少女は、夜に戯れる
「ん?女?」
縦に巻かれた髪に、美しい金髪が良く似合う。
小綺麗なゴシック調の服を見る所、何処かの貴族の娘なのかと思わせるが…
その女は足が悪いのか、はたまた1人で歩くことに疲れたのか……片手に銀に鈍く光る鉄の棒を持ってこちらへと向っていた。
__へへっ。言ってみるもんだぜ。神さまが女をこっちに寄越してくれやがった。
そんな下衆な事を考えながら門番はニヤリと笑う。神に祈ったこともないくせに、日頃の自分の行いを神が見ていてくれたと、門番は喜んだ。
更に少女趣味のある彼には、この状況は僥倖以外の何者でもない。
笑うその口元から涎が垂れそうになるが、もう一口グビリと酒を飲み垂れそうになった涎ごと胃の中へと押し込む。
酒の臭いを、むわんと漂わせ男は行動に移す。
貴族か?そんな事はどうでもいい。やった後にバラしちまえばこの事を知ってるのは俺と、もう1人の門番だけだ。口裏を合わせて誰もこなかったと言ってしまえばそれまで。
こんな夜更けにくるのがわりーんだよ。
思考はもう決まっていると、門番は酒の臭いを撒き散らしながら俯く少女に声をかける。
「お嬢さん、こんな夜更けにどうしたんだい?」
少女は何も言わない。
手に持った銀色の棒がやけに不釣り合いで意識がそちらへ一瞬傾くが、特に気にせず男は話しかける。
「ダメじゃないか危ないよ。ほらおいであっちであったかいスープでも出してやるから」と、そう言い肩を抱こうとする。
「…さ……さい」
その時何か聞こえた様な気がした。この少女が何かを言ったのだろう。
この状況だ。大方、「助けて下さい」とでも言ったのだろう。ああ、助けてやる。助けてやるとも。
今からその可愛い声でどれだけ鳴くことになるか…それを想像した門番は、辛うじて理性を働かせ改めて肩に手を回し連れて行こうとする。
「もちろんだ、助けてやるとも。ほらこっちに…」
「私にその汚い手で触るな」
「え?」
少女の肩に回そうとしていた手が、逆に掴まれる。
____グチョリ
手に一瞬違和感を感じた。
思考もままならず門番は女を見る。
女の手には、捻り切られたであろう誰かの手が握られていた。
「え?」
自分の手を見る門番。そこに、もう自分の手は存在していなかった。
気付き、瞬間に…激痛
「手ええええ! 俺の手があ俺の手おれのおべのふぇあっが、あああああッ」
手を抑えて転げ回る門番。
「オレノテガ?何を言ってるのかしらこのサルは」
転げ回る門番、激痛で少女の声が理解出来ない。
様子を見ていたもう1人の門番が大きな声を出して助けを呼ぼうとした。その門番に、少女は無造作に持っていた腕を投げつけた。
「てk…」
声を出そうとしたその口の中に放り込まれたそれは、口を裂き、喉を潰し、そのまま腕の半分程を貫通させられ、男を絶命した。
「ああ、大きな声って嫌い。野蛮な男はモテないわよ」
そう言って少女は、未だ転げ回る男を見る。
「酒くさい上に私に触ろうとするなんて。サル如きのくせにおいたが過ぎるわね」
ねじ切られたで腕の断面を踏みつける
「あっが! ギャアアアアアアアアア!」
「うるさい」
少女は手に持っていた棒…身の丈程あるそれを男に向ける
門番が痛みを忘れ、一瞬そちらを見る。
棒だと思っていたそれは強大な針であった。
裁縫針を強大化させたようなそれの先端が、門番の顔の目の前に持っていかれる。
チラリと、少女と目が合う
瞬間、門番は死を悟った。
何も感じていない。価値のないものを見る目。これは、生き物を見る目なんかじゃない。
生き物としても認識されていないと、瞬時に理解したからだ。
___イヤだ死にたくない、俺が何をしたって言うんだイヤだイヤだいやだ助けて誰か助けて神さまお願いします助けてくださいたすけてたすけてたすけ
初めて心から神に祈った門番は、涙で目の前が見えなくなるほどぐしゃぐしゃに顔を歪めて、懇願の言葉を漏らそうと口を開く。
「たすけt不へぁ」
じゅぶり
「だから、うるさいわね」
口を開けたその口内を貫かれ、門番は、その生涯を閉じた。
「良い子、死んだら素直に黙れたじゃない」
クスクスと笑う少女の笑顔はとても無邪気だ。
子どもの様に笑う。一頻り笑い、顔に穴の開いた死体を汚い物でも見るように目線を向け、強大な裁縫針を刺したまま手を翳しキーワードを発す。
「これはいくら頑張っても、良い出来にはなりそうにもないわ。でも仕方ない、ほんとはこんなサルに使いたくないんだけど『操り人形』」
ヌチャリと、裁縫針を引きぬいた女は顔をゆがめる
「汚いわ」
口から首にかけて穴の空いた元門番の死体に、スッと手をかざす。
「起きなさい」
そう言うと、穴の空いた門番は、首から持ち上がる様にぎこちなく身体を起こす。
まるで上から引っ張られるように立ち上がった門番。
___ガチャリ
門番の連絡用の扉だろう。内側からカギを外す音がした。
女はそちらをチラリと見ると、その扉がギィと、音をたてて開いた。
_________
「おい、上から見てたぞ。お前だけ楽しもうったってそうはいかねーぞ。混ぜろよ」
「酒を持ってきたぞ。これをやりながら楽しもうぜ」
そんな事を言いながら門の方に目をやる。
門の方を見ると、門番の男と金髪をくるりと巻いた少女が立っていた。
少女は俺たちを見ているようだった。まだお楽しみの前だったか。と、そちらに近付こうと一歩を踏み出す。
そこで、違和感を感じた。
何かがおかしい。
見知ったその門番は立っている。だが何も、そう…何もしていないのだ。
ダラリと立っているだけで女と話している様子もない。何かがおかしい。
薄暗くどうなっているのかがよくわからないが、何か異様な雰囲気を感じる。
相棒も何かを感じ取ったのだろう。声をかけることもなく、様子を見るように目を細めて見ていた。
女が此方を指差す。
すると、門番はグチャリともメキリとも言えぬ音を響かせ、上半身だけ、此方を振り向いた。。
下半身はそのままに無理やり上半身だけをこちらに向けた際、骨が砕け、筋肉が千切れたであろう音が嘘の様に響く。
こちらまで響くその不快な音にも理解が追いつかず、ただ黙って立ちすくんでしまった。
突如、門番が此方を向きながら、後ろ向きに走り始めた。
距離が一気に潰れるほどの速度。人間のそれではない速度で走ってくる。
そこで、気がついた。 その門番だった男の顔に、穴が開いていた事を。
上の歯と歯ぐきが何かで削り取られたように無くなっていて、そのままポッカリと穴が空いている。
月の明かりが男の口であった場所からこちらを覗いていた。
「ひえっ」
相方も気付いたのであろう。一歩後ずさりながら声を漏らした。
逃げ出そうとするが、足が竦んで動けない。此方にものすごい勢いで走ってくる。
「に、にげ…」
そう声を出そうとしたら門番だったナニカ、が相棒に飛びついた。
下半身が逆を向いてる状態で相棒に馬乗りになる。口から漏れる月明かりが、相棒の顔を照らす。
泣きそうな顔をして、怯えた目をした顔が鮮明に記憶に残った。
ナニカが拳を振り上げる
「や、やめ…たすけ…」
そのまま、そのナニカは、思い切り拳振り下ろした。
____グシャリ
音が響く。圧倒的な膂力で殴ったからであろう。殴ったその手も、骨が砕けたようだ。
構わずに殴り続ける
「おごっ、やめ、やめでっおっ、ぶあつやへであがっ」
相棒は何も出来ずに殴られ続けていた。
殴っている手も、肉が裂け、血を撒き散らし、砕けた骨がむき出しになっている。
その骨が、殴るたびに相棒の体を突き刺し、頬に、ガードする腕に、目に、頭蓋にぶつかる度にイヤな音を立てた。
そして、相棒は動かなくなった。
逃げたい、だが音を立てたら自分もターゲットにされると思うと動けない。
腰を抜かして立つこともままならなかった。
仰向けの状態で、手を、足を使いなんとか引きずるように身体を動かしていた。
手のひらの骨も全てなくなり、手首から骨をむき出しにしていたナニカが…こちらを向いた。
「ひっ」
顔に、ぽっかりと空いたその穴がまるでこちらを見ているようであった。
「よ、よるな」
ナニカ、は不自然に立ち上がる。まるで引っ張られるように。
「や、やめろ」
俺がそう言ったのを合図のように、こちらへ走ってくる
「やだ、やめてくれ、来るな来るなくるなくるなくるn・・・」
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少女は、二つ目の断末魔をなんとなしに聞いていた。その女の影からモゾリと背の高い男が這い出る。
「ふむ、僥倖。では私は何をしようか」
「町をお願いね、そっちなら女の子いるかもしれないわ。それは好きにしちゃってちょうだい」
男はそれを聞くとニヤリ。
「承ろう」
そのまま、また影に沈む男。
少女は門へとスタスタ歩く。
「さて、皆殺しの時間ね」
長い夜が、始まった。
『操り人形』
発動条件を満たした対象を操る。生物のみ。
条件は固有の武器で傷を付ける事。傷を付けた場所や大きさによって対象の操れる行動が増減。
操った者に出来ない事は命令不可|(魔法を操れない者に魔法は使えない、剣を扱えない者でも剣は振れるが剣術は扱えない等)である。
魔力を消費するのは発動時のみ。肉片になっても命令は可能だが肉片に使い道はない。
効果対象は魔力が続く限り無限。




