼻叫喚に包まれている一方で、砦に囲まれたこの町にも異変が起きようとしていた。
その異変に最初に気付いたのは……
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
この町にはホームレスやストリートチルドレンが数多く存在する。囲う壁の安心感も、雨露をしのぐ屋根もなく、当たり前のように路地の裏で寝食を賄う者が。
限りある私財。
それを際限なく搾り取られては生活が出来ない。そんな者が達が身を寄せ合い、手に入れた食料を分け合い、時には奪い合い…かろうじて息をしている。
今夜は満月だった。
眩しい位の月明かりが、睡眠の邪魔になることだってある。
そこに空腹が加われば、眠気なんて吹っ飛んでしまうことも。
「ま、ぶしい」
細い、細い手だった。
月を遮るように寝惚け眼で翳した手は、月の明かりさえも遮れないのか、翳した手の方が月に隠れる。
___ぐぅ
お腹が鳴る
「お腹…減ったなあ」
月の眩しさにも慣れた頃に、今日は何も食べられなかった事を思い出した。
せっかく手に入れた食料を取られてしまったから。
よくある事だ。でも…
「私…何してるんだろう」
己の置かれた境遇に1人呟く。
生まれて、物心がついてからずっと路上で生活をしていて、毎日毎日必死になって食べるものを捜して。それでも何も手に入れられなくて……
「あったかいところで、寝てみたいなあ」
凍てつくという程でもないが、風が否応なしに体温を奪う。モゾりと体を丸めて暖をとる。
「あったかいご飯を食べたいよ…」
夜だからか?あまり考えないようなことまで考えてしまう。
涙で視界がボヤける。
着古した服の裾で涙を拭い、顔もわからない両親を思い声を出す少女。
「おどーさ゛ん…おがーざん。たずけで」
涙がとめどなく溢れる。
鼻声で希うその声は、ただ虚空に消えた。
「ひっぐ、ひっぐ」
___ぐぅ
「 ああ、こんな時でもお腹はなるんだな」と現実に引き戻され、もう一度涙を裾で拭う。
鮮明な視界にまたもや月が輝く。空腹から意識を逸らそうと、月をゴロンと眺めた。
「え?」
少女は不意に声を漏らす。先ほどの独白なような呟きではない。驚愕に彩られた声。
月が、絵の具を被った様に消えていったのだ。
「なに・・これ」
そこから、シミが広がるように、寄り添う星達も徐々にその姿を隠していく。
眩い夜空が、闇に染まっていく。
ふいに背後から声がした
「ほう、運が良い。お前が1番最初か」
急に聴こえた男性の声。
驚きつつも後ろを振り返るが…そこには誰の姿もなかった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「クリス嬢も成長したものだ。ああ言うものは何度見ても良い……昂ぶる」
男は夜空を眺めながら呟く。
空に浮かび、月と町の丁度中間に位置するその場所で。
クリシュの成長を肌で感じ、それを歓ぶ感情が全身を震わせる。
「…ああ、堪らない。あんなに楽しい声を聴いては、抑えきれないじゃないか」
常人には聴こえないであろう距離だが、男は聴いていた。
砦から発せられる叫びを、恐怖を、彼らの断末魔を。
協奏曲でも聴くようにその声に耳を傾ける。重なり合う命の最後を聞くたびに、高揚を抑えられず……
「私も、派手にいこう」
両手に禍々しい何かが纏う様、魔力を練る。
そして発せられるキーワード。
「『黒に染まれ』」
小さな…ビー玉よりも小さな黒が掲げた両手の先に現れる。
「堕ちろ」
黒が広がる。小さな黒が根の具を塗りたぐる様に徐々に広がる。飲み込む様に黒は町を覆い尽くす。
「ふむ、殊勝な少女だ。こんな夜更けまで月を見上げるとは。だが、その幸運を喜べ」
男が発動した能力を驚愕の表情で見る少女の背後に立ち、男は声をかける。
「ふむ、運が良い。お前が1番最初か」
声はかけてやった。後はこの状況が終わった後に何を望むか。
愚かな人間が下す決断に想いを馳せながら、男は狩りを楽しむ事にした。




