オッドの実力
___そして現在に至る。
背中ではしゃぐオッドが煩わしいが、ジルはなんとか最前を考えようと声をかける。
「おいオッド! 背中でハシャいでないで方角を確認してくれ! このままダンジョンまで突っ走る!」
「オッケー、ジルサンダー。俺に従え」
「俺はジルサンダーじゃねえ‥‥‥」
「‥‥うーん、地図の見方が全然わかんねーや。パスだパス。お前に任せたジルサンダー」
「どこまで役立たずなんだよ!」
地図をポイッと渡し、馬を操る騎士の如く、はいや! はいや! とジルサンダーを操る。
結構な密度がある木々を避けながら走るジルサンダーに、勿論地図を見る余裕なんてない。
チッと一つ舌打ちをしそのまま跳躍。木の枝を使い上へ上へと上っていく。
頂上付近で身をググッとかがめて大ジャンプの姿勢をつくり、足元に魔法陣を一度展開する。『跳弾』の魔法陣。
予め作っておいた体勢を利用し、魔法陣を足場にドンッと大きく飛ぶ
バサッ
目の前に月夜が広がる。今日は満月の様だ。高い位置からみているからなのか、いつもより大きく見える月。
だが見とれている暇のないジルは、終われる前の位置から、今いる自分の位置を逆算。
そこから、地図を思い出しながら大体のダンジョンの位置を割り出す。そちらに目を向けてダンジョンを探す。
「大体あそこらへん‥‥ビンゴ、あった!」
月明かりで照らされた、密集した森の中で唯一ポカンと空いた空間。
そこだけは森であることを避ける様に。
一瞬見えた、土の盛り上がったダンジョンの入り口
行き先は決まった。其処まで遠くないなとニヤリ。
安心も束の間、オッドから声がかかる。
「なあジルサンダー。下をみてみろよ。すげーすげー」
「下? ‥‥ゲッ」
下を見たジルは驚愕した
ディザスターアントが木をのぼり、それを軸に個々が折り重なって、空中に即席の階段を作り出していた。まるで生き物のように、触手の様にうねりをあげながら迫り来る
ディザスターアント、自分たちを足場とする事で空までも追って来ていた。
自由落下をし始める。そこに猛烈な速度で迫る黒い塊
「おいジル、なんとか出来んのか」
「ッッ! 出来なきゃ死ぬっつーの! やってやるさっ!」
魔法陣を自分とディザスターアントの間に展開。
『エアショック』
空気の塊を相手にぶつける魔法。ダメージは無いのだがノックバックの効果があるこれをディザスターアントにぶつける。
先端になり細くなる触手のような形状で追いかけて来ていた、今にも触れようとしているその先端五メートルほどのディザスターアントの群れがぶっ飛ばされた。
「良くやったぞジル」
「今のうちに…」
ジルを褒めるオッド。本人は何もしてないが…イヤ、だからこそ口だけは他の者より動くのだ。
吹っ飛んだ。と言っても焼け石に水。吹っ飛んだと思われたその後ろからすぐに次の蟻が、亡くなった部位を修復するかの様に這い出してくる。
「なんだ。意味なかったじゃん、ダメだなジル」
「うるせえ! ならテメーがやれよ!」
先ほどとは打って変わって、出来ない子を見るかの様な目でジルを見て溜息を吐くオッド。彼は自由なのだ。許してほしい。
そんな口論の間にも迫り来る。
「くそ!」
また一つストックを消費する。
魔法陣を展開。今込められる最大の魔力を込めて発動したのは防御魔法『イージス』
突き出した両手の先から直径5メートルにも及ぶ楕円形の魔法陣が形成される。
直後、衝突
魔法陣にぶつかったディザスターアントが飛び散る。
その飛び散った更に奥から迫るディザスターアントが魔法陣に絡み付き、顎門をカチカチと鳴らす
「うわ、ジル見てみろよ。こいつら近くて見るとエグくね?」
呑気なオッドをシカトし形成された魔法陣『イージス』を足場に、自由落下から逃れる。ディザスターアントからも逃れる様に反対方向へ跳躍。
「くそ! 目的地から離れた!」
今の攻防で、ダンジョンの入り口へ向かうには、ディザスターアントの群れを突破しなければなくなってしまった事に歯噛みをする。
「ん? ジル。お前あっちに行きたいのか?」
「うるせーな! そうだよ! 今突破の方法を考えてんだ! 話しかけんな!」
「いや、行くだけならどうにでもなるぞ?」
「だからうるせーって! …え?」
着地。
それと同時に展開していた魔法陣の効果時間が切れたのか。空の魔法陣が消え去り、蟻がそのままこちらへと空から駆けてくる。
自由落下の速度と、自分たちの仲間を足蹴にすることでものすごい勢いで迫るディザスターアント達。
それを尻目に、背中に張り付いていたオッドが降りる
「まあ見てろって」
オッドの根が地面にめり込んでいく。地中深くに根をはるようにズブズブと。
「『共鳴』」
そう言うと、あのうるさかったオッドの存在感が希薄になった。いや、紛れたと言うべきか。そこに居るはずなのに、風景を眺めている様な。
それでも尚、此方認識し空から駆けてくるディザスターアント。今からオッドを抱えて逃げるなど出来ない程に迫っていた。そのままこちらへ突っ込んでくる。
「虚ろいの風景……発動」
目の前に迫った顎門が目の前に広がるほど接近され、噛み付かれそうになったそのタイミングとオッドの声が重なる
そうすると目の前まで迫っていたディザスターアントが、ピタリと止まった。
空から迫り来る蟻達が、目的を失い崩れ落ちる。
地面に落ちた蟻達は、何事もなかったかの様にくるりと反転し、また元の波の様な行軍をしどこかへ去って行った。
その様子を見ていたジルは間抜けな声をだす。
「へ?」
「なんだよジル。口開けて。行きたかったんだろ?行くぞ」
「ちょ、オッド。今のなんだ? どうやって…」
「俺たちの存在を空っぽにしただけだぞ。何も無ければ襲ってこない。何もないところに噛みつくバカはいないだろ」
「は?」
「ほら行くぞ。全く、末っ子は甘えん坊だな」
どこまでも呑気なオッドに腹が立ったのだろう。ジルは大声を上げて食ってかかる。
「…んなことが出来るのかよ! なら最初からやれよ!」
「え? なんで?」
「なんでって! 危うく食われる所だったろ?」
「ん? 遊んでたんじゃなかったのか?」
「ちげーよ!必死に逃げ…て……」
…ジルはそこまで言って気がついた。自分とオッドの温度の差に。
オッドにとっては、あの程度の危機は遊びと何ら変わらないのだと、その程度の事でムキになる必要がないし、いつでも…どうとでも出来た事なのだと。
末っ子の遊びに付き合っていただけ。末っ子があそこへ行きたいと言うから手を貸しただけ。その程度の事なんだと。
戦ったら10回やって10回ジルドが勝つ。そのくらいオッド本体は弱い。
___だが、それでも尚…
自分の立つ位置と、非戦闘員であるオッドが立つ位置でも、これほどまでの差があるのだと・・・・
ギリッ
ジルは歯噛みした。
「おい、行かねーのかジルサンダー」
「…だから、俺はそんな名前じゃねーって」
悔しさを噛み締め、だが意地っ張りな彼はそれを見せない様必死に平静を装い、先に向ったオッドの後へと
___初めてであろう、一歩を踏み出した。
『共鳴』
接続し対象と一体化する。固有魔法。
その物と同じになる為、自我を崩壊させる危険有り。一体化した後に己を保っていられるかは術者の精神力依存。
この魔法を使う者は、記憶を混迷し易く記憶力に欠如が出る。
『虚ろいの風景』
一体化した対象の中から更に存在を消す。
込める魔力量により指定の消せる対象を増やせる。
1分以上の発動で術の効果を掛けられている全ての者は存在を忘れられる。
 




